第24話
ダンジョンは森の奥深くに存在していた。
鬱蒼とした藪の中に入り口があったため、見つからなかったようだ。
今現在は見つけやすい程度には整備されており、歩きなれていない人間でも歩くのに困ることはない。
ディルム達、第一騎士団の先導にあわせて、アルフォンス殿下とセレナさまが進む。
あたしはその後ろをついて歩く。
意気揚々と自分たちが整備したかのように語るディルムへのイラつきは胸に押し込めた。
それなのに、それなのに、ダンジョンに入る前に驚きべきことが起きてしまったのだ。
「浄化」
ダンジョンの入り口の前に聖女セレナさまが立った。アルフォンス殿下もその隣に立っている。
入り口を調べるのかと思ったら、浄化と来た。
あたしは口をぽかんと開けて固まってしまった。
「は?」
「さすが、セレナ、良い腕だ!」
一瞬で光が溢れ、入り口から中へ魔力が流れていく。
浄化。聖女のみが使える魔法。
効果はこの通り、モンスターなどを無差別に消してしまう。
この方法だと資源などは一切取れない。そのため、資材の少ないアンデッド系や第一級のダンジョンに入る前に使うことが多い魔法だ。
あたしは震える手で口元を覆った。
「ダンジョンのレベルを見る前に、浄化した……?」
ありえない。こぼれそうになる言葉を押しとどめる。
今までアシュタルテさまたちが取ってきてくれた材料から、失われた物の価値を頭の中で勝手に計算してしまう。
ひくつく頬に愛想笑いを加えて、ライラは念のため確認した。
「アルフォンス殿下、これでは正しいレベルの査定ができないのでは?」
「ん? ダンジョンレベルなど中の様子を見ればわかるだろう。それよりセレナの浄化のおかげで危険が減ったことを喜べ」
「いや」
浄化したら、モンスターの種類、わからないし。
モンスターの種類がわからなければ、資源量も把握できないし。
その二つが分からなければ、レベルの査定などできるわけもない。
あたしはアルフォンス殿下の言葉に首を横に振りかけたが、目の前に大きな影が立つ。
ディルムだ。
「さすが、アルフォンス殿下。素晴らしい判断ですな!」
なにが、どこが。すんと冷めた目で見てしまう。
聞きたいが、見えるディルムの横顔はアルフォンス殿下にゴマをすることしか考えてない。
自分の意見など叩き潰されるだろうし、すでに浄化はかけられてしまったのだ。
アルフォンス殿下がディルムの言葉に胸を張る。
「そうだろう? 騎士団長はわかっているではないか」
「はっ! いずれ、この土地の領主になりますので、その時は何卒」
「おお、そうか、そうか。わかった、覚えておく」
機嫌を上向かせるアルフォンス殿下に、ディルムが慇懃に頭を下げ、まったく隠していない音量で言った。
もう、ここまでくると笑いも出ない。
あたしは痛む頭に指を当てて、別の手を打つことにした。
「オレット」
名前を呼べば、控えていたオレットが後ろに近づいてくる。
相変わらずいい腕だ。ビアンカから借りて、メイドにしておくにはもったいないほど。
「はい」
「ビアンカに伝言を。調査後すぐ、と」
あたしは前を向いたまま、オレットに告げた。
本当はアシュタルテさまに伝えたかったが、それはできない。
調査後すぐ、とは、ダンジョン調査後すぐに王都へ向かうという意味だ。
アルフォンス殿下たちが来た時点で、さまざまな妨害が考えられた。
ここまであからさまことをされるとは思わなかったが、変な報告をされる可能性は高く、王都に向かう必要性があるとアシュタルテさまと合意したのだ。
そのための手紙はすでにアシュタルテさま経由で出してある。
オレットはあたしの言葉に小さく頷いてくれた。
「わかりました、お気をつけて」
「うん、よろしくね」
ふっとオレットの気配が消える。
もう行ったようだ。
ダンジョンについてきて欲しかったのだが仕方ない。あたしは気分を切り替え前を向く。
「それでは行くとしよう」
アルフォンス殿下の声とともに、あたしたちはダンジョンへ足を踏み入れた。
