第3話


 ノートル領は国の中で北に位置してある。

 北限は永久凍土がある高い山。東は大きな川を挟んで他国になる。仲は良くもなく、悪くもなく。

 あたしが生まれてから戦だとかそういう話は聞いたことがない。歴史書をめくっても、ここ五十年は何もないような関係と言える。

 西は穀倉地帯が続くが、寒さもあり収穫はイマイチだ。

 南にいけば服飾で有名な街があるが、そこは既に他領だった。

 つまりは何もない田舎となるが、あたしはこの領地を気に入っている。


「ライラさま、今日は採れたての野菜が入ってまっせ!」


 舗装もされていない土の道路の端に、屋根と台だけの出店がポツポツと出ていた。

 威勢よく声を掛けてくれたのは、野菜を売っているハンスさん。

 広げられた野菜は言葉通りイキイキしていた。


「美味しそうな野菜だねー。畑は順調そうなの?」


 野菜一つでも、萎びてたり細かったりしたら、不作なのか考えないといけない。

 街の人の生活から、必要なことを考えなさいと父はよく言っていた。

 歩けば土埃が舞うようなここが、ノートル領のメインストリートだ。

 早く石畳に舗装したいと思いつつ、中々お金が回らない。

 土魔法が使えれば、あっという間に舗装することもできるのだが、この領地にそのスキルを持っている人間はいない。


「へぇ、最近は調子が良さそうですわ。ライラさまの発明した道具のお陰で楽になったって聞きますぜ」

「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいな」


 畑を耕すために元々の道具を改良しただけだ。

 設計スキル。それがあたしのスキルだ。

 元々の道具を"分析"して、欲しいものを"設計"できる。必要な材料を手に入れるのが一番大変かもしれない。

 後で使用感を聞きに行こうと頭の中に予定を一つ組み込む。

 次の店に行こうとしたら、ハンスさんの顔が曇った。


「ただ、麦の方は調子が悪いらしくて、少し心配なんでさぁ」

「麦が? 去年もあんまり採れなかったから……心配だね」


 古い麦はまだ備蓄してあった。が、今年も不作となれば足りない可能性が出てくる。

 顎に手を当てて、頭の中で算盤を弾く。

 ギリギリ、足りるか。

 見に行かないことには、何とも言えない。


「ありがとう、あとで見に行ってみますね」

「よろしくお願いします」


 貴重な情報をくれたハンスさんに笑顔でお礼を言いつつ、次の場所に足を向けた。

 時間はまだ昼前。歩けるだけ歩いてしまおう。

 にぎやかとは言い難い、けれど元気な声を背で聞きながら日差しに手を上げた。


「調子はどう?」

「ライラさま! ライラさまの機械のおかげで、作業が楽で」


 メインストリートから、川の近くの小屋へ近づく。

 建付けの悪い扉を軽くノックしてから、中に声を掛ける。

 すぐにここのまとめ役をしているアンナさんが飛んできてくれた。

 あたしが来たことに気づいた皆が口々に手を振ったり、声をかけたりしてくれる。

 一つ一つ答えながら様子を見て回る。


「糸を巻く時間が半分になったよ」

「なんだい、編む時間だって半分より短いかもね」

「糸がなきゃ編むのも難しいだろ?」

「糸は編まれなきゃ意味がないじゃないか」


 一番奥では双子のおばあちゃんたち、ジョゼとゾフィが息ぴったりに言い争っていた。

 二人の前ではあたしが改良した道具たちが忙しなく動いている。

 毎回見られる光景だ。これがこの二人のコミュニケーションなんだろう。

 苦笑しながら、二人の前にしゃがみ込む。


「まぁまぁ、二人の言い分はわかったから。早くなったってことでいいんだよね?」

「「ええ、もちろん」」


 手元を見せてもらう。

 繭から糸になり、糸が玉になっていた。長さも均一でツヤツヤしている。

 その糸で編まれる布もしっかりとしており、手触りも良い。

 うん、調子は良さそうだ。

