第4エピソード 護衛を雇う

第13話 俺、スザクを雇うべく交渉を開始する。

 日中であれば、人通りが多い。

 いくらこの町の治安がドラ=グラだよりといえども、ここも立派な1つの町なのだ。スラムとは違う。無法地帯じゃない。


 俺たちを襲った連中だって、待ち伏せをするくらいには馬鹿じゃないんだ。めったなことは起こさないだろう。


 だからといって、警戒を怠るわけじゃなく、俺たちは注意してスザクの捜索を始めていた。

 念のためにとかぶっているのは、クレバリアス家から拝借したフード。

 もちろん、変装用だ。

 なので、今はドロシーも町娘の恰好かっこうに近い。見た目だけは、すっごい可愛かわいいので違和感が半端なかった。


 まずはうわさの出どころを調べるべきだろうと、俺たちは、町の北側にあるドラ=グラの酒場に向かう。

 到着早々、酒場が半壊していることに俺は驚いた。決闘でもあったのか? それとも、ドラ=グラのメンバーは、どいつも血の気が多すぎる者ばかりなのかと疑ったが、真相はどちらでもないらしい。


 聞けば、首になったスザクが、やつあたりで壊していったとのこと。

 ……マジで? 俺たち、今からそんなやつを探すの?

 俺は帰ろうか迷って後ずさったのだが、物おじしないドロシーは、ドラ=グラの人にスザクの行方を尋ねていた。


「その剣士を私たちは探しているんです。どちらに行ったか、分かりませんか?」

「そう言われてもなぁ……。ぶっちゃけ、俺たちもつい先日会ったばかりなんだよ。元々、あいつは本部の人間だったからさ。そこも追い出されて、うちに来たみたいなんだけど……」


「どうしてギルドを追放されたんですか? やはり、素行不良が問題に?」


 ここぞとばかりに、ドロシーが質問を続ける。


「いや、悪いやつじゃないと思うんだが、見てのとおり力の加減ができないやつでな。さすがに、あれを俺たちで制御するのは、いくらなんでも荷が重いんだよ。あんたらも何を期待しているのか知らないが、あいつに会うつもりでいるなら心してかかれよ。本部の話じゃ、町の中心部が好きだったとかいう話だ。今でもそうなら、たぶんそこにいるんじゃないか?」


 詳しく話を聞いてみたが、中心部が意味するのは繁華街ではないらしい。ドラ=グラの男も、自分でもよくは分からないと困っていたので、それ以上追及するのはやめた。少なくとも、ドロシーがナプ=パプを確認しているので、そちらにはいないのだろう。


 はて、町の中心部とはいったいどこだ?

 人が多いという意味なら、やはり食品市場が一番だろうか。左翼の居住区にある広場も捨てがたい。


 市場に居座れるような場所はないだろう、というドロシーの意見を採用して、俺たちは広場に向かっていた。


 石畳。

 円形を描いた丸い空間には、その中央に噴水が座している。

 噴水の周りには、それを囲むようにしてベンチが置かれてあり、そのうちの1つにスザクは座っていた。


 すぐにスザクだと分かったのは、ほかにうなだれているような人物が、1人もいなかったためだ。職場を解雇されたことに落ちこむ程度には、ちゃんとした常識人なようで、俺は安堵あんどしている。


 今さら尻込みしても始まらないと、ドロシーに背中を押され、俺はゆっくりとスザクへ近づいていった。接近して分かったが、スザクは女だった。完全に男を想定していた俺は、すこぶる面食らってしまう。……美少女の剣士か、悪くない。すっごくいい。美少女と呼べるかは謎だが。


「失礼、あなたがドラ=グラを追放された剣士で、間違いないだろうか?」


 おもてを上げたスザクが、憮然ぶぜんとした表情で俺に応じる。


「そうですが……あなたがたは?」

「俺はゼンキチ。こんな恰好かっこうだが、こっちはメイドのドロシーだ」


 俺の紹介に、ドロシーが会釈をしてから言葉を引き取った。


「どうぞ、よろしく」

「早速で悪いんだが、あなたを護衛として雇いたい。フリーならば、今すぐにでも」


 俺の発言を聞くにつき、ドロシーが横から口を挟んだ。その声はスザクの返事とかぶっていて、俺には目の前の女剣士がなんといったのか、よく聞き取れなかった。


「ご主人様、それよりも先に場所を移したほうがよいかと」

「ありがたいお話ですが、今はまだ気持ちの切り替えができていなくて……」


 ドロシーのアドバイスにうなずき、俺はスザクに向きなおる。


「そのとおりだな……。すまない。今、何か言っただろうか?」

「いえ、なんでも……」


 スザクが小さなため息をついてから、俺のことを見上げた。


(……やっぱり、人との会話は苦手だ)


