第2章 グラントリーのマルチゴーレム

第7エピソード 渚瑳の町

第25話 俺、渚瑳の町に到着する。

 ドロシーの村を出発した俺たちは、北東にある、渚瑳なぎさの町を目指して馬を進めていた。道順的には、アルバートのいた小屋を迂回する形になるので、一旦は南東に向かう具合になる。俺たちの騎馬する1頭の馬は、今後も使うことになるだろうからという理由で、渋る店主に金を渡して無理やり購入したものだ。馬が1頭だけしかいない理由は、俺が1人じゃ馬に乗れないからというのと、スザクはわざわざ使うことがないからだった。


 特に話すこともなかったので、時々、雑談をする程度で、あとは淡々と渚瑳なぎさの町までの距離を、俺たちは縮める。行程の8割ほどを通過した段階で、俺はふと思い出したことを、ドロシーに尋ねていた。


「そういえば、ドロシー」

「なんです?」

「クレバリアス家で働いていた、メイド仲間への挨拶はよかったの?」


 馬を買うために、一度村から町に戻っているが、そのとき、ドロシーは何もしていない。緊急事態として、クレバリアス家から盗んだ物品も、それより前日に買って返していたので、ほかに用事がなかったのだ。だから、元同僚に別れの挨拶はできていないはずだった。


「今さらですか……」

「ごめん」


 もちろん、俺としては急いでいないので、雪乃ゆきのの町に引き返してもいいのだが、ここまで来てしまった徒労感は拭えないだろう。


「ご主人様の無能さを、責めたいわけじゃありません。大丈夫なんですよ。そもそも、あの町にはもう、私しか残っていなかったので」


 やたらと言葉がきつい気がしたが、そこに関しては何もいうまい。勘違いするなよ? 俺のへきは開発されていねぇからな?


 聞けば、クレバリアス家には、全部で6人のメイドが雇われていたらしい。そのうち、ドロシーを除いた5人については、屋敷の主人が亡くなってしまった際に、別の町に向かったのだという。わざわざ俺が言うまでもないだろうが、ドロシーが町を離れなかったのは、病に伏していたブライアンがいたためだ。


 最も多くのメイドが移ったのは、アネモネ地方。ここはネモフィラと隣接しているので、地理的にも自然な流れだと俺には感じられた。


 再びの野宿。

 雪乃ゆきのの町を出てから、すでに2度の野営をしているが、恐らくはこれが最後だろう。明日には渚瑳なぎさの町に到着するはずだ。スザクがいるので、不用意な野宿であっても、獣に襲われるといった心配は全くない。というか、本能的に身の危険を察しているのか、動物は滅多に、俺たちのほうに近づいて来なかった。


 それでも、あえて不満点を挙げるとするなら、飯はいつでもどこでも、ホワイトシチューしか出て来ないことだろうか。そんなに嫌なら、お前が飯を作れと叫ぶ者もあるだろうが、俺は声を大にして言い返そう。この馬鹿やろう! 男児に厨房に入らずだ。肝に銘じろ。何が料理男子だ。日本男児として恥を知れ! これは決して、俺が家庭的な女の子を好きだからではない!


 ところで、話は変わるのだが、俺は家庭的な女が大好きだ。なんか文句あるか?







 翌日。

 朝早くから馬に乗れば、昼頃にはすでに町が目に入っていた。確認するまでもなく、あれが渚瑳なぎさの町だろう。


 東側に広がる海を見て、ドロシーが歓声を上げている。


「わぁ……ご主人様、見てください。海ですよ、海!」


 渚瑳なぎさの町は、長大な砂浜を擁する海辺の町だ。おのずと海岸線に接していることになる。主な産業はもちろん漁業。ワールドの食文化は残念なありさまなので、そっち方面には特に期待をしていないのだが、海の家と水着ギャルたちには、おのずと大いに期待している。今の季節は、体感だと夏ではなさそうだが、たぶんギャルの1人や2人はいるに違いない。いない場合? 案ずるな。安心安全のノープランだ。計画という言葉は俺の辞書にない。


 ネモフィラは大陸の南端なので、ドロシーの村からでも南に進めば、海を拝めるはずなのだが、かなりの距離を行かなければならないためなのか、ドロシーはこれまでに海を見たことがないらしい。道も整備されていないとなると、獣道とも分からぬ道を延々と歩くことになるので、それも無理からぬことだろう。


