第27話

 アシュタルテとビアンカはダンジョン周辺の見回りに来ていた。

 ライラが王都に向かって三日経った。今のところダンジョン周囲には変化はない。

 森を歩く。足元には雪が積もり始め、歩行を大変にさせたが、ライラの外套によりアシュタルテは寒さを全く感じていなかった。

 上を見上げる。白くデコレーションされた木々の間から、うっすらと白い空が見えていた。


「ライラはそろそろ着いたかしら?」

「あの鐙を使って飛ばせば、もう着いてるんじゃないかい?」


 ビアンカもライラが作った外套を身にまとっていた。

 フードがあることと深い緑の色がアシュタルテのものと一番違う部分だろう。

 ビアンカはナイフでバーバー鳥を仕留めながら答えた。

 鮮やかな手はずだ。血も少なく、羽毛に痛みもない。


「意外ね」

「うん?」


 バーバー鳥は羽毛以外にも使い道がある。

 首を落として血抜きをした。これもライラの開発したもので、首を落とした後に瓶をかぶせると、自動的に血抜きをしてくれる。

 固まった血も肥料にすることができる、らしい。

 さすがに、その過程までは見ていないので聞いただけだが。

 アシュタルテは目の前で作業をするビアンカの背中に目を細めた。


「あなたのことだから、ライラに着いていくかと思ったわ」

「オレットもいるし、あれだけ道具を持っていけば大丈夫だろうさ」


 血抜きが終われば道具袋に入れるだけ。

 空間拡張能力がある道具袋はとても高価で、なかなか手に入れられない。

 そのはずが、ライラにより量産されている。

 性能もアシュタルテが持ってきていた高級道具袋の3倍。

 アシュタルテは手元に並ぶ非常識な道具に軽くため息をついた。


「アシュタルテ嬢が来てから、ライラの開発はとんでもないからね」


 ライラに話した時は、首を傾げられただけだったが、ビアンカは非常識さを理解していたらしい。

 とても自慢げに「くっくっく」と笑いをかみ殺しきれない音がした。


「あの才能を材料不足で眠らせてたなんて、国の損失だわ」


 アシュタルテはバーバー鳥を袋に入れて立ち上がる。

 今日はダンジョンの内部に入る予定だ。

 セレナが浄化をかけて5日ほど。そろそろ新しいモンスターが生まれてくる時期。

 アシュタルテがダンジョンの方を見る。ビアンカも隣に立った。


「確かに」


 視線を動かさず、ビアンカがまたナイフを投げた。

 短刀と言うのも憚れる手のひら大の大きさ。

 それが不自然な軌道を描いて魔物に吸い込まれていく。

 ビアンカはやれやれと首を振った。


「武器一つでこれだもんなぁ」

「これ、国王軍より良い装備よ」


 魔力を目指して勝手に当たるナイフ。

 さすがに正反対だと当たらないらしいが、掠るが的中になるくらいの変化はある。

 アシュタルテはナイフを回収してきたビアンカに肩を竦めた。


「ライラは気づいてなかったけれど」

「元々、ライラが集めた人間が多いからね。世話してくれるんだろ」


 第三騎士団の装備はすべてそんなライラが手を加えたものだ。

 装備は手薄などど言っていたが、とんでもない。ビアンカもその事実を理解しているようだ。

 でなければ少人数の第三騎士団で、森とダンジョンの管理ができるわけがない。


「あの子、昔からそういう質なの?」

「性格だろうね」


 ダンジョンの扉の前に立つ第二騎士団と挨拶を交わし、中に入る。

 アシュタルテもビアンカも、森とダンジョンにはだいぶ慣れてきていた。

 調査をしたのもアシュタルテたちだから当然だ。

 森の階層は以前より静かに感じられた。モンスターの数や種類に注意しながら進む。

 ビアンカが、ふと思い出したように話を振ってきた。


「ライラ命の奴もいるから、アシュタルテ嬢は気をつけないとね」


 アシュタルテは一度動きを止めた。

 ライラ命。気をつけないと。

 その両方の言葉を噛みしめて、ビアンカをじろりと見る。


