第19話 俺、オジロワシを率いてブロンズデーモンに挑む。

 町へと戻る馬の背にまたがったまま、俺はドロシーに気になったことを尋ねていた。


「ドロシーも、ブロンズデーモンのことを知っているのか? 町で『また、あれが?』と言っていたような気がしたが……」


 俺の問いに、つか、ドロシーは答えようとしなかった。何か事情があったのかもしれない。

 だが、やがてはぽつぽつと、自分の過去のことを教えてくれていた。


「……。正確なところはほとんど知りません。当時の私は、母のところで暮らしていたので。……ただ、父の話では、村のほうにも被害があったと聞きます」


 ドロシーの身内は、たしかブライアン1人だけ。

 母親はすでに亡くなってしまったということだから、嫌なことを思い出させただろうか?

 それからは無言のまま、ひたすら雪乃ゆきのの町を目指した。

 移動手段が馬なので、さすがに快適だ。

 かかる時間も短いので、特に気まずくなることもなく、町へと戻って来られた。


「スザクさんを現場に置いて来ましたが、これからどうなさるつもりなんです?」

「もちろん、ブロンズデーモンを倒すさ。この町の平安のためには、それが必要だろう? スザクは、俺が援軍を引き連れるまでの時間稼ぎだ!」


 俺は、もっともらしい理由をつけて熱弁してみたのだが、ドロシーの反応はすげない。

 それどころか、まるでそれが不可能なことであるかのように、首を横に振ったのだ。


「無理です……。こういった天災みたいなケースでは、誰も報酬を支払わないので、冒険者であっても手出しをしようとはしません。ここらの地主たちが、協力して謝礼を出すとかであればまだしも……そんなのは望み薄ですよ。前回、ブロンズデーモンが現れた際には、雪乃ゆきのの町にも多数の被害が出たとされていますが、あの様子では、今回は町のほうには来ないかもしれません。ブロンズデーモンの進路とは、ずれていそうですし、仮に来たとしても、それまでにはかなりの猶予があります。ブロンズデーモンという魔物が、1つの町の手に負えるような相手じゃないことは、すでに広く知れ渡っています。その間に、北菔鳳ほくおうの派遣が決まることでしょう。もう私たちの出る幕じゃないんですよ、ご主人様」


 ドロシーの主張は、たぶん正しい。

 北菔鳳ほくおうがなんだかはよく分からないが、恐らくは、魔物退治を専門としている組織のことだろう。ブロンズデーモンが封印された経緯からして、15年前には存在しなかった、新設の機関と考えられる。対抗馬として出されたものなら、実力は本物だろう。


 それならば、下手に動こうとはせずに大人しくしていたほうが、確実に自分の身を守れるはずだった。


 だが、もちろんそんな提案は却下だ。

 ドロシーが話してくれた中で、俺にとって重要な箇所かしょは、たったの1つしかない。


「つまり、ばらまける金さえあれば、どうにかなるというわけだな?」


 俺の返事に、ドロシーは眉をひそませる。

 内容の約し方が、雑だと言いたげだった。


「そうですけど……まさか?」


 目を丸くしたドロシーにうなずきを返して、俺はきっぱりと言い切る。


「当たり前だ。ドロシー、よく覚えておけ。金は使うためにある。ただ持っているだけじゃ、そこらのゴミクズと変わらないぜ」


 時間がない。善は急げだ。

 言うやいなや、俺はギルドの門戸をたたく。

 ナプキン=パンプキン。けったいな名前だが、それでもここが雪乃ゆきのの町のギルドだ。

 ブロンズデーモン復活の知らせに、町の人間は、その大部分が出払ってしまっている。酒場も同じありさまじゃないかと不安だったが、ボスの出現場所が、思いのほか遠かったのが幸いしたのだろう。それなりの数の人が、まだギルドに残っていた。


