第30話
ダンジョンの前につくと、以前と違いテントが建てられていた。
テントでは負傷者の手当てをしているようで、たまに痛がる騎士の声が聞こえてきた。
消毒薬と鎮痛剤も買い増す必要がありそうだ。
あたしはダンジョンの前に立つ、第二騎士団の徽章をつけた騎士に話しかけた。
驚いた表情が一瞬で引き締まる。
「ライラさま、戻られたのですか?」
「留守中をまもってくれてありがとう。きちんと後で調整するからね」
「はっ、町の平和を守ることが第二騎士団の役割ですから」
びしっと敬礼する騎士に、頬が緩みそうになるのを引き締めた。
自分の仕事に誇りがあるのは良いことだ。
彼のような人間に報いることができる領主になりたかった。
ピエールがビアンカに尋ねていた。
「第一騎士団と違いすぎませんか?」
「第二騎士団は元々町の人間が多いからね、町を守りたい人間が多いんだよ」
ビアンカの言葉は的を得ていた。
元々町の警護に力を入れたい人間と、貴族の警護をしたい人間で第一と第二が別れたと言っても良い。
あたしは後ろでビアンカがピエールにノートル騎士団の役割分担について説明をしているのを小耳に挟みながら、ダンジョンの状況を頭に叩き込む。
「一階はほぼ、前と同じ状態になっております。第二階層のモンスターは元の階層に押し込まれ、一階のモンスターが戻ってきている状態です」
「良かった。みんなが頑張ってくれたおかげね」
思ったより、状況は悪くないようだ。
浄化が原因なら、一階層のモンスターたちが戻ってくれば、元の状況に落ち着くだろう。
心配は、アシュタルテさまが原因はそれだけではないと言っていたことだ。
「今現在、第二騎士団が定期的に一階層を回っています」
町の警護とダンジョンの警邏を並列するのは、負担が大きい。
やはり、第一騎士団の団員も動員すべきだろう。
組んでいた腕をほどき、ダンジョンの入り口に目を向ける。
「ありがとう。第二層は?」
第一階層が元に戻っているとしたら、第二階層より下が主戦場になっているということだ。
あたしが報告で聞いた階層は三階まで。
三階層までなら、アシュタルテさまとビアンカたちで潜ることができた。
それより奥、第四階層があることは確認されている。
通常の状態なら心配ない深さ。
あたしの問に答えたのは、腕を釣った状態のビアンカだった。
「それは、あたしが付き添いながら説明するよ」
あたしは顔をしかめる。
ビアンカがいた方が心強いが、怪我人をダンジョンに連れ込むことはしたくない。
「ビアンカ、あなたはまだ休んでた方が」
あたしの言葉に、ビアンカは唇をにっと引き上げた。
釣られている腕をわざと動かして見せる。
「どうせ、気が気じゃないし、この状態でも、ライラよりは動けるつもりさ」
「……足を引っ張らないように頑張るね」
ぽんと肩を叩かれた。
あたしは苦笑しながら、ビアンカを見上げる。
無理させることがないように、あたし自身気をつけないといけない。
と、テントの方から、痛がる声があがり、顔をそちらに向ける。
「第二騎士団の損害は?」
「今のところ、負傷した団員も少なく、重傷者はいません!」
良かった。重症者がいないのは何よりだ。
あたしはほっと胸を撫で下ろした。
この北の町では人の命は儚い。寒さだけで、人は死んでしまう。
あたしは騎士の装備を見回した。所々綻びや傷が出来ている。
「装備に不備があったら、なるべく早く直すから持ってきてね?」
「ありがたいです! 町の警護用の装備がほとんどで、困っていた所でした」
それでも来てくれたことが嬉しい。
あたしら大きく頷いてから、ダンジョンに足を向けた。
「ご武運を」
騎士の彼はそう言って見送ってくれた。
あたしはビアンカ、オレットとダンジョンに入る。
ピエールにはテントで待ってもらうことにした。
不満そうな顔が頭から離れないが、流石にスタンピードを起こしているダンジョンに陛下の使者は連れていけない。
まぁ、アシュタルテさまは独断専行で突撃しているのだが、ピエールはそのあたりの常識はあるようだ。
「それで、第二階層以下は第三騎士団の管轄なの?」
第一階層は、静かなものだった。
ダンジョンは不思議な場所で、ここで倒されたモンスターや魔獣は放って置くと自然になくなってしまう。
あとで採取なんてことはできないのでは、倒したらすぐに剥ぎ取る必要がある。
