第2エピソード 父を助ける

第5話 俺、ドロシーに病気の父親がいることを知る。

 俺たちが裏山から見つけた木箱には、全部で600枚の金貨シルガが入っていたらしい。

 だが、財産を隠したのは、昔の超大金持ちだ。たったの600枚で終わるはずがない。

 これからの発掘作業は大変だ。

 実際に財宝を掘り出せたことがうわさになる前に、できるだけ早く、俺たちだけで残りを掘り出さなきゃいけない。


 そんなふうに身構えていた俺だったが、すべては杞憂きゆうに終わっていた。

 俺から埋蔵金の詳細について聞くなり、ドロシーは新しいスコップを購入していたからだ。

 本気を出したドロシーは、尋常じゃなかった。

 たったの一晩で、埋もれていた金貨シルガすべてを掘り出していたのだ。

 その数、全部で300万枚。

 桁外れの量だった。


「……こんなにあるとは、さすがに思わなかったな。いったい、どうする?」


 ドロシーから連絡を受けた俺は、山に向かっていた。

 目の前に広がる大群の木箱を見て、思わず俺はあきれるようにドロシーに声をかけていた。

 手押し車で運ぶにしても、量が量だ。どれだけ時間がかかるか分かったものじゃない。

 第一、俺はまだワールドに拠点を持てていないんだ。

 大量の金貨シルガを保管しておくような場所が、そもそもない。


「保管場所……ですか。そうですね。たしかに、私も埋蔵金を掘り出すのに夢中で、何も考えていませんでした。……あぁ、ご主人様さえよければ、これらは私が持っておきますよ」


「持っておく?」

「はい」


 ドロシーの言い方が気になり、説明を促せば、どういうことなのかを俺に実演してみせていた。


「実は私、スキルの使い手なんです」


 言うやいなや、ドロシーが自分のポケットに手を突っこみ、中から様々なものを取り出していた。

 全部で5種類。

 麻袋、着替えのメイド服、メモ帳にペン。そして短刀だ。

 ……短刀? っていうか、その小さなポケットから、メイド服はどうやって出したんだ?


「……」


 俺以外にも、スキルを使える者はこの世界にいたのか。

 驚きのあまり、俺が声も出せないでいれば、ドロシーが得意げになって説明を続けてくれる。


「驚きましたか? 珍しいでしょう? 私のスキル『大食衣嚢グラットンポケット』は、お気に入りのアイテムを5種類まで、ポケットの中に好きなだけ入れておけるんです。試したことがないので、数に上限があるのかは分かりませんけど、たぶん同じ種類のアイテムなら、かなりの数を収納しておけますよ。金貨シルガだけなら、300万枚くらい入ると思います」


 なんだ、その便利すぎるスキルは。

 俺とは別の意味でチートじゃねぇか。


「その、スキルの使い手っていうのは、世界にどのくらいいるものなんだ?」

「えぇっと、どうでしょうね。正確な数は分かりませんが、体感だと、1万人につき2~3人という具合でしょうか」


 言いながら、すでにドロシーは金貨シルガの回収を始めていた。

 律儀に木箱から金貨シルガを取り出しているあたり、木箱と同時にしまいこむと、木箱も1種類のアイテムとして、カウントされてしまうのだろう。


「手伝うよ」


 言って、俺も木箱から金貨シルガを取り出す作業に移っていた。


「……私を疑わないんですか?」

「疑う?」

「だって、金貨シルガを持ち逃げするかもしれないじゃないですか」

「持ち逃げするようなやつは、そんなことをわざわざ尋ねねぇと思うけどな。……それに、俺は最初に言ったべ。全部やるって。今でもそうだよ。欲しいなら全部やるよ。また、見つけりゃいいだけだし。あっ! でも、お宝を見つける作業までは協力してよ? 俺1人じゃ無理だから」


 そんなふうに俺が答えれば、ドロシーは怒ったような、それでいて自分のことを恥じているような、そんな複雑な表情で俺のことを軽くにらみつける。


「分かりました。ご主人様がこんなに甘ちゃんだと、世間様も困るでしょうから、メイドの私が代わりに管理してあげます」


「そう? 助かるよ。昔から俺、数学がちょっと苦手なんだよね。算数のときから苦手意識を持っていたんだけど、決定的だったのは中学のときかな。『等式』の単元で、俺の数学時代は終わったね。なんだよあれ、複数の正解があったのかよ。ずっと、先生の答えと自分の答えが合わないから、頭を抱えていたわ。まぁ、それがなくても、遅かれ早かれ、学校の勉強についていけなくなったんだろうけどさ」


「ご主人様って、時々、意味不明なことを早口で言いだしますよね」


 ……キモくて、ごめんなさい。


「でも、これだけやってもらうなら、月に2枚の報酬じゃ割に合わないんじゃないか?」

「そうですか? 別に、財布の管理くらい、メイドの仕事のうちでしょう」

「いや、いくらなんでも財布ってレベルじゃねぇだろう。これだけの金貨シルガを持ち歩くやつなんて、いねぇって」


「それはまぁ、たしかに」

「給料の増額に思うところがあるなら、ボーナスって形でもいいよ。たまたま、俺が大金を見つけた。だから、メイドにもおまけで配った。これなら、別に不自然なところはないだろう?」


