第2章 グラントリーのマルチゴーレム
第7エピソード 渚瑳の町
第25話 俺、渚瑳の町に到着する。
ドロシーの村を出発した俺たちは、北東にある、
特に話すこともなかったので、時々、雑談をする程度で、あとは淡々と
「そういえば、ドロシー」
「なんです?」
「クレバリアス家で働いていた、メイド仲間への挨拶はよかったの?」
馬を買うために、一度村から町に戻っているが、そのとき、ドロシーは何もしていない。緊急事態として、クレバリアス家から盗んだ物品も、それより前日に買って返していたので、ほかに用事がなかったのだ。だから、元同僚に別れの挨拶はできていないはずだった。
「今さらですか……」
「ごめん」
もちろん、俺としては急いでいないので、
「ご主人様の無能さを、責めたいわけじゃありません。大丈夫なんですよ。そもそも、あの町にはもう、私しか残っていなかったので」
やたらと言葉がきつい気がしたが、そこに関しては何もいうまい。勘違いするなよ? 俺の
聞けば、クレバリアス家には、全部で6人のメイドが雇われていたらしい。そのうち、ドロシーを除いた5人については、屋敷の主人が亡くなってしまった際に、別の町に向かったのだという。わざわざ俺が言うまでもないだろうが、ドロシーが町を離れなかったのは、病に伏していたブライアンがいたためだ。
最も多くのメイドが移ったのは、アネモネ地方。ここはネモフィラと隣接しているので、地理的にも自然な流れだと俺には感じられた。
再びの野宿。
それでも、あえて不満点を挙げるとするなら、飯はいつでもどこでも、ホワイトシチューしか出て来ないことだろうか。そんなに嫌なら、お前が飯を作れと叫ぶ者もあるだろうが、俺は声を大にして言い返そう。この馬鹿やろう! 男児に厨房に入らずだ。肝に銘じろ。何が料理男子だ。日本男児として恥を知れ! これは決して、俺が家庭的な女の子を好きだからではない!
ところで、話は変わるのだが、俺は家庭的な女が大好きだ。なんか文句あるか?
※
翌日。
朝早くから馬に乗れば、昼頃にはすでに町が目に入っていた。確認するまでもなく、あれが
東側に広がる海を見て、ドロシーが歓声を上げている。
「わぁ……ご主人様、見てください。海ですよ、海!」
ネモフィラは大陸の南端なので、ドロシーの村からでも南に進めば、海を拝めるはずなのだが、かなりの距離を行かなければならないためなのか、ドロシーはこれまでに海を見たことがないらしい。道も整備されていないとなると、獣道とも分からぬ道を延々と歩くことになるので、それも無理からぬことだろう。
テンションの高いドロシーを横目に、俺は町のほうを見やる。
……ふむ。ほんの冗談のつもりだったんだが、本当に水着のギャルがいそうだな。
町に近づいたので、そろそろ邪魔になるだろうからと、俺たちは馬からおりる。
到着。
町に入ると、俺たちを迎えたのは、道の両側に林立している土産物屋だった。その数は町の規模に釣り合っていないほどで、現状の俺たちのように、宿屋を探す片手間なんかでは、とてもじゃないが見て回れる量じゃない。丁寧に冷やかしていったら、それこそ日が暮れてしまうだろう。
数軒を覗いたら本格的に宿屋を決めよう。そんなふうに俺が思っていれば、ドロシーの琴線に触れた物があったようで、彼女は町の入り口付近で足を止めていた。見れば、店先に置かれたタヌキの置き物を、ドロシーが手で愛でている。
「
これだけの情報だと、まるでドロシーが乙女のようだが、もちろん違う。
タヌキのサイズは俺よりでかい。2mは確実に超えている。どう考えても、
……どこに置くんだろう。
いずれは必要になるだろうから、馬車を買うのは別に構わないのだが、はたしてこの海辺の町に、馬車なんて売っているのだろうか?
なにぶん置き物のサイズが大きいので、価格も相応だと思うのだが、ドロシーはすでに購入の意思を固めているようで、店主のほうに歩いていった。
「すみません、あちらの置き物はおいくらですかね?」
きょとんとした顔で、店屋の親父が応じる。
ドロシーがタヌキのほうを指させば、ようやく話の趣旨を理解したようだった。
「あぁ、あれか……。悪いね、嬢ちゃん。ありゃ売り物じゃないんだよ」
なんでも、商売繁盛のために置いているのであって、お土産じゃないという。
……そりゃそうだ。こんなでかぶつ、持って帰れねぇべ。
しかし、ドロシーも折れない。いたく気に入ったらしくて、店主の親父と交渉を続けていた。
最終的に折れたのは、店主のほうだ。ドロシーの熱意に根負けしたような口ぶりだったが、ちょっとだけ鼻の下が伸びていたのを、俺は目ざとく見逃さない。まぁ、これは男として仕方のない反応だろう。性格と運動性能さえ隠してしまえば、ドロシーも美少女だからだ。ちなみに、俺としては体の一部――ここで明言してしまうと、ドロシーの鉄拳が飛んで来るので明かせない――も隠してくれたほうが望ましい。分からなかった人のために、心臓あたりとぼかしておこう。
「そこまで褒めてもらっちゃ、このタヌキも本望だろうよ。分かった、嬢ちゃんに譲ろう」
提示された金額が想像以上に高かったのか、ドロシーは少し渋っていたのだが、結局は買うことに決めていた。町に滞在している間、タヌキは店先に置かせてもらって、出発するときにでも引き取ればいいだろう。そう思っていたのだが、俺の心配は杞憂だったようだ。置き物の手を取ったドロシーが、そのままポケットの中にしまいこんでいた。
ドロシーのスキル――
所定の大きさ以内の物品であれば、無条件で収納できるという、強力無比なスキルだ。
……なるほど、確かにこれなら運ぶ手間もいらないな。
「ずいぶんと手慣れているんだな。クレバリアス家にいたときも、そういうふうに使っていたの?」
「小物ならそうですね。ここまで大きなサイズをしまったのは、ブロンズデーモンと戦ったときが初めてですよ」
ブロンズデーモンの邪法「
……やっぱり、俺はドロシーに捨てられたら、この世界で生きていけない気がする。
ついでとばかりに、土産物屋の親父に宿屋の場所を聞き、俺たちは進路を右に向けた。
そのため、適当な場所を見つければいいのだが、俺の目に飛び来んで来たのは、店の入り口でため息をついている若い女だった。メニューボードを店の外へと出しながら、彼女はしきりに物思いに
さすがに、こんな姿に気がついておいて、声をかけないようであれば、男じゃあるまい。なお、
「どうかされたんですか?」
俺が声をかけるまで、こちらの姿も目に入っていなかったようで、彼女は酷く驚いていた。
「お、お客様! どんな御用でしょうか?」
「しばらく3人で泊まりたいっていうのと……失礼ながら、放心されていたようなので、どうされたのかと思いまして」
部屋を2つ用意してもらいながら、俺たちは女の店員から話を聞く。ちなみに、名前はエルシーというらしい。非常に美しい名前であることを、認めなければならないだろう。どのように美しいかについては、俺の専門外だ。どんな名前であっても美しいと思える点に、俺の専門分野がある。
エルシーの話を要約すれば、浜辺にゴミがたまっていて難儀しているのだという。
これだけの観光客が訪れる町だ。彼らをメインターゲットとしている海の家としては、浜辺を汚されるのは迷惑千万に違いない。
女が困っているのであれば、引き受けるのは当然の結果。大自然の摂理だ。俺は二つ返事で手伝うことを了承していた。
そんな俺の後ろから、ドロシーが俺の背中を軽くつねる。たぶん、ドロシー的には手加減してくれたつもりなんだろうが、超
「ご主人様、それって私とスザクさんが、するわけじゃないですよね?」
「……。もちろんです、ドロシー様。
そう言わざるをえなかった。
誤解してくれるな。俺とて最初から頑張るつもりでいたさ。でも、不思議なことに俺の肉体は貧弱なんだな、これが。
用意してもらった部屋に荷物を置いてから、浜辺に向かう。
もはや向かっている途中から理解できたのだが、見渡す限りゴミの山だった。エルシーが途方に暮れるのも無理はない。
倒木に枯れ木。網と、漁業に使うと思わしき鉄製具。おまけに、不法に投棄されたような謎の器具の数々が、そこら中に散らばっている。中でも最も数が多かったのは、どうやって持ちこんだのかまるで分からない、石の塊だった。
なんともなし、俺が謎のアイテムを手に取ってもてあそんでいれば、横から近づいて来たドロシーが、それを魔動具だと教えてくれた。
「魔動具?」
「はい。動力となるエネルギーを用いて、日常生活を助けてくれるものです。クレバリアス家でもよく使っていました。ご主人様が持っているのが、どんな種類の魔動具なのかまでは、私にはちょっと分かりませんけど」
「なるほどねぇ」
電化製品をイメージすると少し大げさかもしれないが、要するに魔法のアイテムということだ。
現代日本であれば、海岸に漂着したゴミというのは、埋め立てによる処分が一般的なのだろうが、あいにくとここはアナザーワールド。正真正銘の異世界だ。どうやって対処するのかは、あらかじめエルシーに聞かされている。
リサイクルだ。
きちんと分類して、それぞれに見合った対応をしていく。木材は山に返すし、魔動具には古道具屋がある。さすがに、擦り切れてしまった網には、使い道がないんじゃないかと思ったのだが、こういったものにも何かと役割があるしい。
大変なのは、そこまでの過程で、俺たちはごちゃ混ぜになった品々を、今から分類しなくちゃいけないっていうわけ。運搬が必要になる古木とかは、それこそ、運べるサイズにまで解体してあげないといけないしな。
ここでは
……そういや、日本の場合は、流れ着くゴミの種類が多すぎるから、埋め立てになるんだっけ?
昔、学校の授業で習ったような気がする。
なんで覚えているかって? これ、先生の雑談だったからだよ。俺が授業なんて、
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