第35話(前編) 俺、ボートレースを鑑賞する。

 力仕事の種目が多いだけに、ぶっ通しで競技を続けるわけにもいかない。選手の体調を考え、このタイミングで昼休憩が挟まれるのは、妥当なスケジュールだろう。


 浜辺に戻って来たスザクを、俺はよくやったと歓迎していた。だが、まもなく俺は、スザクのほうへと近づく別の人物に気がつく。


 同じコンテストの参加者だ。

 スザクの活躍を見て、彼女に絡みたくなったらしい。


「ふっ、スザクといったか。中々にやるじゃねぇか。しかし、ここまでの競技で、力を使いはたすのは愚策! 渚瑳なぎさのボートレースを、舐めてもらっちゃあ困る」


 どや顔で威張り散らしているのは、現在4位のニューマーク。自慢げに話すだけあって、かなりがいい。漁で相当鍛えたのだろう。こいつはスザクが3位になったことで、順位を1つ下げた男だ。いきなり、表彰台の栄誉から転落したことで、ちょっとだけ腹を立てている様子だった。


「言うて、兄貴も全力を出していましたよね?」


 隣にいたお調子者の男が横から口を挟めば、ニューマークはそいつの顔を、思いきり殴りつけていた。


「馬鹿やろう! 正直にいうんじゃねぇよ!」

「酷いでやんす」


 ぶたれた頬を手で押さえ、涙目になった男が抗議しているが、スザクがそんなやり取りを意に介すわけがない。


「……なるほど。よく分かりませんが、それはつまり私と手合わせをしたい、ということでいいですね?」


 何をどう解釈したらそうなるのかは、俺には全く分からないが、スザクがニューマークに、じりりとにじり寄る。それを認めた部下の男が、好戦的な態度でスザクの前に体を出していた。


「おいおい、姉ちゃん。兄貴に手を出そうってんなら、その前に俺っちを倒してもらわねぇと――」


 言い終える前に、スザクの裏拳が炸裂。

 もちろん、男に直撃はしていない。空振りだ。もしもあたっていれば、男の体は文字どおりの爆散をしていただろう。


 だが、超常の肉体から生じた風圧は、お調子者の男を、水平線の彼方にまで吹き飛ばす。俺の視力では、男がどこに落ちたのかさえも分からなかった。死んではいないと思いたいが、男にしてみれば、アクシデントとしてのレベルが高くつきすぎていた。


 ニューマークが、あんぐりと口を開けて海を凝視する。

 まもなく、思いついたように自分の周囲を見回したのだが、残念ながら、起きた出来事は幻じゃない。いくら周りを探したって、部下の姿は見つからないだろう。今頃は、海の魚と仲良くおぼれているに違いない。


「さぁ、どこからでもどうぞ」


 淡々と告げるスザクのほうに向きなおったニューマークが、ぶるぶるとひざを震わせながら言い返す。


「お、俺は海の男だからな。しょ、勝負は海の上でしてくれねぇと」

「……なるほど、いいでしょう」


 足早に去っていくニューマーク。途中からは全力疾走だった。すでにドロシーは、スザクの行動に興味を持てなくなったのか、それらを冷ややかに見つめていた。


 食事は安定のホワイトシチュー。

 それを食べ終わると、箸休めの余興が始まる。


「それでは、これよりボーナスチャンスです。選手のみなさまに対して、渚瑳なぎさの町にまつわるクイズを出題していきますので、分かった方から、早押しでボタンを押してください。見事に正解した選手には、特別に追加点をプレゼント! 逆に、おてつきをしてしまった人は、ポイントが減ってしまいます。あえて回答をしない、という戦法でもOKです。今回の種目では、各選手の方はアシスタントとして、それぞれ1人を味方につけることができます。誰を選ぶのかも、戦略として重要になって来ますので、是非とも真剣に選んでください!」


 ……クイズか。

 いくら世界攻略指南ザ・ゴールデンブックがあるとはいえ、俺はワールドの住人じゃない。臨機応変に調べて答えることなんて、できやしないだろう。そのため、スザクのアシスタントには、ドロシーを委ねようと思ったのだが、はっきりと断られてしまった。


「こういうのは、ご主人様のほうが得意なのでは?」


 ……そういえば、俺は色んなことに詳しいという、設定だったかもしれない。

 まさか、こんなところで、過去の自分がついたうその、ツケを払うことになるとは思わなかった。

 移動。

 スザクの背後に控え、俺はサトウからクイズが出題されるのを待った。問題は全部で6問あるらしいが、ここでは3問だけしか発表されない。


「問題です! 渚瑳なぎさの町で、最も多くの種類の――」


 ピポン。

 軽快な電子音を響かせ、現在2位のローレンスがボタンを押す。

 問題が言い終わっていないどころか、ほとんど聞こえてすらいない。

 こんなんで、正解できるわけがないだろうと思ったのだが、ローレンスの実力は生半可なものじゃなかった。


戕牁柳川かせやながわ!」


 一瞬の空白。

 実況を見つめるローレンスが、己の回答の真否を祈り始めたとき、ようやくサトウが口を開いた。


「正解です! 問題文を一緒に確認していきましょう。渚瑳なぎさの町で、最も多くの種類の海藻を使ったサラダを、提供しているお店の名前は? 正解は、戕牁柳川かせやながわ。これは選手たちの共通知識を問う、易しい問題でしたね」


 ……分かるわけがなくね?

