第19話 俺、オジロワシを率いてブロンズデーモンに挑む。
町へと戻る馬の背にまたがったまま、俺はドロシーに気になったことを尋ねていた。
「ドロシーも、ブロンズデーモンのことを知っているのか? 町で『また、あれが?』と言っていたような気がしたが……」
俺の問いに、
だが、やがてはぽつぽつと、自分の過去のことを教えてくれていた。
「……。正確なところはほとんど知りません。当時の私は、母のところで暮らしていたので。……ただ、父の話では、村のほうにも被害があったと聞きます」
ドロシーの身内は、たしかブライアン1人だけ。
母親はすでに亡くなってしまったということだから、嫌なことを思い出させただろうか?
それからは無言のまま、ひたすら
移動手段が馬なので、さすがに快適だ。
かかる時間も短いので、特に気まずくなることもなく、町へと戻って来られた。
「スザクさんを現場に置いて来ましたが、これからどうなさるつもりなんです?」
「もちろん、ブロンズデーモンを倒すさ。この町の平安のためには、それが必要だろう? スザクは、俺が援軍を引き連れるまでの時間稼ぎだ!」
俺は、もっともらしい理由をつけて熱弁してみたのだが、ドロシーの反応はすげない。
それどころか、まるでそれが不可能なことであるかのように、首を横に振ったのだ。
「無理です……。こういった天災みたいなケースでは、誰も報酬を支払わないので、冒険者であっても手出しをしようとはしません。ここらの地主たちが、協力して謝礼を出すとかであればまだしも……そんなのは望み薄ですよ。前回、ブロンズデーモンが現れた際には、
ドロシーの主張は、たぶん正しい。
それならば、下手に動こうとはせずに大人しくしていたほうが、確実に自分の身を守れるはずだった。
だが、もちろんそんな提案は却下だ。
ドロシーが話してくれた中で、俺にとって重要な
「つまり、ばらまける金さえあれば、どうにかなるというわけだな?」
俺の返事に、ドロシーは眉をひそませる。
内容の約し方が、雑だと言いたげだった。
「そうですけど……まさか?」
目を丸くしたドロシーにうなずきを返して、俺はきっぱりと言い切る。
「当たり前だ。ドロシー、よく覚えておけ。金は使うためにある。ただ持っているだけじゃ、そこらのゴミクズと変わらないぜ」
時間がない。善は急げだ。
言うやいなや、俺はギルドの門戸を
ナプキン=パンプキン。けったいな名前だが、それでもここが
ブロンズデーモン復活の知らせに、町の人間は、その大部分が出払ってしまっている。酒場も同じありさまじゃないかと不安だったが、ボスの出現場所が、思いのほか遠かったのが幸いしたのだろう。それなりの数の人が、まだギルドに残っていた。
これならば大丈夫だと、俺は一同に呼びかける。
「みんな少し手を止めて、聞いてくれ」
何事かと、疎むような視線が遠慮なく俺に向けられる。正直、逃げだしてしまいたかった。
相手は、全員が俺よりも年上。
おまけにジョブが冒険者だから、
そんな連中に向かって、俺が演説をするなんて
引きつりそうになる首元を必死に押さえ、何気なく横を見上げれば、
隣にドロシーがいる。
それだけで、蛮勇にも似た勇気が、無限に湧き出して来るような気がした。……たぶん、ドロシーだったらこいつらにも勝てるしな。
俺は今一度、声を張りあげて彼らを見据えた。
「……聞いてくれ。知ってのとおり、ブロンズデーモンが復活した。やつは強い。この目でも見た。強大だ――普通に挑んだって勝てやしないだろう。やつが15年前に何をしたのかは、俺も分かっているつもりだ。この中にも、トラウマを持っている人だってきっといるだろう。そのうえでなお、お前たちに頼みたい! 俺はブロンズデーモンを退治したいんだ。頼む、力を貸してくれ。……金は俺が持つ。必要なだけ出してやる!」
ドロシーに目配せを送れば、うなずきのあとに彼女が
ポケットから何枚もの
興味を抱いたのか、俺のほうに1人の男が近づいて来る。
「長らく冒険者をやっているが、見たこともねぇ量の
うなずき、俺は男の目をしかと見返した。
「1つ目の約束は何があっても果たす。だが、2つ目はダメだ」
俺の返事が意に沿わぬものだったからだろう。キッと男が気色ばむ。
「おい、俺たちは命を賭け――」
男が怒りに任せて声を荒らげるが、俺はそれを手で制した。
