第11話
ノートル家は小さいながらも領地を持ち、治めている貴族である。
屋敷は王都に住む貴族と比べれば小さいが、技術を尽くした立派な作りをしていた。
特に力が入っているのが、執務室と応接室。
他の貴族やお客様が一番見る可能性が高い部屋だ。
「大きな物は奥の方に。小ぶりなものは手前に置いてくださる?」
「かしこまりました」
その執務室にあたしが作った道具たちが運び込まれる。
アシュタルテさまは部屋の入口近くに立ち、涼しい顔で指示を出している。
(よくこんなに見つけてきたなぁ)
作ったのを忘れていたような道具まであった。
懐かしい。そっと触れる間もメイドたちにより、どんどん運ばれてくる。
オレットまでその行列に加わっていた。
アシュタルテさまは、あっちこっちと指示を出し、あっという間に部屋が道具で埋まっていく。部屋は仕事をする場所以外なくなった。
「アシュタルテさま、部屋が物置のようになっているのですが」
アシュタルテさまと二人になった部屋で、道具を倒さないよう周囲を見回す。
我ながらよく作ったものだ。
(これ、どうするんだろ?)
あたしはアシュタルテさまを見る。
朝、来てみたらもはや道具の移動が始まっていたのだ。
アシュタルテさまはひらひと手のひらを振ると、定位置になりつつあるソファへ腰を下ろす。
「しょうがないでしょ、作業に必要なんだから」
作業、とあたしが呆気にとられている間に、アシュタルテさまはサイドの髪をまとめ結い上げていた。
片手にペンと書類。どうやらここで仕事をするようだ。と、彼女が持つペンに目が引き寄せられる。
「それ……」
「便利そうだから、借りるわ」
あたしがアシュタルテさまの手元を指差すと、彼女はペンを軽く掲げた。
にっこり笑顔が麗しいけれど、有無を言わせない圧力も感じる。
昔つくったインクの長持ちするペンだ。もう片方は正式な特許申請書。
「私はとにかく全ての道具を特許申請するわ。この私が書くんですもの、抜けも何もない完璧なものよ」
「はぁ、そこはまったく心配していませんが」
胸を張るアシュタルテさまに、曖昧に頷くだけに留め、あたしは部屋をもう一度見回した。首だけで。
一枚作るのにも面倒くさそうな書類を、この数全部こなすのか。
もう一度アシュタルテさまに視線を戻した時には、既に一枚目を書き始めていた。
「これを一気に行うのですか?」
自分で作っておいてなんだが、かなりの量がある。
錆びたバネ仕掛けの人形のようにぎこちなく首を戻す。
あたしが残していた仕事をアシュタルテさまにしてもらうのかと思うと、気まずさが胸に溢れた。
「そうよ。特許は時間が命。今回のことに味を占めて、他の特許についても同じことをする輩が出るかもしれないから」
アシュタルテさまは一度手を止め、山のようになった道具を見回す。
深いため息とともに、アシュタルテさまの視線があたしで止まった。
なるべく小さく身を竦める。
「それにしても、溜めすぎよ」
「すみません。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げてから、自分も申請書を書くため机に向かう。
自分用のペンを取り出して、それから書こうとしたらーー机に影が差した。
見上げるとアシュタルテさまが眉間にシワを寄せた状態でじっと机を見ている。
まったく身に覚えがないけれど、何かしてしまっただろうか。
「何してるの?」
「え、申請書作りですけど」
まさか、様式が違いすぎるとか?
