第3話 俺、ギルドにて不愛想で物騒なメイドの手を借りる。

 山をおり、雪乃ゆきのの町へと向かう。

 俺には世界攻略指南ザ・ゴールデンブックがあるため、迷うことがない。

 アルバートが言っていたように、あの山小屋から雪乃ゆきのの町までは、そんなに離れていないようで、そこまで苦戦せずに町にたどり着くことができた。


 ……それでも、3時間以上はかかったはずだが。

 何はともあれ、無事に町の中へと入れた。

 あとは冒険者ギルドを探すだけだ。

 ここへ来るまでに、軽く雪乃ゆきのの町について調べだが、どうやら酒場が、ギルドの集会所を兼ねているらしい。なので、俺は酒場を見つけるだけでよい。


 酒場なんていうのは、よそからの人間もそこに用があるため、大通りに面した町の入り口付近にあると、大体の相場は決まっている。依頼をこなす冒険者ギルドならば、なおのこと。


 そうやってあたりをつけて探せば、すぐに目あての酒場は見つかっていた。

 ギルド「ナプキン=パンプキン」。

 ……もはや名前の是非は問うまい。

 胸部の高さに取りつけられた酒場の扉を、両手で押し開く。

 ギイィ、コン。きしんだ音を立てながら、ゆっくりと開いた扉から、酒場の中へと俺は入っていく。

 新たな客に対して、値踏みするような視線を送って来るやつが2~3人いたが、大多数の人間は興味がないらしく、各々がしていることに没頭していた。


 どこでもそうだろうが、この酒場にいる客も、ガラの悪い連中が多い。特に、一目で冒険者と分かるようなやつは、見るからに乱暴そうだった。俺のステータスの貧弱具合からしても、なるべく関わり合いにはなりたくない。女冒険者であればともかく、こいつらを護衛として雇うことも、未来永劫えいごうきっとないだろう。


「おい、聞いたか!? ここの裏山には、大層な財宝が眠っているみてぇだ」


 ふと、屈強な男が、別の大男に向かって話しかけているのが、耳に入った。


「あぁ、知っている。かなり古くからのうわさみたいだな。結構、色んなやつが掘り返しているらしいぜ」

「やっぱもう、取られちまっているんかね?」

「どうだろうな。発掘できたっていう話は聞かねぇし、俺たちも試すだけはしてみるか?」

「あぁ、そうしようぜ」


 やべぇな。

 この山の隠し財産は、割とメジャーな存在だったのか。

 急がねぇと、先に誰かに見つけられちまうかもしれねぇ。

 俺はできるだけ目線を合わせないようにしながら、酒場の奥のほうに立てられた、ギルドの掲示板へと近寄っていた。


 掲示板の中身は、おおむね2種類。

 1つは、こういう人材を求めていますという、依頼者からのクエスト。もう1つは、特定の種類の仕事を請け負いますという、専門家からの募集だ。もっと端的に、求人と求職という言い方をしてみても、いいのかもしれない。


 俺が見るのは、もちろん右側の張り紙。求職のほうだ。

 一つひとつ、つぶさに内容を確認していったが、やはりメイドを派遣するといった内容の張り紙は、見られなかった。


 さすがに、冒険者ギルドにメイドを探しに来るというのは、少々無茶な計画だっただろうか。


「そんなに都合よく、メイドはいねぇか」

「そんなに都合よく、メイドは募集していないようですね」


 左から聞こえた独り言に、思わず俺がそちらを振り向けば、相手の声と俺の声が重なっていた。


「「……え?」」


 お互いに顔を見合わせ、動きを止める。

 俺の隣に立っているのは、コスプレと見紛みまがうほどの、ザ・メイドというで立ちをした若い女。

 頭についているのは、お決まりの白色の飾り。

 華奢きゃしゃな胴体には、黒と白で作られた、エプロンだかドレスだかよく分からない洋服もあるので、彼女がメイドであることに疑いはない。


 どうやら、俺は絶好の機会に遭遇したようだった。




✿✿✿❀✿✿✿




 ドロシー。

 彼女はメイドである。

 ドロシーが仕えていたのは、雪乃ゆきのの町では有名な資産家の主人だった。名をクレバリアス家と言い、ここに仕えていたメイドの数も、相当な量にのぼっていた。


 主人は非常に高齢な老人だった。

 ここの主人が亡くなったのが、実に2日前のことである。

 長年に渡って仕えていた主人の逝去。

 高齢ゆえ、薄々ドロシーも覚悟はしていたが、一昨日は一日中悲しみにふけっていた。

 そして、今度は自分よりも長生きする若い人を、主人にしないといけないのだと、前の主人に対して悪態をついたのが、昨日の朝のことであった。実に、ドロシーはドライな人間だったのである。


「アネモネ地方のお屋敷から、『自分のところへ来ないか』と声がかかっているんだけど、あんたはどうする、ドロシー?」


 先輩のメイドは、そう言ってドロシーの前で煙草たばこを吸った。

 何度も主人に禁煙を勧められていたが、どうにも口に物が入っていないと、落ち着かない性格のようで、彼女はしばしば主人に隠れて煙草たばこんだ。


 メイドとして優秀だっただけに、主人も彼女の欠点を嘆くことがあったが、ドロシーにとってはどうでもよかった。


「私はまだ決めかねています……」

「そう……だったね。あんたには、私と違って、ネモフィラを離れられない理由があったか。病気がちのお母さんだっけ? ……いや、お父さんのほうだったか」


「そうです、父です。母はもういません。たぶん、父も、もうすぐ死んでしまうんでしょうけど。それでも、父を看取みとるまでは、ネモフィラを離れるわけにはいかないんです。それが母との約束でもありますし、なんだかんだ言っても、私にとっては替えの利かない肉親ですから」


「そうかい。じゃあ、私はもう行くよ。達者でな、ドロシー。次に会うときも、あんたとは気軽に話せる仲でありたいね」


「私もです、メイド長」


 ドロシーの台詞せりふに、先輩メイドはあきれたように笑った。


「もうメイド長じゃないさ」

「そうでした……。ベロニカさん」


 かくして今日、ドロシーは自分の新しい雇用先を見つけるべく、ギルドに顔を出していたのである。




✿✿✿❀✿✿✿




 いつの間にか横に立っていた、赤髪の若いメイド。

 これはもう天啓に違いないと、俺は早速、交渉に入っていた。


「あなたを雇いたい」

「……。失礼、あなたはどちらの使用人ですか?」

「いや、俺があなたを雇いたいんだ」


(メイドを求めるにしては、ずいぶんと若い男の子のようですが……)


 と、当時のドロシーは思っていたらしいが、もちろん俺はそんなことを知らない。

 突然、始まったやり取りに、周囲の注目を浴びてしまったみたいで、みんなの視線が気になって仕方がない。


 この酒場には、俺と同じ財宝を狙っている冒険者がいる。たぶん、さっき話していた連中だけじゃないだろう。きっと、うじゃうじゃいるに違いない。そんな中で、宝探しについて話すのは、いくらなんでも不用心だ。


「詳しい話は、もう少し人のいないところでしたいんだが……いいかな?」

「構いませんよ」


 そう言って、俺たちはギルドをあとにしたんだが、俺は別に雪乃ゆきのの町に詳しいわけじゃない。人目につかない場所といっても、近くの路地くらいしか思いつかなかった。


 さすがに、女をこんな場所に連れこむのはどうなんだろうと、俺がためらっていれば、それを彼女は理解したらしい。俺の背中から声がかかっていた。


「別に、それくらい大丈夫ですよ。狭い路地に入ったところで、いざとなれば、私のほうがあなたより強いでしょうから」


 いやいやいや。

 いくらなんでもそれはないだろうと、戯れに世界攻略指南ザ・ゴールデンブックに視線を落としてみれば、彼女の運動性能は驚異の8.6。成人男性を上回っている、なんていうレベルじゃない。ベテランの狩人かりうどであるアルバートさえも、軽く凌駕りょうがしてしまっている。


 俺の2倍以上あるぞ。

 ……こいつは本当に女なのか? 


「失礼ですね、あなた」


 疑う俺に、ジト目が返って来る。

 ……あれ? 今のちょっと気持ちよかった気がする。

 自分は、愛好家じゃないと思っていたんだが、こういうのをご褒美だと思う男の気持ちも、ちょっとだけ理解できた。


 退屈そうに、ドロシーがショートカットの髪の毛をもてあそぶ。


「……それで、あなたの目的はいったいなんですか?」

「目的?」

「そうです」

「メイドを雇ってどうしたいのかとか、そういうこと?」

「いえ、そういうんじゃありません。どうせ私も、一般的なメイドと同じことしかできませんから」


 ……一般的なメイドは、ハンター以上の脳筋じゃないと思うんですけどねぇ。

 思わず口を滑らせそうになったが、ぶん殴られるへきまでは、まだ俺に開発されていない。大人しく、俺は自重しておいた。


「主人に仕えるにあたって、相手の夢とか目標とか、そういうのを事前に知っておきたいんですよ。私たちメイドが主人の生活を支えるっていうのは、要するに、その人がただ生きるのに必要な無駄な時間を、私たちが代わりに払って、その夢をお手伝いすることになるわけですから。いくら賃金が弾むからって、悪人の野望とかには、私もつきあいたくはありません」


「……なるほど。もっともだな」


 つまり、俺はもう一度、大見得を切らないといけないというわけか。

 ゴホン。

 せきばらいをしてから、再び俺は勇ましく夢を語っていた。


「もちろん、そんなものは決まっている。俺の願いはただ2つ。最高の女を手に入れること! そして、世界中の女を幸せにすることだ! れた女が破滅を望むなら、俺は魔王にだってなってやるよ」


 2回目なので、今回は前回よりもカッコつけてできた気がする。

 どんな反応をするのかと、ちょっと期待しながらドロシーのほうを見れば、彼女は思っくそあきれていた。


「はぁ……」


 ……まぁ、これはこれでよかったか。

 女神コーザみたいに爆笑するのが、この世界の常識なのかと、ちょっと心のどこかで不安だったんだよね。よかった。ちゃんとした価値観の人間も、やっぱりいるんだな。


「……分かりました。もうそれでいいです」

「えっ、いいの? 自分でいうのもあれだけど、言葉の中身は、悪人っぽくないわけじゃないと思うんだけど」


「いえ、馬鹿すぎて、悪人だとかどうとか、全部どうでもよくなりました。そんな恥ずかしいことを、平気な顔をしていうのは馬鹿しかいません。大丈夫です……って、自分で言っていて照れないでくださいよ」


「あ、うん。ごめんね」


 やっぱり、俺は恥ずかしいことを言っていたのね。

 やばい。ちょっとだけ冷静になって来ちゃった。共感性羞恥が今にも爆発しそうだ。共感性もなにも、俺本人が原因なんだけど。


「残念だけど、前金は出せない。報酬が出来高制になっちまうので、とりあえずは、今日一日だけという約束でも構わないか?」


「まぁ……。私もはっきりと、次の雇い主が決まっているわけじゃないですし……。それで私は何をすればいいんです? 『最高の女』なんて、アホなことを言われても困りますよ」


 俺はびしっと背後の山を指さす。


「山に向かう。俺たちの狙いは、この町に伝わる埋蔵金だ」

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