第6話 俺、ドロシーの父親を助けることを決意する。

 ほどなくして、ドロシーの村が見えて来ていた。

 木で作られた家々がまばらにあって、その間を埋めるようにして田畑が広がっている。

 工芸品や嗜好品しこうひんを除けば、一応は村のみでコミュニティーが完結しているらしく、思っていたほど建物の状態はひどくなかった。


 だが、肝心の田畑に生える作物や野菜は、遠目にも出来が悪い。

 道中でドロシーから聞かされていたとおりだが、根本的に土地が貧しいのだろう。

 これでは生きていくのもやっとのはずだ。

 仮に、病気を治せたとしても、こんな栄養状態では、すぐに違う病気にかかってしまうんじゃないだろうか。


 俺はいたたまれない気持ちで、馬車をおりた。

 スキルを使えるドロシーは、村では神童という扱いのようで、彼女を見かけた子供たちが、瞬く間にドロシーのもとへと集まっていた。


 無理もない。

 スキルの所有者の割合を考えれば、こんな小さな村から、スキルの使い手が生まれたこと自体が、奇跡に近いのだろう。


「ドロシーだ!」

「ドロシー姉ちゃんが帰って来た」

「ドロドロ姉ちゃんが、男を連れて来た! まさしく、ドロドロの展開だ!」


 最後のクソガキは、ドロシーによって思いきり殴られていた。

 ……最初、走る勢いに任せて、ドロシーは蹴りあげようとしていたからな。それに比べれば、だいぶ情けのある対応だと思うよ、俺は。


 それでも、容赦なくグーパンチだったけど。

 だが、クソガキを殴っても、好奇なうわさが立つのを止められなかったらしい。

 俺たちがブライアンの家に着く前に、ドロシーが恋人を連れて来たといううわさは、すっかり村中に広まっていた。


「はぁ……」


 ドロシーがあきれたようにため息をつく。

 正直、あとで怒られるのはどうせ俺になるので、やめて欲しい。……そうだよ、恋人と言われて悪い気はしなかったよ、うるせぇな。


 古い家の前で立ち止まったドロシーが、玄関の扉を二度たたく。


「お父さん? ドロシーです。入りますよ」


 鍵はないようで、相手の返事を聞く前にドロシーは扉を開けていた。

 ギィイと、古い家にありがちなきしんだ音がする。

 小さな家なので、玄関を開ければすぐに寝室が目に入る。

 寝室とキッチン、それに取ってつけたような、こぢんまりとしたリビングがあるばかりだ。

 個室のトイレはない。

 トイレは、共同で使う物が村に数か所あるだけだ。それも、ブライアンは1人で行けないので、村の人たちの手を借りているようだった。……風呂? 知らん。


 いったい、どこでそのうわさを聞いたのだろう。

 ブライアンは横になったままの状態で、ドロシーに向かって小さく抗議していた。


「ドロシー。お前、恋人を連れて来ただと? 許さん! そんなことは許さんぞ。俺が死ぬまで、男女交際は決して認めん。やるなら、俺が死んでからにしろ!」


 声音は茶化したものだったが、ドロシーとしてはあまり楽しい話題でもないだろう。

 鬱陶しそうにドロシーが手を振り払いながら、それに応じていた。もっとも、悲しんでもいない様子だったのだが。


「お父さん。冗談でも、そういうことを言うのはやめてよね。もう少し、色んな人がお父さんのために、力を使ってくれているって、そういう自覚を持ってよ」


「……自覚があるから、死にたくなるんだよ」


 小声でブライアンが応じる。

 おいおい、勘弁してくれと、俺は内心、叫びたかった。

 幸い、父親の声は、台所に向かったドロシーには届かなかったらしい。ほっと俺は心をでおろしながら、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックを発動させていた。


 ただちに、ブライアンの項目を引く。

 どうやら、無事に情報が更新できたようで、そこには以前よりも詳細な説明が書かれてあった。

 ブライアン。

 6年前に体調を崩して、それ以降は段々と、仕事に従事することができなくなる。2年前に偽南鳥肌病にせみなみとりはだびょう罹患りかんし、本格的に床にし始めた。持ち前の体力と気力で闘病を続けているが、残りの寿命は8日である。


 なるほど。俺が思っていた以上に、病状は深刻のようだ。

 まず、偽南鳥肌病にせみなみとりはだびょうの患者が少なすぎる。調べれば、俺たちのいる大陸の病気ではなく、主に南方大陸で発症するものらしい。ドロシーがどれだけ医者にかかっても、父親の病気について何も解明できなかったのは、このためだ。


 普通であれば、まず間違いなくゲームオーバーの病気だが、そこは俺の世界攻略指南ザ・ゴールデンブックがある。不治の病とされている偽南鳥肌病にせみなみとりはだびょうにも、ちゃんと治せる手段が存在していた。


