第28話 俺、一件落着したので、ひとまず海の家で食事を取ることにする。

 新島にいじま忘島ぼうとうから、渚瑳なぎさの町へと俺たちは戻る。

 スケルトンライダーのタナカを連れていくことに、漁師は断固反対の姿勢を示していたが、ドロシーが力で黙らせていた。なぜか、タナカも一緒に黙った。俺は賢明だと思った。


 浜辺に着くと、漁師の男に頼んで、ドラ=グラの人間を連れて来てもらう。

 ここまでお膳立てすれば、俺たちの任務はあらかた完了だろう。

 岩の陰から見守ることにして、あとの話はタナカに任せた。

 警戒しながらも、てくてくと、こちらに向かって歩いて来るドラ=グラの成員。

 それを認めたタナカが、礼儀正しく頭を下げた。


『あなたが町の代表ですね? 僕はスケルトンライダー代表の“タナカ”と申します。このたびは僕たちがご迷惑をおかけしたようで、大変心苦しく思っています』


「あっ、はい……」


 さぞかし面食らったのか、男の反応は忘島ぼうとうでの俺とそっくりだった。


『つきましては、贖罪をしたいのですが、いかがでしょう?』

「えぇと……」


 急な展開に頭を抱えるドラ=グラの男。

 順当に考えるなら、魔物の話を真に受けることはないだろう。これまで散々迷惑していたうえに、ゴミ捨ての犯人でさえ、スケルトンライダーたちだったのだ。魔物が約束を守ると考えるほうが、どうかしている。全面的な戦闘になったとしても、なんら不思議じゃない。


 だが、一概には争えない事情が、渚瑳なぎさの町側にもある。

 至極、単純。戦力の問題だ。

 ギルドとスケルトンライダーの交戦を思い出せば、魔物を追い払うだけのパワーが、町に足りていないことはすぐに分かるだろう。もっとも、こちらついては、よそからの応援を呼べば、解決するものでもあったのだが、祭りの時期が近く、楽しみにしている観光客も大勢訪れている中で、モンスターとばちばちにやりあうというのは、建設的じゃない。そのうえ、スケルトンライダーには新島にいじま忘島ぼうとうという、逃げ場所まであるのだから、なおのことだ。追っていって駆除するというのは、ちょっと現実的じゃないだろう。


 ドラ=グラ側は、議題を持ち帰って宿題にするかとも思ったのだが、意外にも、スケルトンライダーの提案を、この場で受け入れてくれるらしい。


 強者からの和平の申し出。

 それも無条件の休戦ともなれば、さすがに同意したほうが無難だと判断したのだ。最終的には、スケルトンライダーにゴミ拾いを手伝ってもらうことで、落着とするようだった。幸か不幸か、町への直接的な被害がなかったことが、今の即断に大きく影響しているのは間違いない。


 ……残す問題は、パンか。

 俺が数枚の金貨シルガを渡せば、それも丸く収まるのだろうが、なんでもかんでも金で収束させるというのは、そのうちドロシーから大目玉を食らいそうだ。水着ギャルも拝めていないし、この町にはまだまだ滞在する予定なので、もう少しばかり、別の方法を考えてみてもいいだろう。スケルトンライダーと町民が、仲良くする必要は全くないが、せっかく俺自身が首を突っこむのであれば、遺恨を招くような形で終わらせたくはない。


 ゴミの山のうち、使い道に困っていた石の塊に関しては、スケルトンライダーたちに持って帰ってもらうことにして、俺は海岸掃除の続きを手伝った。本来、ゴミの運搬と解体が、一番時間のかかる仕事だと言っていたが、俺には無敵のスザクがいるので、そちらの作業も大幅に前倒しになっていた。


「うおぉ! 助かった、マジでサンキューな!」


 俺の手を取ってソーニャが喜ぶ。

 よほど、町の祭りが楽しみだったと見える。

 俺のほうは、渚瑳なぎさの町の行事に全然明るくないので、当惑するばかりだった。最低限の情報しか、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックで仕入れていなかったからだ。普段からの勉強嫌いがここに響いているが、もっぱら俺に自らの生活を改める意思はない。