俺の真意はそこにないからだ。
続けて、俺は一同に聞こえるように、腹の底から張りあげる。
「いいか、よく聞け! ここにいる者、ただの1人として死ぬことを俺は許さん! もしも、この約束を守れなかったやつがいようものなら、俺は大金を払ってでも、お前たちの悪評を末代まで伝えてやる。死ぬな! 必ず生きて、
「……」
みなの反応は鈍い。
俺の演説が滑ってしまったかと不安になったが、その場でドロシーが靴を床に
眼前の男は言う。
「全く、こんなに難しい依頼は初めてだぜ……。無鉄砲とは違うが、命を賭けるのが冒険者ってもんだぜ?」
「そのぶん、報酬も破格だ。期待していいぞ」
差し出された腕を握り返し、苦笑を浮かべて
魔物の討伐に必要な支度は男たちに任せて、俺とドロシーは店内をあとにする。
冒険者の集団から、十分に距離を取ったタイミングで、ドロシーが
「なぜ、彼らの身を気づかうようなことを? あんな連中、掃いて捨てるほどいるじゃないですか。死のうが生きようが、ご主人様とは関係ありませんよね?」
極端な
なにもドロシーは冒険者を嫌って、このようなことを言っているわけじゃないだろう。
ドロシーは、自分と主人のこと以外には、驚くほどドライな傾向にあるのだ。
もちろん、それはドロシーの優しさの裏返しでもある。自分のちっぽけな腕じゃ、救える人間に限りがあることを熟知しているんだ。数日も一緒に過ごしたのだから、いくら馬鹿な俺にだって、そのくらいは理解できる。
だが、俺は中二病だ。
望みはでっかく派手に。
「スザクに手加減させてまで人を集めたんだ。間違っても、殺すことなんかできないさ。……それにほら、女の冒険者もいたし?」
「はぁ……そっちが本音ですね」
心底
……まだだ。
最終的にスザクだよりの戦闘になるとしても、今のままじゃ人数が圧倒的に足りていない。これじゃあ、自分たちの手で倒したという実感を、得られやしないだろう。ブロンズデーモンのステータスを確認した俺だからこそ、断言できる。ありていに言えば、スザクの異質さをごまかすだけの、モブが必要なんだ。
おまけに、くぼ地へと向かうための足も全く足りていない。
いったいどうやって調達しようかと、しきりに俺が周りを見渡せば、路地へと入っていくタマーラの姿が見えた。
なぜ、ここに?
即座に疑問は浮かんだが、俺はドロシーを残して、タマーラへと駆け寄っていた。
「今までどこにいたんだ――いや、それはどうでもいい。頼みがある。力を貸して欲しい」
彼女との縁を強めるのには抵抗があったが、それよりもアルバートのほうが優先だ。深く気にしてはいられない。
不思議がるタマーラに対して、俺はあらかたの事情を説明していた。ブロンズデーモンが復活したこと。世話になった人が戦っていること。彼を助けるために戦力がいること。そして、戦場に向かうための足が必要であること。
スピーチに慣れていない俺の口調は、たどたどしいものだったが、タマーラは根気強く話に耳を傾けてくれていた。まるで、それが最初から分かっていたことであるかのように。
「なるほどねぇ。連れている護衛が少ないから、あいにくと手までは貸せないけれど、馬なら譲ってやってもいいよ。ナプ=パプの前に置いておくから、あとで取りに来なよ。報酬は……そうだな。ブロンズデーモンの死体っていうのはどうだい? さすがに全部はいらないが、ハヤテが喜びそうだからねぇ。適当に私たちで
「助かる!」
「……ご主人様?」
通りから聞こえるドロシーの声に促され、俺はタマーラに礼を言って走りだそうとしていた。
気がつかなかったんだ。タマーラの用意が良すぎることに。本来、行商人の彼女が、相当数の馬を事前に確保しているはずがない。そのことに、俺は全く気がついていなかった。
だから、タマーラに重ねて声をかけられたときも、本当に町のことを心配しているんだとばかり、思ってしまった。
「あぁっと、それから――」
まだあるのかと、少し焦りながら俺はタマーラに振り返る。
「これは親切心から伝えるんだが、ドラ=グラには援助を頼まないほうがいい」
「分かっている、大丈夫だ」
「……。それならいいんだ。頑張ってくれ」
立ち去る俺の後ろで、護衛のジャスティンが女商人に話しかける。
その声はあまりに小さくて、俺の耳に2人の会話が届くことはなかった。
