第2話 俺、山中にて埋蔵金を発見するも、非力すぎて掘り出せない。

 やべぇ……。飽きて来た。

 さっきからずっと、景色が変わらないんだが?

 歩いてもあるいても、視界の両端を彩っている緑が、一向に晴れてくれない。

 木、木、大樹、また木、木、木。

 こんなのちょっとした悪夢だぜ。

 現在地を知るためには、どうしたって人に会わなきゃいけない。


世界攻略指南ザ・ゴールデンブックには……アホみてぇに詳細な……ワールドマップも、載っているけど……」


 さすがに、そこから現在地を割り出すなんていう技術は、俺にない。

 ようやく見えて来た切り株は、明らかに加工されたもので、それが椅子の役割を果たしていることが、俺にも分かった。


「……まさか、中間ポイントじゃねぇよな?」


 気力も体力も、すでに底を突いている。


「ちょっと、休憩が必要だな」


 腰をおろし、ふ~っと息を吐く。

 汗ばんだ体に風が心地いい。

 そのまま目を閉じていれば、盛大に寝てしまったようで、気がついた頃には、誰かに肩を揺すぶられていた。


「おい、坊主。起きろ。こんなところで、ぐっすり寝てんじゃねぇよ」


 目を開ければ、すでに日没間近。

 強面こわもての中年に起こされた俺は、びびり散らしながら相手のことを見返していた。


「起きたか、坊主。いったいこんなところで何していたんだ?」

「……何も。ちょっと現在地が知りたくて」


 不思議そうな顔で、男が俺の恰好かっこうを見つめる。


「迷子じゃねぇよな……。行くあては?」

「ないっすね」

「腹は?」

「減っています。喉も渇いています。どっちかっていうと、喉のほうがやばいっすね」

「そうか……。分かった、乗れ」


 言って、男が後ろの馬を指さす。

 早くも筋肉痛になりかけている足で、俺がゆっくり馬にまたがると、ただちに男は手綱を引っぱって、馬を走らせ始めた。


「坊主、名前は?」

「ゼンキチです」

「そうか、ゼンキチ。さっき言っていた現在地だがな、ここはネモフィラ地方の最南端だ。お前がここに何しに来たのかは知らないが、もう不用心に道端で眠りこけるなよ」


「気をつけます」


 魔物がいると知ったばっかりなのに、このていたらく。

 緊張感に欠けていると呼ぶほかない。

 まもなく、日が完全に落ちきってしまう前に、俺たちは一軒の山小屋へと到着していた。

 家の横に馬をとめた男が、俺に中へ入るように促す。ここが彼の家なのだろう。

 入室。

 間を置かずにやって来た男が、あかりに火をともす。

 マッチじゃない。

 そうかといって、魔法でもない。

 動力となる鉱石をあてがったような、そんな感じ。

 薄々分かっていたことだが、それでも、目の前で超自然の現象を実演されれば、ここが今までの常識が全く通じない世界なのだと、改めて痛感せざるをえなかった。


「まぁ、座れよ」


 そう言って、男がキッチンのほうへと歩いていく。

 仕方なく、俺はテーブルに備えられた椅子へと、腰をおろしていた。


「飯はなんでもいいよな?」

「えっ? あ、はい……。ありがたく、頂戴します」

「まぁ、お前に文句があっても、メニューは変えられないんだけどな」


 ほどなくして、テーブルの上には、2人ぶんのパンとシチューが並べられていた。

 湯気の立つ温かなホワイトシチュー。

 目の肥えた現代人の俺には、それが粗雑なものにも映ったが、どこかファンタジーの世界で、憧れていた光景でもある。


「えっと……」


 俺が男の目を見ながらどもれば、どうして言葉に詰まったのかを察したらしい。

 即座に彼は、自分の名前を俺に告げていた。


「アルバートだ……」

「アルバートさんは、ここで1人で暮らしているんですか?」

「そうだ……。それがどうかしたか?」

「いえ、なんでも……」

「いいから、早く食っちまえ。せっかくの出来立てが、冷めちまうぞ」

「……いただきます」


 テーブルの横には全部で椅子が3つ。

 そのうち1つを、客用の椅子だとするにしても、小さな子供用の椅子まであるのは少し変だ。

 あとで、それとなく調べてみるか。たぶん、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックには、住人の情報も載っているはず。

 食い終えると、俺はアルバートに寝室に案内されていた。


「今晩くらいは泊めてやる。だが、いつまでも遊ばせてやれるほど、俺は裕福じゃない。明日には町に戻れよ」


 町に戻れ?


「歩いていける距離に町があるんですか?」

「なんだ? 雪乃ゆきのの町から来たんじゃねぇのか?」

「……いえ、そのとおりです」


 やはり、あの切り株は中間ポイントだったのだろうか。

 女神コーザのところから落下して来るときには、まるで気がつかなかったが、目と鼻の先に町があったのだ。


 まぁ、今となってはどうでもいいか。

 アルバートが部屋から出ていくのを見送ってから、俺は世界攻略指南ザ・ゴールデンブックを開いていた。

 現在地は、ネモフィラ地方の最南端という話。

 隠された財宝のページをつぶさに見ていけば――あたりだ。この山には、昔の大地主が埋めた財宝がまだ残っている。


「これをいただいちまおう。それから、アルバートについても少し知りたいかな」


 疑っているわけじゃないが、これから世界攻略指南ザ・ゴールデンブックを使っていくうえでの、ちょっとした練習にもなる。

 ここいらに住んでいる人間のページから、アルバートの項目を引き出せば、目あての情報を見つけることができた。


 名前:アルバート

 性別:男性

 年齢:47歳

 職業:狩人かりうど

 運動性能:6.7


 狩人かりうど……。ハンターみたいなものか?

