第12話 俺、抜群に強い剣士の噂を知る。

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 スザク。

 彼女は様々な意味で、尋常ならざる剣士である。

 まず腕がいい。軽く引くほどに。

 すこぶる腕の立つ剣士として、長らくドラ=グラの本部で重用されていたが、残念なことに、地方の支部に送られる運びとなった。


 本部での彼女は、おおむね置き物だった。

 お飾りという意味ではなく、単にパーティーに加わっているだけでも、作戦の勝敗に影響するほどの腕だったのである。スザクを知る者が相手にあれば、彼らは軒並み白旗を示した。


 生きるバフ。

 それがスザクという女だった。

 だが、そのうえでなお、彼女は実戦ではほとんど役に立たなかった 

 無論、弱いのではない。

 その逆である。

 あまりに強すぎて、もはや動くだけでもかえって危険だったのである。

 彼女1人だけで戦いは完結しているため、スザクは命令を聞こうともしない。だが、困ったことに、スザクからすると、強敵と弱敵の違いがないため、命令されないと自発的には動かなかった。それがたとえどんな状況であっても、自分の加勢が必要とは、どうしても思えなかったからである。


 もちろん、仲間との連係などあるはずがない。

 同士討ちを気にもとめなければ、うっかり依頼対象さえも抹殺する始末である。

 そういうわけだから、彼女が地方に派遣されたのは、当然のなりゆきだった。

 その派遣先こそ、いうまでもなく雪乃ゆきのの町である。

 さて、困ったのはドラ=グラ支部の面々だ。

 スザクには本部での実績があるのだから、その実力に疑う余地はない。しかし、いかんせん支部では、なぜスザクがここに送られて来たのか、その理由が見当もつかなかった。


 ゆえに、本部の真意を測るべく、ドラ=グラはスザクを引き連れて、郊外の遠征へと出ていた。

 定期的なモンスターの掃除。

 これも立派な冒険者ギルドの活動だ。いくら復讐ふくしゅうの代行を掲げるドラ=グラといえども、その本質が冒険者ギルドであることに違いはない。そのため、時々はこうして、魔物の討伐に出かけているのである。


 今回の討伐対象は、ウッドスライムとバンピーウルフ。

 どちらも中級以上の冒険者であれば、難なく相手にできるだろう。しかし、それが複数同時ともなれば、苦戦は免れない。


 スザクの実力を計測するには、もってこいの相手。

 ウッドスライム2匹とバンピーウルフが、男の脇を通り抜けてスザクに迫る。

 ウッドスライムは、木材の性質を獲得したスライムだ。通常のスライムよりも防御力が高く、物理攻撃が利きにくい。倒すためには、魔法での対処が基本となる。


 一方で、バンピーウルフは防御力こそ低いものの、身体能力の高さに特化していて、予備動作の多い魔法攻撃では、かわされる恐れが高かった。


 異なる戦術を求められる相手。

 それを一斉にさばかないといけないのだから、かなりの技量を必要とする。


「そっちに行ったぞ! スザク、お前の実力を見せてくれ!」


 男が期待と好奇心に任せて叫ぶ。

 対するスザクの反応は、ずいぶんと温度差の感じられるもので、覇気のカケラも持ち合わせていなかった。


「……は?」

「『は?』じゃねぇよ。魔物を倒せって言っているんだよ!」


 さすがに男も面食らって、声を荒らげていた。

 本部から左遷されるくらいなのだから、ある程度まで、癖の強い人間なのだろうと覚悟はしていた。しかし、あまりのぽんこつっぷりに不満を隠せない。


「はぁ。とにかく、倒せばいんですね」

「そうだ、早くしろ。もう目の前にいるぞ!」


 男の発言を無視して、スザクが剣を払う。

 さやはついたままだ。

 しかし、それでもたったの一撃で終わっていた。

 近くにいたウッドスライムは跡形もなく消し飛び、バンピーウルフにいたっては、スザクに接近することさえかなわず、いだときのかまいたちで胴体が2つに分かれた。


 どちらも即死である。

 そして、被害はそれだけでは済まない。

 抜き身ではなかったにもかかわらず、スザクの周囲に生えていた木々のうち、何本かは根元から切り倒され、その余波で味方にも負傷者が出ていた。


 たったの一振り――それも納刀された状態の剣で、このありさまである。

 実力は予想以上。

 それどころか、冗談抜きで、うわさに聞いていた100倍くらいの力がある。

 したがって、ドラ=グラのメンバーが抱いた感想は、本部の人員と変わらない順当なものだった。ここまで行くと、危険すぎて扱うことができないというものである。


 自分たちの本分は、あくまでも復讐ふくしゅうの代行だ。

 言い換えるならば、市街地での戦闘がメインとなる。

 ところが、スザクはどうだろうか?

