第7話:暗殺未遂

「五十嵐十郎太達敏、知行130石、山奉行【山林に関する諸事を実地に管理、監督する役職】の任を与える。」


「ははっ!」


五十嵐たちはというと妻の故郷である三次藩に到着した。妻の兄である大沼一之進一豊に面会を果たした後に藩主である浅野式部少輔長照【浅野内匠頭の正室、阿久里の養父】に拝謁し正式に三次藩士となり、数か月の月日が流れた


「義兄上のお力添えのおかげにて命拾いを致しました。」


「気にするな、十郎太。」


「いいえ、御家断絶が決まった日にはどうしようかと思いましたので・・・・」


「うむ、浅野内匠頭様も軽挙な事をされた・・・・これは失礼した。」


「お気になされずに。」


「そういえば世間では赤穂の浪士たちが仇討ちをするかしないかで大盛り上がりだそうだ。」


「あぁ~。」


五十嵐は赤穂にいた頃を大石に妙案を進言した事を思い出していた。あの時は何としても無血開城させるべく奔走した事が昨日の事に思えてきた


「仇討ちはするのか?」


「それはあり得ませぬ。仇討ちを叫んでいるのは一部の武断派のみで大石内蔵助を始めとした御家再興を願う穏健派が占めております。それに大石内蔵助という御方は争いを好まぬ穏和な御方で昼行灯という渾名で呼ばれておりました。」


「昼行灯?」


「はい、大石様は女遊びとうたた寝をするのが日課で昼行灯と陰口を叩かれておりました。浅野内匠頭様から何度も謹慎を命じられる事も珍しくありません。」


「そなたは大石内蔵助をよく知っているようだな。」


「はい、赤穂にいた頃のお付き合いにございます。」


「それで仇討ちを唱える武断派の方はどうなのだ?」


「仇討ちを唱える過激派は武芸と忠義心のみが取り柄の武骨者にございます。」


「そなたの目から見て、仇討ちは成功するか?」


「十中八九、失敗に終わりますな。何せ武断派は全員、我が強い者ばかりで纏まりにくいかと。」


「仮に仇討ちが起きても、失敗に終わるか。」


「恐らくは。」




一方、江戸は12月に入り雪もちらほら舞っていた。堀部安兵衛たち急進派と片岡源五右衛門&磯貝十郎左衛門等を中心とした側近派に別れており、五十嵐の言う通り、一枚岩ではなかった


「安兵衛、御家再興を待っている間にも幕府は松の廊下の一件を闇に葬り去ろうとするぞ!」


「安兵衛殿、どうされるのだ!」


そう叫んだのは原惣右衛門と大高源吾である。元々は大石の命で大高源吾等と共に堀部たちを説得するために派遣されたが逆に説得され、急進派に加わったのである


「高田郡兵衛も12月頃に脱盟したそうではないか!」


高田郡兵衛とは赤穂藩に仕え、役職は江戸詰、200石15人扶持の知行を持ち、堀部安兵衛と並ぶ仇討ち論者であったが伯父である旗本、内田元知が郡兵衛を養子にしようとした。郡兵衛は最初、断ったが仇討ちの事をしった内田に上司である村越伊代守に訴えると脅され、泣く泣く脱盟したのである


「左様、生活苦で橋本平左衛門が遊女と共に心中したのだぞ!」


橋本平左衛門とは赤穂藩に仕え、役職は馬廻、100石の知行を持ち、赤穂城開城後は京で暮らし、そこで淡路屋のお初という遊女と馴染みになる。しかし蓄えが底をつき、生活苦を理由にお初と共に自害した


「同じ江戸詰であった小山田庄左エ門も酒色におぼれ、挙句の果てには片岡殿から金5両と小袖を盗んだと聞いたぞ!」


小山田庄左エ門とは赤穂藩に仕え、役職は江戸詰、100石の知行を持ち、仇討ちに賛同したが酒色におぼれ、金に困っていたところ同志の片岡源五右衛門から金5両と小袖を盗んで逃亡したという


「しかもだ、大石様は多額の金子を女遊びと浅野家再興に注ぎ込むのみで我等にはびた一文もやらんのだぞ!」


「堀部殿!」


「分かっている!」


焦る同志たちを宥める堀部安兵衛は歯痒い思いをしていた。神文での約定もあったが、いつまでたっても御家再興の動きがない事や大石が京にて女遊びに耽る日々を送っている事に苛立ちを覚えていた


「(このままでは武士の面目が立たん!)」


一方、片岡源五右衛門と磯貝十郎座衛門もかつての同志たちが続々と離れ、2人だけで行動する事になり現在はとある建物を借りて、吉良上野介の一行が通るのを待っていた。そんな中、片岡は金5両と小袖を盗んだ小山田に心を許した自分の不甲斐なさを悔いていた


「くっ、共に殿を御支えした仲なのに・・・・このような裏切りを・・・・」


「片岡様、今更悔いても仕方がありません。今は吉良を討つことのみを考えましょう。それに柳沢邸に向かう吉良の行列が通ります。駕籠の中にいる吉良上野介をこの種子島で狙いましょう。」


そういうと磯貝はどこで手に入れたのか、火縄銃【装填済み】を取り出した。片岡は磯貝から火縄銃を受け取ると「吉良上野介」と呟いた。すると磯貝が「来ました」と声をかけた。隙間から覗くと、そこには【二つ引両】の家紋のついた駕籠を護衛する武士の一行を見つけた


「あれは吉良家の家紋です。」


「よし。」


片岡がそう言うと火縄に火をつけ、隙間から駕籠に目掛けて狙いを定めた。駕籠が近付き、片岡が引き金を引くが弾が発射しようとした瞬間・・・・


「御犬様だ!」


1人の町人が大声で叫ぶと、そこには無数の野良犬が駆け出した。町人たちが慌てふためき、吉良家も野良犬が現れた事で急ぎ、引き返したのである。町民も武士も野良犬を恐れている理由は徳川綱吉が制定した生類憐れみの令も影響しており、中でも蚊や蝿を殺しただけで島流しや死罪になるほど行き過ぎというべきレベルに陥っていたのである。片岡はすぐに引き金を引こうとしたが町民たちや護衛する吉良の武士達に阻まれ中止せざるを得なかった


「吉良、その命、しばらく預けておくぞ。」


「ん。」


片岡の放つ殺気に気付いた吉良家家臣、清水一学は辺りを見渡そうとしたがすぐそこまで迫っている野良犬によって阻まれた


「ワンワン!」


「ちっ、傘だ!」


すると武士達は傘を取り出し、傘を広げ野良犬たちの前に出した。野良犬たちは目の前に現れた傘の壁によって立ち塞がれ、野良犬たちはそのまま反対方向へと逃げていった。一同がホッとしていると駕籠の中にいた吉良上野介が一学を尋ねた


「一学。」


「はっ。」


「御犬様は傷付けておらぬよな。」


「御心配には及びませぬ。」


「そうか、では出立じゃ。」


「ははっ。」


吉良の一行はそのまま柳沢邸へと向かった。予想外のハプニングに片岡と磯貝は歯痒い思いはしたが長居は無用とこの場を去る事にしたのである


「磯貝、長居は無用だ。すぐに引き払うぞ。」


「・・・・はい。」


「吉良の駕籠の近くにいたあの武士、なかなかの使い手と見た。最早、同じ手は使えぬ。」


「作戦変更ですな。」


「ああ、吉良め。次こそ必ずや仕留める。」


その後、片岡と磯貝は次の作戦を考えるべく慎重に行動するようになった。また吉良家も道中での警備を増やし、暗殺に備えるのであった







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