 なおも嫌がるドロシーに、俺は彼女がうなずきやすい言葉を投げた。


「話は簡単だ。俺がプレゼントしたいだけなんだよ」

「……自分に必要な日用品くらい、それこそ私のお給金で買えますから。欲しいものと言われても……あっ」


 何かを思い出したのか、ドロシーが急に口元に手をあてていた。

 心なしか、目も泳いでいるように見える。

 そんなに、とんでもないことを思い出したのだろうか。

 ちょっと聞くのが怖かったが、これだけの金貨シルガがあれば恐れるものはない。

 俺は平静を装って、今一度、ドロシーに尋ねた。


「なんだよ。とりあえず、口に出してみりゃいいじゃん。世界丸ごと全部くださいとか言われたら、さすがに無理だけど、大抵の物なら買える金額はあるんだろう?」


 ドロシーが手元の金貨シルガと、俺の顔を交互に見つめながら、押し黙ってしまう。

 彼女が口を開くまで、根気強く待っていれば、沈黙の気まずさに耐えかねたのか、ようやくドロシーが重たい口を開いていた。それでも、普段の彼女に比べて、ずいぶんと歯切れの悪い発言だったことは、否めない。


「その……これだけのお金があったら、父に必要な薬も買えそうだなって……。ちょっと思って。ちょっと思っただけですよ? 本気にしないでくださいね」


「薬か。へぇ、いいじゃん」


 なんだ、そんなことか。

 飛び抜けて変な物を想像していた、自分が恥ずかしい。

 たぶん、アナザーワールドも例に漏れず、薬剤の高価な世界なのだろう。

 それでも、俺たちの見つけた資産は莫大ばくだいだ。

 数百・数千の金貨シルガが消し飛んだところで、手持ちの金額は揺らぐことがない。

 300万枚という圧倒的な数は、目減りしないのだ。

 だから、俺としては一向に構わなかった。

 まぁ、それでもドロシーの父親がどういう状態なのか、ちょっと世界攻略指南ザ・ゴールデンブックで確認しておくか。一応、俺の大事なメイドの家族だしな。


 なんともなしに、俺はドロシーに父親の名前を尋ねた。


「父の名前ですか? ブライアンです。それが何か?」

「いや、別になんでも。そのまま作業を続けてくれ」


 アルバートのときと同様、この近くに住んでいる住人の一覧から、ブライアンの項目を引き出す。

 プロフィールをのぞくことは、ちょっと気が引けたが、いかんせん俺は、この世界の病気について何も知らない状態だ。


 今は緊急事態として、許してくれ。

 たぶん、何もないだろうけどと、楽観的に世界攻略指南ザ・ゴールデンブックに目を通していた俺は、記載されていた衝撃的な事実に、自分の目を疑っていた。


 調べれば、なんとそこには、ブライアンが近日中に病死すると書かれてあったのだ。

 いったいどういうことなのかと、病気についての詳細を確認しようにも、それ以上の情報は不明となっている。世界攻略指南ザ・ゴールデンブックの仕様によれば、直接会ってみないと、詳しい情報は更新されないらしい。


 ……まずいぞ。

 世界攻略指南ザ・ゴールデンブックの説明が本物であることは、埋蔵金の一件からも明らかだ。


「ドロシー!」


 俺の大声に、ドロシーが驚いたように肩を弾ませた。


「急に叫んで悪かった。だが、ちょっと緊急だ。お前の父親は町のどこにいるんだ?」

「町じゃないです。村です。雪乃ゆきのの町から南西に行ったところにある、小さな村が私の故郷です」

「その村の名前は!?」

「……ありません。単に『村』としか、呼んでいないです」


 不思議そうな顔をして、ドロシーが作業の手を止める。

 俺は彼女の視線に隠れながら、ドロシーの村について世界攻略指南ザ・ゴールデンブックで調べていた。

 どうやら、彼女の言うとおりらしい。世界攻略指南ザ・ゴールデンブックのワールドマップを見てみても、村の位置を示す記号こそあれど、そこに地名を表す情報は書かれていなかった。


 黙りきった俺に、ドロシーが不安げに声をかけて来る。


「どうしたんですか、急に?」

「今すぐ、お父さんに会いに行こう」

「えっ? いやいやいや、いいですよ。たしかに、父は寝たきりの病人ですが、この前会ったときもまだまだ元気そうでしたよ」


 躊躇ちゅうちょするドロシーに、俺は嫌な予感がするからと言い張っていた。

 さすがに、主人が何度も強く主張すれば、無視するわけにもいかないと考えたのだろう。

 渋々といった表情で、ドロシーは村に向かうための足を探しに行っていた。

 いくらなんでも、徒歩で向かうには村が遠すぎる。

 移動のための手段が必要だ。

 残った木箱を簡単に隠したあとで、俺も町へと戻れば、そこでドロシーの村と交易を行っているという商人に出会った。なんでも、いくらかの代金を支払うことで、村に向かう馬車に一緒に乗せてくれるという。


 即決して、俺たちは馬車に同乗していた。

 その車内で、俺はドロシーに、ブライアンの病気について尋ねていた。


「お父さんの病気については、どこまで理解しているんだ?」

「すみません。実際のところは、どんな病気なのかもよく分かっていないんです。いくつかのお医者さんには診てもらったんですが、正直、ほとんど何も分からなくて……。なので、どんな薬が必要なのかということも、分かっていない状態なんです。だから、本当に、ご主人様がわざわざ会いに行くことなんか、ないんですよ」


 予想どおりの答えではあったが、焦る気持ちが増すだけだった。

 このまま放置すれば、近日中に死亡することだけは確実なのだ。

 万が一のことを考えるのは当然だろう。

 俺は手綱を握る御者に、馬を早めるようにかしていた。


「いいから、急いでくれ!」


 俺の注文に苛立いらだっていた男も、その手に数枚の金貨シルガを握らせれば、あとは手綱を握ることに集中した。


 なんとも言えない嫌な時間が続いていた。

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