第34話 俺、スザクの頑張りを横目に、浜辺で宝探しに没頭する。
浜辺で芸術を鑑賞している俺たちのもとに、突如として軽快な
「いよいよ始まりました『
淀みなく、分かりやすい解説が流れて来る。男のいる地点から離れているのに、平然と俺たちのもとにまで声が届くのは、専用の魔動具か魔法を使っているためだろう。
……意外とハイテクなんだな、この世界。
「多くの選手が釣りを選択していく中、スザク選手だけは素潜りで挑むようです。ここの海はかなり深いので心配になりますが、大丈夫なのでしょうか?」
延々と続く実況に釣られ、俺も海岸のほうに近づこうとしたのだが、ドロシーの言葉がそれを制止させていた。
「これだけ状況の説明が詳しいと、見に行く必要もないですね。もう少し周りを見てみませんか?」
「まぁ、うん……いいよ」
応援が必要ないとはいえ、競技に参加させた俺が、本人の頑張りを見ないというのは、どうかとも思ったのだが、そんなことを気にするような繊細な女でもないだろうと、俺はドロシーの提案にうなずいた。
前に向きなおった俺が歩きだそうとした瞬間、そこに1人の子供がぶつかって来る。
倒れこむ子供。
よろけはしたものの、俺はどうにか立ったままだ。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、うん。俺はなんとも」
「ご主人様なわけないじゃないですか」
……ですよねー。
しゃがんだドロシーが、心配そうな表情で子供を起きあがらせる。
まあまあの勢いで転んだので、俺は泣くかと思ったのだが、その予感に反して、子供は気丈にふるまっていた。腰に片手をあて、ドロシーのことを見上げると、俺たちの顔に向かってびしっと指をさす。
「お兄ちゃんたち、手伝ってくれ! 報酬は好きなだけ払う」
呆れたようにため息をついたドロシーが、ちらりと俺に視線を送る。
「……まるで誰かさんを見ているようですね」
「ちょっと、俺のほうがもう少しばかり、恰好よかったはずでしょうが!」
無論、俺の反論を無視して、ドロシーが子供に向きなおる。
「報酬って、いったいどうしたんですか?」
「宝を探しているんだ!」
子供の返事を聞くにつき、ほら見ろと言いたげに、ドロシーが俺のことを睨んだが、対する俺はそれどころじゃなかった。
……宝だと? そんな馬鹿な。
たしかに、この子供の言うとおり、
……俺でさえ、今はやめておこうと思っているのに。
スザクがいれば恐れることもないだろうが、それでも時間は取られる。急いでいるわけではないものの、女の役に立つことでもないので、モチベーションが上がらなかったのだ。金はまだまだ余っているしね。
そういうわけで、いったいどういうことなのかと詳しい情報を求めれば、子供はドロシーに対して、地図を開いて見せていた。
見れば、町の浜辺を模した場所に、いくつかの赤い印がついてある。
どうやら、これは祭りの期間中、子供たちが退屈しないようにと企画された、レクリエーションのようだった。
「……そういうことね」
ドロシーと顔を見合わせ、俺はほっと安堵する。
「えぇと、こういったものには、大人が手を貸しちゃいけないと思いますので、残念ですけど、私たちは協力できま――」
良識ある大人として、断ろうとしているドロシーに割りこみ、俺は子供の依頼を全力で受け入れていた。
「任せろ! お前、名前はなんだ?」
「ネイサン!」
自分の腕を伸ばし、俺はネイサンの手を握った。
ドロシーが俺のことを白い目で見て来ているが、そんなことは気にしない。
「ドロシー、こういうのは早い者勝ちだぞ? たとえ、報酬が少なかったとしても、ほかの人に譲るのはご法度だ。決して、ちょっと面白そうだとか思ったわけじゃない! ……よし、ネイサン。必ず、俺たちでこの宝を見つけるぞ!」
すごい温度差を感じるドロシーから逃げるように、俺はネイサンと共に駆けだしていく。
子供のためのレクリエーションにしては、ずいぶんと地図は手がこんでいて、俺が見ても立派だと思えるものだった。今日、浜辺に展示されているアートと、内容が関連させられてあるのだ。恐らくは、この遊びを通して、子供たちに、芸術などにも関心を持ってもらおうという、教育的な一面があるのだろう。
だが、あいにくと俺とネイサンは反骨心が多め。そんな指導者の狙いなど、知ったことじゃない。……素直に、馬鹿といっても構わんぞ。
「クソっ……思ったよりもムズいな」
「だろう、お兄ちゃん? 俺も苦戦しているんだ」
子供の宝探しと
特に厄介だったのは、絵画『海』のように、時間の経過によって、原型をとどめなくなる作品群についても、宝の
「まもなく、第1競技が終了となります。選手のみなさんは、それぞれ所定の場所で、重量の計測を始めてください」
響いて来る実況を無視して、俺はネイサンの広げている地図の1か所に、自分の人差し指を向ける。
「方針を変更しよう。
宝の埋められているとされる場所は、全部で15。
明らかに、ほかよりも隠蔽されている地点が何個かあるので、宝はその中のどれかにあるのだろうが、正攻法では、とてもじゃないが太刀打ちできない。