 これならば大丈夫だと、俺は一同に呼びかける。


「みんな少し手を止めて、聞いてくれ」


 何事かと、疎むような視線が遠慮なく俺に向けられる。正直、逃げだしてしまいたかった。

 相手は、全員が俺よりも年上。

 おまけにジョブが冒険者だから、のいいやつばかりだ。

 そんな連中に向かって、俺が演説をするなんてひざが笑ってしまう。

 引きつりそうになる首元を必死に押さえ、何気なく横を見上げれば、毅然きぜんとした態度でドロシーがそこに立っていた。


 隣にドロシーがいる。

 それだけで、蛮勇にも似た勇気が、無限に湧き出して来るような気がした。……たぶん、ドロシーだったらこいつらにも勝てるしな。


 俺は今一度、声を張りあげて彼らを見据えた。


「……聞いてくれ。知ってのとおり、ブロンズデーモンが復活した。やつは強い。この目でも見た。強大だ――普通に挑んだって勝てやしないだろう。やつが15年前に何をしたのかは、俺も分かっているつもりだ。この中にも、トラウマを持っている人だってきっといるだろう。そのうえでなお、お前たちに頼みたい! 俺はブロンズデーモンを退治したいんだ。頼む、力を貸してくれ。……金は俺が持つ。必要なだけ出してやる!」


 ドロシーに目配せを送れば、うなずきのあとに彼女が大食衣嚢グラットンポケットを使う。

 ポケットから何枚もの金貨シルガが取り出されると、俺の話をどうでもよさそうに聞いていた男たちの顔つきも、途端に変わり始めた。


 興味を抱いたのか、俺のほうに1人の男が近づいて来る。


「長らく冒険者をやっているが、見たこともねぇ量の金貨シルガだ……。本気なんだな? お前が本気でブロンズデーモンを、倒すつもりでいるってんなら、恨みのあるやつをもっと集めてやってもいい。だが、2つだけ約束してくれ。必ずやつを殺すと。そして、俺たちが死んだとしても、その家族に必ず金を払うと」


 うなずき、俺は男の目をしかと見返した。


「1つ目の約束は何があっても果たす。だが、2つ目はダメだ」


 俺の返事が意に沿わぬものだったからだろう。キッと男が気色ばむ。


「おい、俺たちは命を賭け――」


 男が怒りに任せて声を荒らげるが、俺はそれを手で制した。

 俺の真意はそこにないからだ。

 続けて、俺は一同に聞こえるように、腹の底から張りあげる。


「いいか、よく聞け! ここにいる者、ただの1人として死ぬことを俺は許さん! もしも、この約束を守れなかったやつがいようものなら、俺は大金を払ってでも、お前たちの悪評を末代まで伝えてやる。死ぬな! 必ず生きて、今宵こよい再びここで会うぞ」


「……」


 みなの反応は鈍い。

 俺の演説が滑ってしまったかと不安になったが、その場でドロシーが靴を床にたたきつけたので、無言で終わるということはなかった。恐怖から来るものだろうが、いくつかの返事が上がったからだ。


 眼前の男は言う。


「全く、こんなに難しい依頼は初めてだぜ……。無鉄砲とは違うが、命を賭けるのが冒険者ってもんだぜ?」


「そのぶん、報酬も破格だ。期待していいぞ」


 差し出された腕を握り返し、苦笑を浮かべてたたずむ男に俺は言い切っていた。

 魔物の討伐に必要な支度は男たちに任せて、俺とドロシーは店内をあとにする。

 冒険者の集団から、十分に距離を取ったタイミングで、ドロシーがいぶかしむように口を開いた。


「なぜ、彼らの身を気づかうようなことを? あんな連中、掃いて捨てるほどいるじゃないですか。死のうが生きようが、ご主人様とは関係ありませんよね?」


 極端な台詞せりふ

 なにもドロシーは冒険者を嫌って、このようなことを言っているわけじゃないだろう。

 ドロシーは、自分と主人のこと以外には、驚くほどドライな傾向にあるのだ。

 もちろん、それはドロシーの優しさの裏返しでもある。自分のちっぽけな腕じゃ、救える人間に限りがあることを熟知しているんだ。数日も一緒に過ごしたのだから、いくら馬鹿な俺にだって、そのくらいは理解できる。


