第6エピソード ブロンズデーモンの討伐

第21話 俺、ブロンズデーモンを倒そうと試みるが、やっぱり俺には無理なので、代わりにスザクが倒す。

 俺の大声に、ドロシーは不安げに応じていた。

 自分の傷ついた太ももに手をあてながら、ドロシーが俺に向かって言い返す。


「ちょっと待ってください! 私の足はまだ本調子じゃなくて……頼られても、大した力にはなれません」


 俺は首を横に振って、それが杞憂きゆうであることをドロシーに伝えていた。

 必要なのは、ドロシーの男勝りなステータスじゃない。彼女のスキルのほうだ。


「心配はいらない。ドロシーには大食衣嚢グラットンポケットを使って欲しいんだ」

「私のスキルを?」

「あぁ!」


 俺が思い出したのは、ドロシーがポケットから、予備のメイド服を取り出して見せたときのことだ。

 当たり前だが、ポケットから取り出したということは、そのメイド服は、直前まで大食衣嚢グラットンポケットの中に、しまってあったということだ。


 普通のポケットに、一着の洋服が丸々入る道理はない。両者のサイズが違いすぎるからだ。

 しかし、実際には、物入れの中にメイド服は収まっていた。

 大食衣嚢グラットンポケットの発動条件は、恐らくだが、ドロシーが現に身につけている衣類のポケットに、物をしまうこと。


 もう分かるだろう?

 つまり、ドロシーのスキルは、ポケットよりも大きい雑品であっても、その一部さえ中に入れることができてしまえば、発動条件を満たすのだ。それの意味するところは、全体の小さな部分が、本体を巻きこむということにほかならない。


 心の中で謝罪し、俺はドロシーに背を向けて、彼女の詳細なプロフィールを確認していく。

 所持スキルである、大食衣嚢グラットンポケットの項目を斜め読みすれば、思ったとおり、そこにはスキルについての、詳細な仕様が書かれてあった。


 大食衣嚢グラットンポケットの効果は幅広い。生物以外であれば、ドロシーの体の2倍の大きさまでは、問題なく収納できるとある。


 俺は独りでにうなずき、戦場を見回す。

 無数に乱立している岩の盾。


「……」


 残る問題は、一部という言葉の扱いだ。

 これらの防壁は、塞ぐ命の迷宮テラマーラという邪法によって、作り出されたもの。


「スザク! あそこにある盾から、2つほど破片を取って来てくれないか? サイズは、そうだな。親指くらいの大きさがいい」


「……は? はぁ……。構いませんが……」


 怪訝けげんな表情をしたスザクだが、まもなく俺の指示に従って岩へと接近。

 スナック菓子でも摘まむような動作で盾を破砕すると、指定したとおりの大きさで、細片を持ち帰っていた。


 受け取ったうちの片方を地面に置き、もう一方の砂礫されきを、俺は両手で懸命に押しつぶした。


「ふぬぬぬぬ!」

「……何がしたいのか分かりませんけど、代わりましょうか」


 苦戦する俺の様子を見かねて、ドロシーが代行を申し出て来る。

 それを勇んで断った俺だったが、30秒後には、ドロシーにバトンタッチしていた。

 ……え? 俺って、破片も壊せないの。マジで……?


「すみません、ドロシーさん。よろしくお願いしまーす!」


 超自然の奇跡で作られた実態。

 それを障害として機能しないほどにまで小さくすれば、邪法は消えてなくなるはずだった。

 ドロシーが手のひらを開けて見てみれば、結果は俺の予想どおり。

 だが、地面に置いたほうの破片は残ったままだ。

 俺に説明を求めるように、ドロシーが眉をりあげる。


「盾がちょっとでも壊されたとき、邪法としての性質が、そっくりそのまま消えてなくなるならば、岩の全部が失われてなきゃ不自然だ。でも、そうじゃない。つまり、このカケラもまた、盾の邪法の一部なんだよ」


 拾いあげた破片を手に乗せ、俺はドロシーの前に差し出す。


「ドロシー、これを大食衣嚢グラットンポケットでしまってくれ」

「まさか……そんな」


 俺のやろうとしていることを察したのだろう。

 つか、ドロシーはとまどいを見せていたのだが、やがては意を決して盾のカケラを摘まみ取る。

 ポケットにしまいこんだ刹那――ドロシーが驚きをもって後ろを振り返った。

 そこにあったはずの岩の盾1つは、全体の一部に巻きこまれて、すっかりと姿を消していた。

 呆然ぼうぜんと立ちつくすドロシー。

 彼女自身、自分のスキルがいかに常軌を逸したものなのか、まるで自覚していなかったんだろう。


「これでようやく俺たちは、反撃のスタートラインに立った」

「お前ら、いったい何をしたんだ!」


 遠目に俺たちの様子をうかがっていたアルバートが、小走りで近寄って来る。一瞬にして、ブロンズデーモンの塞ぐ命の迷宮テラマーラが消失したことに、やはり驚きを隠せないでいるのだろう。