「……その祭りってさ、いつあるの?」

「なんだ、知らねぇのに渚瑳なぎさの町に来たのか? 明後日だよ。それに合わせて、明日からもっと人が押し寄せて来るからな。この辺を見て回るつもりでいるなら、今日のうちがいいぜ」


 なるほど、ソーニャの言うとおりだ。

 水着ギャルを堪能するためには、今のうちに町のことを知っておかなければならないだろう。ギャルから町のオススメを聞かれたとき、答えられないというのはちょっと恰好がつかない。


 渚瑳なぎさの町では、どの場所が人気なのかとソーニャに聞けば、西に広がる森林を散策するツアーと、大自然が町の南側に作ったパワースポットだという。


「ただし、ツアーに参加するつもりなら、ガイドの言うことをよく聞けよな。10年以上も昔のことだが、森に入ったっきり、戻らなかったやつがいるからよ」


「意外と恐ろしいところなんだね」


 もっとも、俺には世界攻略指南ザ・ゴールデンブックがあるので、俺に限っては迷子の心配はないだろう。おい、やめろ。フラグとかいうんじゃない。


 時刻はすでにおやつの時間を過ぎている。

 森林ツアーはそれなりに時間がかかるそうなので、そちらについては明日に回し、今日はパワースポットとやらを拝むことにする。


 それこそ日本にも、いくつものパワースポットが存在しているんだろうが、陰キャの俺はどこにも足を運んだことがない。どんなものであっても、きっと新鮮な気持ちで望めるはずだ。


 ぐぅう~。

 近くで腹の虫が鳴る。俺かと思ったが、スザクだった。

 確かに、もういい時間だ。腹をすかせていてもおかしくはない。

 意外にも、彼女にも羞恥心があるようで、スザクは照れたように頬を赤らめていた。


「……」


 思いのほか可愛かわいかったので、何か冗談を言おうと思ったのだが、ドロシーと違ってちょっとでも手を出されると、マジで俺が死ぬ。こればっかりは比喩じゃない。


「ありがとう、スザク。危うく、エルシーの手料理を食べ損ねるところだったよ」


 サムズアップとウィンクで俺が応じれば、ドロシーが、俺の親指を明後日のほうに捻じ曲げていた。気のせいか、一瞬、スザクの手が剣に伸びたようにも見えたので、ドロシーがいなかったら、俺は死んでいたのかもしれない。


 ……ふむ、これもダメか。

 ドロシーのぺぇと同様、スザクが健啖家であることは、二度と茶化さないと、俺は自分の指をぺろぺろしながら固く心に誓った。


 そのまま食事をするべく、エルシーの勤める海鮮山鮮うみせんやませんに移動する。スザクに対してはあのように言ってしまったが、実際、俺の腹も減っていたのでちょうどいい。


 店内に入ると、初めは気にもとめなかったのだが、柱に張られた札の存在が目に入った。


『くそぅ。このために例の札を買ったっていうのに、効果がなかったってのか!』


 俺の早合点じゃなければ、浜辺の階段のところで男たちが話していた札というのは、これのことだろうか。


 俺が黙って柱を見つめていれば、その視線に気がついたのだろう。エルシーが首を横に振りながら、独り言ちるようにして教えてくれる。


「全然効果はなかったわね」


 あの男たちのみならず、エルシーまで札を手に入れていたのか。まるで一部の魔物には、効果があるというような口ぶりだったが、詐欺にっているんじゃないかと、ついつい俺はエルシーのことが心配になってしまった。


 男が騙されていても別になんとも思わないが、女が騙されるのは許されまい。……悪かったよ。大勢の人間が騙されているなら、たとえそれが女じゃなかったとしても、俺も人並みに義憤の声を上げるよ。


 まぁ、この件に関していえば、俺が何もせずとも、これ以上の被害は広がらないだろう。図らずも、スケルトンライダーの襲来によって、札が偽物だとはっきりしたのだ。その点だけは、タナカたちの手柄といえた。


 ……一応、確認だけはしておくか?

