第24話 俺、ドロシーの村を救う。
疲労
昨日の馬鹿騒ぎは収まったのかと、俺は様子を見に宿屋から外に出る。行き際に、宿屋の主人にアイコンタクトを取ってみれば、ちゃんとドロシーから、弁償費用を受け取ったらしかった。
広場のほうへと足を向ける。
聞くともなしに、町民たちの声に耳を澄ましていれば、オジロワシについての情報が入りこんで来る。
オジロワシは、地元ではそれなりに悪者だったらしく、どうやらまともな仕事場は、そうそう見つからないようだった。
「お前さんのところにも、オジロワシが来たんだろう?」
「あぁ。いきなりリーダーの……誰だっけね」
「オスカー?」
「そうだ、オスカーだ。そいつが働かせてくれって頼みに来たんだよ」
「雇ったのか?」
「まさか~。無理むり、あんな連中なんか雇えっこないよ」
それとなく、ナプ=パプにも探りを入れてみたが、冒険者ギルドへの依頼も、オジロワシはあまり受けられていないらしい。因果応報と言われればそれまでだが、いささかやりすぎなようにも思える。もっとも、大量の働き手を必要としていた俺にとっては、そっちのほうが好都合だった。
……一応、プロフィールも確認しておくか。
物陰に隠れて
知りたいのは、チームの歴史だ。
どういう経緯で結成され、どういう活動をして来たのか。活動のディテールが、未確認のプロフィールによって阻まれているとしても、そのあらましくらいは現状でも理解できるだろう。
調べてみれば、オジロワシは元々、単なる荒くれ者の集団というだけで、現在のように目立った悪さは全くしていなかった。結成当初はたったの4人で、チームというよりも、がさつな男だけが集まった冒険者のパーティー、という表現のほうが的確のようだ。オジロワシの方向性が変わり始めたのは、パーティーとしての活動が半年を経た頃。団体としての統率が、ある程度まで取れるようになると、責任感の強かったオスカーは、同じようにして社会からあぶれてしまった者たちを、チームの一員として快く受け入れた。
だが、ガラの悪い連中が、少人数の集団から大人数へと膨れあがると、次第にまともな依頼とは縁が薄くなっていく。
きっかけは
目の前で負傷した冒険者の荷物から、オスカーは金を盗んだのだ。
もちろん、最初から泥棒をするつもりだったわけではないらしい。助けるために相手に近づいたのだが、男がその場で死んでしまうと、つい魔が差してしまった。収入の少ないチームの事情を思えばこその、行動だったのだろう。
転落。
以降、オジロワシは小さな盗みをくり返すようになり、やがてそれは歯止めが利かなくなって、今のように見境のない悪党へとなりさがる。
「……はぁ」
こいつらのやっていたことは犯罪だ。根はいい人なんて、甘っちょろいことをいうつもりはない。
だが、その志すべてを否定する気には、どうしてもなれなかった。
やはり、ここは俺が一肌脱いでやる必要があるんだろう。
市場のほうにまで歩いていって、メイドのドロシーを見つけると、俺はブライアンの居場所を尋ねた。
「父ですか? もう村に帰りましたけど……」
……それもそうか。
道理で探しても見つからないわけだ。
仕方ない。少し面倒だが、オジロワシも連れていくか。
「ドロシーのお父さんに会いたいんだ。村に行ってもいいかな?」
「また、父は病気にでもなったんですか?」
ドロシーの返事に、思わず俺は笑ってしまう。
「いや、健康そのものだと思うよ。今回は別件だ」
「そうですか。私も父に、ご主人様と一緒に旅に出ることを伝えたかったので、ちょうどよかったです」
村までの足を用意してもらっている間に、俺はオジロワシに対して、一緒に来るようにと声をかけていた。ナプ=パプの前に戻って来たドロシーは、どうしてオスカーたちがいるのかと
俺は馬に乗って、ドロシーの背中に手を回した。
やっぱり、オスカーなんかより断然、ドロシーのほうがよかった。
……ただ、なぜか分からないけど、このあと殴られた。理由は明白だった。
※
村へと到着。
つぶさに調べるまでもなく、畑が貧しい。ここを耕して、豊かな土地とするためには、十分な労働力を持った、若い男衆が必要になるはずである。
神童ドロシーの帰還に、村の子供たちが一斉に騒ぎだす。
俺の隣にスザクがいるのを認めると、例のクソガキは指をさして、ドロシーのことを思いっきり笑った。
「ぷ~くすくす。ドロシー姉ちゃん、早速、浮気されてやんの!」
クソガキに駆け寄ったドロシーは、あろうことか、そのまま子供を蹴り飛ばしていた。
……2回目なので、容赦なしということなんだろう。
文字どおり、全身で放物線を描いた子供が、頭から畑に落下していく。
今の発言を、スザクはいったいどう思ったのだろう。そんな好奇心に駆られて、ついつい俺は隣を見やる。案の定、そこには次元の違う女剣士の姿があった。
「……あれはなんという遊びですか?」
「絶対に真似しちゃダメだよ。悪いけど、やったら首よ」
「……はぁ。まぁ、どうしてもというわけではないので……」
男児に対して、鉄拳制裁を決めたドロシーが戻って来たので、俺は全員でブライアンの家を目指した。念のために言えば、オジロワシのメンバーは、知らない間に1人が減っていた。どうやら、ドロシーの太ももに
ブライアンに会って、俺はオジロワシを村に置いてくれるように頼んだ。
渋ってはいたのだが、俺が以前に彼の命を救っていることが幸いした。最後には首を縦に振ってくれたのだ。
「まっ、お前はドロシーの恋人だしな。無下にはできまい」
そんな冗談を言って、ブライアンが笑っている。
当然だが、このあとブライアンはドロシーに殴られていた。ついでに俺も……なんで?
俺の提案に、ドロシーは心底驚いたようで、ブライアンを気絶させたあとに、彼女は俺に詰め寄る。
「今度はいったい、何をたくらんでいるんですか?」
「人聞きが悪いな。だから前にも言ったろう? 俺の頭にあるのは女を助けること、それだけだよ。世界中の女を幸せにするんだから、自分が雇っているメイド1人の故郷くらい、簡単に救えないようじゃ、お話にならないのさ」
そう言って、俺は
「……私、ご主人様とそういう関係になるのは、ちょっと……」
「ならねぇよ!」
スザクくらいに
ブライアンから指示を受けたオジロワシが、早くも作業に取りかかる。
ランドルフは見るからに不服そうにしていたが、これは彼の性格を考えれば、妥当なのかもしれない。無謀な試みだとは思うが、今でも悪党としての上を目指しているんだろう。逆に、オスカーは割と乗り気でいた。
あくまでも、オスカーは責任感が強いだけ。オジロワシでは、それが極端に悪い方向に働いてしまったのだ。
自分たちが犯してしまったことの償いは、きっとこれから先も必要になるだろう。だが、だからといって、それが普通の生活をしちゃいけない理由にはならない。平穏で、身の危険がなく、少しの刺激とちょっとだけえっちな日常というのは、誰からも決して取りあげちゃいけないものなんだ。万人にその恩恵を享受する資格がある。だから早く、俺にもちょうだい。
父親と話すタイミングを
「ねぇ、お父さん。私、しばらく町からも村からも出ようと思っているの」
ブライアンの視線が、一瞬だけ俺のほうに注がれる。
「……母さんのいたところに行くつもりなのか?」
「その予定はまだないと思うけど、行ったほうがいいの?」
「……。そうか。いや、それならいいんだ。昔のことを思い出すのは、嫌だろうからな」
父親の言葉に、ドロシーが少し眉を寄せた。
(嫌というより、
だが、結局は何も言わずに、ドロシーは俺のほうへと近寄って来る。
「お待たせしました、ご主人様」
「もういいの? なんか、まだ終わっていなさそうだったけど?」
「いいんですよ。あのくらいで」
ドロシーが言うなら、もう何もいうまい。
俺はうなずいて、子供たちと遊んでいるスザクを呼び寄せた。恐るおそる何をしていたのかと聞けば、子供たちから
俺たちは村をあとにする。
見覚えのある人物がいたので、せっかくだからと俺は声をかけていた。
「じゃあな、ヤマダ。
「うるせぇ! 俺はオジロワシが盗賊だったなんて、これっぽっちも知らなかったんだよ! 言われたことは、なんでもちゃんとやる。それが俺のモットーだ!」
威張るようなことでもないと思うのだが、ヤマダの姿勢については、尾行の一件から、良い意味でも悪い意味でも信頼が置けた。今さら、オジロワシがこの村で悪さを働くことはしないだろう。
次はどこへ向かえばいいんだろう。
「ドロシー? ここからだと、どこが一番近い町になるんだ?」
「そうですね。
「よし! 次はそこで女の子を探そう」
村に来たときと同じように、俺はまた馬にまたがっていた。
〈続く〉
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