 テンションの高いドロシーを横目に、俺は町のほうを見やる。

 世界攻略指南ザ・ゴールデンブックによる事前の情報では、町民の数が、雪乃ゆきのの町よりも少ないということだったのだが、明らかにそれよりも人が多い。何事かと訝しめば、どうやら結構な数の観光客が、渚瑳なぎさの町に集結しているようだった。まさかこれらの全員が、海を目あてに訪れているわけではないだろうが、渚瑳なぎさの町は大陸南部屈指の観光名所らしい。


 ……ふむ。ほんの冗談のつもりだったんだが、本当に水着のギャルがいそうだな。

 町に近づいたので、そろそろ邪魔になるだろうからと、俺たちは馬からおりる。

 到着。

 町に入ると、俺たちを迎えたのは、道の両側に林立している土産物屋だった。その数は町の規模に釣り合っていないほどで、現状の俺たちのように、宿屋を探す片手間なんかでは、とてもじゃないが見て回れる量じゃない。丁寧に冷やかしていったら、それこそ日が暮れてしまうだろう。


 数軒を覗いたら本格的に宿屋を決めよう。そんなふうに俺が思っていれば、ドロシーの琴線に触れた物があったようで、彼女は町の入り口付近で足を止めていた。見れば、店先に置かれたタヌキの置き物を、ドロシーが手で愛でている。


可愛かわいい……」


 これだけの情報だと、まるでドロシーが乙女のようだが、もちろん違う。

 タヌキのサイズは俺よりでかい。2mは確実に超えている。どう考えても、可愛かわいがるようなものじゃなかった。


 ……どこに置くんだろう。

 いずれは必要になるだろうから、馬車を買うのは別に構わないのだが、はたしてこの海辺の町に、馬車なんて売っているのだろうか?


 なにぶん置き物のサイズが大きいので、価格も相応だと思うのだが、ドロシーはすでに購入の意思を固めているようで、店主のほうに歩いていった。


「すみません、あちらの置き物はおいくらですかね?」


 きょとんとした顔で、店屋の親父が応じる。

 ドロシーがタヌキのほうを指させば、ようやく話の趣旨を理解したようだった。


「あぁ、あれか……。悪いね、嬢ちゃん。ありゃ売り物じゃないんだよ」


 なんでも、商売繁盛のために置いているのであって、お土産じゃないという。

 ……そりゃそうだ。こんなでかぶつ、持って帰れねぇべ。

 しかし、ドロシーも折れない。いたく気に入ったらしくて、店主の親父と交渉を続けていた。

 最終的に折れたのは、店主のほうだ。ドロシーの熱意に根負けしたような口ぶりだったが、ちょっとだけ鼻の下が伸びていたのを、俺は目ざとく見逃さない。まぁ、これは男として仕方のない反応だろう。性格と運動性能さえ隠してしまえば、ドロシーも美少女だからだ。ちなみに、俺としては体の一部――ここで明言してしまうと、ドロシーの鉄拳が飛んで来るので明かせない――も隠してくれたほうが望ましい。分からなかった人のために、心臓あたりとぼかしておこう。


「そこまで褒めてもらっちゃ、このタヌキも本望だろうよ。分かった、嬢ちゃんに譲ろう」


 提示された金額が想像以上に高かったのか、ドロシーは少し渋っていたのだが、結局は買うことに決めていた。町に滞在している間、タヌキは店先に置かせてもらって、出発するときにでも引き取ればいいだろう。そう思っていたのだが、俺の心配は杞憂だったようだ。置き物の手を取ったドロシーが、そのままポケットの中にしまいこんでいた。


 ドロシーのスキル――大食衣嚢グラットンポケット

 所定の大きさ以内の物品であれば、無条件で収納できるという、強力無比なスキルだ。

 ……なるほど、確かにこれなら運ぶ手間もいらないな。


「ずいぶんと手慣れているんだな。クレバリアス家にいたときも、そういうふうに使っていたの?」

「小物ならそうですね。ここまで大きなサイズをしまったのは、ブロンズデーモンと戦ったときが初めてですよ」


 ブロンズデーモンの邪法「塞ぐ命の迷宮テラマーラ」に対処するため、ドロシーに協力してもらったことは記憶に新しい。あのときの経験をもう、日常に活かしているというのだから、俺との地頭じあたまの差がはっきりと分かる。


 ……やっぱり、俺はドロシーに捨てられたら、この世界で生きていけない気がする。

 ついでとばかりに、土産物屋の親父に宿屋の場所を聞き、俺たちは進路を右に向けた。

 渚瑳なぎさの町では、宿屋が海の家と兼用している。

 そのため、適当な場所を見つければいいのだが、俺の目に飛び来んで来たのは、店の入り口でため息をついている若い女だった。メニューボードを店の外へと出しながら、彼女はしきりに物思いにふけっている。