「ふぅ……」


 とりあえずは、一安心だろうか。

 雪烏帽子ゆきのえぼしという花に含まれている成分が、この病気に対する著効を持っている。雪烏帽子ゆきのえぼしを薬として用いれば、十中八九快癒するはずだ。


 あとは、問題はこの薬が近場で手に入るのかどうかだろう。


「ドロシー、ちょっといいか?」


 話があるからといって、俺はドロシーを家の外に連れ出していた。

 そうして、辺りを適当にほっつき歩きながら、ドロシーにかいつまんで事情を説明する。


「まず、お父さんの病気だけどな、なんなのか分かったよ」

「本当ですか!?」

「あぁ。偽南鳥肌病にせみなみとりはだびょうっていう珍しい病気だ。治療法もある」


 彼女を安心させるように、できるだけ俺は穏やかな声音で話したつもりだったが、すぐには内容を信じられないのだろう。ドロシーは俺に疑いの目線を向けていた。


 つか、俺は言いよどむ。


「……。えっと、そうだな……俺はちょっとだけ、みんなよりも色んな物事に詳しいんだ。ほら、埋蔵金の場所についても知っていただろう?」


「なにも信じていないわけでは……」


 そうは言うものの、ドロシーの表情はえないままだ。

 俺だって、逆の立場ならにわかには信じられなかっただろう。


「とにかく、あとは薬を得るだけなんだ。俺たちを連れて来た御者の男は、たしか商会の人間だったよな?」


「ガスさんですか? えぇ、そのはずです。デリック商会は、私の村とも定期的に交易をしているので、ある程度のものならそろえられると思いますが……」


 世界攻略指南ザ・ゴールデンブックのページを簡単にめくった限りでは、雪烏帽子ゆきのえぼしという花はかなりの高級品だった。

 売買に支障のない金額を持っている自信はあるが、はたして雪乃ゆきのの町でも取り扱っているのだろうか。買うやつがいなければ、わざわざ在庫に常備はしていないだろう。


 ドロシーの前の職場は、たしか金持ちの家だったそうなので、雪乃ゆきのの町に、富豪が全くいないわけじゃないだろうけど、それでも安心はできない。


 そのままドロシーと共に歩いていれば、村民と取り引きをしているガスのもとへと、たどり着いていた。

 やり取りが終わったタイミングを見計らって、俺はガスに声をかける。


「ちょっといいか?」

「へい、なんでしょう」


 行きがけに、彼に金貨シルガを握らせたことが相当利いているのか、俺に向ける表情は、どこか迎合するようである。無意味にごまをすられているようで、あまり気持ちのいいものでもないのだが、すげない対応をされるよりは、マシと思うしかないんだろう。


「あんたのところの商会は、雪烏帽子ゆきのえぼしっていう花を取り扱っているのか?」

「へい、ありやすよ。どなたか湯にあたったんですかい?」


 やせぎすな男は、態度を変えることなく言い切る。

 その奇妙な発言に、俺は思わずオウム返しをしていた。


「湯にあたる?」

「えぇ。裕福な方々が時々、悪い湯にあたって倒れてしまうんですわ。たしか、春日湯返かすがのゆがえしといいましたっけね。そのために、雪烏帽子ゆきのえぼしがご入り用なんでしょう? こいつの効き目は素晴らしいみたいですからなぁ~。もっとも、わたしみたいに貧乏人には、縁のない話ですけんどんね……。なんでも、火の妖精にりつかれちまった結果なんだとか、そんなうわさがありやすよ」


 ガスの言った話は本当だった。

 あとでそれとなく調べてみたが、どうやら別の病気にも雪烏帽子ゆきのえぼしが使われるらしい。というか、主にそっちが主流のようだった。


 ガスが俺に説明を続ける。


「在庫は切らしていたかと思いやすが、時々はうちにも、雪烏帽子ゆきのえぼしをお求めになるお客さんがいやすんでね。たま~に入荷していやすよ。急ぎだと、取り寄せになっちまいやすが、以前に仕入れたときから、もうだいぶ日がちやす。今回は入荷すると思いやすんで、もうすぐ手に入るんじゃねぇかと。ただ、お客さんもご存じだとは思いやすが、雪烏帽子ゆきのえぼしはかな~りの高額になっちまうんでぇ。その辺は、大丈夫なんですかい?」


「あぁ、金の面なら心配ない。その場で満額を支払うよ。ちなみに、大体いくらぐらいだ?」

「うまく仕入れられたときで、600金貨シルガほどになりやす」

「そうか。なら、全く問題ないな」

「恐れいりやす」


 手持ちの残金は300万以上。

 そのうちの600なんざ、ただのはした金だろう。


「そういうことなら、今すぐ商会に顔を出して、品物を予約しておきたいんだが?」

「無茶言わねぇでくださいよ。今日は、この村に泊まりの予定ですゎ~。ちっこい旦那も、泊まっていきやしょう。飛ぶように売れる品じゃありやせん。急いたって、雪烏帽子ゆきのえぼしはなくなりやせんよ」


「そうですよ、ご主人様。父なら、まだまだ当分くたばりません。今宵こよいは当家に泊まっていってください。何もありませんが、精一杯腕を振るいます」


 ドロシーの台詞せりふに、俺はすぐには応えられなかった。

 たしかに、治療の目途は立った。

 薬はまもなく手に入るし、さすれば遅滞なくブライアンに届けられるだろう。

 病気の性質から考えて、後遺症が残るわけでもない。

 1週間の猶予があるのだから、無理に急ぐこともないのかもしれない。ここはドロシーの好意に甘えるほうが、建設的だろう。いくらブライアンを助けたいからといって、俺はドロシーの意見を無視して、ここまで来たのだ。


 ホストとしてもてなしたい、という彼女の気持ちまで、無下にすることはできない。

 俺はドロシーに促されるまま、彼女の家で夜を明かしていた。

 ……一応、言っておくが、ブライアンもいるんだから、何もなかったぞ? コラ、そこ。父親がいなくても何もなかっただろうとか、正論をいうんじゃないよ。泣いちゃうでしょうが。

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