第3エピソード 暴漢に襲われる

第9話 俺、暴漢に襲われるも、メイドが強すぎて全く問題ない。

 ドロシーの村から、徒歩で雪乃ゆきのの町に向かう。当たり前だが、それはとっても時間のかかることで、俺たちが町に戻ったのは、すっかりと日が落ちてからのことだった。


 今まで歩いたこともない距離に、酷使された俺の足は悲鳴を上げている。ドロシーとのウォーキングも、楽しかったのは最初だけで、あとはずっと、いかに自分が非力なのかということを、分からせられるだけで苦痛だった。ドロシーは俺のことを無視するし。まぁ、大体は俺に原因があるので、彼女の対応は間違っていないんだけどね。


 見慣れたナプ=パプを横目に、俺たちは宿屋へと足を進める。

 そこに突然、路地から飛び出して来た男が、俺に向かって腕を振りおろしていた。


「――ッ」


 手にしているのは、刃渡り60センチほどの剣。

 十分な長さの剣だ。

 筋肉痛の俺は避けることができない。大事なことなので、もう1度。筋肉痛のため、俺は避けることができない!


 切られることを覚悟して、俺に人生最大の緊張が走った。

 ついでに、ちょっと漏れた。

 だが、その刃が俺に届くことはなく、すぐさま横にやって来たドロシーの短刀によって、男の剣は明後日のほうにれていた。


「1人じゃないぞ!」


 路地の奥に、もう1つの人影を認めた俺が、慌ててドロシーに向かって叫ぶ。

 もう1人の男――つまり、チビの男が持っているのはナイフ。

 すぐに気がついたドロシーが、回し蹴りを放って、チビを近づかせないようにしていた。

 誠に遺憾だが、こうなったら俺は役立たずだ。筋肉痛じゃなくても、何もできないことを認めなければならない。


 しかし、俺には俺にしかできないことがあるだろうと、男たちに距離を取ってからスキルを発動させていた。


 世界攻略指南ザ・ゴールデンブック

 たとえ、相手のプロフィールをのぞけなくとも、対峙たいじしている野郎のステータスを、確認することはできる。


 ドロシーの表情に余裕が見えるので、苦戦することはないだろうが、俺が戦えない以上は人数の差が出る。できるだけ早く、この差を埋めたいと思うのは当然だろう。


 弱いほうを先に倒す必要がある。

 さぁ、どっちのほうが弱いんだと、そう思って運動性能の項目に目を走らせれば、チビのほうが雑魚ざこいと書かれてあった。まぁ、予想どおりの結果だが、俺はドロシーに知らせていた。


「左だ! ナイフの男が、戦闘に不慣れだと見えた」

「私も同意見です、ご主人様」


 敵のステータスは、どちらも平均男性を超えているが、ドロシーよりは弱い。やっぱりドロシー、お前おかしいって。


 きりりと鋭く男たちをにらみつけながら、ドロシーが2人ににじり寄っていく。


「何者ですか、あなた方は?」

「……」


 男たちは何も答えない。

 互いに顔を見て、無言のうなずきをわしあってから、再びドロシーに向きなおっていた。


「女風情が!」


 長身の男が、前進。

 チビをかばうようにして前に出ながら、ドロシーに向かって闇雲に剣を振るった。

 それを難なく避けたドロシーが、すり抜けざまに腹を軽く殴る。

 大事なことなので、もう1度。殴ったのは軽くだ。少なくとも、俺の目にはそう見えた。

 だが、男は体を「く」の字にして倒れると、そのまま地面の上で悶絶もんぜつ。己の吐しゃ物を辺りにき散らしていた。


 一緒に過ごしている俺でさえ、信じたくない光景なんだ。そりゃ、初見のチビからすれば、ドン引きの眺めだろう。


 驚愕きょうがくに顔をゆがめた男が、ドロシーと仲間を交互に見つめながら、口を開いた。


「お前、ホントに女だったのか。ぺぇがねぇから、てっきり――」

「馬鹿やろう! それは禁句だ!」


 瞬時に俺は叫んだが、すでに手遅れだった。

 肉薄したドロシーが、躊躇ちゅうちょなく顔面に殴打を決める。

 ドゴベゴリ!

 人間の体からは絶対に鳴っちゃいけない、とんでもない擬音を生みだしながら、男の体が宙に浮いた。それだけじゃ勢いを殺しきれなかったチビは、頭から後方にロケット発射。ピンボールみたいに、いたるところに体を激突させながら、背後にあった壁にめりこむ形で、ようやく停止した。


 馬鹿やろう……。

 同情心から近寄って確認してみたが、顔の形が崩れていて見る影もない。

 死んだんじゃねぇの、こいつ。

 たたずむ俺の背後から、ふいに底冷えする声が響いて来る。


「先ほど、何かいいましたか、ご主人様?」


 禁句の一件に違いない。

 形容しがたい殺意を感じ取った俺は、振り返ると同時に土下座。

 誠心誠意、ドロシーに謝罪の言葉を口にしていた。


「わたくしめは何も申しておりません。ドロシー様は今日も麗しく……」

「そうですか。お疲れでしょうから、宿に帰ったらたっぷり、のマッサージをしてあげますね」


 そう言って、小首をかしげたドロシーが、見せつけるように指を鳴らした。

 疲れているのは足のほうなんですが。俺の腕を破壊してやろうという、悪意が隠れてねぇですわよ?


 だが、幸いにしてドロシーの関心は、すぐに襲って来た男たちに移ったようだった。


「本当に誰なんでしょうかね、こいつらは。……待ち伏せとか? ご主人様は何か恨みを買っているのでは?」


 なんで俺なんだよ。

 たしかに、ドロシーよりは恨まれていそうだけどさ。


「いや、それはないと思うぞ。俺はこの町に来たばかりだからな、ありえないだろう」


 ドロシーが疑うように俺を見て来るが、しゃべったのは本当の内容だ。


(町に来たばかりなのに、埋蔵金のことを知っていたんですか……? それとも、逆なの。知っていたから、ご主人様はここまで来たんでしょうか)


 黙ってしまうドロシー。

 俺もどうしていいか分からず、周囲に気を配りながらも、宿屋へと向かって歩き始めていた。

 もっとも、動機をいまいち理解できていないので、警戒しようにも限界がある。

 プロフィールをのぞけなかった点が、やはり痛い。

 気絶させる前に、名前くらいは聞き出すべきだったのかもしれない。

 これじゃあ、スキルを使って内情を調べることもできやしない。

 結局のところは、普段どおりに過ごすしかないんだろう。

 そうやって俺が独りで思索にふけっていれば、やおらドロシーが口を開いた。


「この町にはドラ=グラの支部があります」

「ドラ=グラ?」

「はい。超大手のギルドです」


 ドロシーが言うには、復讐ふくしゅうの代行を専門に行っているギルドらしい。

 ドラッジ=グラッジ、略してドラ=グラだ。

 警察――というより、ここでは憲兵か? それと違って、治安の維持が目的ではないようだが、力のない人間であっても、ドラ=グラに頼めば手軽に報復してくれるので、結果的に風紀に貢献しているみたいだった。


 ……やべぇ、そんなギルドがあったのか。世界攻略指南ザ・ゴールデンブックがあるのに、全然知らなかったぜ。


「それって、どこにあるんだ?」

「北側の酒場ですよ。っていうか、本当は北が町の入り口ですしね」

「……ほえぇ。あるのは、あくまでも支部なんだな」

「そうですね。本部がどこにあったかは、私も忘れてしまいましたが……。なので、そうそう大きなめ事は、起こらないとは思いますが、念のために別の宿屋も借りておきます。ご主人様の持っている金額は、なにぶん高額ですので」


 そうして、宿屋の手前にまで近づくと、ドロシーは俺に戻っているように促してから、予備の宿屋を借りに行った。ドロシーの心配は分からないでもないし、手持ちの金は腐るほどある。こんなことで一々、俺も無駄づかいだなんていう気にはなれなかった。


 ほどなくして、何事もなくドロシーが俺のもとに帰って来た。

 そうして、やぶから棒に、これからどうするつもりなのかと俺に計画を問うた。


「ご主人様は、『最高の女』が欲しいとのお話でしたが、いったいどうなさるおつもりなんです? この町に、そんなに器量のいい女性がいるとも思えませんが」


 そういえば、埋蔵金にブライアンの治療と、イベントが立てこんでいたので、話す機会がなかったのか。


 ちょうどいい機会だと、俺も腰を据えてドロシーを見返す。


「そうだなぁ。本命はやっぱり妹……かな。俺、一人っ子でしょう? やっぱり、『兄さん』って俺のことを慕ってくれる、清楚せいそで、俺より優秀な妹が欲しくなっちゃうよね。どうしても捨てられない、男の憧れってやつだよ」


「ご主人様に比べれば、大概の女性は優秀なのでは?」

「ドロシー……。たとえ、それが真実だとしても、世の中には言っていいこととダメなことがある!」


 俺のアホにはつきあわず、ドロシーは1階の共同キッチンで作った手料理を、テーブルの上に並べていく。


 ホワイトシチューに、黒くて固いパン。……どこかで見たような光景だって? 奇遇だな! 俺もまだ、この世界に来てから、これ以外の料理を口にしていないぜ!


「あれ? 本命っていいました?」


 再びドロシーが口を開く。

 一瞬、なんのことだが分からなかったが、俺が最高の女を手に入れるという話の続きだ。


「あぁ、うん。なんだかんだ言っても、俺ってばクラスの女の子全員が好きだったしな。そうなると、40人くらいはそばに置きたいかなって。20人じゃ足りないっしょ。その中の本命が、妹」


 途端に、ドロシーが今まで以上に深く軽蔑した目で、俺のことを見つめた。

 その視線はやめちくり。


「そうですか。まぁ、なんでもいいです。願わくは、その40人の中に、私が一生含まれないことを切に祈っています、ご主人様」


「安心しろ。俺のへきはまだ、そこまで開発されていない」


 こんなのを楽しめるとか、こじらせすぎだろう。愛が全然足りていないよ、愛が。


「でも、そうなると話はますます難しいでしょう。この町だけでなく、周辺の村々にまで手を伸ばすとしても、ご主人様のお眼鏡にかなう相手は、そうそう見つからないんじゃないかと」


「それはうそだよ。みんな美人だもん」


 酒場のマリアンジェラしかり、ドロシーしかりね。

 俺が正直に述べれば、ドロシーは照れたように――ではなく、俺を鼻で笑いながら応じた。


「ご主人様を受け入れてくれるような女性がいないって、みなまで言わないといけなかったですか?」


 あっれぇ~? 今日、あたり強くねぇ? 俺、なんかした? 心あたりがたくさんあるよ、おかしいな。


「……そうね。俺を受け入れてくれるのは、ドロシー先生だけだよ」

「一度、本気でぶっ飛ばしますよ」

「すいませんでした」


 まだ本気を出してなかったのか。この前の俺に対する暗殺未遂って、あれ手加減していたんだ。やばすぎ。もうこんなのゴリラですわよ。……いや、メスゴリラがこんなに可愛かわいくてたまるか。


 じろりんちょと、俺をにらむドロシーの視線を避けながら、俺は彼女の認識を正す。


「でもほら、俺は別に雪乃ゆきのの町にとどまるつもりがないし。ドロシーは、この町を中心に考えてくれているみたいだけど、そこは気にしなくていいんだ」


 そう言って俺が微笑を浮かべれば、ドロシーは自分の頭に手をやっていた。


「なんだか頭が痛くなって来ました……。ここに長居するつもりがないのに、メイドを雇ったんですか。本当に、ご主人様って行きあたりばったり――いえ、臨機応変の対応が得意ですよね」


「おい、コラ。本音がごまかせてねぇぞ。……まぁ、でもたしかに? いくら火急だったからって、ドロシーの事情も知らずに雇ったのは悪かったよ。病気のお父さんだっていたわけだしさ」


「はぁ……まぁいいです。私も父が無事になったので、別にネモフィラにとどまる理由もないですしね。雇われている以上は、どこまでもお供しますよ。全くもう」


 全くもうは口癖なのだろうか。


「そういうわけだから、もう少しだけ町の様子を見てから、妹の候補がいなさそうなら、次の場所に向かいたいかな。もちろん、世界中の女を幸せにするっていう夢も、忘れちゃいないぜ。道中で困っている子を見かけたら、全力で助けるさ。この町は思っている以上に物騒みたいだから、早めに離れたいけど」


 アルバートの追っているブロンズデーモンのことは、気がかりっちゃ気がかりだが、まだ、俺にどうこうできる状態にはない。彼に無意味な捜索をさせているようで、正直心苦しいが、執念に燃えるアルバートには、外野が何を言っても無駄だろう。


「分かりました。ご主人様の定住用の物件は、選んでおかなくても大丈夫そうですね」

「うん、ありがとう。迷惑をかけた」


 話しながら俺たちが夕食を食い終えると、まもなくドロシーが皿を回収して、部屋から出ていった。自分のぶんの部屋に戻るのだ。


「お休みなさい」


 彼女の声にうなずき、俺はベッドに潜った。




✿✿✿❀✿✿✿




 今宵こよいのナプ=パプは大いににぎわっていた。オジロワシのメンバー、その大部分が酒場に集結していたからである。


 ボスが到着するのを認めると、ただちにランドルフは頭を下げていた。


「すいませんっす。俺の部下がはやって、先に攻撃をしかけちまったっす。すいませんっす!」


 すかさず、参謀のエッカルトが言葉を引き取る。


「しかし、不幸中の幸いというわけではありませんが、標的たちの宿屋を絞りこむことができました。『草っぱ原っぱ』です。メイドのほうは、かなりの切れ者のようで、別の宿屋も借りていました。恐らく、こちらを避難所として使うつもりでしょう。そちらには俺の部下を待機させていますので、いつでも好きなときに襲撃できます。いかがしますか、オスカー?」


 配下の言葉に、頭領がにやりと口角を上げる。


「ふっ、能天気なやつらめ。……上出来だ、お前ら。寝静まった頃に、『草っぱ原っぱ』に乗りこむぞ。必ずガキを捕まえろ」


 ここは冒険者ギルド。オスカーの発言を気にとめる者は、1人としていない。

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