 このとき、スザクはそんなことを思っていたらしいので、俺への第一印象は中々にクソだったことになる。


「悪いが、こちらは何者かに追われている。落ち着いて話せる場所に、どこか心あたりがないだろうか?」


(この見た目で悪人なのか……? いいや、深く気にするのはよそう。私は考えるのが苦手だ)


「そういうことでしたら、私の家へどうぞ。狭いですが、話すぶんには支障がないはずです」


 ベンチから立ちあがったスザクに促され、俺たちは広場をあとにする。居住区の中を通って北側へと足を進めれば、現れたのは、そこそこの大きさの果樹園だった。位置としては、宿屋群の裏手にあたる。食品市場に新鮮なフルーツが並んでいるのは、きっとこのためなのだろう。


 もっとも、その量はこの町の住人全員が、満足できるほどじゃない。つまり、そこそこっていうわけ。

 そんな果樹園の隅に、ぽつねんと置かれた小屋があった。

 聞けば、その小屋はスザクが雪乃ゆきのの町で働くにあたって、ドラ=グラより与えられた建物らしい。スザクは自家と説明していたが、どう見ても小屋である。場所が山の近くであるところからしても、ちょっとした休憩所という体裁だった。


 ただし、スザク本人には居住環境へのこだわりがないようで、気にするそぶりを全く見せていない。

 案内を続けるスザクの後ろから、何気なく俺はスキルを発動させていた。彼女の運動性能を確かめておきたくなったからだ。


 もちろん、言いたいことは分かる。ほかに選択肢がないんだから、俺だってどんな人材でも、それが地雷じゃないなら雇うつもりでいたさ。


 ただ、ふとドラ=グラっていうギルドがどんなものなのか、野次馬的に知りたくなったんだ。

 だから、そのステータスを見たときに、冗談抜きで仰天した。だって、170.2って書いてあったんだぜ?


 見間違いだと思って何度も確認したし、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックが壊れたのかと思って、俺の運動性能も改めて見直してみたたが、やっぱり誤りじゃなった。俺のうんこは変わらない。


 ……170.2? なんで、こいつだけステータスが、身長みたいになっちゃているの?

 タマーラ商会からの薬を待っているとき、俺はナプ=パプでも何度も、暇つぶしに他人のステータスをのぞいて来た。


 そんな俺だからこそ、断言できる。

 これは異常だ。

 ドロシーの8.6を超えているやつも少なかったが、10.0の大台に乗ったやつなんか、1人しか見かけちゃいない。


 それなのに、この女剣士は10.0どころか、100.0を超えてなおあまりある。

 はっきり言って、バグか何かの間違いだろう。そうじゃないなら、俺以上のチートだ。物理面では、すでに至高の位置にいると言い切ってもいい。


 何がなんでもスザクを確保したくなった俺は、興奮を隠せずにドロシーに呼びかける。


「ドロシー。俺の勘だが、この女は別格だ。無理にでも雇うぞ!」

「もとより、私たちの選択肢は有限です。向こうにドラ=グラでの実績があるなら、なおのことでしょう」


 にっこりとうなずくドロシー。

 俺がそれにウィンクで応えたことで、ドロシーの笑みが失笑に変わったあたりで、俺たちはスザクに続いて、彼女の小屋へと足を踏み入れていた。


 室内はずいぶんと散乱していて、足の踏み場がない

 壊れた食器。

 農具。

 男物の衣服に、用途が不明の雑品。

 全体的にほこりっぽいので、たぶんスザクは小屋をもらってから、一度も掃除をしていないんだろう。彼女がスーパーだらしないという線も、ないわけじゃなかったが、身なりがしっかりしているので、ちょっと考えにくい。


 いったいどこに腰かければいいんだと、俺がきょろきょろと目線を動かしていれば、立ったままの状態でスザクが口を開き始める。


 ……さすがに異次元の筋力だ、発想が違う。


「それで……私を雇いたいというお話でしたが」

「あぁ。盗賊まがいの集団に襲われていてな、心強い味方を必要としている」

「分かりました。こちらも金を入り用としています」


 スザクの返事に、好感触を覚えた俺はほっと心をでおろす。


「こちらとしては、できるだけまとまった期間、あなたを雇う用意がある。年単位での契約を希望したいのだが、構わないだろうか?」


 ドロシーの台詞せりふじゃないが、スザクを味方にできれば、それだけで戦況がひっくり返るだろう。彼女から聞かされていた以上の戦力だ。言葉をはばからないなら、神話や伝説の域に近い。……あれ、勇者って俺じゃなくてこいつじゃね?


