第18話 ビアンカと冷血令嬢
ビアンカはアシュタルテから見れば盗賊上がりとしか思えない身なりをしていた。
森に溶け込むようなカーキ色の外套を身にまとっていたが、その外套にはフードがついており、周囲の風景に同化するような印象を与えていた。
外套の下には軽い革鎧が見え、装備はかなり軽装のようだった。彼女の武器もおそらく短剣などの軽量なものだろう。
アシュタルテは疑問をそのまま口にした。
「第三騎士団の団長なのよね?」
森の入り口でライラから見送られ、アシュタルテとビアンカは二人で静かに森の中に足を踏み入れた。
木々の間から漏れる光が道を照らしていたが、足元は悪く、抜かるんでいた。
ライラの姿が次第に見えなくなるのを見計らってアシュタルテはビアンカに向き直り、疑問を投げかけたのだ。
「そうですよ。まぁ、ライラ直属の人間だと思ってもらえば」
ビアンカはアシュタルテの疑いに当然気づいていたようで、視線に応じて軽くほほ笑んで頷いた。
彼女の表情は謎めいており、自信に満ちているようにも見えた。
森の中の静寂がそのやりとりをさらに際立たせる。いつもより静かなようにさえアシュタルテは感じた。
「アシュタルテ嬢は、あの伯爵令嬢さまなんだよね?」
ビアンカとアシュタルテの視線がぶつかる。
アシュタルテの眼差しは普段の優雅さを抑え、鋭く尖らせた。頭の中には、親し気にライラへ手を回す姿が焼き付いている。
ビアンカの歩調は滑らかで、しなやかさと機敏さを伝えてくる。
「ええ、そうですわ」
鬱蒼とした森の中、足元の葉がサクサクと音を立てている。
アシュタルテの歩調は堂々としており、どんな場所でも完璧を崩す気はなかった。
この付近で採集できるアイテムはバーバー鳥の羽毛だ。
周囲を注意深く見回し、樹木の配置や地形を叩き込む。
あの鳥の採集が難しいのは、高い場所に巣があるせいだが、場所を知っているアシュタルテにとって難易度が高いものではない。
アシュタルテは一本の木に手を着いた。
「この上ですわ」
「はいはい」
ビアンカが木の枝にしっかりと手を掛け、しなやかな身のこなしで木を登っていく。まるで自然と一体化しているかのようで、確かな技術と柔軟性を示していた。
アシュタルテは彼女の様子をじっと見つめる。
数秒もせず、ビアンカは木から降りてきた。手にはバーバー鳥の羽毛が握られている。
「お見事!」
「取ってきただけですからね」
アシュタルテはその成果を喜び、満足げな微笑を浮かべた。
彼女たちはまだ道から外れず、比較的広々とした通り道を進んでいる。
森の中の空気は新鮮で、王都との違いをアシュタルテは胸いっぱいに感じていた。
「この調子で行きましょう」
「そうですね。あまり深入りはしたくないですし」
ライラから渡された装備は軽く、動きやすさを確保している。
装備の軽さが、森の中での行動をスムーズにしているようだった。さすが、ライラの開発だ。
風が吹くたびにまとめた背中を撫で、くすぐったい。
アシュタルテはビアンカに、ノートルに来るようになった出来事を手短かに話してた。
「それで、毒殺容疑でこの田舎に飛ばされてきたと」
「ええ」
ビアンカの態度は意外なほど冷静だった。顔に余裕とともに軽薄な笑みが浮かんでいた。
どうにも怪しい。
アシュタルテはその態度に内心警戒心を解くことができずにいた。ビアンカの真意を読み取るのは難しい。
木々の間から差し込む光が、ビアンカの輪郭を柔らかく照らし出している。
「ライラのことだから、断れなかったんだろうね」
アシュタルテにとって、自分がノートル領への押し付けられた立場だということは、彼女自身が一番良く理解していたことだった。
その事実は常に心の奥底にあり、トラブルの大なり小なりも自分の責任だと理解していた。
だがそれをビアンカから口にされることは心にひっかかるものがあり、アシュタルテは目尻を釣り上げた。
「あなた、失礼でしてよ?」
「申し訳ございません。元々貴族と接することなんてない身分なもので」
ビアンカは両手を掲げて、肩を竦めた。
その仕草は軽やかで、彼女が本気にしていない様子が伝わってくる。
この場にライラがいたら真面目な顔で頭を下げるだろう、とアシュタルテは思い巡らせた。
「あなたとライラはどうやって出会ったの?」
「あれ、気になります?」
ビアンカの顔には優雅な笑みが浮かんでいた。それはからかいの要素を含んでおり、彼女の目には軽快な遊び心が宿っているように見えた。
アシュタルテはその表情を真正面から受け止める。ビアンカの挑戦的な笑みに、アシュタルテは瞳を鋭くした。
「少なくとも、普通の平民が領主に対する態度ではないわよね」
「あー……あれは、可愛くてつい。ほら、猫とかにもしますよね?」
ビアンカはわずかに気まずそうにしながら、少し上を見上げて頬をかいた。
アシュタルテは腕を組み、微妙に斜めに体を傾けてビアンカを見上げる。
絶対言い逃げさせない。
そういう強い決意があった。
「猫と人は違ってよ?」
「はいはい、厳しいお嬢様だね」
言いながら、アシュタルテは再び上を指差した。
ビアンカは少し面白げに、先ほどと同じように木に登っては羽毛を手に入れて降りてくる。
アシュタルテはライラとのことを話しながら歩き、彼女が指示した場所でまた木に登る。
この繰り返しで、手に入れるバーバー鳥の羽毛は抱えるほどに増えていった。
ビアンカの顔には驚きと同時に、ある種の呆れた表情が浮かんでいた。
「すごいね、こりゃ」
「これだけあれば、良いでしょ。一度戻りましょ」
アシュタルテは手に入れた羽毛を確かめ、満足げに微笑んだ。
指先で羽毛をなでると、柔らかで心地よい手触り。上物だ。
それを確認すると、ビアンカに視線を向けた。
「さて、帰りながらライラとのことについて、きちんとわかりやすく説明してくださる?」
ビアンカは羽毛をまとめて持ち上げ、肩に担いだ。アシュタルテの言葉に顔だけを向ける。
その顔には悪戯な笑みが浮かんでいた。
「そんなにライラのことが気になるんですかい?」
アシュタルテは唇を引き締め、驚いたような表情を浮かべた。すぐに頬には控えめな赤みが広がる。
アシュタルテにしては珍しい勢いで口を開いた。
「はぁ? 私は、あなたたちの関係が不適切だから」
ビアンカは詰め寄ってきたアシュタルテの急な動きに驚かず、軽やかに避ける。
彼女の落ち着きと機敏な反応は、森の中を自在に動き回る動物のようだった。
アシュタルテの様子を気にもせず、来た道を帰り始める。
「はいはい。ご説明しますよ」
ビアンカの声は軽やかだったが、その表情には慎重さが滲み出ていた。
来た道を帰るだけだが、森の音や風、木々の動きを確認しながら、警戒を緩めることはない。
アシュタルテは唇を引き結んでから、ビアンカの後ろを追った。
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