『なぜ、ドラッジ=グラッジを排除するようなことを?』
『だって、あそこは自主的に魔物の排除をするような、ちゃんとしたギルドじゃないか。ブロンズデーモンの価値くらい知っているはずさ。少年たちとは違ってねぇ』
「悪い、遅くなった。少しタマーラと話をしていてな」
ドロシーは、俺たちの会話の内容について聞きたそうにしていたが、ついに尋ねて来ることはなかった。
「考えたのですが、ドラ=グラに助力を求めるというのはどうですか?」
「いや、それはダメなんだ。すでに結構な数の市民が、よそへと避難してしまっている。今は普段よりも
「なるほど。それは考えもしませんでした。ご主人様もたまにはいいことを言いますね」
余計な一言を続けてから、ドロシーが再び口を開く。
「だとすると、ほかに戦力になれそうなものは……」
「気乗りしないが、オジロワシを使うしかないだろうな」
ドロシーに隠れて、俺は
そうして、オスカーの位置を確認すれば、あの古びた倉庫から、まだ1歩も移動していない様子だった。
さすがに、先ほど会ったばかりだからだろう。ルートも明瞭だ。
走る。
筋力のない俺だが、背に腹は替えられない。随所で、ドロシーに応援されたり、腕を引っぱったりしてもらいながら、俺はやっとのことで、オジロワシのアジトに戻って来ていた。
入り口には、スザクの一撃で伸びてしまったままの者も多かったが、それでも何人かは戦える状態にある。……クレバリアス家にいたやつら? すまん、存在を忘れた。
そいつらを押しのけて中へと入り、俺はオスカーへと近づいた。
不愉快だが、今回は正当な依頼だ。
俺からちゃんと金を払う。
だが、それを聞いてもオスカーは、首を横に振るだけだった。
「ちょっと待て。盗賊としての落とし前は、さっきつけたばかりだろう? 俺たちにそこまでする義理はないはずだ。ましてや、相手は凶悪と名高いブロンズデーモン。倒すのに加勢しろだなんて、冗談にしたって出来が悪いぜ」
正論。
たしかに、オジロワシの
ただの自業自得ではあるが、それでもけじめはつけたと言わなきゃいけない。同じ事柄で何度も他人を責めるのは、男としてやっちゃいけないことだろう。
でも、そんなことはドロシーに関係なかった。
一瞬にしてオスカーに詰め寄ると、その首筋に愛用の短刀を押しあてる。
「やらないなら、今ここであなたたちの首を
あぁ……うん。
分かっていたけど、ドロシーさん容赦ねぇな。マジで。
もはや脅迫以外の何物でもない。
当然、オスカーの返事など1つしかなかった。
「やります……やらせてください」
かわいそうだとは思ったが、少なからず、そばにスザクがいなかったからこそ、強気に出られていた側面もあるのだろう。あまり強く同情する気にはなれない。
ドロシーから解放されたオスカーが、俺に困惑の目線を向ける。
その瞳は言外に、女の趣味がおかしいと俺に尋ねていた。
ゆえに、俺も小声で彼に応じる。
「馬鹿やろう。俺だってもっと
瞬時に、俺の頬を短刀がかすめた。
誰が放ったものなのかは、言わなくても分かるだろう。
……別に、ドロシーのことだとは言っていないのに。
「ご主人様ももっと急いでください」
どれだけ気力を振り絞って走っても、体力の限界的に動けなかった俺は、オジロワシの男たちに担がれるようにして、ナプ=パプへと移動していた。
「以前話したように、15年前の災厄では、私の村にもそれなりの被害が出たと聞きます。ですので、私が行って発破をかければ、あと数人くらいは味方をしてくれるかもしれません」
予想外のドロシーの提案に、俺は驚きつつもうなずきを返す。
「よろしいですか?」
これはドロシーが同行しなくても、もう平気かという意味に違いない。
オスカーに余計な圧をかけたのは、このタイミングで抜けるつもりだったからか。俺のために、最後に
今のオスカーたちの顔を見れば、
「ありがとう。たぶん、大丈夫だ」
「分かりました」
ドロシーが騎乗して去っていく。
その後ろ姿を横目に、俺は掛け声を上げた。
「俺たちも急ぐぞ!」
アルバートの戦う、くぼ地へと馬を駆けた。……オスカーの背中に腕を回しながら。
早くもドロシーが恋しいぜ、ちくしょう。
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