 気になる項目は、その下の運動性能という欄。

 特段の説明がないので、理解するのに苦労したが、世界の概要について書かれたページに、その意味するところが書かれてあった。


 要するに、これはステータス。

 単純なパワー勝負で、そいつがどれだけつえぇのかっていう、パラメーターのことだ。

 平均は、成人男性が5.0で、女性が3.0。

 アベレージを大きく上回っているあたり、アルバートはベテランのハンターなのだろう。

 そのままの流れで、俺はアルバートの簡単なプロフィールにも、目を通してしまっていた。

 そこには、どうして彼がハンターになったのかという経緯が、端的に記されていた。

 アルバート。

 15年前に、妻子をブロンズデーモンによって殺されており、以降はその復讐ふくしゅうのために人生を費やしている。


 ブロンズデーモンが魔物であることに疑いはないが、どういうものなのか、いまいち想像がつかない。乗りかかった船だと思って、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックを読み進めれば、どうにもブロンズデーモンは、このエリアのボスとして配されている感がある。闇雲に戦えば、恐らく彼は助からない。


「嫌なことを知っちまったな……」


 俺を助けてくれた人の死を、強制的に知らされる。

 早々、このボスとアルバートが、鉢合わせることはないだろうから、喫緊の問題じゃない。

 だけど、居心地の悪さは拭えなかった。

 気軽に他人のプロフィールを、のぞき見するべきじゃなかった。

 この日は少し、寝つくのに時間がかかった。







 翌朝、俺が起きると、すでにアルバートは出発の準備を始めていた。

 今日も奥さんのかたきを探しに、山の中に入っていくのだと、すぐに分かった。


「……俺に何か手伝えることはありますか?」

「……」


 いぶかしむようにアルバートが俺を見返す。

 しまった。話が唐突すぎた。

 だが、俺が口を開くよりも早く、アルバートが言葉をつないでいた。


「礼なら別にいい。俺が独り身なのを気づかったんだろう? 大丈夫だ。妻も子も、死んだのはだいぶ昔の話。今じゃ、気にしてねぇよ」


「……」


 うそをつくなよ。

 思わず、そんな言葉が喉にまで出かかった。

 本当なら、昨日の感謝にひと狩り――と行きたいところだが、先立つ物がなくちゃ始まらない。

 それに、恐らくだが、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックを使えば、ブロンズデーモンの位置はいつでも割り出せる。ちょっとくらい後回しにしても、俺の危惧するようなことは何も起こらないだろう。


「農具を借りてもいいっすか? 今日中に返しますんで」

「農具?」

「はい。穴を掘れるものなら、なんでも構いません」

「……家の裏にくわがある。古いものだが、今でもたぶん使えるはずだ。持ってけ」

「ありがとうございます」


 言い終えると同時に、アルバートが馬にまたがる。

 そのまま手綱を引いて、馬を走らせていった。

 精一杯の感謝を込めて、その背中を見送ったあとで、俺は言われたとおり家の裏手に回っていた。

 ……見つけた。

 大金を掘り出すのに、どうしても必要になる道具。

 本当はスコップとかがよかったんだが、まぁ、くわでも事は足りるだろう。

 自分の現在地はすでに分かっているので、それを世界攻略指南ザ・ゴールデンブックに書き足す形で、定期的にブックマーク。あとは適宜、隠し財産までの道と照らし合わせれば、お宝はもう目の前っていう寸法だ。


 そうして掘り進めること、すでに1時間。

 かれこれ30センチは掘り返しただろうか。

 だが、一向にお宝が顔をのぞかせる気配がない。

 場所が間違っているんじゃないかと、何回も血眼になって確認したが、やはり地図は俺が今いる地点を指している。ここに間違いはない。


「それにしたって、地面が硬すぎる……」


 いくらくわが木製だからといっても、ここまで作業が滞るなんてこと、ありうるのだろうか?


「まさか……!?」


 そう思って、俺は慌てて世界攻略指南ザ・ゴールデンブックで、自分のプロフィールを確認していた。

 確認したいのはステータスの項目。

 恐れていたことだが、そこには運動性能について、3.6という表示があった。


「この世界でも、俺の筋力は人並み以下なのかよ!」


 女性よりもちょっと上という、ふざけた数値。

 そりゃ作業がはかどらないわけだ。


「クソッ……場所は間違ってねぇんだけどな……」


 アルバートの手を借りるべきだろうか?

 ……いや、できれば奥さんの復讐ふくしゅうに命を燃やす彼の手を、こんなことで煩わせたくはない。それに、今後のことも考えるならば、俺には身の回りの手助けをしてくれる人が、絶対に必要になる。


「異世界であることも加味するなら、やっぱりメイドか?」


 男の憧れでもあるしな。

 そういえば、歩いていける地点に町があるという話だった。

 たしか、名前は雪乃ゆきのの町。

 いかにも和風な名前だが、まぁ、そこはどうでもいいだろう。


「町なら、お約束のギルドもある……よな?」


 そこに行って、メイドを派遣してくれるかどうかをチェックだ。

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