あたしの問いかけにビアンカが答えようとして、その前にオレットへ顔を向けた。
「オレット、久しぶりだからって羽目を外しすぎないようにね!」
「はーい」
メイド服に外套をまとっただけなのに、オレットの雰囲気は様変わりしていた。
片手にショートソードをもてあそぶのは、怖いからやめて欲しい。
先頭を歩くオレットにより、あたしはほとんど戦闘らしい戦闘をすることなくダンジョンを進めていた。
「第三騎士団の管轄というか、アシュタルテ嬢の独壇場って感じだね」
「そんなに?」
ビアンカは自由に動く方の手で、ナイフをたまに投げながら答えた。
あたしは目を丸くする。予想はしていたが、アシュタルテさまは規格外らしい。
ビアンカは深くため息をついた。
「あの子、戦闘スキルが高すぎる。王妃教育っていうのは、最強の戦士をつくるためのものなのかい?」
「……たぶん、アシュタルテさまの資質の問題だと思う」
あたしは引きっつ笑いを返すしかない。
王妃教育は厳しく、護身術なども含まれているらしいが、アシュタルテさまの能力は、彼女自身のスキルを極限まで磨き上げものだ。
つまり、完璧であろうとしたアシュタルテさまの性格の問題。
ビアンカもそれを、わかっているのか、何度か小さく頷いてから目の前に現れたボス部屋を指差す。
「発見当時は、一階のボス部屋から二階層のモンスターが溢れているような状態だったよ」
その扉を開けた瞬間に、モンスターが溢れてくる状態を想像して、あたしはつばを飲み込んだ。
戦闘スキルのないあたしにとっては、致命的な状況だ。
道具がいくらあっても、不意を突かれてしまえば対応できない。
今は、中身は空で下への階段がぽっかりと口を開けている。
「発見者は?」
「あたしとアシュタルテ嬢さ。最初はあたしが残って、アシュタルテ嬢に屋敷まで走ってもらったんだけど」
軽く言うビアンカに、背筋を冷たいものが走る。
合理的な判断。それはわかる。
アシュタルテさまを残すことは、身分的にもできないだろう。
するな、とは言えない。あたしは自分の無力さに歯噛みした。
「その怪我は、その時?」
「ウルフ相手に負傷するなんて、何年ぶりだろうね」
ビアンカの腕に視線を向ける。
彼女はわざとおどけて答えてくれた。
ダンジョンウルフは、ただの狼とは機敏さもチームワークも違う。
それでも普段なら傷一つなく終わる戦闘だろう。
モンスターの多さと戦闘の激しさがうかがえる。
「毒や呪いは?」
「第二階層だもの、傷だけさ」
「良かった」
かすり傷でも、そこから入り込む毒をもつものや、アンデッド系だと身体能力の制限をかけるモンスターまでいる。
「ライラっ」
と、あたしがほっとした瞬間に、奥からダンジョンウルフたちが現われた。
あたしは反射的に道具袋から魔法弾を取り出し投げる。
赤い炎がウルフたちをまとめて焼いた。
しまったと思ったときにはすでに遅い。
「また一段と派手になったね」
「戦闘スキルがないと、どうしても飛び道具になるよね」
ビアンカの言葉に、小さく頭を捻る。
炎が消えれば跡形もなくなっていた。
ウルフの毛皮は使い道が多いのに、とあたしは唇を尖らせる。
「この人数で対応できてるのもライラの道具のおかげだね」
そう言ってもらえるなら、威力だけを引き上げた道具にも意味がある気がした。
同じ威力の魔法弾ならまだある。
属性もいくつか揃えてきたし、威力がもっとあるものも何個か。
使う場面は想像したくない。
二階層に降りてからも、モンスターはさほど多くなかった。
「アシュタルテさまは?」
オレットとビアンカの二人がいると、あたしが戦うことはほぼなかった。
第二階層のボス部屋。ここまでくれば追い付けると思っていたあたしは甘かったらしい。
あたしの言葉に、ビアンカは鼻の頭を掻きながら苦笑した。
「これは、三階層にいるんだろうねぇ」
「……思ったより、進んでるね」
二階のボス部屋には、ゴブリンキングが伸びている状態だった。
剥ぎ取りも終わっている。あとは吸収を待つだけの状態だ。
あたしは天井を見上げた。これでは助けに来たんだか、何だか分からない。
ただ、アシュタルテさまの無事だけを祈った。
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