忠臣蔵外伝【不忠者の人生】

マキシム

前編

第1話:始まり

元禄14年(1701年)、江戸城に激震が走った。江戸城松之廊下にて播州赤穂藩藩主である浅野内匠頭長矩が高家肝煎である吉良上野介に斬りかかったのである


「上野介、この間の遺恨、覚えたるか!」


「ら、乱心じゃ!」


「浅野殿、殿中でござるぞ!」


騒ぎを聞きつけた幕臣たちは浅野を取り押さえ、他の高家が吉良を医師の下へ運んだ。浅野は「離せ!」とか「今、一太刀!」と叫んだが、一人の幕臣が「老齢なれば助からない」と浅野を説得すると浅野はあっさりと抵抗を辞めた。一方、吉良上野介は治療を受けている間もひたすら「これは喧嘩ではない、浅野の乱心じゃ」と叫び続け、脇差しには手を掛けていない事をアピールした。騒ぎを聞き付けた時の権力者、5代将軍徳川綱吉は激怒した


「大事な年賀拝礼に傷をつけおって!!」


「如何致しましょうか?」


側に控える柳沢出羽守保明(後の柳沢吉保)は浅野の処分を尋ねると綱吉は「切腹の上、御家断絶だ」と腹立ち紛れに宣言した。その日のうちに浅野に対して即日切腹が決まった。その日のうちに幕府から遣わされた使者によって浅野は田村邸の庭先にて切腹する事となったのである。結局のところ、浅野と吉良の双方の争いの原因は分からず仕舞いであり、浅野の乱心にて決着がついたのである。浅野は白装束を身に纏い、田村因幡守に連れられる道中で遠くで控えていた片岡源五右衛門の姿があった。片岡は最後に一目会いたいと懇願し声をかけずに遠くから眺める事を条件に主君を待っていた。そして白装束を身に守った主君の姿に思わず声をかけようとしたが約定もあって必死に我慢した


「(殿・・・・)」


一方、浅野は片岡の存在に気付かずにそのまま庭先に向かった。庭先は既に準備を済ませており、そこには切腹用の白扇が用意されていた。浅野は幕府の使者の前にて切腹の作法をした後、白扇を手に取ると首切り役人が刀を抜いた。刀に水が注がれた後に役人が浅野に接近した。浅野は白扇を腹に当てた瞬間、役人は刀を振り下ろし首は落とされた。浅野内匠頭長矩の生涯をこうして終わったのである。一方、吉良上野介は脇差に手をかけなかった事が綱吉に評価され、御咎めなしとなった。この裁定に老中を中心に不平と不満を呼んだ。喧嘩両成敗が常識だったにも関わらず一方的な判決に誰もが納得していなかったが独裁者と化した綱吉は一切、耳を貸さなかった


「最早、殺伐とした戦国の世は終わった。これからは命を大切にし主君や父母に忠孝を尽くす世の始まりだ。」


主君の即日切腹と赤穂藩の断絶、更に浅野大学長広は閉門等を伝えるために萱野三平や原惣右衛門元辰等は早駕籠に乗り、昼夜問わず駆け続けたのであった





一方、赤穂はというと江戸の異変を知らずに平穏に暮らしていた


「五十嵐様、塩の徴収が終わりました。」


「うむ、ご苦労。」


この物語の主人公である五十嵐十郎太達敏(いがらしじゅうろうたたつとし)は赤穂藩に仕える武士で年齢は32歳、身長は5尺5寸(約165cm)、石高は150石、役職は御塩奉行【製塩業を総括する藩側の最高責任者。塩の収納・販売その他の事務一般を掌握し、各村の巡視、役人の指揮監督を行う】である。趣味は茶の湯。元は20石5人扶持取りの軽輩であったが算術が得意で才覚にも優れていたため、浅野内匠頭長矩に高く評価され、20石5人扶持取りの身分から150石取りまでに出世したのである。赤穂の塩を売って得た金の一部を懐に入れたり、商人から付け届け(賄賂)を受け取る等、不浄役人の一面もある


「ん、あれは?」


五十嵐はふと早駕籠に乗っていた原惣右衛門たちを遠巻きに見つけた。何やら慌ただしい様子でいたため五十嵐は訝しんだ


「早駕籠とは穏やかじゃないな。江戸で何かあったのか?」


原の乗せた早駕籠は夜中に国家老である大石内蔵助の屋敷に到着した。屋敷の主である大石内蔵助は慌ただしい様子で現れた原惣右衛門たちに大石は水をやると・・・・


「御家老、一大事にございます!」


「如何したのだ?」


「と、殿が・・・・」


「殿がどうされた?」


「と、殿は江戸城殿中にて刃傷に及びました!」


「何!」


原惣右衛門たちの報告により浅野内匠頭は即日切腹、浅野大学は閉門、赤穂藩は断絶の決定が下され、吉良上野介にはお構いなしという喧嘩両成敗が当たり前だったにも関わらず依怙贔屓ともいえる裁断であった。大石は早速、城代家老である大野九郎兵衛知房に江戸よりの書状を見せると大野は驚愕した


「これは不味い。殿が殿中にて刃傷を及んだのであれば間違いなく御家はお取り潰しになる。」


「大野殿、如何致す?」


「すぐに総登城(そうとじょう)の触れを出しましょう。藩札も回収せねばなりませんな、領内は間違いなく荒れる。」


「では、そう致そう。」


その日のうちに総登城の太鼓が鳴り響いた。何事かと赤穂藩士たちが続々と登城した。総登城の太鼓は五十嵐の住む屋敷にも届いていた


「あれは、総登城の太鼓・・・・」


「何事にございましょうか?」


声をかけたのは五十嵐の妻である登代(とよ)である。元は備後国三次藩初代藩主、浅野長治の娘である阿久里に仕える侍女で阿久里が浅野内匠頭長矩との婚礼の際には共に赤穂藩に入る。その後、浅野内匠頭と阿久里の仲立ちによって2人は夫婦となった。年齢は25歳で五十嵐との間に1男1女【菊丸・千代】を儲けている


「うむ、江戸で何かあったのであろう。登代、すぐに支度してくれ。」


「はい!」


この総登城の太鼓を聞いた五十嵐は支度をし登城をした。一方、赤穂城広間では原惣右衛門は大野九郎兵衛に噛み付いており、その2人の間を大石内蔵助が必死に宥めていた


「喧嘩ではないと申されるのか!」


「辞めぬか!」


「此度、御公儀が吉良様にお構いなしと決定されたという事は喧嘩ではないと思うたのであろう。それに殿は脇差を内輪のように振り回していたという。脇差は本来、突き刺すものだ。武芸に精通した殿とは思えぬ振る舞い、乱心したとしか思えぬ。」


「あれは喧嘩だ!殿は常日頃、吉良上野介に不平不満を述べていた!」


「原、殿は幼少の頃より心の病を患っていた事を忘れたのか?日頃から痞(つかえ)の持病に苦しみ、医者から処方された薬を当日飲まなかったと聞く。此度の事は殿の御乱心によって起こされた事だ。」


「何だと!」


「落ち着け原、大野殿も言い過ぎだ!」


大石が必死に宥め、その場は何とかなったが、これから起こる激流の真っ只中に入る事を大石は知らなかったのである





【架空の人物】

・五十嵐十郎太達敏「主人公」

・登代「五十嵐十郎太十郎太の妻」

・菊丸「十郎太と登代の息子」

・千代「十郎太と登代の娘、菊丸の妹」

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