「分かった、そうしよう」
うなずく、ネイサン。
俺たちは急いで向かった。
海岸の辺りを捜索していれば、海藻を模した魔物と鉢合わせる。
「わっ!」
驚いて、俺とネイサンはひっくり返ったが、シーウィードのランクはD-。本来は転倒するほどの相手じゃない。俺たちだけでも、十分に対処できるランク帯の魔物だった。
もっとも、いくら相手が海藻に扮しているからといっても、食用にならないのはほかの魔物と同じだ。これは俺に、
「あぁ、
……そうそう
気のせいか、俺はスケルトンライダーの長に会ったときも、瘴気という言葉を、どや顔で使ったような覚えがあるのだが、あとでよくよく
「圧倒的な漁獲量を見せたスザク選手! しかし、その手に
町から離れたこんな場所にまで実況が届くのかと、俺が不審がって辺りを見回せば、ポールのような支柱に、大型の魔動具がついているのが目に入った。
スピーカーのようなものだろう。
ただし、道具がここまで大型で、おまけに有線ならば、ほかの用途には供せない。せいぜいが町の防犯だろうが、それもドラ=グラの常駐している
……本当に祭りのために、色んな人間が準備をしていたんだな。
俺は感慨に
自分の腕を見つめたまま、意気消沈しているネイサンに向かって、ゆっくりと俺は口を開く。かける言葉に悩んでしまって、俺が声を発するまでには、それなりの時間が必要だった。
「……そんなに宝が欲しいのか?」
こういう言い方はあれだが、いくら地図が難解とはいえ、どのみち子供用のレクリエーションであることに、変わりはない。
「惚れた女が欲しがっているんだ。これで応えられなきゃ、俺の気持ちが
清々しいほどの男気に俺は感動していた。とても、俺よりも年下の男が言うものとは思えない。
女のためにすべてを捧げるという点に、モテない男としてのシンパシーを感じた俺は、さらに踏みこんでネイサンに尋ねる。
「どうしてもか?」
「もちろんだ」
「それは、どんな方法を使ってでもという意味でいいな?」
「……あぁ! だが、盗みはなしだ。ヴィオラが知ったら、きっと悲しむ。だが、それ以外のやり方なら、お兄ちゃんの秘密、俺がきちんと墓場まで持っていく」
「よろしい!」
同じ男としての覚悟を認めた俺は、
ネイサンから、このイベントを企画した人間の名前を聞くと、町に戻って該当人物の捜索を開始していた。
「ネイサン。秘密は守ってくれよな」
「あぁ、無論だ。男ネイサン、二言はねぇぜ」
……さてはお前、人生2回目だな?
ほどなくして、ネイサンが1人の男を指さす。
「お兄ちゃん、あの人だよ。あの人が、ハミルトンだ」
「でかしたぞ、ネイサン!」
俺はネイサンの頭をわしゃわしゃといじってから、ハミルトンに対して、
男のプロフィールをつぶさに見ていけば、宝を埋めた場所がどこなのか理解できた。
浜辺の一角、大型の美術作品の真下だ。
俺よりもでかい立体作品。こんなものを子供が移動するのは不可能だし、大人でさえ、崩さずに運ぶのは難しいかもしれない。第一、作者に移動の許可なんて取れないだろう。何よりも、まるで宝を掘らせる気のない配置に、さすがに俺も、自分の腹が立つのを止められなかった。レクリエーションを完全に馬鹿にしている。
じゃあ、ハミルトンはどうやって宝を埋めたのかなんて、馬鹿正直に不思議がってやる必要はない。あらかじめ準備しておき、あとは指定した位置に、芸術家に作品を置いてもらうだけだ。もちろん、俺は理解できなくてすげぇ訝しんだので、これは
「あの下にあるのか? 無理じゃねぇか」
がっくりと、ネイサンがその場にくずおれる。
「心配するな。策はある」
そっちがそのつもりなら、こちらとしても容赦はしない。
あいにくと、この巨大模型を、なんの苦もなく運べるスザクの手は借りられないが、幸いにして、見た限りでは、作品の素材として使われている物が1種類だけだ。詳細を確認せずとも、
俺はドロシーを探し出すと、事情を話して彼女に頼みこんでいた。
「なるほど、分かりました。そういうことなら、力を貸しましょう」
言っているそばから、取り外しがしやすそうな部位を持って、ドロシーがポケットにしまう。瞬く間に、大地を見おろす金魚の模型は、ドロシーの亜空間へと消失した。
「ちょうどいいので、展示物がなくなったって、作者の方に伝えて来ますね。これで管理の人も懲りることでしょう。そのあと、ぶっ飛ばして来ますね」
「……うん?」
俺の聞き間違いじゃなければ、なぜか2つの制裁があったように思う。やりすぎな気がしたが、ネイサンのほうが優先だ。管理者のハミルトンには、自業自得だと、甘んじて受け入れてもらうよりほかにない。
障害物のなくなった地面を、ネイサンと2人で掘り返せば、ややあってから、俺たちは、手のひらサイズの頑丈な木箱を見つけていた。
「うぉおおお、ついに!」
天高く木箱を持ちあげたネイサンが、喜びに震えている。
恐るおそる蓋を開けていくネイサンの隣で、俺が期待しながら見つめていれば、中から出て来たのは、とても子供の景品として似つかわしくない、いかにも高級そうな指輪であった。
……まさかの本物か?
