ザ・ゴールデンブック――チートスキル「異世界の攻略本」を手にした俺は、最高の女を手に入れるために無双する

御咲花 すゆ花

第1章 アルバートとブロンズデーモン

第1エピソード 埋蔵金

第1話 俺、異世界への転生を決意する。

 日本での俺の人生は、まぁ総じてクソみてぇなもんだった。

 他人に語って同情されるほど悲惨じゃねぇが、そうかといって、純粋に夢を見られるほどに、恵まれていたわけでもねぇ。ちょうど、ぬるま湯に溶かした肥だめの中で、ちょっとの窮屈さを感じながら、ずっと手持ち無沙汰に暮らしていた。


 生殺し。

 親には、そこそこ可愛かわいがられていた……と思う。一人っ子だったし。

 彼女もいたことがある。

 人生で一度だけ、幼稚園のときに。

 あとはずっとクソ。ず~っとゴミ。

 中学生くらいまでは、本気で自分が世界を変えられると思っていた。自分にはそれだけの力があると思っていたし、何よりも、そうしなきゃいけねぇっていう、使命感みたいなものを抱いていた。周りの連中も、仕事をしない大人たちも、俺が全員の目を覚まさせてやるんだって、本気で思っていた。


 でも……そうじゃなかった。

 自分が、なんにもできねぇクソガキだってことに気づかされたのは、高2の夏。女を泣かせたクラスメートのうんこ野郎に、全力で殴りかかったときだった。


 ボコボコにやられた。そりゃもう、ほとんど一方的といっていいほどに。

 当たり前だ。

 どう見ても、向こうのほうが俺よりがよかったし、どう考えても相手のほうが強かった。

 それでも俺は殴りかかった。

 目の前の男が死ねばいいと思ったし、実際、殺すつもりで殴りにいった。

 そうすりゃ、泣かされた女の気持ちも、ちっとは晴れるんじゃないかって、そう考えていた。

 けど、違った。

 校舎裏で血だらけになった俺を見ると、その女は――


「お前みたいなキモいやつにかばわれるとか、私ってどんだけ惨めなの」


 そう言って、自嘲気味に俺を笑った。

 つくづく思い知らされたよ。

 この世界の主人公は、俺じゃなかったんだって。

 だから、自分が死んだときも、死にたくねぇとは思ったが、それと同じくらい、死んでもいいかなとも思っていた。


 うそじゃねぇ。

 まぁ、それならそれでいっかっていう感じ。

 たぶん、親ガチャってやつに外れたんだろう。

 そりゃ、社会には俺より大外れなやつもいただろうけど、それでも俺も外れの仲間だった。

 そういうわけだから、女神様からスキルをもらって、「もう1回人生をやりなおせ」な~んて言われたときにゃ、正直、面食らった。


 参ったぜ。

 え? せっかく終わったのに、またやんのって。

 もういいだろ。

 クソガキのこの俺に、何をしろっていうんだ。

 できることなんて、なんもねぇ。もう十分に知っている。

 世界を変えたきゃ、この世界の主人公様にでもお願いしてくれ。それは……俺じゃない。

 俺じゃなったんだ。

 だけど、むかつくことに、それでも中学のときの俺が心の中で叫びやがる。

 今度こそ世界を変えろって。

 今ならそれができるだろって。

 鼻で笑っちまうだろう?

 でも、その程度のことでも乗せられちまうのが、不幸なことに俺っていう人間なんだ。

 だから、俺は一抹の期待をアホ臭さで覆い隠しながら、自分に与えられたスキルっていうやつを、眼前の女神に聞いていた。


 女神コーザは俺にこう返す。


「あなたのスキルは世界攻略指南ザ・ゴールデンブック。今から向かう異世界のすべてを網羅した、完全無欠の攻略本です」


 混乱した。

 何を言われているのか、いまいち理解できなかったんだ。

 だけど、時間がつに連れて、それが意味するものの正体を、ちょっとずつだが俺は飲みこめていった。


 無数の攻略情報の独占。

 それがどれだけ規格外なのかなんて、わざわざ説明されずとも理解できる。

 人並み以上に、サブカルチャーに触れて来た俺だ。とんでもねぇスキルだと、一発で分かった。

 大抵のゲームは、どれだけ攻略情報を集められたどうかで、勝敗が決まる。

 ボードゲーム・カードゲーム・対戦ゲームにコンピューターゲーム。世界にどれだけゲームの種類があろうとも、それをプレイしているプレイヤーが人間ならば、純粋な運のみで勝敗が決まることなんて、ありえない。ダイスを投げる一振りでさえ、突きつめれば、それも科学の範疇はんちゅうに収まってしまう。


 だから、情報の量が勝敗を決めるんだ。これがゲームという物事の本質だ。

 じゃあ、人生は?

 俺たち人間の人生ならば、ゲームとは何か違うのか?

 違わない、何ひとつ。

 パラメーターの数があまりに複雑で、概観さえもつかめていないだけで、結局ゲームとおんなじだ。強制参加のクソゲーだけど。


 要するに、大勢の廃人ゲーマーたちが、生涯を費やした先に得られるだろう情報のすべてを、俺が独り占めできるってこと。


 そんなの、どう考えたって無双できるに決まっている。そのゲームじゃ、俺がキングだ。俺こそが神だ。


 で、肝心のゲームの中身はなんだ?

 空虚なテレビゲームか?

 いや違う。異世界での生活だ。


「マジ……かよ」


 できると思った。

 これなら、世界を変えることだって非現実的な妄想じゃない。手を伸ばせば届く場所にある、身近な願いだ。


 あのときの――クソガキのままの俺が、もう一度心の中で問いかけて来る。

 やるのか? それとも、やらないのか?

 ……あぁ、やってやるよ。今回こそ。


「男に生まれたってことは、女を守れってことだ」


 そこからはぜってぇ逃げられないし、逃げたって意味がない。男に生まれて来たことを、呪うようになるだけだ。


 女が好き。

 結局、マユミに感謝されることなんかなかったけど、それでもマユミのことは嫌いになれなかったし、当たり前のように女も好きなままだった。


「分かったぜ、女神様。うぜぇが、もう1回人生やりなおしてやるよ……。だがな! やりなおすからには、もう妥協はしねぇ。世界平和だなんて、ちゃちい願いは聞かねぇぜ!」


 女神コーザが不思議そうに俺を見る。


「……そうですか。では、いったい何をするつもりですか? あとで面倒に巻きこまれるのはごめんです。一応、あなたを転生させる者として、先に教えておいてください」


「もちろん、そんなものは決まっている。俺の願いはただ2つ。最高の女を手に入れること! そして、世界中の女を幸せにすることだ! れた女が破滅を望むなら、俺は魔王にだってなってやるよ」


 力強く、俺は言い切った。

 女神コーザが小さく噴きだし、そして段々と大声で笑い始める。


「……ふっ。ふふふ、アハハハハ! そうですか、そうですか。なんともまぁ、可愛かわいらしい願い事ですね」


「んだよ、できねぇとでも思っているのか?」

「いえいえ、別に。できると思いますよ、あなたの世界攻略指南ザ・ゴールデンブックならば。私はなんでも構わないですしね。いや~、久しぶりにこんなに笑わせてもらいましたよ」


 言うやいなや、女神コーザは、手にしていたつえを軽く床に打ちつける。たちまち、俺の足元にあった白色の床は消えせ、丸い穴の中には、綺麗きれいな青空が顔をのぞかせていた。


 たぶん、これが転生の儀式ってやつなんだろう。

 向こうにとっちゃ、俺はもう用済みなのかもしれないが、まだまだ俺には聞き足りないことだらけだ。


「ちょっ――せめて、異世界の名前くらいは教えてくれよ」

「……。アナザーワールド、略してアナルです」

「そりゃまた、ずいぶんと汚ねぇ略し方だな!」


 言い終える前に、俺の体が穴の中へと吸いこまれていく。あと、そのうち分かったことだが、やっぱり世界の略し方はアナルじゃなかった。単にワールド。ったく、どこの淫乱クソ女神だよ。


 足からの自由落下。

 まもなく、すぐに後ろにひっくり返って頭が下になる。

 体の自由なんて、ほとんど利かない。

 やばくね?

 もちろん、パラシュートなんて存在しない世界だろう。俺がいるのは剣と魔法のファンタジーだ。


「やべぇだろ、マジでこれ!」


 洒落しゃれになっていない。

 落下している向きから考えて、緑の塊にぶつかろうとしている。

 あれは、たぶん山だろう。

 激突すれば、たぶん死ぬ。

 たぶんじゃなくて、絶対死ぬ。

 転生したら、即死しました? そんなの笑えないって。

 もう目の前に、大小様々な木々が迫って来ていた。


「誰か助けてくださ~い!」


 泣きながら許しを乞うた刹那、俺の体が急速に減速し始めていた。

 そのまま、ふわりとした動作で地面に着地する。

 これは俺が転生者だからとか、そういう理由じゃないだろう。

 たぶん、最初から女神の手のひらで踊らされていただけ。


「……。マジで、次に会ったらあの女神、ぶっ飛ばしてやる……」


 涙を拭って、俺――羽柴ハシバ善吉ゼンキチは周囲を見回した。


「見渡す限りの大自然。見るからに木と草ばっかりだが、道はある。人の気配はなし、獣も同様……」


 魔物とかって、いるんだろうか?

 周囲に警戒しながら、俺のスキル世界攻略指南ザ・ゴールデンブックで、アナザーワールドの概要を調べてみる。


「まっ、そりゃいるわな」


 魔物はいる。腐るほどに。

 相手は剣と魔法のファンタジーだから、それも当然か。

 注意して進まねぇと。


「まずは、金だな。先立つ物がなきゃ始まらねぇ」


 再びスキルの発動。

 開くページは、世界中に散らばる財宝の在り処ありかについて、書かれたところ。

 現在地がどこだか知らねぇが、とりあえずは、満遍なく世界中にお宝が眠っているみたいだ。


「これなら問題ねぇな」


 それじゃあいっちょ、宝探しとしゃれこもうかね!

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