久しく作らないうちに変わっていたのだろうか。
頭の中をぐるぐると言葉が回る。
首を傾げつつ、アシュタルテさまを見れば、またため息を吐かれた。
申請書を取り上げられる。思わず立ち上がり、手を伸ばすと、アシュタルテさまの胸にそれは抱え込まれてしまう。
「これは、私がしておくわ。あなたは自分の仕事をなさい」
「あたしの仕事?」
申請書を書いて、資金を集めるのが仕事なのではないか。
首を傾げて聞き返したあたしに、アシュタルテさまの米神がピクリと動く。
マズイ、何か地雷を踏んだらしい。
「あなたの仕事は、新しい魔力布製造機の開発よ」
何を言われてるか理解できなかった。
アシュタルテさまを見つめる。無言。外で鳥が鳴く声さえ聞こえる。
新しい、魔力布、製造機。
言われた言葉を分解して、意味を飲み込む。
つまり、魔力布を作る機械を開発して、特許を取れとアシュタルテさまは言っているのだ。
意味が理解できてからも半信半疑だった。
「新しいものを作る、んですか?」
「そう、この訴状だと機織り機の一部を改造したことが問題になっているわ」
アシュタルテさまがどこに持っていたのか赤い封筒から訴状を取り出す。
眼の前に突き出された文面は何度も確認したものだ。
あたしは力が抜けたように椅子に座りこんだ。
「そう、だから……機織り機を元にした開発はできないんじゃ」
「新しい機織り機を作ればいいのよ」
「新しい、機織り機」
アシュタルテさまが体面に立った状態で、紙にペンを滑らせる。
簡易的な今の機織り機の構造だ。
貴族の令嬢で少し前まで知らなかったものを、ここまで分かりやすく図解できる人間がいるのだろうか。
図とアシュタルテさまを交互に見比べた。
そんなあたしを気にせず、アシュタルテさまは図を指さしながら説明を続ける。
「特許は丸きり新しいといけないわけじゃないわ。機構や動力が違えば、それはもう違うものなの」
以前の講義でも聞いた内容だ。
少し違うだけでも特許はとれる。特に大切とされるのは二つ。動かしてるエネルギーが何かと、その仕組み。
「つまり、布の織り方を変えるか、手動の部分を自動化すればいいってこと?」
あたしはアシュタルテさまからペンを受取って、機構と動力の部分に丸をつけた。
確認するように見上げれば、満足げな笑顔を浮かべたアシュタルテさまに頷かれる。
その瞳にはサーザント領に対する挑戦的な炎が浮かんでいた。そんな瞳で見られたら、開発した人間として燃えないわけがない。
「できるでしょ?」
「必要なら、何が何でも作ってみせます」
変化させるべき部分が分かっていれば、どうとでもなる。
スキルを使い、設計を考え、必要なアイテムを洗い出していくだけ。
あたしは珍しく確信を持ってアシュタルテさまに頷き返した。
「私はここで申請書をつくってるから、特許について聞きたいことがあったらいつでも聞いて」
「ありがとうございます」
机の上に紙を広げた。
欲しい機能を整理して、一つずつ設計スキルを使うためだ。
このスキルは作り方は教えてくれても、無理なアイテムを提示してくることがある。
その中からできそうなものを選ぶのが仕事のようなものだった。
(やってやろうじゃない!)
アシュタルテさまから燃え移った勢いのまま、新しい紙を広げる。
申し訳ないが、申請書はアシュタルテさまにお願いしてしまおう。
新しいものの開発はあたしにしかできない、あたしの仕事なのだから。
やる気に燃えていたら、小さくこほんと咳払いが聞こえた。
「それから」
「はい?」
アシュタルテさまは、顔をほぼ真横に向けていた。
見えるのは横顔だけだが、そこには先ほどとは正反対の表情が乗っている。
この状態で何を言われるか想像がつかなくて、あたしは素直に首を傾げた。
「二人だけの時は敬語じゃなくて良いわ。あなたの方が年上なんだし」
ちらちらとこちらを見てくる視線。
照れているのか、恥ずかしいのか。何よりあたしの年を知っていたのか。
アシュタルテさまは、思慮深く目端が利いて、優しい人間のようだ。仕事のことは完璧すぎるので、たまに厳しいのだけれど。
「わかったよ。これからも、よろしくね」
「ええ、よろしくしてあげるわ」
あたしは頬が緩まないように注意しながら頷いた。
アシュタルテさまも少しだけ表情を綻ばせ、二人そろって令嬢らしくない作業に移った。
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