 丁重に二人に糸玉と布を返す。それから、アンナとまた一回りした。


「体調悪い人とかいない?」


 奥にある応接室で話を聞く。たまにしか顔を出せないので、世間話の部分も多い。

 アンナがお茶を出してくれた。紅茶とは違う、野草を煎じたものだ。独特の苦みがあるが、あたしは結構好きな味。

 アンナを伺えば、にっこりと満足げな笑顔と深い頷きが返ってきた。


「ええ、ライラさまのおかげで独り身の女でも働けてありがたい限りです」

「こっちも仕事してもらって助かってるから」


 この国では女の立場は低い。同時に女がするような仕事も安いことを意味している。

 家族と暮らせる女性はまだ良いが、夫に先立たれれば、かなり安い賃金で働かないといけなくなる。

 その上、独り身で身体が弱いなんてなると働く場所さえなくなる。


「ディルムさまと結婚したら、ディルムさまが領主になられるんですか?」

「そうなるだろうね。領主代行にはなれても、領主に……女はなれないから」


 法律がそうなっているのだから、どうしようもない。

 領主代行のまま死ぬまで領地を治めた女性の逸話もあるものの、彼女は結婚していない。

 結婚相手がいるならば、ディルムが領主になったほうがこの国では自然なのだ。

 アンナは片眉だけ上げ、顔をしかめた。


「あの坊っちゃん、剣を振るのは得意でも商売はできないじゃないですか」


 アンナから見れば、ディルムは貴族らしい坊っちゃんになるらしい。

 実際は騎士爵なので、貴族とはまた違う扱いなのだけど。彼はあたしと結婚することで初めて貴族になる。

 否定も肯定もせず笑っておく。

 ヒョコリと曲がった背中に似合わない動きで、ジョゼとゾフィが作業場から現れた。


「アンナ、あれは剣を振るしかできないってのが正しいよ」

「それに明らかに女を見下して嫌な感じだよ」

「あはは、言い過ぎだよ」


 ディルムの評判はよろしくないようだ。

 貴族としてはよく見るタイプなのだけれど、ここの領民は見慣れてない。父は正反対の性格だったから。


「あたしたちゃ、ライラさまの味方ですからね」


 心強い言葉に緩みそうになる頬を引き締める。

 甘えているわけにはいかない。

 彼女たちの生活を守るためにもしなければならないことがある。


「ありがとう。とりあえず、王都に領主代行として挨拶しに行くんだ」


 父の死は知らせてある。

 領主が亡くなった場合、跡継ぎが成人していれば領主になる。

 女しかいない場合や成人していなければ、領主代行になり、正式な領主にはならない。

 それでも任命されるためには国王陛下に謁見する必要がある。

 面倒くさいけれど、そういう決まりなのだ。

 もっとも。


「へぇ! そりゃ、キレイにしてかないと」

「うちの一等の布を持ってってくださいよ!」


 王都に行くとなれば、このように気合が入る人間も多い。

 貴族が王都に行けば、社交と決まっているからだ。

テンションが上がる周りを見回す。

 あたしはどうにも人前が苦手な質だった。

 社交パーティは大の苦手。ダンジョンに一人突撃の方がダメージは少ないかもしれない。

 目に炎を宿し布を持ってこようとするアンナたちを押し留め、苦笑する。


「大丈夫、大丈夫。謁見だけだから……夜会がなくてほっとしてるんだ」

「なんと勿体ない」

「婚約者もいるなら、社交パーティに出る必要もないしね」


 アンナたちが目を丸くして唇を尖らせる。

 ほんと、それだけはディルムがいて良かったと思える。


「婚約なんて破棄しちまえばいいじゃないですか」

「そう、流行ってるって聞きましたよ?」

「いやいや、流行っちゃ困るでしょ」


 婚約は家と家の約束だ。そう簡単に破棄されては困る。

 やいやい言ってくるアンナたちを押し留め、あたしは領主代行の挨拶のため王都に向かうことになった。

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