 自分を心配性だと笑ってしまうが、俺の世界攻略指南ザ・ゴールデンブックは減るものじゃないんだ。見るぶんには構わないだろう。エルシーの隙を見て、俺は柱から札を剥がして手に取った。


「……何しているんですか、ご主人様?」


 呆れたような声音で、ドロシーが冷ややかに俺を見つめる。

 その視線があまりに痛かったので、俺は手身近に読んだだけで、すぐに札を元の位置に戻した。

 やはり札は偽物だ。

 この詐欺が、すぐにすたれるのは間違いない。

 エルシー本人にも、そのことを指摘するべきか迷ったのだが、売っている札の価格が安いので、今回はやめておく。心理的なお守りとしては、それでも有用だろうし、何よりも、エルシーのがっかりする顔を俺も見たくない。


 食事を待たされたスザクが、少しぴりつき始めていたので、俺は急いでメニュー表を確認。

 ここでもド定番のホワイトシチューは外せない。というか、これを外すと飯の大部分が消える。驚くべきは、そこに海藻サラダという文字列が、見えたことだろうか。副菜とはいえ、ホワイトシチュー以外のおかずを、俺は久しぶりに聞いた気がした。


「すいません、注文いいっすか?」


 エルシーを呼んで、もちろん俺は海藻サラダを頼んだ。ちなみに、ドロシーはリンゴの入ったホワイトシチューで、スザクはメニュー表の真ん中あたり全部という、斬新すぎる頼み方だった。


 テーブルから去っていくエルシーの後ろ姿を横目に、ふと思った感想を俺はスザクに伝えていた。


「てっきり、スザクは硬い物が好きだから、一番歯ごたえのあるものを食べるのかと思ったよ」

「あぁ……」


 それに対して、スザクが遠い目をして応える。


「……以前、お店で似たような注文をしたとき、すごく薄い料理が出て来たんですよね。誤って……それを皿ごと食べてしまったことがあって……。それがどうにも、すごく高価な食器だったらしく、借金が増えてしまい、以来、お店では普通に頼むことにしているんです」


 そんなことある?

 第一、メニュー表の中心は普通か?

 常識では決して測れない、スザクの衝撃的なエピソードを聞いている間に、お待ちかねの海藻サラダが到着。


 盛りつけはキュウリ・トマト、そしてワカメにアオサ・赤トサカだ。残念ながら、海藻サラダといえばこれという、あの透明なコリコリしているやつは、入っていなかったのだが、代わりに、名前も知らない見たこともない海藻が含まれていた。


 ドレッシングの色は青。海の町らしい、食欲の失せるきつめの色だが、こんなものは気にしたら負けだ。


 思いきって、口の中に大量に入れると、俺はむしゃむしゃと頬張った。


「……!」


 旨い。

 それも超がつくほどの美味だ。

 ホワイトシチュー以外の飯が、しばらくぶりだということももちろんあるだろうが、それだけでは説明のできない旨さが、口の中いっぱいに広がっている。


 俺はもうバクバクと食った。

 なんなら、サラダはおかわりもしたし、無理を言ってドレッシングもごくごく飲んだ。ドロシーに腹を殴られたので、ほとんど吐き出しちゃったけど。


「最高の料理でした」


 俺がエルシーに料理の感想を伝えれば、そのまま彼女は店の厨房へと戻っていって、奥のほうで客が褒めていたと話していた。漏れて来る男の笑い声。恐らくは、この海の家の店主であろう。その仲睦なかむつまじい雰囲気から、男がエルシーの旦那であることを俺は察した。海鮮山鮮うみせんやませんは、夫婦で切り盛りしている店なのだ。


 ……そんなことだろうと思ったよ。

 気づかわしげにドロシーが俺のことを見て来るが、見損なってもらっちゃ困る。


「美人に相手がいないほうがおかしい」


 そう言って、俺は鷹揚にうなずいた。

 わざわざ詳述するまでもないだろうが、もちろん内心は違う。世界中すべての女が、俺だけを好きになればいいと思っているさ。こんなの万国共通、男として当然の願いだろう?