 さすがに、こんな姿に気がついておいて、声をかけないようであれば、男じゃあるまい。なお、羽柴ハシバ善吉ゼンキチ何がしは、日本では一度も声をかけなかった模様だ。痛々しい異世界デビューを、飾っただけのことはある。


「どうかされたんですか?」


 俺が声をかけるまで、こちらの姿も目に入っていなかったようで、彼女は酷く驚いていた。


「お、お客様! どんな御用でしょうか?」

「しばらく3人で泊まりたいっていうのと……失礼ながら、放心されていたようなので、どうされたのかと思いまして」


 部屋を2つ用意してもらいながら、俺たちは女の店員から話を聞く。ちなみに、名前はエルシーというらしい。非常に美しい名前であることを、認めなければならないだろう。どのように美しいかについては、俺の専門外だ。どんな名前であっても美しいと思える点に、俺の専門分野がある。


 エルシーの話を要約すれば、浜辺にゴミがたまっていて難儀しているのだという。

 これだけの観光客が訪れる町だ。彼らをメインターゲットとしている海の家としては、浜辺を汚されるのは迷惑千万に違いない。


 女が困っているのであれば、引き受けるのは当然の結果。大自然の摂理だ。俺は二つ返事で手伝うことを了承していた。


 そんな俺の後ろから、ドロシーが俺の背中を軽くつねる。たぶん、ドロシー的には手加減してくれたつもりなんだろうが、超いてぇ。


「ご主人様、それって私とスザクさんが、するわけじゃないですよね?」

「……。もちろんです、ドロシー様。不肖ふしょうゼンキチ、精一杯ご奉仕に努めます」


 そう言わざるをえなかった。

 誤解してくれるな。俺とて最初から頑張るつもりでいたさ。でも、不思議なことに俺の肉体は貧弱なんだな、これが。


 用意してもらった部屋に荷物を置いてから、浜辺に向かう。

 もはや向かっている途中から理解できたのだが、見渡す限りゴミの山だった。エルシーが途方に暮れるのも無理はない。


 倒木に枯れ木。網と、漁業に使うと思わしき鉄製具。おまけに、不法に投棄されたような謎の器具の数々が、そこら中に散らばっている。中でも最も数が多かったのは、どうやって持ちこんだのかまるで分からない、石の塊だった。


 なんともなし、俺が謎のアイテムを手に取ってもてあそんでいれば、横から近づいて来たドロシーが、それを魔動具だと教えてくれた。


「魔動具?」

「はい。動力となるエネルギーを用いて、日常生活を助けてくれるものです。クレバリアス家でもよく使っていました。ご主人様が持っているのが、どんな種類の魔動具なのかまでは、私にはちょっと分かりませんけど」


「なるほどねぇ」


 電化製品をイメージすると少し大げさかもしれないが、要するに魔法のアイテムということだ。

 現代日本であれば、海岸に漂着したゴミというのは、埋め立てによる処分が一般的なのだろうが、あいにくとここはアナザーワールド。正真正銘の異世界だ。どうやって対処するのかは、あらかじめエルシーに聞かされている。


 リサイクルだ。

 きちんと分類して、それぞれに見合った対応をしていく。木材は山に返すし、魔動具には古道具屋がある。さすがに、擦り切れてしまった網には、使い道がないんじゃないかと思ったのだが、こういったものにも何かと役割があるしい。


 大変なのは、そこまでの過程で、俺たちはごちゃ混ぜになった品々を、今から分類しなくちゃいけないっていうわけ。運搬が必要になる古木とかは、それこそ、運べるサイズにまで解体してあげないといけないしな。


 ここでは大食衣嚢グラットンポケットが、効果的な解決の手段にはならないので、ドロシーにお任せといったことはできない。根気強く、ゴミの山と向きあうだけだ。その反面、スザクのパワーを抑える理由はないので、物の解体については、全部スザクに委ねた。知らない間に粉々にしていたけど、まぁ、多少は大目に見てあげよう。


 ……そういや、日本の場合は、流れ着くゴミの種類が多すぎるから、埋め立てになるんだっけ?

 昔、学校の授業で習ったような気がする。

 なんで覚えているかって? これ、先生の雑談だったからだよ。俺が授業なんて、真面目まじめに聞いているわけねぇでしょうが。

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