第26話
久しぶりに到着した王都は以前と何も変わっていないように見えた。
人々の服装こそ冬のものになっていたが、多くの人が外に出ている。
人が行きかう雑踏の片隅で、あたしはオレットに苦笑されながらお尻をさすっていた。
「お尻が痛い」
あたしは苦し紛れに呟いた。
さすった所で、早馬を飛ばした衝撃は和らがない。
普段は馬車にさえ長く乗らないのに、慣れない馬に3日も乗っていたら当然だろう。
オレットが呆れたように笑っている。たまにつつくから、予想外の痛みに身体を跳ねさせた。
「そりゃ、あれだけ飛ばせば、そうなりますよぉ。よく振り落とされませんでしたね?」
オレットに痛そうな様子はない。
さすが普段はメイドをしていても、ビアンカに鍛えられているだけはある。
しかも、あたしのようにズルはしていないのだ。あたしはオレットの疑問に、当たり前と答えた。
「そういう効果にしたから」
「ほんと、便利なスキルですねぇ」
半眼になったオレットが言う。あたしは首をすくめた。
馬に乗せる鐙は昔からあるものだ。それに「落ちない」という効果をつけただけ。
アシュタルテさまとビアンカがとってきてくれた材料があったから、どうにかなったものだ。
乗り心地は改良の余地があるが、落ちないという効果は保証された。
馬が苦手な人や、あたしのようにどうしても乗らないといけない場合は必要とされるだろう。
あたしは痛みの引かないお尻から手を離し、オレットに尋ねた。
「手紙はある?」
「ええ、きちんと通行証と一緒に」
もしものために持たされたステージア家からの手紙ーー推薦状だ。
アシュタルテさまが手を回しておいてくれたおかげで、無事手に入れることができた。
ステージア家は宮廷貴族とは思えないほど、あたしを歓待してくれ、すんなりと準備されていたらしい手紙を渡された。
その時のことを思い出していると、オレットが心から感心したように呟く。
「アシュタルテさまは優秀なお人で」
「ほんと、ありがたいよね」
あたしはすぐに深く頷いた。
アルフォンス殿下の行動を予測し、先手を打つ。
その上、あたしでは考えつかないような手段をするりと持ってきてしまう。
アシュタルテさまがノートルにいてくれて本当に良かった。
あたしは手紙と通行証をそっとしまって、胸に手をあてる。
「ステージア家からの大量の特許申請という形で陛下に会えるなんて」
「調査員と一緒に入ったんじゃ文句言えませんもんね」
「というか、その前に門前払いだよ。普通」
アルフォンス殿下たちはあたしたちより早く帰っている。
だが、馬車と早馬のスピードの違いもあり、王城に入るのは同じくらいだろう。
陛下の耳にはダンジョン調査が不正だったと、スタージア家から根回しがある、らしい。
すべてアシュタルテさまに、任せきり状態だ。
あたしは苦笑した。オレットはうんうんと何度も腕を組んで頷いている。
「ツテって大切ですね」
「あたしは気づかなかったから、アシュタルテさまのお陰だよ」
アルフォンス殿下の行動を予測したのも、根回しも、すべて。
ライラは今ノートルでダンジョンの警戒をしてくれているだろう令嬢に思いを馳せた。
オレットはくふふと小さな笑いを漏らした。
「さすが、完璧すぎる冷血令嬢と言われるだけありますね?」
あたしはぴくりと片眉をあげた。
以前、陛下も歌物語で民衆にも知られていると言っていた。だが、王都だけの話だとあたしは思っていたのだ。
オレットも知っているとなると本当に広い範囲に広まっているようだ。
「オレットもそれ知ってるの?」
「ノートルまで伝わってきてる歌物語にありますよ?」
あたしの尋ねる視線に、オレットは小さく咳ばらいをして、流れるように言葉を紡いだ。
「完璧すぎる令嬢は、人の心が分からない。冷たい血の流れる、冷血令嬢……ってねぇ」
両手を合わせ胸の前でポーズを決める。
言葉も滑らかで、聞き取りやすい。吟遊詩人もできそうな出来だ。
にっこりと笑うオレットに、あたしは不機嫌さを隠さないで言った。
「アシュタルテさまは優しいし、人の心がわかる人だよ。完璧だけど」
「オレットもそう思いますよ」
楽しそうに笑うオレットから同意を得られたことで、少しだけ溜飲が下がった。
話している間にお尻の痛みも少しマシになった気がする。
あたしは足元に積んであった袋を持った。あたしが一つ、オレットが二つだ。
「さて、じゃ、この荷物を持って行きますか」
中身はアシュタルテさまから言われた、新しい発明品。