 対するスザクの返事はすげない。


「……まだ私の能力を、見てはいないと思うのですが」


 警戒させてしまったかと、俺は焦る。

 迂闊うかつだった。

 ステータスをのぞけたからこその言動を、出しすぎている。

 俺は適当な方便を考えながら、話題をずらすように努めた。


「大手のギルドに所属していたくらいなのだから、その点に心配はないだろう。そういえば、まだあなたから名前を聞いていなかったな。ドラ=グラの話では、スザクということだったが……」


「はい、そうです。本名ではありませんが、その名で通しています」


 実名じゃないという予想外の返事。

 これで、プロフィールをのぞいて、地雷かどうかを判断するという俺の計画は、あてが外れたことになる。


 もっとも、タマーラとは違って、それが偽名であることを素直に明かしているので、彼女に比べれば、ずっと信頼の置ける相手になるだろう。それならば、この怪物を取り逃がすほうが損が大きいはずだ。


 黙ってしまった俺を、スザクは不審げに見返して来る。

 慌てて俺は首を横に振っていた。


「いや、構わんよ。何かそちらにも事情があるのだろう」

「そうですか……。それで、私をいくらで雇うつもりなのでしょう?」

「金額については、あなたが決めてしまって構わない。どれだけの給料であれば、納得してもらえるだろうか?」


 ドロシーの一件もあるので、俺は胸部を張って答えていた。だが、このときの俺はまだ、スザクに莫大ばくだいな借金があることを知らなかったんだ。当然だが、彼女の金銭感覚は逆の意味で狂っている。だからこそ、とんでもない金額を提示されることになった。


「では、1年につき1万金貨シルガで」

「たったそれだけか?」


 ノータイムで俺は答える。

 もちろん、間を置かずに口を開いた俺の判断が、正常なわけがない。なんと言われても、そう返事するつもりでいたからだ。


 隣ではドロシーがドン引きしていたし、俺も言われた金額を思い返して、軽く震えていた。たったじゃないよね、たぶん。


 対するスザクも頭をひねっているようだった。


(……あれ? 私の借金って、私が思っているよりもずっと安かったのかな。普段、お金なんて使わないから、また忘れちゃった)


「……では、10万金貨シルガでどうでしょう」

「いいだろう。こちらは10年での契約を希望したい」

「構いません」


 俺たちのやり取りに、横では白い目になったドロシーが、段々と聖母のような顔つきにまで変わりつつあった。これは、今から始まるお説教タイムが怖いなぁ。


 そんな俺の姿を見て、スザクは頼りないと思ったのかもしれない。急に考えこむと、時間が欲しいと言いだしていたんだ。


(……たぶん、ここはいい職場だ。だからこそ、余計に不安になる。私が加わることでまた、この関係が崩れてしまうんじゃないかって。あのときみたいに)


「すみません、やっぱり考えさせてもらってもいいですか?」

「え? あぁ、いいけど。なるべく早くに結論を出してくれるか? 金額に不満があるなら、増額するからさ」


「いえ、そういうわけでは……」


 そう言って、スザクが扉のほうへと向かっていく。


「私は出ますが、このままこちらにいてくれても構いません。借り物なので、そのうちギルドの者がやって来るかもしれませんが……」


「分かった。その前には離れよう。俺たちは今、クレバリアス家に隠れている。急ぎのときには、そっちに来てくれ」


 うなずいたスザクが、再び広場のほうへと向かって歩きだしていた。

 それを確認したドロシーが、頭を抱えたまま俺に詰め寄って来る。

 しかし、説教の内容に自覚があった俺は、ドロシーが話を始める前に謝っていた。自分でいうのもあれだが、成長している。……主にダメなほうに。


「100万はさすがに破産だよぉ」

「はぁ……。自覚があったんですか、それならまだよかったですよ」

「そりゃまぁ、俺でもちょっとは考えるさ。……あれぇ? でも、よくよく考えたら、まだ200万も残っているんだから、全然平気じゃん!」


「何かいいましたか?」


 じろりとにらむドロシーの圧を受け、途端に俺は言い訳がましくなった。


「でもほら、だってさぁ。女が望むなら仕方ないじゃん」

「はぁ……。ご主人様って、相手が女性なら誰でも、そんなに調子のいいことを言っちゃうんですか?」


「えっ、うん。なんかまずいの? おかしいな、俺の国ではモテるための方法のはずなんだけど」

「それって、普段からモテる人のための知恵の誤りなのでは? イケメンから優しくされるとうれしいっていう、話ですよね?」


「ぐはっ――」


 ドロシーの遠慮ない一言に、俺のメンタルはごっそりと削られていた。

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