 エルシーの作った料理じゃなかったことは不満だが、海藻サラダがやたらと旨かったのもまた事実だ。ドロシーやスザクの頼んでいたメニューも、納得のいく味だったようで、俺たちは3人とも、満足した気持ちで海の家をあとにした。


 土産物屋のほうへと足を向ける。

 海岸が綺麗になったので、すぐに祭りの支度を始めるらしく、男衆の人手は全く足りていない。必然的に、漁師が忙しくて船を出せないので、スケルトンライダーのタナカは、忘島ぼうとうに帰れなくなってしまった。


 そのままの状態で人目にさらそうものなら、観光客から悲鳴が上がる。仕方なく、祭りが無事に終わるまで、タナカには骨の置き物に徹してもらうことにした。もっとも、それでもかなり不気味だろうが、何もしないよりはいくぶんマシだろう。


 町内の観光もほどほどに、俺たちは町から少し南に行ったところにある、パワースポットを目指した。効能としては、恋愛成就じょうじゅというありがちなものだ。だが、これを異性関係全般に効き目があると捉えるならば、俺としては見逃す理由がない。妹の確保は、俺の人生における最優先課題といってもいい。


 町を出て南東に向かえば、すぐに名所の岩場が見えて来る。

 名前は⦅風の回廊⦆。

 陸と海岸を八の字型に結ぶルートが名所で、これの内側に入ると、岩肌にいた穴に風がぶつかって、種々の音色が奏でられるさまを、心ゆくまで堪能することができる。同じ場所に立っていても、吹いて来る風の強さによって音は変化するが、ここの真髄は実際に道を歩いてからだ。穴の形は複雑怪奇であるため、移動するたびに、周りから聞こえて来る音が変わるのである。それはもう見事としかいいようがない。


 圧巻のメロディー。

 海風と山風という、目まぐるしく変わる複雑な風向きが、一層、独創的な旋律に拍車をかけていた。


「すごいな、これは……」


 期待していなかったわけじゃないが、大自然の作りあげた神秘を前に、思わず俺は感嘆の声を漏らしてしまう。それはほかの2人も同じだったようで、スザクでさえもが、この名所に驚いたように目を丸くしていた。


 歩く。

 湿った土と草の香りが、海のほうへと向かうに連れて、段々と潮気を帯びていき、やがては濃厚な磯の匂いが辺りを覆う。それでも、その匂いにしつこさを感じないのは、常に風が滑らかに、俺たちの周りを移動しているからなのだろう。


 海から飛び出した巨大な岩を、正面に迎えたあたりで、体の向きが反対へと曲がる。

 ここが、道の折り返し地点だ。

 再び陸のほうへと戻っていき、ルートの終着点は森に接した草原の中。潮の香りが薄れ、甘くて少しだけつんとする、花の匂いに一帯が変わったら、⦅風の回廊⦆もいよいよゴールである。ここを巡る体験は、嗅覚と聴覚が存分に刺激される楽しい時間だった。


 これならば、いっそ目を閉じて、景色を想像しながら楽しみたいと、思うこともあるだろう。香りと音から抱いた自分なりの光景を、思い浮かべながら歩くのも、絶対に面白い体験のはずだ。


 中々どうして、その期待に応えるためなのか、ルートの両サイドには、転倒を防止するにおあつらえ向きの手すりがある。本来は、恋人や気になる相手と、目を瞑りながらコースを歩く想定なのかもしれない。あくまでも地形は自然の賜物なので、深い由来はないはずだが、⦅風の回廊⦆が八の字なのは、永遠に切れない恋の絆を表しているからだといえば、いくらなんでも俺はロマンチストが過ぎるだろうか。


「想像よりも断然いいところでしたね」


 ドロシーの感想に俺もうなずいて応じる。

 それこそ、恋人と来れば、さぞかしいいムードになるのだろうが、あいにくと俺の隣には目ぼしい相手が1人もいない。左は暴力メイドのドロシー、右は人間を卒業して久しいスザク。紛うことなき台無しである。なお、俺本人のていたらくは問わないものとする。

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