ストレス発散で思ったより数ができたので、見た目より大きな容量を入れられる袋に入れてきたのだ。
それでも三つになってしまったのが、申し訳ない。
「この空間拡張袋だけでも大発明だと思いますけど」
「そうかな?」
オレットの言葉に、あたしは首を傾げる。
オレットは慣れたようにため息を吐いてから、城に向けて歩き始めた。
「ノートル領主代行、1ヶ月ぶりくらいか?」
「月日のたつ早さに驚きを隠せません。陛下においてはご健勝のようで」
「アシュタルテのおかげで、色々ことが進んでな。お主のもとに預けて本当に良かったぞ」
城への入場は思ったよりすんなりと行われた。
スタージア家の手紙と通行証の威力だ。
すぐに謁見の間に通される。以前の挨拶の時よりよほどスムーズだった。
相変わらず形式ばった挨拶だけはあったが、それでも短い。やっとまともに話せるようになる。
「ありがたいお言葉です。今回は」
「聞いておる。特許申請と、ダンジョンの件だな」
「はい」
国王陛下にダンジョン調査にきたアルフォンス殿下の振る舞いを話す。
話の途中から陛下の顔が険しくなり、眉間に刻まれる皺もどんどん深くなっていった。
話し終わるときには首が落ちそうなほど、肩を落とした陛下がいた。
「また、馬鹿なことを」
額に指をあてて首を振って嘆く陛下の前に、証拠の材料を出す。
嘆くのは勝手だが、こちらは不当な目にあい、腸が煮えくり返っているのだ。
とくにアシュタルテさまを馬鹿にした部分は許せない。
さっさと訂正してもらわなければならない。
「こちら、申請書に書いた通りのモンスターの材料になります。アシュタルテさまは二級に近い三級と言って下さいました」
「相変わらず、アシュタルテは抜け目がないのぉ。確認次第、三級に認定しておく」
ちらりと袋を見るだけだったが、陛下はそう言った。
よほどアシュタルテさまを信頼しているようだ。
あたしはほっとした。緊張感が薄れ、いつの間にか拳を握っていたことに気づいた。
「では」
「報奨金はその後じゃ」
ばっさりと言い切られた言葉にあたしは唇を尖らせる。
するりと国王陛下に向かい言葉が滑り落ちた。
「それでは、困るのです」
ダンジョン調査以外でもノートル領にかけられた迷惑について話す。
もちろん、請求書を持ってくるのも忘れてはいない。
店の名前を見ただけで、陛下が顔をしかめた。
「アルフォンス殿下から、聖女セレナのものと思しき請求書がノートルに届いております」
「ノーブル装飾品店か……確かにアルフォンスがよく出入りしている」
怒っているとも、嘆いているともとれない顔で陛下があたしを見た。
「いくらじゃ?」
「3000万フランです」
ここで視線を逸らしたら、負けな気がした。
陛下は一度口の中であたしが告げた金額を転がしたあと、感心したようだった。
長い口髭に隠れた顎を指で撫でる。
「よく払ったな」
「アシュタルテさまと冬の支度金で頭金のみを」
陛下からの言葉にあたしは頭を一度下げてから、陛下の目をもう一度真っ直ぐに見る。
陛下はそれだけで状況がわかったのか何度か小さく頷いた。
それから、今までにないくらい申し訳なさそうな声で告げた。
「相わかった。残りは余が払おう。すでに支払った分も、すべて返還する」
「あ、ありがとうございますっ」
まさか、全部払ってもらえるとは。
これで冬も越せるし、アシュタルテさまにもお金を戻せる。
あたしは頭を勢いよく下げ、感謝の気持ちを伝えた。
ほっとしたあたしに陛下はさらに気前の良いことを言った。
「もちろん、すぐに報奨金も出そう。第三級の1000万フランじゃ」
信じられない。
こうなればいいなと思っていたことが現実になっている。
「とてもっ……とても感謝いたします!」
ちゃんと第三級ダンジョンの値段だ。
今度こそ、あたしは地面に頭が付きそうなほど深く頭をつけた。
これで胸をはってノートル領へ帰ることができる。
足取りも軽く立ち上がったあたしに陛下がほほ笑んで言った。
「だが、その代わり開発してもらいたいものがある」
「はい?」
きょとんと陛下を見る。
開発してもらいたいもの?
あたしは首をわずかに傾げた。玉座には、また悪い笑顔をした陛下がいた。
「映像を記録するアイテムじゃ」
第一王子と第二王子の派閥争いがあってね――アシュタルテさまの言葉が蘇る。
また厄介なお願いをされたとあたしは顔をしかめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます