第4話 俺、大量の隠し財産を手にする。

 隠し財産の発掘。

 俺の標的を話したとき、そりゃもうドロシーさんの機嫌は極めて上々だった。

 聞いたこともない数の罵詈ばり雑言が、よどみなく饒舌じょうぜつに浴びせられたし、しばらくの間は、俺に向ける視線を、ゴミを見るような目から変えてくれなかった。


 たぶん、俺が自分のスキルの説明をすれば、解決したんだろうけど、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックを他人に話していいものなのか、いまいち判断できなかったので、何も言い返せなかったんだ。


 だから、泣きそうだった、ずっと。

 てか、ちょっと泣いたよね普通に。


「いや、だから場所の見当はついているんだって。でも、俺の力じゃ掘り出せないの。分かるでしょ?」


 女の子に、自分がいかに非力であるかを説き伏せる。やべっ、冗談抜きで死にてぇ。


「はいはい、分かりましたよ。約束しちゃったものは、約束しちゃったものですから。仕方ないので、今日一日だけは、あなたにつきあってあげます。全くもう」


 山道をひたすら歩く。

 来たときと同じで、定期的に位置情報を確認しているので、道に迷うことはない。

 しばらくすれば、俺が目印の代わりに放置していたくわが、地面に突き刺さっているのが見えた。


「あそこだ。あの辺りを掘り返してくれればいい」


 俺の発言に、いぶかしむような視線を向けていたドロシーだったが、やがては渋々といった表情でうなずいていた。







 日暮れ。

 段々と周囲が暗くなっていく。

 ドロシーと共に山に戻って来たのが、昼前のことだったから、かれこれ6時間近くは、大地と触れあっていることになるだろうか。


 胃に物を入れたのは、昨日の晩が最後。

 当然、腹は減っているし、喉も渇いている。いくら快適な気温といっても、ぶっ通しの作業ならば汗が出るからだ。


いてっ……」


 ついに左の薬指まで、爪が割れてしまった。

 一番、力の入らなさそうな薬指まで、このざまだ。当然、ほかの指なんか、とうの昔に爪が割れてしまっている。はっきり言って、俺の指先は血だらけ。俺より力持ちの、ドロシーにくわを使ってもらっているので、俺は素手で地面と向きあうしかなかったのだ。


 正直、根性なしの俺が、よくここまで粘れたものだと自分でも思う。

 たぶん、隣でドロシーが、文句の1つも言わずに、淡々と作業をしていてくれなきゃ、俺はアナザーワールドで何をなすわけでもなく、心が折れていたかもしれない。自分のステータスを知ったあとだったしな。虚勢を張ったところで、砕け散った昔の心を完全に取り戻せるわけじゃない。早急に、自分はできる人間なんだという、成功体験が必要だった。


 俺のうめき声を耳にしたドロシーが、労わるようにして俺を見る。


「まっ、最初から分かっていましたよ。こんな結果に終わるだろうってことは。……もうやめましょうよ、そんなに意地を張らなくても怒りませんから。これまでにも、多くのトレジャーハンターたちが挑戦して来たんです。闇雲に掘り返したって、うまくいきっこないじゃないですか」


 正論。

 世界攻略指南ザ・ゴールデンブックがなきゃ、ドがつくほどの正論だ。

 実際、アナザーワールドの実態を知っている俺でさえ、さっきからずっと萎えそうになっているんだ。それに比べれば、ドロシーはよくやってくれていると思う。ホント……感謝している。


 だからこそ、先に俺がへこたれるわけにはいかないんだ。

 頼む……。早く戻って来てくれ、中学のときの俺よ。当時、もっと俺は無鉄砲だったはずだ。理由もなく自信があったし、訳もなく未来に希望が持てたし、体中からありあまるほどの元気があふれていた。


 それを今、ここで取り返さずしてどうする!

 知恵も勇気も人並み以下。

 ステータスなんか、カスみたいな数値だ。

 そんな俺に唯一残された根性さえ、まともに役立たないんだったら、俺はいったいなんのために、もう1回人生をやりなおしているんだよ。


 これ以上、絶望させないでくれ。


「……まだ、今日は終わっていない。日付が変わるまでは、俺につきあう約束だろう?」


 詭弁きべんだ。

 ちゃんとした時計さえ、俺たちは持ち合わせていない。

 晩を過ぎれば、あとはドロシーの采配次第。彼女が「これまで」といえば、俺はそれに従うしかない。正当な約束として残されている時間は、ごく僅かだけだろう。


「そんなこと言っても、もうすぐ全部が闇に沈んで、何も見えなくなっちゃうんですからね」


 不平こそ返事として返って来るが、それでもドロシーは手を休めることをしなかった。

 時々、彼女の口から漏れ出すため息は、単純に疲労から来るものなのか。それとも、俺の痛々しい腕を見て、俺をあきれているだけなのだろうか。


 祈るように土を持ちあげる。

 指と爪の隙間に入った砂が、ずきずきと指先を傷つけたが、もう途中から気にするのをやめた。

 削る。

 集める。

 払いのける。

 そのくり返しの果てに、かすかに物がぶつかる音を聞いた。

 ドコリ。

 俺のほうからじゃない。

 硬い物同士が衝突するような、そんな音だ。


「木の根じゃないですよね……」


 ドロシーも不思議そうに、自分の掘った穴に視線を落としているが、すでに太陽の位置が低すぎて、そこからじゃ穴の中がよく分からない。


 急いで俺も加わって、ぶつかった物の周囲を掘り進めていけば、やがてそれが1つの木箱だということが分かった。


 正体を確信した俺は、待ちきれずに木箱に飛びつく。

 だが、鍵がかかっているのか、中々開かない。

 すかさず、横からドロシーが木箱を取りあげていた。


「その怪我けがした指で開けるつもりなんですか? 万全の状態であっても、あなたの力じゃ開けられないでしょう? 大人しくそこで待っていてください」


 言うやいなや、力任せにドロシーが鍵を破壊した。

 そのまま強引に蓋をこじ開けていく。

 ……あ、うん。もう力仕事は全部、ドロシーに任せよう。俺とは比べられない。

 中身はいったい何者か?

 そんなこと、昨日の昼から分かっていたことだ。

 木箱の中には、金ぴかの硬貨が、これでもかとぎっしりと詰まっていた。

 すっかり安心した俺は、穴の外で尻もちをつく。


「どうにか間に合ったな……」


 98%くらい沈んだ太陽を見ながら、俺はドロシーに声をかけていた。

 もっとも、山の上でさえこのありさまじゃ、町のほうではとっくに夜だろう。

 彼女からの反応がなかったので、ドロシーのほうを振り向けば、声も出せないといった様子で、木箱を抱えたまま立ちつくしていた。


 それらがいったい、どのくらいの価値を持っているのかなんて、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックで調べるまでもなく、ドロシーの表情を見ただけでも十分だった。


「ほとんど穴掘りを任せちまったが、俺がいなきゃ場所はあてられなかったろう? 分け前は半分ずつでもいいか?」


 信じられないといった顔で、ドロシーは俺に首を振っていた。


「こんな……いただけません。第一、これはあなたが見つけたものじゃないですか!」

「なら、全部やる。全部、お前にやるから! だから、俺に雇われてくれ。今日一日限りじゃなくて、これから先もずっと。俺には……あなたが必要だ」


「……」


 沈黙。

 返事の代わりに、ドロシーが木箱から2枚の金貨シルガを抜き取った。


「どんなに高く見積もったって、メイドのお給料なんか、月にせいぜいが2金貨シルガですよ」


 俺は顔を上げ、しっかりとドロシーのことを見つめた。


「そ、それじゃあ、俺に雇われてくれるんだな?」

「はい。今日から私ドロシーは、あなたのメイドです。ご主人様」


 そう言って、彼女は愛嬌あいきょうのない、へたくそな笑みを見せていた。




✿✿✿❀✿✿✿




 その後、ドロシーの手によってアルバートの山小屋にも、謝礼として1枚の金貨シルガが届けられた。

 ゼンキチはアナザーワールドの言葉を書けないため、手紙をしたためたのもドロシーである。

 家の前、重しとして置かれた石の下の、手紙に気がついたアルバートが、手紙を取って持ちあげた。

 中を開くと、1枚の硬貨が落ちて来る。

 慌てて、アルバートは金貨シルガを受け止めた。

 いったい何事かと、文面に目を通す。


『先日の礼。おかげさまで、くわも助かりました』


 それを読んだアルバートは、声を出して思いきり笑っていた。


「なんだ、ゼンキチ。お前、あんななりして、金持ちだったのかよ」


 納得したようにうなずいたアルバートが、ポケットに金貨シルガをしまった。

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