第26話 俺、ゴミ拾いが思ったよりも重労働であることを知るも、女のために頑張る。
俺たちが海辺でゴミの収集に勤しんでいれば、それを認めた小麦色の髪の女が、遠くのほうから駆け寄って来ていた。何事か叫んでいるようだが、まだ彼我の距離が大きくて、内容がいまひとつはっきりとしない。念のために言えば、もちろん彼女はエルシーじゃない。
ほどなくして、お互いの表情が確認できるほどに近づいたところで、彼女がもう一度声を発する。今度のは明朗だった。
「お前たちがゴミ捨ての犯人か!」
……酷い濡れ
あまりの剣幕に慌ててドロシーが抗弁するが、女はまるで聞く耳を持たない。
「祭りが開催されなくなったら、どうしてくれるんだ!」
近々、行事があるからこそ、こんなに大勢の観光客がいるのかと、俺は
「いい加減にしてください。なんなんですか、さっきから? 私たちはご主人様のせいで、海岸の掃除の手伝いをしているだけって、何度も言っているじゃないですか」
「
そう言って、女がファイティングポーズを取る。人の話を聞かない彼女に対して、ドロシーの堪忍袋もいよいよキレたようで、こめかみに青筋を浮かべていた。
「あぁ、もう!」
……やべぇな、こりゃ。逃げよ。
イラっという擬態語が、今にも聞こえて来そうな雰囲気に、俺は慌ててスザクの背中に退避。どうせ止められないのであれば、せめて巻きこまれないようにしようという考えだった。ほら、あとでドロシーに殴られることは、もう決定事項なんだし。
女の回し蹴り。
俺から見ても軽やかな動きだが、対峙しているのは、成人男性もびっくりなステータスのドロシーだ。いくらなんでも相手が悪い。
バックステップで距離を取ったドロシーが、軽々と相手の蹴りをかわしてみせる。
無防備になった女の背中。
そこへと向かってドロシーが急接近、握り固めた拳を真っすぐに突き出した。
これはきつい一撃が入っただろう。
そんな俺の予感に反して、女はドロシーの腕を、衝突の寸前に上から押さえつけていた。
「「……!」」
俺とドロシーとその女が、三者三葉に目を丸くする。
さすがに、ドロシーも手加減はしただろうが、あの感じからすると、黙らせるだけの力は込められていた。日頃から殴られている俺が言うんだ、間違いない。
それを平然と受け止める眼前の女に、俺とドロシーは驚きを隠せなかった。反対に、女からしてみれば、ドロシーのパンチが全力でないことが分かったのだろう。こちらもこちらで、舌を巻いていたのである。
……ドロシーと互角なのかよ。
思いなおして、自分のスキルで彼女の運動性能を確認してみれば、納得の7.2。俺の倍。文句なしに、女をやめているステータスだ。
運動性能でこそドロシーに遅れを取っているが、その身のこなしからして、女には武術の心得があるようで、ドロシーから直撃をもらうことは決してしなかった。
逆も同じで、女もドロシーに攻めあぐねている。
そうして、しばらく戦闘を続けていると、互いの実力を認めたのか、おもむろに女が攻撃の姿勢を解いた。
「お前、女のくせに
「あなたこそ、メイドじゃないのにやるじゃないですか」
健闘を称えあうようにして、2人がうなずきあう。水を差すようで悪いけど、ドロシー。俺、メイドに強いなんていうイメージないよ。
彼女――ソーニャというらしい――が落ち着いたのを見計らってから、俺はソーニャから事情をつぶさに聞いた。祭りが開かれるのを、いくら楽しみにしているからといっても、いきなり襲いかかって来るというのは、ちょっと度を超している。それだけの問題に、発展していると見るほうが妥当だ。ただのゴミ拾いかと思って安請け合いしたが、俺が思っているよりも根が深いらしい。まぁ、どんな事情だろうと、女からの依頼だから結局やるんだけどね。
曰く、どれだけ浜辺を綺麗にしても、定期的にゴミが置かれていってしまうので、
俺たちが引っかかったのは、もちろん話の最後の部分だ。
「魔物が邪魔をして来る?」
「あぁ。正確には、俺たちが浜辺で作業をしているのを認めると、集団で襲って来やがるんだ。こっちの片づけの邪魔をしているとしか思えねぇぜ。俺が倒そうにも、あいにくとそっちは門外漢でな……。祭りも
ソーニャの言っているそばから、水平線のほうから騒ぐような音が近づいて来る。
促され、視線をそちらへと向ければ、接近しているのがスケルトンライダーだと分かった。
その名のとおり、骸骨の海賊だ。
敵の数はすこぶる甚大。
間違っても、数匹という単位ではない。続々と接岸したスケルトンライダーたちが、見る間に海岸を埋めつくしていく。軽く見積もっても、120人以上はいるだろう。
町民が騒ぎだす。
この場に観光客がいなかったのは、不幸中の幸いかもしれない。魔物に襲われることが広まれば、
……水着ギャルは祭りの日までお預けか。それもいいだろう。
町へと続く階段の付近で、男たちが言い争っている。
「くそぅ。このために例の札を買ったっていうのに、効果がなかったってのか!」
「馬鹿、おめぇ。あれは一部の魔物にしか、利かねぇっていう話だったじゃねぇか」
「魔物になら、なんでも利くと思ったんだよ!」
いったいなんのことだと、俺は話の内容が気になったのだが、一緒に清掃をしていた町民の1人が、目の前でモンスターから刃物を突きつけられたので、それどころではなくなってしまった。
度肝を抜かれたのは、そのあとのスケルトンライダーたちの行動だった。
