第12話

 執務室にはあたしが動かすペンの音だけが響いていた。

 窓からは朝の日が差し込み始め、あたしは少しだけ目を細める。

 手元を照らすランプも開発したものだった。


「設計」


 小さく呟くと、目の前に薄い板のようなものが現れる。

 そこにはあたしが開発したいと願っている機能を持った機械の、設計図と必要なアイテムが表示されていた。

 イメージを鮮鋭化させる。すると図面と必要なアイテムがぐにゃりと歪み、別のものに切り替わる。


「ドラゴンの爪……無理、シルフィードの精霊石? 破産する」


 先ほどから表示される材料は、手軽とは言えないものばかりだ。

 ズキンズキンと拍動にあわせて痛む目元を手の付け根で揉み解す。

 書いては消し、見ては書く。

 少しでもイメージを変化させれば、アイテムは変わる。

 設計して、材料を洗い出し、作れるものを探す。

 それを紙が黒くなるくらい繰り返して、あたしは椅子の上で背伸びをした。


「やっぱ、機織りの仕方を変えたほうが安上がりかな?」


 机の上にそのまま体を投げ出す。誰も見ていないからできる。

 前髪をかき上げて、横線で消されている材料を確認した。

 今、変更しているのは動力の部分だ。

 機織り機自体を大きく変えるーー新しい編み方を作るには、あたしの知識がなさ過ぎた。

 かすむ視界に目元をこする。鏡を見れば、全体的にひどいことになっているだろう。


「ねむ……あの仕事量をほぼ、終わらせたアシュタルテさま、凄すぎない?」


 あくびを噛み殺しながら、部屋を眺める。物置状態から脱出して、だいぶすっきりしていた。

 自分の状態との落差に「あー……」とうめき声が漏れる。

 経糸と横糸が組み合わさることで、布は織られる。経糸か横糸、どっちかの動きを自動化できれば、新しい特許になる。

 そのためには組み合わされた経糸の動きを自動化するのが一番早いーーと思ったのだけれど、これが難しいのだ。


「経糸の動きを自動化。ネジの機構が煩雑だし……ステンレスって何?」


 口の中で言葉を転がせば、あたしにしか見えない板に図面が浮かぶ。

 経糸の自動化には、新しいネジを使った仕組みが必要で、さらにその材料が未知の物。

 何度イメージしなおしても、出てくるから必須のものなのだろう。


(さすがに、未知の材料はなぁ)


 苦笑する。材料から分からないんじゃ作りようがない。

 別の仕組みを考えながら、スキルで見える情報をひたすら書き写す。

 設計の見えるままに描いて、書いて、図面を作り上げる。

 煮詰まってきた。経糸じゃなく、横糸の方も考えてみようか。

 あたしは乾いた唇の端を少し舐める。


「横糸は細かい作業がいるから難易度が……」


 横糸は経糸の間を通すことになる。上下するだけの経糸とは違うので、最初から考えていなかった。

 経糸の間を自動で横糸が通るようになれば、とても楽。

 それこそ、織物スキルを持っている人間は、自由に動かせるらしい。


「横糸のシャットルにも魔石が組み込んであるから、下手にぶつかると切れちゃうし」


 ピンとひらめく。

 魔力の、反発ーー脳裏に浮かんだのは、アシュタルテさまが魔力布に光を散らして見せた映像だ。

 経糸の根元に魔石があり、糸に魔力をまとわせている。横糸はシャットルに魔石を組み込む。


(なら、上手く反発するようにすれば、浮かぶんじゃない?)


 浮かんだシャットルを横に引っ張るだけなら、仕組みとしても簡単だ。

 魔力の反発を使った仕組みなんて、あたしも聞いたことがない。

 あたしは新しい紙を出し、椅子に座りなおした。


「シャットルの動きの自由化なら」


 イメージ、図面、材料の確認ーー魔石と木の二種類だけ。

 よし、と握り拳を握って、すぐに書き写した文字を二度見した。


「トレントの芯木?!」


 自分で書いたのに信じられない。2種類ならいけると思ったのに、あたしは唇を噛んだ。

 早朝の静かな空間にあたしの声が響いた。

 トレントの芯木。

 トレントはモンスターとして屈指の硬さを誇る。それの芯の部分は、とても貴重でめったに出回らない。特に今のような冬期は品薄になるのだ。


(夏だったら、まだ採取できたのに!)