「なんだ、モンスターなどほぼいないではないか」
「そのようですね」
アルフォンス殿下とディルムが連れ立って歩く。
ダンジョンはアシュタルテさまから聞いていた通り、森のようになっていた。
最初の階が森で、次が洞窟、その次が迷路のようになっている。
そう報告にはあったし、3階層以上あるダンジョンは規模として大きい方だ。
モンスターが少ないことに、つまらなそうに周りを見るアルフォンス殿下をあたしは冷めた目で見た。
(そりゃそうだ)
浄化の魔法がかかっているのだ。
一階にいるようなモンスターはあらかた消えてしまっているだろう。
資源も、モンスターも見つけられないまま、一番奥に着く。
重厚な扉はボスの合図だ。
「ふむ、ボス部屋まで着いてしまったな」
「ここのボスは貴重な資源を」
入る前に説明をと思い、アルフォンス殿下の前に出ようとした。
それをまるきり無視するような形で、アルフォンス殿下がまた聖女さまに頼んだ。
「セレナ、頼む」
「はい」
あたしは止めようと手を伸ばす。
せめてボスの材料だけは取りたかったのだが。
「ちょ」
「ボスも弱い。これなら五級で良いな」
「そう思いますわ」
浄化をかけてから開けられたボス部屋。
中身はもう消えていた。
なんということだ。あたしは膝をつきそうになる。
ここにいたのは、ジャイアントバーバー。バーバー鳥の大きい奴だ。羽毛がたんまり取れる。
落ち込むあたしに気づいた様子もなく、アルフォンス殿下はボス部屋を見回した後言った。
「では、帰るぞ」
「まだ次のフロアがありますが」
は、と言わなかった自分を褒めたい。
帰ろうとするアルフォンス殿下を訝し気に見て、先を指さす。
そして、また驚くことを言った。
「1階だけ見れば十分だろう」
十分なわけがない。
が、もう行っても無駄なことはわかっていた。
アルフォンス殿下は調査を真面目にする機など一切ないのだ。
帰りも同じように、何も危険な目にあわず戻ってきた。
地上の明るさに目を慣らしていると、アルフォンス殿下が首を回しながら言った。
薄ら笑いに嫌な予感がした。
「さて、査定結果だが、このダンジョンは第五級だ。よく第三級などと申告したものだ」
「五級、ですか」
驚かないように、息を吐く。
まさかの五級扱い。
五級は一階層しかない場合が多い。次の階層があるのは見たはずなのに。
あたしの眉間に皺が寄る。もはや隠す気さえ起きなかった。
アルフォンス殿下は薄ら笑いを浮かべたまま、ダンジョンを横目で見た。
「大方、金狙いだろうが、報奨金も100万フラン程度になるぞ」
五級と言われた時点で、それはわかっていた。
鼻で笑うアルフォンス殿下。
それでもここまでは予想通りで、まだ耐えられた。
「アレの悪知恵に踊らされたな」
「なっ」
だけど、これはダメだった。
アレが誰を指すか。アシュタルテさまだ。
アシュタルテさまが、ノートルのためにどれだけ働いてくれているか。
今日浄化で消した分の材料があれば、どれだけ助かるか。
何より、その一言でアルフォンス殿下がアシュタルテさまに嫌がらせするためだけに行動していることが良く分かった。
あたしはじっとアルフォンス殿下を見た。睨まないようにだけ気をつけた。
「撤回してください。あの報告書は私が三級で申請しました。アレなどという存在はおりませんし、我がノートルの騎士団の調査では」
「かしこまりました。第五級ですね。申請違い申し訳ありません」
「ディルム!」
またもや、ディルムの邪魔が入る。
勝手に承認するなんて、信じられない。彼にはその権利さえないのに。
だがディルムはそうするのが当然のように、こちらを向き言い放った。
「殿下の判断に間違いがあるわけがない。謹んで受け入れるんだな」
白々しい視線にあたしは音がするほど奥歯を噛み締めた。
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