 事情を説明。

 ドロシーのスキルを使えば、前衛を失った今の俺たちにも、やりようがあると彼に話す。

 だが、それでも懸念があると、アルバートは俺に言い返していた。


「この隆起した岩はどうなる? これがあるからこそ、やつは防御の邪法を使って来ているはずだ。うっかり、そこの嬢ちゃんが消しちまったら、再びやつは岩の投擲とうてきを始めるだろう。その見分けはつくってのか!?」


 もっともな疑問。

 しかしながら、それは無駄な不安にほかならない。


「いや、そもそもそんな必要はないんです、アルバートさん」

「どういうことだ?」


 疑いの目を向けるアルバートに、俺はブロンズデーモンの邪法について、簡単な説明を加えた。


「岩の盾を展開するうえで、その準備段階として使われる邪法は、あくまでも地面を隆起させているだけ。こっちは、魔法によって作り出されているわけじゃない! 大地を丸ごと飲みこむことは、大食衣嚢グラットンポケットには不可能なので、ブロンズデーモンの攻撃パターンが変わってしまうことを、俺たちが心配する意味はないんです。逆に――」


 そこから先の言葉は、ドロシーが引き取っていた。


「逆に、岩の盾を無力化できる私たちは、ブロンズデーモンを、一方的にぼこぼこにできるということですね、ご主人様?」


 そのとおりだと、俺は彼女にうなずきを返した。

 からくりを理解したアルバートの瞳に、これまで以上の炎がともる。


「ちょっとでいい! この盾を崩して、ドロシーのところまで運ぶんだ。それだけで、この忌々しい障害を取り除くことができる! ひるむな、俺たちには勝利の女神がついているぞ!」


 ブライアンと共に、アルバートが指示を飛ばしていく。

 自分の父親によって、戦いの女神にされたことに対し、ドロシーは舌打ちで不快感をあらわにしていたが、さすがに、ブライアンをこの場で粛清することまではしなかった。


 形勢逆転。

 向こうが貧民窟な投銭サンバドレットを使用しないのであれば、俺たちにもまだ勝機がある。

 ドロシーのもとへと、次々に運ばれる岩のカケラ。

 近場は冒険者に任せ、スザクには、一番危険なボスの周辺を担当してもらった。彼女からすれば、持ち帰るのに移動する必要もないみたいで、指で摘まんだ盾の破片を、俺の頭に向かって正確にはじき飛ばしていた。


 ……もうちょい別の方法はなかったんすか? なんか、消しカスを投げられていた、中学時代を思い出して来ちゃうんすけど。はぁ……切ねぇ。つらい。


 顔の前で両手を広げているだけで、どんどんと塞ぐ命の迷宮テラマーラの一部がたまっていく。

 それを定期的に、俺はドロシーのポケットに入れていった。

 見晴らしのよくなった戦場。

 味方の魔法使いが、ブロンズデーモンの反撃を、気にせずに攻撃できるようになったことで、冒険者たちの魔法が、ひっきりなしにぶっ放されていた。


 魔法の強さがいまいち判然としないが、見た目が派手じゃないので、そこまでの威力ではないだろう。


 それでも、四方からこれだけの数を撃ちこめば、いやがおうにもダメージは通る。

 逃げるように後退を始めたブロンズデーモン。

 いよいよ不利だと悟ったのか、しばらくすると、ブロンズデーモンは自ら地獄変な怪岩エンボルデスントーンを解除していた。


 地形の変更が終了したことで、再びボスのアルゴリズムが変わる。

 貧民窟な投銭サンバドレットの襲来を予期した冒険者たちが、途端に慌て始めていた。

 そこへ向かって、俺は全身全霊で声を響かせる。


「とうとうやつの体力も限界だ! 俺たちは、ブロンズデーモンをあと1歩のところにまで、追いつめている! ラストスパートだ。殺せぇえええーーー!」


 今こそが分水嶺ぶんすいれい

 ここで萎えてしまったら、もう俺たちに勝ち目はない。

 ブロンズデーモンが、その両手を合わせてこちらへと構える。

 新種の邪法に違いない!