なんと、彼らは町民の男に対して口を開いたのである。
『サァ、我々ニ……食料ヲ寄越スノダ!』
自分たちの要求を、一方的に告げているだけとはいえ、魔物と対話を行えるという事実に、俺は驚きを隠せなかった。もちろん、今まで出会って来た魔物たちに、同じことができたとは思えない。ブロンズデーモンなんか、その最たる例だろう。しかし、それならば、俺は今後どうやって、このような特殊な魔物の判別をすればいいんだろう。どこで通常の魔物との違いを、見分ければいいのか。……まぁ、普通に
あまり驚いていないドロシーを見て、俺は彼女に声をかける。ひょっとしたら、ワールドの人間だから、こういったことにも慣れているのかもしれないと思ったのだ。
「ドロシー、こいつらは喋れるのか?」
「そうみたいですね」
「そうみたいって……ドロシーも、話せる魔物に
「えぇ。それが何か?」
困惑した表情で俺が彼女の顔を見つめれば、同じようにして、ドロシーが訝しげな視線を俺に向ける。
「どうしたんですか、ご主人様。魔物は、魔物ですよね?」
それは恐らく正しい答えだ。反論の余地がないほどに。
だが、自分の中で生じたいいようのない違和感を、俺は言語化することができなかった。
そうして俺がとまどっている間に、町民が渋々と食料であるパンを魔物たちに手渡した。その量は、子供の1人前にも満たない。
……さすがに舐めすぎだ。殺されるぞ。
スケルトンライダーはこちらが強気に出られるほど、そんなに弱い魔物だっただろうかと、俺はスザクの背中に隠れて、
「どうしますか、ゼンキチ様。殺しますか?」
「いや……う~ん。どうなんだろう……」
町民に被害が出そうならば、俺としても悩むことなく決断できるのだが、今はそうじゃない。それに、スザクの力を下手に解放してしまうと、逆に犠牲が出て来る恐れもある。人間爆弾の周囲に味方は置けない。
「これが
ため息と共に呟かれる男の台詞。
……また知らない言葉だ。
確認しなきゃいけない事柄の多さに、そろそろ俺の頭も限界に陥っていた。
そんな俺のことなんか一切気にせずに、浜辺に居座るスケルトンライダーの群れは、嬉々とした様子でひとカケラのパンを口に入れていく。
当然ながら、スケルトンライダーの全身は骨だけである。
骨の隙間からは、すぐ向こうの海が見えちゃっているので、パンを体内にとどめておける道理はない。口に入ったそばから、パンはぽろぽろと
そしてまた、その個体もパンを
これを延々とくり返すおかげで、スケルトンライダーへと渡す食料は、想像以上に少なくて済むらしい。見た目の惨状に反して、実害があまりに少なすぎる。
アホ臭いというのはドロシーの台詞だが、思わず、俺も似たような感想を覚えてしまっていた。
しかし、
……そうだよな。やっぱり、こいつらの本質は、ドロシーが言うように魔物なんだよな。
早いのか遅いのかはやや謎だが、ここでようやく、ドラッジ=グラッジの成員たちも浜辺に到着する。色んな町に支部を持つ超大手のギルドだ。本来の役目は復讐の代行だが、時々は魔物の討伐も行っている便利屋さんである。
「今日こそは! お前たちを我々の力だけで、追い払ってみせる! 私に続けぇえええーーー!」
言って、剣を抜いた男が、スケルトンライダーの群れに飛びこんでいく。
威勢こそいいが、ドラ=グラの人間は少数しかいない。ドラ=グラほどのギルドに、3~4人の人間しか勤めていないなんてことはありえないので、ほかの連中は町のほうでの仕事から、手が離せないのだろう。大勢の観光客が訪れている最中なので、それも納得だ。
この隙に俺は自分のスキルを発動させたのだが、やはりスケルトンライダーは、十分に強力な魔物だった。ランクはB+。安全を期すなら、数人がかりで対峙しないといけないモンスターだ。それが海岸を埋めつくすほどの量ともなれば、たとえギルドの全員が集合したとしても、支部レベルの人員で対処するのは無理がある。ドロシーに頼んで手伝ってもらっても、焼け石に水だろう。
あまり気乗りしないが、ひとまずはドラ=グラの手並みを拝見するほかない。
ギルメンたちが、何体かのスケルトンライダーを切りつける。しかし、相手も武器を有しているので、力任せに転ばせるのが限度で、倒すまでにはいたらない。敵の運動性能が、4.6と成人男性並みなのが唯一の救いだ。
だが、当然ながら魔物はやられっぱなしではない。Bランクというのは、邪法を使って来るランク帯のことを指す。
一斉に使われ始めるスケルトンライダーの邪法。
人頭サイズの水球が出現したかと思うと、瞬く間に、そこから巨大な骨の腕が生えて来た。
邪法「
経験値の差で、人間側に一発を受け止めることができたとしても、自在に動く骨の腕が何十本も展開されては、いくらなんでも対処できない。両脇から押し倒されるようにして、体を持ちあげられたドラ=グラの男たちが、次々と海に向かって乱暴に投げ捨てられる。
誰が見ても完璧な敗走だ。
あっけないものだが、これだけの数を相手に、よく逃げなかったと俺は褒めてやりたい。
あとは任せろ、俺たちのターンだ。
ひとしきり暴れたことで満足したのか、スケルトンライダーたちが、海の彼方へと引き返していく。
俺はそいつらの尾行をすることに決める。魔物の住処でなら、スザクという化け物を解き放っても、問題は起こるまい。事件にはならないはずだ。
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