第32話 俺、肝試しを思ったよりも楽しんでしまう。

 自由時間も終わり、時刻は夕方となる。

 いよいよ日も落ちて来て、辺りはすっかりと闇の中だ。

 俺たちの顔を照らす焚火たきびがあるので、自分の周囲だけはどうにか明るい。

 日中と違うからなのか、やたらと人の声が響いて来た。


「ねぇ、ノーサム。これからどうしよっか?」

「そうだなぁ……」

「メリンダ、すごく綺麗だよ」

「ちょっと、やだ。恥ずかしい……」

「ナタリア。もしも俺が明日、ボートレースで優勝できたなら、君に伝えたいことがある」

「……。それって大事なことだよね、ブルーノ?」

「もちろん。きっと俺たちにとって、とても大きなことになると思う」


 勘違いじゃなければ、男女の会話が多いような気がする。

 不審がって辺りを見回せば、今まで気がつかなかっただけで、そこら中にカップルがいた。なんともなしに彼らの使っていた器を見れば、昼食は全員共通でホワイトシチューだったというのに、どことなく、食べ残した部分が赤みを帯びている。


 間違いない。小竜苺ドラゴベリーだ。

 昼間は大人しくて目立たなかったが、小竜苺ドラゴベリーに触発されて、互いにじゃれつくのを自制しなくなったようだ。……クソが。滅びればいいのに。


 俺が羨ましさ半分、妬ましさ半分、憎たらしさ半分の計50%増量で、その光景を見つめていれば、突然、自分の肩にごとりという衝撃が加わった。


 スザクだ。

 スザクが体重を預けるようにして、俺の肩に自分の頭を乗せている。

 まさか、大勢のカップルを前にして、スザクも人恋しくなったというのだろうか。それで俺のほうに体を預けて甘えているのか。初めての経験に、俺は心臓のドキドキが止まら――いや、そんなわけねぇや。


 我に返って、冷静にスザクの顔を覗きこめば、なんてことはない。寝ているだけだった。


「疲れちゃったんでしょうか?」


 心配そうにドロシーがスザクを見つめるが、俺にはなんとなくだが、彼女が眠ってしまった理由が分かった気がした。


「いや、単に毒気を抜かれたんだと思うよ」


 あまりにも緊張感のない光景に、退屈してしまったのだろう。

 ほどなくして、ツアーの案内人が交代する。

 こんな暗くなってから何を始めるのかと思えば、渚瑳なぎさの町に伝わっている、古くからの噂を語ってくれるという。


 まるで興味を持てなかったが、今さら町には戻れないし、このままカップルたちの睦言むつごとに、耳をそばだてるというのもごめんだ。どっしりと構えた俺は、男の伝承を真剣に聞くことにしていた。たぶん、寝るよりは伝承のほうが面白いだろう。


 語りだしたのは古代の剣豪の話。

 この地を守っていた女にまつわる、伝説の数々だった。

 曰く、勇者の恋人の1人であると。

 ……あぁ、うん。どう考えても、新島にいじま渚瑳なぎさだな。

 わざわざいうまでもないだろうが、渚瑳なぎさの町の地名の由来になっている女だ。

 伝承の語り手によれば、彼女の使っていた聖剣が、⦅渚瑳なぎさの森⦆の洞窟に封じられているらしい。


うそ臭いですね」


 呆れたようにドロシーが呟く。

 俺も半信半疑でいたのだが、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックを確認してみれば、どうやらそれは真実のようだ。ものすごく怪しいのだが、渚瑳なぎさの使っていた剣が、本当に洞窟に封印されている。もっとも、そこは迷宮。早い話がダンジョンのようで、とてもではないが、気軽に一般人が立ち入れるような場所じゃない。さすがは勇者の選んだ女と言うべきだろう。


「では、肝試しということでね。今からみなさんと一緒に、そこに向かいたいと思います」

「えっ……マジ?」


 語り手の発言に、俺は驚いて世界攻略指南ザ・ゴールデンブックを見返した。だが、やはりそこは危険地帯。肝試しに使うようなレベルを超えている。


「どうかしたんですか、ご主人様?」


 俺が独りでにうなっていたら、ドロシーが訝しんでいた。


「う~ん……いや、どうなんだろう」


 小竜苺ドラゴベリーの件では憤慨していた俺だが、もちろんそれは本心じゃない。女が幸せでいるなら、それは俺としても喜ばしいことだし、逆に、不用意に傷つこうとしているのであれば、見過ごすわけにはいかないだろう。


 やや釈然としないが、助けるほうが優先だろうと、俺は腰を上げる。


「スザク、起こしてごめん。出番かもしれない」


 ぱちりと目を開いたスザクが、驚いたように俺を見返していた。


「……いえ、私こそ、すみませんでした」


(寝ていたのか、私は……。不思議な気持ちだ。こんなにも穏やかな気分になったのは、いつ以来のことだろう。まさか……この少年のせいか?)


 スザクが俺の手を取って立ちあがる。

 そのあとも、少しの間、何かを確かめるように、スザクは俺の手を握っていたのだが、まもなく満足したようで手を離してくれた。俺は自分の手が握りつぶされるんじゃないかと、気が気じゃなかった。


 歩く。

 語り手の案内で到着したのは、滝に接している岩屋だった。

 ちょうど滝の反対側が入り口になっているようだが、どう見ても本物じゃない。聖剣の伝説がある⦅朧影おぼろかげの巣⦆は、こんなに目立つところにはないからだ。


 念のために自分のスキルで確認してみたが、やはりここは別物。新島にいじま渚瑳なぎさとは、なんの関係もない岩屋だった。勇者の話は、単に肝試しの雰囲気造りに使われただけらしい。


 大げさに身構えていた俺としては、ずいぶんと肩透かしを食らった気分だが、それならそれでOKだ。女が無事ならなんでもいい。


 聖剣のほうも、気になるといえば気になるのだが、俺が見つけたところでどうせ扱えないだろう。女性陣が欲しているならば、これを機会に取りに行くつもり――スザクがいるので余裕――だが、さてさてどうしたものか。


「さっき言っていた古代の剣豪と、ここは無関係だね。どうする? たぶん、森で迷子になっている間に、俺は本当の入り口を見つけちゃったんだけど、聖剣を取りに行く? ドロシーが欲しいなら案内するけど」


 もちろん、これは方便だ。迷子になったあと、俺はユリアーネと一緒にいた。入り口の場所が分かるのは、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックがあるからにほかならない。


 茶化すように肩を竦ませたドロシーが、不愛想に俺に応じる。


「私は武闘派のメイドじゃないんですから、いるわけないじゃないですか」


 ……あなたの強さは、護身術の域を超えていると思いますけどね、僕は。

 予想どおりの返事だったので、それついては深堀りしない。だが、ふと思いついたので、スザクに別の質問をしてみることにしていた。


「そういえば、スザクなら、古代の剣豪とかにも詳しいんじゃないの?」

「すみません、ゼンキチ様。私は北方大陸に詳しくなくて……」


 すっげぇや。

 地方の一部とかじゃなくて、大陸全土が専門外なのね。

 相変わらず、スケールの大きなスザクに、俺は感動して何度もうなずいていた。


「一応、念のために聞くんだけど、スザクにも剣は必要ないよね?」

「はい。私にはこれがありますから」


 そう言って、彼女は自慢するように腰の得物を見せて来るが、俺としては、別の理由のほうが大きいだろうと思っていた。そもそも、スザクは剣を抜かないのだから、不要に決まっている。


 せっかくここまで来てしまったのであれば、元いた場所に戻ることもないだろうと、俺たちもみんなのあとに続いて、⦅渚瑳なぎさの岩屋⦆に進んでいた。


 安全のため、手持ちの武器を、事前に預けなければならない決まりらしく、スザクが入り口で少し渋っていた。


 もはやここに危険はないと、自分から白状しているようなものだ。

 お化け屋敷のようなものだと思えば、多少は受け入れやすいだろうか。

 実害がないと分かったものの、幽霊が出て来そうな雰囲気に、俺のほうも二の足が踏めないでいた。自分に霊感があるとは思えないし、だからこそ、霊的な何かを見かけることもないとは思うのだが、それでもやっぱり、どこかで怖がっている自分がいる。


 おびえているのが俺ばかりなので、ドロシーはどうなのかと彼女に尋ねる。女の子としてのリアクションを期待してのものだったが、もちろん尋ねる相手を俺は間違えていた。


「ぶっ飛ばして退治できるなら、幽霊を怖がる理由なんか、どこにもないじゃないですか。何を言っているんですか、ご主人様?」


 頼もしすぎる返事に、なんだか涙が出そうだ。

 そのまま進むと、目の前にはぼろぼろの橋が現れていた。そこを渡るカップルの悲鳴が、あちこちから飛びっている。


 所詮、こんなものは見かけ倒しだろうと思って、俺も勇ましく足を踏み出してみたのだが、いざ橋の上に行けば、思っている以上に板が揺れて普通に怖い。


「ちょ――ドロシー、助けて」

「死んでください、ホントに」


 思わずドロシーの腰に抱きつけば、シンプルな暴言を吐きながら、ドロシーが俺を橋の下に放り投げていた。


 ドシャン。

 頭から川に落下した俺は、全身が水浸しだ。

 つめてぇ。

 てっきり、超絶反射神経のいいスザクが、ここでもまた、助けてくれるんじゃないかと予想していた俺は、拍子抜けした表情で、橋の上に立つ彼女の顔を見上げていた。


「スザク……さん?」


 だが、スザクは俺のほうを見ずに、ドロシーに視線を向けている。


(なんだろう……。今、少しだけもやっとしたような)


 まもなく、思い出したように俺のほうを振り向いたスザクが、とんでもないことを言いだしていた。


「すみません、ゼンキチ様。……今の、もう一度やっていただけませんか?」

「「えっ?」」


 ドロシーと俺の声が重なる。


「何、言っているんすか、スザクさん!?」


 俺、やりたくて危険を冒したわけじゃねぇですのよ!?

 ドロシーに抱きつこうものなら、ぶっ飛ばされるのなんか目に見えている。今のは非常事態だったからにすぎない。


「いや、あの……」


(何かつかめそうだったからなのに……)


「そうですよ。スザクさんは、ご主人様と違って常識人だと思っていたのに、ちょっとショックです……」


 すこぶる嫌そうに、ドロシーが首を横に振っている。

 いったいどれくらい拒絶しているかといえば、自分の腕で小さなぺぇをかき抱――そのとき突然、どこからか金貨シルガの大量に詰まった袋が、俺の顔に飛んで来て、見事に俺を昏倒させた。


 川下へと流されていく俺。

 だが、これだけは突っこまねばならい。最後に残った気力を振り絞って、どうにか俺は水面に顔を出す。


 ……あの、別にスザクは常識人じゃないっすよ?







 ほどなくして、俺はまたドロシーたちに合流していた。

 例の古びた橋については、スザクの手を借りることでショートカット。俺は失敗をくり返さない賢い子だ。……さっきのぺぇはどうなのって? なんのことだか、覚えがないな。


 橋を抜けた先では、仮装した町民たちが岩陰に隠れるなどして、コースの随所で参加者を驚かしに来ていた。まさしくお化け屋敷だが、こういったアトラクションの経験が、少ないこともあいまって、俺は思いのほか楽しんでしまっていた。ひょっとしたら、俺が気がついていないだけで、効果的な魔法なんかも、盛りあげるために使われていたのかもしれない。


 焚火たきびのもとに全員がつどう。

 寝る前に、俺はユリアーネと出会った神殿の名前を調べ、1人で感傷に浸っていた。……恋じゃないぜ?


 ライバルと呼ぶには、俺の実力があまりに足りていないが、それでも、いい友達と知り合いになれたような気持ちだった。

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