 手が届きそうだからこそ、悔しさも倍だ。

 自分で書いた紙を握りしめ、別の材料にならないか穴が開くほど見つめた。


「ライラ? まだ起きてるの?」


 声と同時にドアノブがゆっくり回された。

 小さな隙間が空き、アシュタルテさまが顔だけ覗かせる。眉間には力が入っていた。


「なぁに、大きな声を出して」


 あたしは慌てて紙を机に戻した。

 傍に寄ろうとしたら、アシュタルテさまが部屋の中に一歩入ってくる。


「すみません。起こしましたか?」


 あたしは立ったまま、両手を合わせて小さく頭を下げた。

 アシュタルテさまは扉を静かに閉めた。片手には小さなランプを持っていて、天鵞絨のナイトガウンが体全体を覆っている。

 光が反射してガウンの質の良さを知らせた。


「たまたま外を通っただけよ」

「良かった」


 眠そうではあるが、あたしの声で起きたわけではなさそうだ。

 ほっと息を吐いたていたら、アシュタルテさまが机の周りを見回し、片眉を上げた。

 暗がりでもわかるくらい、丸められた紙や書き直された図面が散乱している。部屋の惨状にあたしは苦笑してみせた。


「熱心なのはいいけど、寝なさい」

「いや、アシュタルテさまがほぼ申請終わらせたのに、あたしだけ休めません」


 あたしは首を横に振った。

 元々自分の失敗が招いたことだ。その尻拭いをさせているのに、休むことなどできやしない。

 じっと暗がりの中で、視線がぶつかり合う。

 アシュタルテさまの赤い瞳は、不思議と暗い中でも光って見えた。やはり、宝石がはめ込まれているのかもしれない。


「真面目ね」


 アシュタルテさまは、ふっと視線を切ると、ひとつ紙を拾い広げた。

 走り書きで図面と材料、その上にぐちゃぐちゃな線が描かれている。

 失敗作をじっと見られて、背中がもぞもぞした。


「あれはただの書類。あなたのは新しいものの創造。全然違うわよ」


 それだけを言って、アシュタルテさまは丁寧に紙を拾い始めた。

 拾って、皺を伸ばして、積み重ねる。

 その動作が優しくて、どうやら褒められているらしいことを知る。

 誤魔化すように髪に指を絡ませた。


「う、ん。つい、できるまでやっちゃうんだよね」

「できたの?」


 アシュタルテさまが見やすいように紙の向きを変える。

 シャットルを自動化するのは良いアイデアだった。が、材料が難しすぎる。真剣に図面を見るアシュタルテさまのつむじを見ながら、腕を組んだ。


「でも、これも没かな」

「とうしたの?」

「アイテムが、ちょっと難しくて」

「見せて」


 書き写された紙を手に取り、顔を寄せる。

 カーテンの隙間から差し込み始めた朝日が淡くアシュタルテさまの姿を照らした。


「トレントね」


 見ただけでわかったようだ。アシュタルテさまは顎の下に指を当て、考え込む。

 邪魔しないように、他の散乱していた紙をまとめておく。

 アシュタルテさまは顔を上げると、いきなり言い放った。


「私がとってきて上げるわ」

「え?」


 あたしは手を止めた。

 アシュタルテさまを見ても、真剣そのもので。聞き間違えたわけではないようだ。


「王都に行けば、さすがにあるわよ」

「ダメですよ! アシュタルテ様は一応、謹慎の身なんですから」


 王都にならあるだろう。

 だが、あたしは頭を振った。アシュタルテさまを行かせるわけにはいかないし、あたしがアシュタルテさまだけを残していくわけにもいかないのだ。

 アシュタルテさまは、人差し指と親指で隙間を作った。


「ちょっとくらい、平気よ?」

「ダメです。王都は危険です」

「頑固」


 はぁとため息をつくアシュタルテさま。

 王都にアシュタルテさまがいると問題があるから、ノートルにいるのに。彼女はすっかりそのことを忘れているらしい。

 あたしは唇を尖らせて、一歩も引かない姿勢を示す。


「なら、取りに行くしかないわね」

「え?」


 さっきから頭が追い付かない。

 アシュタルテさまの提案は、どれもこれも突飛すぎるのだ。


「これさえあれば、できるのよ? ドラゴンより楽でしょ」

「えー、そうかな?」


 あたしは言葉を濁した。

 ドラゴンと比較するのは間違っているし、令嬢がモンスターを倒しに行くのも聞いたことがない。

 王城でみた身体能力を見れば、できそうな気がしてしまうのだけれど。


(ドラゴンも倒せたりしないよね?)


 ドラゴンを倒すアシュタルテさまを想像したら、思ったよりしっくりきた。同時に背中を冷や汗が流れていく。


「私がとってくるわ」


 アシュタルテさまは両手を腰に当てて、胸を張った。

 朝日が赤い瞳に差し込んでキラキラと輝く。できれば見とれていたい美しさなのだけれど。


「いやいやいや、ダメですよー!」

「行くって行ったら、行くわ。大丈夫、すぐ帰ってくるから」


 結局、あたしにアシュタルテさまを止めることは無理だった。

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