第20話 俺、交戦を開始する。そして、村からの援軍も到着する。

 タマーラから借りた馬は、まごうことなき名馬だった。

 俺たちはあっという間に、くぼ地へと到着する。

 戦場を見おろせば、あちこちに傷ついた男の体があった。壮烈な戦いをくり広げた証拠だろう。だが、そこには肝心なブロンズデーモンの姿が見えない。


「……まさか、もう倒しちまったのか? すげぇや。まさか、もう倒しちまったのか!」


 ランドルフが1人だけ喜んでいたが、この馬鹿に構ってはいられない。こいつの問いに代わって答えるなら、もちろんノーだろう。そのくらい、ほかの人間なら言わなくても理解できたはずだ。


 じゃあ、いったいどこに消えちまったのかと、付近を捜索すれば、遠くのほうに、アルバートの指揮する様子が目に入った。どうやら、先に来ていたナプ=パプのメンバーを統率しながら、戦闘を継続させているらしい。


 アルバートは無事。

 その事実を確認できた俺は、ほっと安堵あんどの息を漏らしていた。

 すぐさま味方の部隊に接近し、俺はブロンズデーモンへの対抗策を叫ぶ。


「魔法を使える者は、なるべく魔法を使え! あいつに物理攻撃は通らない! 残りのメンバーは、魔法使いの援護だ!」


 俺の声に、一瞬、アルバートが不思議がるような視線を向ける。

 なぜ俺がここにいるんだと、そう問うような目線だった。

 だが、今の戦況に、無駄口をたたいているような余裕がないと、分かっているのだろう。アルバートはすぐに顔色を正すと、俺からのアドバイスを戦術に組みこんでいった。


 手早く指示を飛ばすアルバート。

 それに沿って味方の陣形が動く。

 さすがは冒険者といったところか。

 集団戦闘にあっても、ある程度までは慣れているのだろう。素人の俺にも、その動作がきびきびとしたもので、洗練されていることが分かった。


 ……さて、これでどこまであらがえるようになるか。

 部隊の指揮を執ることは、俺にはできない。それに、この戦いの性質に照らせば、たとえ可能だったとしても、すべきではない。あくまでも、アルバートをおさとする一団で、ブロンズデーモンに立ち向かわなければいけないんだ。


「――ッ」


 そこへ飛んで来る、いくつかの岩のつぶて

 どうにか視界に捉えることこそできたが、もはや俺の運動神経では避けられない。

 やば――間に合わない!

 死を覚悟した刹那、横から現れたスザクが、そのつぶてを下から持ちあげて、明後日のほうに軽く放り投げていた。


「……余計でしたか?」


 なんでもないふうにスザクが俺に尋ねる。

 相変わらずの化け物っぷりだ。

 直前までアルバートの隣にいたというのに、今は、20m以上も離れた俺の前に立っている。


「いえ、たぶん死んでいました。その調子で、僕のこともお願いしていいっすか?」

「えぇ、特に問題ありません」


 俺が無事だったからといって、それは味方の全員が無傷であることを、意味しない。

 今の攻撃で何人かが吹き飛ばされ、瀕死ひんしの重傷を負っていた。


「今のはなんだ……」


 ブロンズデーモンの説明に、こんな攻撃をして来ると書いてあっただろうか?


「……邪法ですね。大したことはありません」


 耳慣れない言葉。

 オスカーの背中に隠れ、俺は本をめくる。いわく、魔物が使って来る超自然の奇跡だと。

 要するに、魔法みたいなものだろう。おまけに、使用する邪法の内容は、魔物の種類によって固定されているみたいだった。


 それなら、今の攻撃でブロンズデーモンの情報が、更新されているだろうと、俺は素早くボスの項目を引いていた。


 貧民窟な投銭サンバドレット

 指先から、運動性能7.2相当の力で、数個の砂礫されきを射出する邪法。

 ……俺の2倍のパワーじゃねぇか。

 スザクにとっては蚊に刺されるどころか、蚊とぶつかる程度の威力だろうが、ほかのメンバーからすれば、直撃は差しつかえるくらいの力になる。


 シンプルに、単なる邪法にステータスが負けている連中が、ここには大勢いるんだ。もろに食らってしまっては、それだけでも瀕死ひんしに陥る。


 遠距離攻撃でこの威力か……。決して無策で来たつもりじゃなかったが、ボスっていう野郎は、全部がここまでふざけているのか。


 スザクに守られながら、俺は順々に味方の運動性能を確認していった。

 ざっとでいい。

 急いで布陣を変更しないと、部隊がごっそり削られかねない。

 それに、あまり俺がスザクから離れすぎると、反復横跳びの感覚で超移動をくり返すので、彼女の異次元さが目立つようになってしまう。指揮官とは違う視点で、戦場を把握しようしたのは俺の失敗だった。今のうちに、アルバートと合流したほうがいい。


「アルバート!」

「ゼンキチか……。お前、よくここに俺がいると分かったな」

「知り合いに死なれたら、寝覚めが悪くなるだろうが! それより、今の戦況をどう見る?」

「おおむね予想どおりってところか。この段階でやられるようじゃ、どのみちブロンズデーモンは倒せん」


 薄々は思っていたが、やはりアルバートは経験者。前回の災厄で、ブロンズデーモンと刃を交えているんだろう。おまけに、もう何段階かギアを上げる余地を、向こうは残している。そういうことか。


 ……こりゃ本格的に、スザクのワンパンも覚悟しないといけねぇのかも。クソっ、そんなの認められっかよ。


「それより、この女剣士をもっと前に出すのはダメなのか? 正直、俺ですらこいつには、逆立ちしたって届かないぞ。一番、見込みがある」


 思わぬ方向での提案だった。

 アルバートは表情にこそ出していないが、そのやり方は、不本意な方法にほかならないだろう。仲間を気づかってなのか、それとも自分が生きているうちに、何がなんでもブロンズデーモンを倒すためなのか。はっきりとした理由は、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックを使ってみないと分からないが、いずれにしろそのカードはまだ切れない――いや、俺自身が切りたくない。


 世界中の女を救うと決めているんだぞ? アルバートの1人くらい、ここで救えなくていったいどうする。


 スザクの力を借りるのは、みんなの心が1つになってからだ。そこで初めて、彼女が本気で剣を振るうことにも、復讐ふくしゅうとしての意味が生じる。


 俺はそうと悟られぬように、スザクに対して首を横に振った。

 彼女が理解してくれないかと不安だったが、最初に念押ししておいたがあったのだろう。俺の合図にスザクは気がついたのだ。


「その……怖くて。私、これでも女ですし。魔物に自分から向かっていくのは中々……。なぁ、そうだろう? オスカー」


 自分1人でごまかすのは無理だと判断したのか、よりにもよって、オスカーにスザクは助けを求めていた。


 オジロワシのリーダーに、スザクに歯向かう気力はない。

 それどころか、その態度は服従という極端な形で示される。


「イェス! 姉御は怖がりです!」

「……」


 パワーバランスを如実に表す返事だ。

 言いつくろうのは当然に失敗。一同の間に、絶対にうそやろという空気が流れだす。

 頭をかきむしるアルバート。

 俺の狙いについても、少なからず理解してしまったのかもしれない。


「……仕方ねぇ。元々は俺たちの戦いだ! よそ者の手なんか借りられねぇ! そうだろ、てめぇら!」


 鼓舞に応えて雄たけびが上がる。

 その声音に多量の熱がこもっているあたり、やはり連中も、スザク一辺倒の弔いは嫌だったのだろう。


 俺たちの団結を、真正面からたたきつぶすようにして、再び貧民窟な投銭サンバドレットが飛来する。

 スザクの周囲にいる冒険者は、せいぜいがかすり傷で済んでいるが、相手の邪法は放射状に投擲とうてきされるもの。陣形の端までは救うことができない。


 魔法使いを庇護ひごしようと、タンクや前衛の男たちが次々に負傷していく。

 だが、それはお互い様だ。

 こちらの魔法攻撃も、着実にブロンズデーモンにダメージを与えている。あとはこの状態を、どこまで引き延ばせるかだろう。さすがに、味方の疲労の色までは隠せていないので、残っているマンパワーは僅かだ。


 足元から伝わる小さな揺れ。


「……?」


 不審に思って地面を見つめていれば、直後にスザクが俺とアルバートを抱えて、空へと跳躍していた。


 何事かとスザクを見上げている間に、俺たちのいた大地が隆起。幾何学模様にも似た角張った岩が、複雑な形で、無作為に眼下を埋めつくしていた。


「マジかよ!」

「いよいよ始まったか……」


 説明を促すように、俺はアルバートを見やる。


「15年前も、俺たちはこの邪法にやられた。俺たちの攻撃は、途端にやつに入らなくなったんだ」


 そう言っている間にも、岩の盾がブロンズデーモンのそばに形成されていく。

 ……今度は防御の邪法かよ。

 ふわりと華麗にスザクが着地。

 大量に生成される岩のせいで、どうにかあたっていたこちらの攻撃も、徐々に防がれて敵に届かなくなっていた。


「少し戦場を見渡したい!」


 そう言って、アルバートから離れた俺が世界攻略指南ザ・ゴールデンブックを開く。直線上に逃げたのは、もちろんスザクの援護が必要だからだ。


 邪法についての詳細な情報が、どうしても不可欠だった。

 該当の項目に目を走らせて、急ぎで知りたい内容を抜き取っていく。

 ……地形の変更と、防御の邪法は異なるものなのか。岩の盾は、地形を変更しているときにしか使えないもので、防御力は運動性能10.2相当。しかも魔法を防ぐためのシールドだ。


 やられた。

 ブロンズデーモンに知能があるのかは不明だが、こいつは、自分の弱点が魔術にあることを理解している。だから、それを克服するための邪法を使っているのだ。


 それでも望みが絶えたわけじゃない。

 向こうが防御に徹しない限り、反撃のチャンスは必ず生まれる。俺たちの魔法だって、決して無駄にはなっていないんだ。


 ここは我慢。

 そう思ってスキルを閉じようとしたとき、俺は邪法の欄に、不穏な熟語を見つけていた。とりもなおさず、『優先』と『劣後』の文字。


 まさか……。

 アルゴリズムは変化する? ブロンズデーモンの行動パターンは、第2フェイズに入ってしまったのか。


 絶望的な表情で俺が前線を見つめれば、その悪い予感は的中していた。

 ボスは先ほどから、貧民窟な投銭サンバドレットをほとんど使って来ていない。もっぱら、塞ぐ命の迷宮テラマーラだけを使用しているのだ。


 無数に出現する岩の盾。

 邪法の説明を字義どおりに受け取るならば、物理ダメージへの耐性は低いものと推定される。しかし、すでにこちらの前衛は、岩のつぶてで半壊状態。まともに敵のシールドを削れないだろう。


 貧民窟な投銭サンバドレットが飛んで来ないので、部隊の損害は極端に少なくなったが、これではいつまでっても、ブロンズデーモンを倒すことなんかできやしない。おまけに、魔物は通常攻撃をしないわけじゃないんだ。相手の守りを崩せない限り、こちらは肉薄されて、1人ずつ始末されるだけだろう。


 スタミナと魔力スピリットも、人間側が不利。

 総力戦にも勝機がない。


「終わった……」


 負けだ。

 どうあがいても、じり貧にしかならない。

 ふざけるなと胸中で悪態をついて、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックに視線を落としてみるが、芳しい情報は1つもなかった。その間にも、魔法使いの誰かが宙を舞う。おおかた、接近したブロンズデーモンに、腕でぎ払われたのだろう。


 治りそうになる中二病に、ありったけの妄想をつぎこんで心を奮わせてみるが、この場を打開するような妙案は何も浮かばない。


「……ドロシー」


 ひとちた俺の耳に、彼女の声が聞こえて来る。

 初め、幻聴かとも思ったが、そうじゃない。


「ご主人様! 連れて来ました」


 馬のいななきに促されて振り返れば、そこにはブライアンたちを含めた数人の村人が、武器を持って駆けつけていた。


 たったこれだけの戦力では、もはや状況は覆らない。みなの心を1つになんか、夢のまた夢だろう。スザクの独壇場で終幕だ。


 だが――。

 そこにドロシーがいる。

 彼女の視線が、次の言葉を待つように、しかと俺に向けられていた。


『驚きましたか? 珍しいでしょう? 私のスキル“大食衣嚢グラットンポケット”は、お気に入りのアイテムを5種類まで、ポケットの中に好きなだけ入れておけるんです。試したことがないので、数に上限があるのかは分かりませんけど、たぶん同じ種類のアイテムなら、かなりの数を収納しておけますよ。金貨シルガだけなら、300万枚くらい入ると思います』


 はたと思い出す、彼女のスキル。

 なぜ、唐突にそれを振り返ったのかは、自分でも分からない。

 それでも、確かに行ける気がした。

 ひらめいたのだ、逆転の一手を。


「ドロシー、手を貸してくれ! 俺にはあなたが必要だ」

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