第15話 俺、反撃を開始して敵の拠点を突き止める。
俺がドロシーから説教を食らっている間に、連中は、俺たちがクレバリアス家に潜んでいることを、突き止めていたらしい。
ドロシーが敵の接近に気がついたときには、すでに俺たちは、逃げも隠れもできない状態に追いこまれていた。
バリン。
1階の窓が破壊され、続々と男たちが室内に入って来る。
わざわざ確認するまでもなく、その手には武器を持っていることだろう。
「……まさか、こんなに早く見つかるとは、思ってもみませんでした」
「今からじゃ、屋敷の地下通路に逃げこむのも無理だな」
「えぇ。第一、あそこは袋小路ですので、意味がありません」
……じゃあ、あなたはどうやって戻って来たの?
野暮な追及をしそうになったが、いつまでもドロシーの奇行を気にしてはいられない。
俺は首を横に振って雑念を追い払うと、現状を正しく認識しようと努めた。
眼前に男が3人。
階下からは、さらに2人の暴漢が上がって来ている。前よりも殺意が高そうなのは、きっと気のせいじゃあるまい。
一方の俺たちは、ドロシーの
おまけに三方を壁に囲まれているので、背中を見せての逃走も封じられている。
要するに、詰んでいた。
額に脂汗を浮かべたドロシーが、俺を
その手を優しく
直後、
だが、これは前から決めていたことだった。
「……ご主人様?」
「気にするな」
もしものときは、ドロシーを優先させる。
しかし、男の血走った目に
俺のいなくなった世界で、はたしてドロシーは無事に生きていられるのだろうか。
笑っちまう。
現世で死ぬときだって、肉親のことさえ考えていなかったっていうのに。
まだちょっとしか過ごしていない異世界の、それもほとんど他人な女のことを、こんなにも心配するなんて。
でも、悪くない。
「そうだよな……中学の俺。やれるだけのことは、やってみるっきゃねぇか」
「気持ち
男が剣を振りあげながら、俺のほうへと迫って来る。
「おい、忘れたのか。ガキのほうは生け捕りの約束だっただろうが」
「チッ。そうだったな」
別の男に止められた隙を見逃さず、俺は
「スザク!」
衝撃。
自分の腹に入った拳の威力に耐えきれず、俺は無様に床に転がった。
とっさに男が俺を殴って黙らせたのだ。
「ご主人様!」
慌ててドロシーが駆け寄りそうになったが、俺はどうにかそれをハンドサインで制した。
よだれの垂れる口元を乱暴に拭いてから、俺はもう一度、腹に力を込めて名前を呼んだ。
スザク。
声を張りあげるだけで、殴られた
男が拳を固めるよりも早く、2階の窓ガラスがすべて吹き飛んでいたからだ。
何事かと、連中が一斉に後ろを振り返る。
強引な登場の仕方で姿を現したのは、ほかでもない。
手放しの評価だが、たぶん間違ってはいないだろう。ワールド最強の女剣士――スザクだった。
彼女の顔を見返しながら、俺は倒れたまま大きくうなずいていた。
「……危ねぇ。本当にもうダメかと思ったぜ」
「いえ、あの……何を期待されているのかは知りませんが、私は依頼を断りに来たのですが……。それに、この程度の相手であれば、あなた方だけでも十分に対処が可能でしょう?」
マジで言っているのか、こいつは。
だから、天才は嫌いなんだよ。……女は例外だよ、うるせぇな。
「無理に決まってんだろう! 今のぼろぼろの俺の状態を見ても、そんな返事が返って来るとは、さすがにちょっと想定外だよ!」
スザクが俺と男たちを交互に見ていく。
彼女のずば抜けた登場と、異様に安心した
(たぶん、この少年たちのほうがいい人だ)
小さなため息。
俺の周りには、やたらと落胆を態度で示してくれる女の子が多くて、ホント困っちまうぜ。俺がどう
「……分かりました。では、こいつらを殺します」
当然のような殺害宣言。
これでも俺は、現代人の倫理観を持っているつもりだ。倫理的な男なら、誰でもかれでも女を好きになったりしない、という正論は無視する。
「いや、生かすか殺すかはスザクに任せるよ。俺はただ、俺とドロシーを守って欲しいだけだ。もちろん、できるだけ人殺しは避けてもらいたいんだけど。スザクなら、そのくらいは簡単にできるでしょう?」
「なぜ、そこまで私を信頼してくださるのですか?」
まぁそりゃ、君のステータスを知っちゃっているからなんだけど。
170.2って、逆に誰ならスザクを倒せるのっていう、引くレベルだし。
「女が言っているんなら、どんなことでも、ひとまずは信じるのが男の度量ってもんだろう。大丈夫だ。俺はお前を信じている!」
「意味がよく分かりません……」
ドロシーも
たぶん、前に俺の言っていた理想の女の話と、スザクの実情が全く合致していないことを、言外に指摘しているんだろう。
それでも構わないことを伝えるべく、俺はドロシーにうなずきを返す。
俺も自分より力持ちの妹は、あんまり実在していて欲しくない。
虚を
俺のことを
「なに人前でいちゃついてんだ、この女ぁ!」
直後、
だが、その軌道は途中で、不自然な形のまま止まることになる。
スザクが小指の先で、男の刃を受け止めたためだった。
そのままスザクは小指を僅かに動かして、男の持っていた剣を半ばから切断していた。
「えっ、今どうやって折ったんですか?」
ドロシーの冷静な突っこみは、誰の耳にも届かない。
さっさと俺も、深く考えるのはやめていたからだ。
だって、スザクだよ? しょうがないよ。
まさしく、あっという間の出来事だった。
たぶん、あっという間という言葉は、スザクのために存在しているんだろう。今までは違ったかもしれないが、これから先は彼女の独占だ。
思わず、そう思ってしまうほどに、一瞬ですべてが片づいていた。
あまりに一方的で見事だったために、男たちの生死をまるで気にしていなかったが、俺はどうにか立ちあがると、連中の呼吸を順番に確認していく。
「殺さなかったのか……」
スザクという剣士は、味方殺しの
いくら俺が頼んだからといっても、凄惨な虐殺になるのではないかと、心の奥底では覚悟していた。
実際、次に言われたスザクの
「さぁ、なんででしょう……。自分でもよく分かりません。久しぶりに、殺しの命令ではなく、人を生かせと言われたからなのかもしれません」
心なしか、俺の背中が雨で
俺だけが思いきり殴られている結果なので、いまいち納得できないが、それでも勝ちは勝ちだ。全く戦った気はしないって? 悔しいけど、俺も同じ気持ちだよ。
「とりあえず、拘束しよう」
スザクがいれば、逃げられたところでモーマンタイな感じは否めないが、個人的にやりたいこともある。
俺の指示で、てきぱきとドロシーが動いていく。
おおかたのイメージどおり、こういう細かな作業をスザクは苦手としているので、俺は何も彼女にさせなかった。ほら、下手に頼むと、勢いあまって家とか平気で破壊しそうじゃん。
全員を動けなくしてから、俺は1人の男に狙いを定めると、拳を固めて思いきり振り抜いた。
ゴチン。
いい音が響く。
勘違いするな、別に俺に拷問の趣味はない。
こいつは最初、階段下にいたやつだ。
俺を殴ったやつともまた違う。
「な、なんでご主人様まで殴ったんですか?」
当然のようにドロシーが尋ねて来るが、俺には明確な理由があった。
俺は答えようとしたんだが、殴った手が痛すぎて、それどころじゃなかった。顔をくしゃくしゃに
やべぇ、超
俺はまともに
日本にいたときの高2はどうなんだって? ありゃ、俺が一方的にぼこられただけだわ。
しばらくすると、どうにか話せるぐらいに回復したので、俺はドロシーのことを見据えた。
「だって、こいつドロシーに
宿屋から逃げたときのことを、俺は忘れちゃいない。
真っ赤に染まったドロシーの足。
あのときの後ろ姿を、いったい俺がどんな気持ちで見ていたと思っているんだ。
たとえドロシーが、
俺が自信を持って応じれば、ドロシーがうっとりした表情――ではなく、
「いえ、全然違いますけど?」
「「え?」」
予想外の返事に、俺とスザクの声は重なっていた。
「……マジで?」
「はい。そもそも本人だったら、私のほうが許していないですし。それから、ご主人様もあとで一発ぶん殴りますね。なんか、したほうがいい気がするので」
心中でドロシーの
それはともかく、俺は確認のために男に近づいた。
「えっと、すいません。一応聞くんですけど、うちのドロシーに
「いや、
「……そっか。なんか、ごめん」
気まずい空気に耐えられなくて、俺は謝罪すると同時に、別の男のそばに寄っていた。
「な、なんだよ!?」
焦ったように男が答える。俺からやつあたりをされるとでも思ったのかもしれない。
甘いな。
こういうときは女の子に甘えるのが一番だよ、知らんけど。
「ちょいと教えて欲しいことがあるんだ」
「そっちのメイドをやったやつか?」
「いや、そうじゃない。それはもういいよ、いじんなよ。俺が自爆しただけだよ。そうじゃなくてさ、シンプルにお前たちのアジトってどこなの?」
「はっ、馬鹿が! 誰がおめぇたちに教えるかよ。仲間を裏切るわけねぇだろう!」
「そりゃそうだよね……しょうがない。暴力に訴えましょうか」
最初の反応を見るに、この男のリアクションはやせ我慢に違いない。
中途半端な対応じゃ、売り言葉に買い言葉となるだけだろうが、少し手荒に扱えば、簡単に吐いてくれると俺は思った。
対する男の発言を聞く限りでは、俺の予想もあながち誤りじゃなさそうだった。
「そっちの剣士は人も殺せねぇ
そう言って、男が馬鹿にするように笑った。
「たしかに。俺がクソ
ドロシーは何も答えない。
対応に困らせてしまったかと思って、俺が振り返って、謝るように手を合わせれば、ようやくドロシーはこっちに近づいて来てくれた。
これでいい。
だが、そのまま流れるようにして、ドロシーが男の左腕も
「ストップ、ストップ! ちょっと、何をしようとしているのよ!?」
「えっ? いや、『腕を折れ』といったのは、ご主人様では?」
「片方に決まっているでしょうが! なんで、ナチュラルに両方行こうとしちゃっているのさ!」
きょとんとした顔で、ドロシーが俺に小首を
……こりゃあ、ダメだ。俺の周りには極端な暴力ガールしかいねぇ。
作戦変更。
直接聞き出すという方法は諦め、俺は男に急いで向きなおる。
「あのもう、アジトの場所とか聞かないから! 危ないから! お前の名前だけ言え、それで勘弁してやる」
「ニクソンだ、ニクソン! 早く、このメイドを俺から遠ざけてくれ」
それに対してゴミを見る目を向けたドロシーが、渋々といった表情で彼から距離を取っていた。
その隙を縫うようにして、俺は手早く
名前さえ分かれば、所属機関を知られるのは、タマーラ商会のジャスティンから学んでいたことだ。
こうして、俺はこいつらが何者なのかという情報を手にした。
チーム「オジロワシ」。
どうやら、ネモフィラ南部を拠点に活動している、小規模の盗賊らしい。この「チーム」という表現が、ギルドといったいどのように違うのか。これについては、いまひとつ判然としなかったのだが、たぶん公的に認められた集団じゃない、という意味なんだろう。有志の団体といえば、聞こえはいいかもしれないが、実際は愚連隊に近いはずだ。
「……お前ら頭いかれているぜ」
ニクソンが吐き捨てるように
ドロシー・スザクの乱暴女性陣はともかく、そこに俺まで含めるのは、ちょっと不服だった。これでも俺は、お前を守ろうとしたほうだろう?
男たちの拘束をより頑丈なものにし、クレバリアス家から逃げだせないことを確認すると、俺は満を持して屋敷の外に向かった。
ついて来たドロシーは、案の定、男の
「どうして敵のアジトを聞き出さなかったんですか? 今なら、強引な手段だって取れたでしょうに」
……それが原因だよ。
本音を言えない俺は、適当に相づちを打って話を合わせていた。もちろん、
「いや、もうやつらの正体は分かっているんだ。心配ないよ」
組織の中身を知りたい場合は、リーダーとなる親玉の詳細が開示されていない状態だと、
それに、俺は直近で出会った人物の現在地を、いくらでも確認できる。
要するに、今後オジロワシのメンバーに出会えさえすれば、そいつを使って、俺たちをアジトにまで誘導することも可能ってわけ。
まだどこかに連中の残党がいるんじゃないかと思って、周囲を見回してみれば、都合よく物陰に潜んでいる男を発見する。
「スザク、あいつを捕まえて欲しい。……くれぐれも殺さないでね」
俺が指をさすだけで、彼女は捕縛対象を理解したらしい。
ノータイムでスザクは駆けだしていた。
当然、反射的に男はその場から逃走を試みたが、人間をやめているスザクのステータスに
できるだけ威圧するため、俺は努めてゆっくりと男に近づいていった。もっとも、威圧感という意味では、隣にドロシーが控えているので、それだけでも問題なかったかもしれ――おっほん。なんでもないので、ドロシーさんは僕に短刀を向けないでください。
男の顔の前でヤンキー座りをして、俺は自分の
状況とは裏腹に、男の顔色に焦りや恐怖の色はない。
「お前もオジロワシのメンバーだろう?」
だが、俺がチームの名前を出した途端に、男は明らかにうろたえだした。
この機を逃すまいと、俺は力強く畳みかける。
「俺たち、ニクソンっていう男に用事があるんだけど、お前がそのニクソンで合っている? よし、殺すか!」
「待っ、待ってくれ! 確かに俺もオジロワシの一員だが、ニクソンじゃねぇ! 俺はヤマダ、人違いだ!」
耳なじみのある名前を聞かされ、俺の思考は一旦中断された。だって、俺も根が日本人だもん、フリーズするって。
「……今なんて?」
「だから、俺はヤマダだ!」
「ヤマダ……」
「そうだ、人違いなんだ!」
ふざけているのかと思ったが、どうやら
名前が本物なら、道案内の役目を果たしてくれるだろう。念のために言うが、もちろんニクソンには用事なんかない。
俺がドロシーに目配せをすれば、彼女が気を利かせて
「ご主人様、ニクソンという男性なら、先ほどスザクが切り捨てました」
「あれ、そうなの? じゃあ、もうヤマダ君でもいいや。必ず戻って、お前たちのリーダーに伝えろ。『俺たちはもう、お前の根城を突き止めている。今さら隠れたって無駄だ。絶対に報復してやるから、楽しみに待っていろ』ってな。……スザク、もう放していいよ」
俺とドロシーの意図に気がつけなかったようで、スザクはいまいちぴんと来ていない様子だったが、大人しく指示には従っていた。
スザクから解放されたヤマダが、一目散に道路を走っていく。
そんなヤマダの後ろ姿を眺めながら、俺は2人に向かって口を開いた。
「あそこまでしっかりと
「そこで私たちは、彼を尾行するんですね」
「そういうこと!」
ぴんと張った指先を、俺はドロシーに向けて
対する彼女は、俺の人差し指を、明後日の方向に
「
「さっき殴り忘れていたぶんです」
屋敷で
俺が指をくわえてぺろぺろしていれば、話を理解したスザクが飛び出しそうになっていた。
「では、私がヤマダを――」
「あぁ、いいっていいって。大丈夫だから、焦らずにゆっくりと行こうよ。ヤマダの通った道順は、一目瞭然なんだからさ」
事情を知らないドロシーが俺を
「ちょっとした仕掛けをしておいたのさ。2人には使わないから、安心してよ」
尾行作戦は、別にヤマダじゃなくとも構わない。
だが、屋敷にいるニクソンたちを逃がすよりも、このほうが、尾行対象に余計なことを疑われずに済むはずだ。
数学ができなくたって、俺はそこまで馬鹿じゃないぜ? いや、馬鹿だけど。
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