 たまたま、今回の実践は場所が森の中であったから、彼女の周りの木々が犠牲になっただけで、大きな被害もなく終わっている。しかし、これが町の中であったならば、いったいどうだろう。建物のいくつかは、容赦なく破壊されていたはずだ。味方にさえ負傷者が出ているのだから、巻きこまれる一般市民の被害など、考えたくもない。


 仮に、破壊された物件の弁償を、すべてスザクにさせるとしても、町の住民とドラ=グラの関係は、最悪なものになるに決まっている。


 満場一致。

 スザクは首である。

 取りつくろうようにして、スザクをギルドにまでUターンさせたドラ=グラは、そこで彼女に解雇を言い渡していた。


「スザク……。うん。君、首ね」

「えっ、また首……。それは困ります」


 本部に続いて支部からも首になったとあっては、もはやドラ=グラでの活動は見込めない。ギルドからの強制脱会を意味している。どこの町に行っても、ドラ=グラでは二度と働けないだろう。


 どうにかならないかとスザクは男に迫るが、男は鬱陶しそうに、スザクの肩を押し返すばかりだ。

 その瞬間、再びスザクが剣を振るう。

 もちろんさやのままである。

 だが、これは彼女が意図したものではない。反射的な行動だ。

 ゆえに、すぐさま腕にブレーキをかけた。

 男を両断する直前で、かろうじて軌道を変えられたものの、それでも男の隣には、ものの見事に一直線の亀裂が走っていた。


 溝はそのままギルドの床を駆け抜け、壁にぶつかっても一向に止まらず、黙々と天井を目指す。

 そうして、スザクは無意識にギルドの酒場を半壊させていた。

 九死に一生を得た男は、冷や汗を流しながらスザクをにらみつける。


「……。どうしてお前に『借金王デットキング』なんていう、ふざけた異名があるのか。今、ようやく俺にも分かったぜ! お前なんか、どこも雇わねぇよ! 二度と顔を見せるな。それから、このギルドの弁償も必ずしてもらうからな!」


 そう吐き捨て、男がいらつきながら酒場のドアを押し開ける。

 すでにスザクによって半壊させられていた扉は、男の接触に耐えることができず、押したそばから板が壊れていた。


 それを見て、いよいよ男も我慢ができなくなったらしい。

 胸部の位置にある扉をつかむと、乱暴に地面に投げ捨てていた。

 呆然ぼうぜんとその光景を眺めていたスザクは、かくしてドラ=グラを解雇され、フリーとなった。

 抱えている借金の合計は、本人さえも理解していないが、実に7000万金貨シルガを数える。借金王デットキングの異名に恥じない、途方もない金額だ。間違いなく、ワールドで最も多額の負債を抱えているだろう。


 これが、スザクという剣士が異常である、もう1つの理由だった。


(参ったな……。また職場を失ってしまった。これでいったい何度目だろう。ドラッジ=グラッジでは、自分でもうまくふるまえていたと思ったのに……。それに、また借金も増えてしまった。また仕事を探さないといけない。また新しい人たちと会話をしなきゃ……)


 途方に暮れたスザクが、深くため息をつく。

 人とのコミュニケーションが苦手なスザクは、気落ちしながら、新たな職場を求めて歩き始めた。




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 ドロシーが俺のもとに戻って来たのは、昼前のことだった。

 突然、2階の窓が開いたので、何事かと警戒したが、なんてことはない。ただドロシーが帰還しただけだった。彼女は普通に帰って来られない呪いにでも、かかっているんだろうか。


 帰宅早々、ドロシーが口を開く。


「タマーラ商会を軽く探してみましたが、全く見つかりませんでした。元々、王都とのパイプも太かったようですし、改めて思えば、そんな凄腕すごうでの商会が、こんな小さな雪乃ゆきのの町にいたこと自体が、かなり不自然です。私たちには思いもよらない、何か別の目的があったのかもしれません」


 納得。

 ドロシーに言われて、俺もその線で考えてなおしてみるが、タマーラが欲していそうな物品が、ここいらに転がっているとは思えない。雪乃ゆきのの町に縁があるものといえば、裏山の埋蔵金が筆頭だろうが、たしかタマーラは、どうして俺が金持ちになったのかと、その由来を不思議がっていた。理由を知らなかったことからしても、埋蔵金には興味がなかったのだろう。


 だとすると、ほかには目覚ましいものがない。……まさか、ブロンズデーモンじゃないだろうな?

 俺の思案を中断させたのもまた、ドロシーの声だった。


「タマーラ商会は見つかりませんでしたが、その代わり、とんでもない怪物がドラ=グラにいる、とのうわさを耳にしました。真実かどうかは確かめられませんでしたが、直近で首になったという話も流れています」


「ギルドから追放されたってことか? そんな猛者が解雇されるかね。ドラ=グラって復讐ふくしゅうの代行だろう? 戦力は大いに越したことがないと思うんだが……」


 俺の疑問は、もちろんドロシーも抱いていたものなのだろう。

 はっきりとは言わなかったが、疑っているようでもあった。


「……分かりません。素行に極端な問題があるのかもしれないです。ただ、確かめてみるだけの価値はあるかと。たぶんですが、1人で戦局を変えてしまえる人材です。日中ならば、私たちを襲って来た連中も、おいそれと目立った行動はできないでしょう。今のうちに、会いに行ってみませんか?」


 最終的に決断するのは俺だからと、声をかけては来なかったらしい。

 捜索の手間も考えれば、妥当な判断だと思った。


「そうだな。行こう」


 俺には世界攻略指南ザ・ゴールデンブックがあるんだ。

 相手のプロフィールをのぞいてしまえば、そいつが地雷かどうかのチェックは容易だ。

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