 さも常識然と語っているが、こんなものは町民であっても、すぐには答えられないだろう。よほどのマニアじゃない限り、店舗のメニューなんか暗記していない。第一、あれだけの説明文じゃ、予想できる回答の選択肢が多すぎる。なぜ、ローレンスは正解できたのかと、俺は隣にいる男を訝しむように見つめた。


 ……さてはお前、最初から答えを知っている疑惑だな?


「続いて、第2問。我らが英雄、新島にいじま渚瑳なぎさ様の愛用していた剣の名前は?」


 問題の全文が、サトウによって読みあげられたが、誰も答えようとしない。

 ここまで正確な情報が開示されれば、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックで調べることもできるかもしれないが、スザクの順位はすでに3位。次の種目も、運動性能が結果を左右するものなので、無理してまでスザクに加勢することはないだろうと、俺もスキルの発動を控えた。


 誰もボタンを押そうとしないのを見るにつき、サトウが意外そうに言葉を繋げる。


「……おや、誰も分かっていないようですね。そんなに難しかったのでしょうか? それともあまりに当たり前の問題で、答えるまでもないということなのでしょうか。では、念のためにここで追加のヒントです。この剣には、竜巻を発生させる効果があると言われています。さて、誰が1番早く――おぉっと、まさかのスザク選手です! 果敢な挑戦。地元民ではないスザク選手に、はたして答えが分かるのでしょうか!? それではどうぞ、お答えください」


 俺も予想外だったのだが、なんとスザクが誰よりも先にボタンを押していた。北方大陸全土に詳しくないと、そう話していた人間の行動とは思えない。


「……虎獟こぎょう?」

「正解です! お見事、これはファインプレー。渚瑳なぎさ様の威光が、他の地域にまで輝き渡っている証拠ですね。ほかのみなさんは痛恨のミス。地元民で知らないというのは、減点も免れません!」


 郷土愛が強すぎるのか、サトウの問題は全体的に難易度がおかしい。

 それよりもびっくりだったのは、スザクが答えを理解していたことかもしれない。


「よく知っていたね」

「……昔ちょっと、覚えさせられたことがありまして、その名残です」


 すぐに俺はなんのことか察していた。以前に所属していたという、組織での話だろう。

 ……やっぱり闇が深かったか。

 まさか、歴史の勉強をさせられていたわけでもあるまい。自主的に覚えたともまた違うのだから、業務に必要だったからに決まっている。端的に言えば、聖剣の所持者と戦闘になったときのことを、想定してのものだろう。そうでなきゃ、わざわざ古い時代の名刀など、覚えさせられるはずもない。


「さぁ、いよいよ前半戦最終問題です。⦅渚瑳なぎさの森⦆にある、旧時代の神殿の名前は?」


 大昔の遺産なんか、いったい誰が熟知しているんだと言いたくなったが、この問題に限っていえば、俺にも心あたりがある。ツアーで行った森に、神殿がいくつもあるとは思えないので、これはユリアーネと出会った場所に違いない。つい昨日調べたばかりなので、俺も答えを知っていたのだ。


 もちろん、この問題も、世界攻略指南ザ・ゴールデンブックがなければ、永久に解けなかったことは請け負いだ。それを思えば、なぜサトウがこんなにも、渚瑳なぎさの町に詳しいのかは不思議だったが、何やら深く気にしたら負けな予感がしたので、俺は即行で考えるのをやめていた。


 スザクに小声で耳打ち。

 それを受け、まもなくスザクが再び回答権を獲得した。


「ボタンを押したのはなんと、またもやスザク選手です! 正解となるのでしょうか? 答えをどうぞ!」


「……⦅マンギア神殿⦆」


 らすようにして、サトウがここでも黙りこむ。

 だが、地元民ではないスザクが正解したことに、興奮を抑えきれなかったようで、すぐに鼻息を荒くして喋り始めていた。


「お見事! いったい誰が想像していたでしょうか! なんと、スザク選手が2問も獲得。これによって順位が変動します。2位のローレンス選手が3位に! スザク選手が2位にまで登りつめました。注目のスザク選手を含めたボートレースは、まもなくスタートです!」


 スザクの思わぬ健闘に、会場から拍手が上がる。

 俺もすごいと思ったので、素直に手を叩いていた。

 立ちあがったローレンスが、ネクタイを食いしばりながらスザクを見つめる。こっちはニューマークと違って、貴族ぶった雰囲気を漂わせていた。悪いことではないが、変に意識が高いといえばいいのだろうか。


「勝った気になるなよ! 私の実力はまだまだこれからだ!」


 どっしりと身構えたスザクが、見当違いの首肯で応える。


「……なるほど。あなたも海の上で私と決着をつけたいと、そういうわけですね?」

「うん? 少し話が違う気がするが、そういうことだ」


 さすがに学が広そうなだけあって、ローレンスは、スザクとの会話に違和感を覚えたようだが、所詮はこいつも海の男。勝負への熱望が、不自然さをかき消したらしい。


「いいでしょう。受けて立ちます」


 スザクが言い返すのとほぼ同時に、ボートレースの準備が完了し、まもなく8人が海へと向かっていった。

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