 だが、俺は中二病だ。

 望みはでっかく派手に。ぺぇはそれよりもでっかく派手に! 全員を助けるのが、ヒーローってもんさ。


「スザクに手加減させてまで人を集めたんだ。間違っても、殺すことなんかできないさ。……それにほら、女の冒険者もいたし?」


「はぁ……そっちが本音ですね」


 心底あきれたようにつぶやくドロシーから、俺は顔をそらして彼我の戦力に思いをせる。

 ……まだだ。

 最終的にスザクだよりの戦闘になるとしても、今のままじゃ人数が圧倒的に足りていない。これじゃあ、自分たちの手で倒したという実感を、得られやしないだろう。ブロンズデーモンのステータスを確認した俺だからこそ、断言できる。ありていに言えば、スザクの異質さをごまかすだけの、モブが必要なんだ。


 おまけに、くぼ地へと向かうための足も全く足りていない。

 いったいどうやって調達しようかと、しきりに俺が周りを見渡せば、路地へと入っていくタマーラの姿が見えた。


 なぜ、ここに? 

 即座に疑問は浮かんだが、俺はドロシーを残して、タマーラへと駆け寄っていた。


「今までどこにいたんだ――いや、それはどうでもいい。頼みがある。力を貸して欲しい」


 彼女との縁を強めるのには抵抗があったが、それよりもアルバートのほうが優先だ。深く気にしてはいられない。


 不思議がるタマーラに対して、俺はあらかたの事情を説明していた。ブロンズデーモンが復活したこと。世話になった人が戦っていること。彼を助けるために戦力がいること。そして、戦場に向かうための足が必要であること。


 スピーチに慣れていない俺の口調は、たどたどしいものだったが、タマーラは根気強く話に耳を傾けてくれていた。まるで、それが最初から分かっていたことであるかのように。


「なるほどねぇ。連れている護衛が少ないから、あいにくと手までは貸せないけれど、馬なら譲ってやってもいいよ。ナプ=パプの前に置いておくから、あとで取りに来なよ。報酬は……そうだな。ブロンズデーモンの死体っていうのはどうだい? さすがに全部はいらないが、ハヤテが喜びそうだからねぇ。適当に私たちで見繕みつくろって、土産話のタネにでもするよ」


「助かる!」

「……ご主人様?」


 通りから聞こえるドロシーの声に促され、俺はタマーラに礼を言って走りだそうとしていた。

 気がつかなかったんだ。タマーラの用意が良すぎることに。本来、行商人の彼女が、相当数の馬を事前に確保しているはずがない。そのことに、俺は全く気がついていなかった。


 だから、タマーラに重ねて声をかけられたときも、本当に町のことを心配しているんだとばかり、思ってしまった。


「あぁっと、それから――」


 まだあるのかと、少し焦りながら俺はタマーラに振り返る。


「これは親切心から伝えるんだが、ドラ=グラには援助を頼まないほうがいい」

「分かっている、大丈夫だ」

「……。それならいいんだ。頑張ってくれ」


 立ち去る俺の後ろで、護衛のジャスティンが女商人に話しかける。

 その声はあまりに小さくて、俺の耳に2人の会話が届くことはなかった。


『なぜ、ドラッジ=グラッジを排除するようなことを?』

『だって、あそこは自主的に魔物の排除をするような、ちゃんとしたギルドじゃないか。ブロンズデーモンの価値くらい知っているはずさ。少年たちとは違ってねぇ』


「悪い、遅くなった。少しタマーラと話をしていてな」


 ドロシーは、俺たちの会話の内容について聞きたそうにしていたが、ついに尋ねて来ることはなかった。


「考えたのですが、ドラ=グラに助力を求めるというのはどうですか?」

「いや、それはダメなんだ。すでに結構な数の市民が、よそへと避難してしまっている。今は普段よりもが多い状態だ。火事場泥棒を防ぐべく、監視の意味を込めて、ドラ=グラには町に残っていてもらいたい」


「なるほど。それは考えもしませんでした。ご主人様もたまにはいいことを言いますね」


 余計な一言を続けてから、ドロシーが再び口を開く。


「だとすると、ほかに戦力になれそうなものは……」

「気乗りしないが、オジロワシを使うしかないだろうな」


 ドロシーに隠れて、俺は世界攻略指南ザ・ゴールデンブックを発動させる。

 そうして、オスカーの位置を確認すれば、あの古びた倉庫から、まだ1歩も移動していない様子だった。


 さすがに、先ほど会ったばかりだからだろう。ルートも明瞭だ。

 走る。

 筋力のない俺だが、背に腹は替えられない。随所で、ドロシーに応援されたり、腕を引っぱったりしてもらいながら、俺はやっとのことで、オジロワシのアジトに戻って来ていた。


 入り口には、スザクの一撃で伸びてしまったままの者も多かったが、それでも何人かは戦える状態にある。……クレバリアス家にいたやつら? すまん、存在を忘れた。


 そいつらを押しのけて中へと入り、俺はオスカーへと近づいた。

 不愉快だが、今回は正当な依頼だ。

 俺からちゃんと金を払う。

 だが、それを聞いてもオスカーは、首を横に振るだけだった。


「ちょっと待て。盗賊としての落とし前は、さっきつけたばかりだろう? 俺たちにそこまでする義理はないはずだ。ましてや、相手は凶悪と名高いブロンズデーモン。倒すのに加勢しろだなんて、冗談にしたって出来が悪いぜ」


 正論。

 たしかに、オジロワシの贖罪しょくざいはすでに済ましてある。

 ただの自業自得ではあるが、それでもけじめはつけたと言わなきゃいけない。同じ事柄で何度も他人を責めるのは、男としてやっちゃいけないことだろう。


 でも、そんなことはドロシーに関係なかった。

 一瞬にしてオスカーに詰め寄ると、その首筋に愛用の短刀を押しあてる。


「やらないなら、今ここであなたたちの首をねます! さぁ、やるんですか? やらないんですか? 早く、答えてください。私はご主人様と違って気が短いんですから!」


 あぁ……うん。

 分かっていたけど、ドロシーさん容赦ねぇな。マジで。

 もはや脅迫以外の何物でもない。

 当然、オスカーの返事など1つしかなかった。


「やります……やらせてください」


 かわいそうだとは思ったが、少なからず、そばにスザクがいなかったからこそ、強気に出られていた側面もあるのだろう。あまり強く同情する気にはなれない。


 ドロシーから解放されたオスカーが、俺に困惑の目線を向ける。

 その瞳は言外に、女の趣味がおかしいと俺に尋ねていた。

 ゆえに、俺も小声で彼に応じる。


「馬鹿やろう。俺だってもっとぺぇのでけぇやつが好みだ」


 瞬時に、俺の頬を短刀がかすめた。

 誰が放ったものなのかは、言わなくても分かるだろう。

 ……別に、ドロシーのことだとは言っていないのに。


「ご主人様ももっと急いでください」


 どれだけ気力を振り絞って走っても、体力の限界的に動けなかった俺は、オジロワシの男たちに担がれるようにして、ナプ=パプへと移動していた。


「以前話したように、15年前の災厄では、私の村にもそれなりの被害が出たと聞きます。ですので、私が行って発破をかければ、あと数人くらいは味方をしてくれるかもしれません」


 予想外のドロシーの提案に、俺は驚きつつもうなずきを返す。


「よろしいですか?」


 これはドロシーが同行しなくても、もう平気かという意味に違いない。

 オスカーに余計な圧をかけたのは、このタイミングで抜けるつもりだったからか。俺のために、最後にくぎを刺しておいてくれたのだろう。


 今のオスカーたちの顔を見れば、不埒ふらちなことをしようと考えているとは思えない。


「ありがとう。たぶん、大丈夫だ」

「分かりました」


 ドロシーが騎乗して去っていく。

 その後ろ姿を横目に、俺は掛け声を上げた。


「俺たちも急ぐぞ!」


 アルバートの戦う、くぼ地へと馬を駆けた。……オスカーの背中に腕を回しながら。

 早くもドロシーが恋しいぜ、ちくしょう。

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