 直後、ボスの正面に人頭サイズの岩石が出現。猛スピードで人間側へと射出される。

 衝撃。

 魔法使いをどうにか前衛がかばったが、それでも岩の勢いを殺しきれずに、2人の男が宙を舞う。確実に戦線離脱だ。


 それだけじゃない。

 邪法の命中した箇所かしょを起点として、左右の方向にも、同様の岩石が射出されたようだった。

 恐らくは、2段構えの効果なのだろう。

 詳細を確認したいところだが、もはや俺のほうにも、悠長に世界攻略指南ザ・ゴールデンブックと、にらめっこしているような余裕はなかった。


「相手の攻撃は『丁』の字に飛んで来るぞ! 気をつけろ!」


 オジロワシの指揮に専念していたオスカーが、怒声を上げる。

 その見立ては、たぶん正しい。

 さすがは、腐っても盗賊を率いていただけのことがある。こういった土壇場での戦闘にも、オスカーには経験があるんだろう。


「ここで決着をつける!」


 それに呼応するように、アルバートも声を張りあげていた。

 唱和。

 互いを鼓舞するように、方々からも矢声やごえが聞こえて来る。

 ……よし。

 その光景を目にした俺は確信する。

 ようやく今、みなの心が1つになった。

 これならばスザクの力を解放しても、興ざめにはならないはずだ。

 怪物を起こそうと彼女に近寄れば、その肩をすかさずアルバートがつかんでいた。


「スザ――」

「お前が連れて来たんだ。お前がとどめを刺せ、ゼンキチ! お前らもそれで文句ねぇだろう!」


 いまだ得物を手にして立っている冒険者たちが、一斉に俺のほうを向いてうなずく。

 ……え? うそでしょ?

 慌てて俺は辺りを見回したのだが、そこに異を唱えてくれそうな者は、1人としていなかった。

 あろうことか、リベンジャーの思いは俺に託されてしまったのだ。

 ドロシーに助けを求めようにも、いくらなんでも彼女では太刀打ちできないだろう。


「……。……おめでとうございます、ゼンキチ様。これを狙っていたんですね?」


 頼みのスザクは、こんなとんちんかんな台詞せりふを俺に吐く始末だ。

 もう、どうにでもなれ。

 断れるような雰囲気になかった俺は、自棄やけを起こして勇み出る。


「スザク、その剣を俺に貸してくれないか?」

「ご主人様には、こちらの短刀のほうがよろしいかと」


 そう言って、ドロシーが俺に自分の武器を手渡して来た。

 なるほど、確かにドロシーの指摘するとおりかもしれない。

 いきなり刃先の長い武器を持ったところで、俺じゃうまく扱えないはずだ。

 俺が彼女から短刀を受け取れば、ちょうどそこにブロンズデーモンの新技が襲って来る。

 ガキン。

 難なく岩石を片手でつかんだスザクが、そのまま敵の邪法を破壊。追加攻撃もろとも、岩石を無力化していた。


 あきれたようにドロシーがため息をつく。

 ……ねぇ? 今からでも、選手交代しない?


「スザク、ちょっとの間でいい。やつを引きつけてくれ」


 さすがに、厳戒態勢のブロンズデーモンには近づきたくもない。

 俺は仕方なく、それと分からないようにスザクに援護を頼んでいた。俺の予想どおりに事が運ぶならば、これが正しい選択のはずだった。


「……分かりました。私が小突いて、あれの注意を引きましょう」

「うん、お願い」


 あとは、スザクの超人っぷりに賭けるしかない。さぁ、スザク。空気を読まずにブロンズデーモンを倒すのだ!


 移動。

 大きく迂回うかいするようにして、ボスの背面へと俺たちは場所を変える。

 スザクを正面に残して来ているためなのか、ブロンズデーモンは、俺やドロシーのことを気にもとめていない様子だった。


 そいつは好都合だ。

 ブライアン親子の手を借りて、俺はブロンズデーモンの背中へと飛び乗る。

 えぇい、ままよ。

 俺が短刀を振りかぶったとき、タイミングを見計らっていたスザクが、一瞬にして肉薄。

 ブロンズデーモンへと――スザク基準で――軽めの殴打を決めていた。

 ドガン。

 爆発でも起きたような轟音ごうおんが、辺りに響き渡る。

 結論から言おう。

 そのスザクの攻撃は、ブロンズデーモンを即死させていた。

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