「……どういう意味かしら」

「泣かせるようだと、タマがなくなるってことさ」


 ビアンカはアシュタルテの睨みなどきにせず、ぺろりと言った。

 じっとビアンカの様子を伺う。

 表情に変化はない。相変わらず読めない薄ら笑いだ。

 ライラといるときはもう少し人間味があるのだけれど。


「あなたに言われるのが一番怖いのだけれど」

「あたしゃ、ライラの選んだことに口は出さないよ」


 本当かしら。

 漏れそうになった言葉をしずかに胸に埋める。

 口は出さずとも、手が出る人間も世の中にはいるからだ。

 気をつけようと思ったアシュタルテに、ビアンカはさらに予想外の言葉を告げた。


「外に出てるやつが帰ってきたら、また違うかもね」

「……怖いわ」


 まだいるのか。アシュタルテは今度ははっきりと顔をしかめた。

 アシュタルテが会ったことのある第三騎士団はビアンカとオレット、あと数人だ。

 外に派遣されている人間までいるとすると、やはりライラの騎士団は思ったより大きな戦力になっている。

 そこからしばらくは黙々とダンジョン調査を行った。

 一階層にいるはずなのに、出てくるモンスターは二階層で確認していたものばかりだ。


「さっきから2階層の奴らばっかりだね」

「1階が浄化されたから、2階層のモンスターが繰り上がり始めたのよ」


 ビアンカの言葉にアシュタルテは、予想していた事態が起こっていることを知る。

 ダンジョンは一つの生態系だ。

 生態系ということは、空っぽになったときのことなど考えられていない。

 その予想外が浄化で起こったため、二階層のモンスターが広がり始めていた。


「聖女さまだっけ? 厄介なことしてくれたよ」


 戦力的には問題ないが、数が多い。

 ビアンカと協力しながら進む。

 ダンジョンにはモンスター以外にトラップがある。

 以前のダンジョンでは一階層に危険なトラップはなかった。


「ダンジョンがこれじゃ、ボス部屋も変わってるんだろうね」

「その可能性はあるわね。ボスモンスターが復活したら、また違うんでしょうけど」


 ボス部屋の前に着く。

 扉はさして変化はなかった。静かなのが逆に緊張感を増す。

 アシュタルテはビアンカと視線を合わせ、頷いた。

 ゆっくりと開ける。


「ビアンカっ」

「と、これはまずいねー。モンスタールームなんてなかったと思うんだけど?」


 ボス部屋にビッグバーバーは復活していなかった。

 だが、代わりに開けた瞬間にモンスターが飛び出してくる。

 アシュタルテは反射的にスキルを発動させ、モンスターを弾き飛ばす。

 木っ端みじんになった状態に顔をしかめた。

 視界に背中が入り込む。ビアンカが一人で中に切り込んでいた。


「アシュタルテ嬢、ここはあたしが時間を稼ぐから騎士団に要請を」

「まさか」

「スタンピードがおきかけてるってね!」


 ビアンカが、手持ちの魔道具を発動させる。

 小規模な爆発が起こったが、消えた以上のモンスターがすぐさま湧いてきてしまう。

 スタンピード。

 浄化だけで起こるとは思えなかったが、状態としては一番近いだろう。


「私が残った方が!」

「あんたを残せるわけないだろ? ライラに泣かれちまう」


 アシュタルテは唇を噛みしめた。

 幸いなことにモンスター事態は第二階層のもの。

 ビアンカならある程度持ちこたえることができるだろう。


「なぁに、すぐにここを綺麗にしてずらかるよ」


 ビアンカはにっと笑った。

 その頬にモンスターの血が飛び散っていた。

 壮絶ささえ感じる。

 アシュタルテは魔法を発動させる。

 少しでも役に立てばよいと思った。


「早くいきな!」

「すぐに戻ってくるわ」


 アシュタルテはスキルを発動させたまま、全力で街へ戻った。

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