だから、本気で隠したとでもいうのだろうか。何か色々と間違っているような思いに駆られたが、いずれにしろ、この指輪を俺たちがゲットしたことに違いはない。
「やったな、ネイサン」
「感謝するぜ、お兄ちゃん! 手伝ってもらったのに、こんなことを言って悪いんだが、ここからは俺1人にして欲しい」
元々、ネイサンは惚れた女のために宝を探していたのだ。意中の相手を呼んで、指輪を渡す腹づもりなのだろう。
事情を察した俺は鷹揚にうなずく。
「男の問題だ。深くは尋ねまい。うまくやれよな」
がしりと固い握手を
『どうでしたか、僕の芸術は?』
周囲の人間にはそうと分からないよう、小声でタナカが俺に話しかけて来る。
「やっぱりお前が作ったのか、あれは」
『えぇ。せっかくなので、僕も祭りをお手伝いしたくて。ここでずっと座っているのも、少々退屈なものですから』
「まぁ、悪くなかったと思うぞ。あれだけの腕なら、もっとほかの作品も仕上げられるんじゃないか?」
彫刻の中身がスケルトンライダーだっただけに、本当は一部の観光客が引いていたのだが、それはわざわざ指摘しなくてもいいだろう。骸骨になったはずなのに、タナカは手先がずいぶんと器用だった。
タナカと話している間に、ネイサンへと近づく少女がある。
あれがヴィオラだろう。
確かに、ネイサンが惚れるのも納得のいく美少女だったが、幼すぎるので俺としては対象外だ。いくら年下といっても、あそこまで年齢が低いと、妹の候補にもなりえない。
堂々としたしぐさで、ネイサンが蓋の開いた木箱を、ヴィオラに向けて差し出す。
「え? わたしにくれるの?」
一瞬、ヴィオラはきょとんと目を丸くしていたのだが、すぐに事情を察すると笑顔を見せていた。
「もちろんだ! だから、俺と結婚してくれ!」
「それは無理」
即答。
ヴィオラの反応はにべもないものだが、俺は薄々そんなことだろうと思っていた。俺がシンパシーを感じるくらいなのだから、ネイサンもこっち側の人間だろう。しかし、だからといって腐ることはない。女を嫌いになるのなんて、もってのほかだ。そんなことをしたって、いつかは男に生まれて来たことを、呪うようになるだけだ。
ヴィオラは指輪を手に取って、嬉しそうにはしゃいでいる。その姿を見られただけで、心の底から満足だという境地には、俺もまだ立てていないが、ヴィオラを喜ばることができたのだから、ネイサンの頑張りも無駄じゃなかったはずだ。
遠くのほうで、ヴィオラの持つ指輪を認めたハミルトンが、狂ったように大声で叫ぶ。彼女が自慢げにはめている物が、宝探しの景品であることに気がついたのだ。
「馬鹿な! それは大人でも見つからない場所に、隠してあったはずだぞ!」
「……」
やはりかと、ため息をつくのを禁じえない。
作者に告げ口をしに行っていたドロシーが、そこにちょうどいいタイミングで到着していて、問答無用で、ハミルトンを明後日のほうに吹き飛ばしていた。
自業自得ではあったものの、ハミルトンの災難はまだ続く。
ハミルトンが飛んでいった方向は、家族のいる近くだったようで、伸びきった亭主を目撃した奥方が、全力でハミルトンを殴りつけたのだ。
「あんた! なにサボっているのよ! このクソ忙しいときに!」
躊躇のない連続パンチ。
さすがに運動性能こそ奥方は一般人だったが、自分の旦那にするものとは思えない徹底ぶりに、他人事ながら俺も軽い寒気を感じた。
……たぶん、40回くらいは平気で殴っていたぞ?
もうこの一件は大丈夫だろうと思った俺は、いい加減、スザクの活躍を見学したくなったので、浜辺のほうに歩いていく。
だが、少し時機が悪かった。
「なんということでしょう! いったいどんな運動神経をしているというのか。スザク選手、最も重量のある極大の網を、いとも簡単に、3つとも指定の位置にピンポイントで、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます