第21話

 ノートルの屋敷の装飾と比べると、この騎士団の応接室は無骨で質素な印象を与えた。

 壁には、戦の勝利を象徴する絵や武具が飾られているものの、それ以外の装飾はほとんどない。

 厳粛な空気が部屋を支配し、あたしは空気の重さに息が詰まった。


 シンプルで飾り気のない応接室の中心にある大きな木製の机。その机にディルムは座っていた。

 あたしは机を挟んでディルムの前に直立していた。ディルムがどう反応するかじっと観察する。


「ダンジョンが出現しただと?」


 ディルムは目じりを吊り上げる。

 部屋の空気は静かで、窓からは雪が落ちていくのが見えた。


「ええ、規模としては第三級が予想されます」


 あたしはただ頷いた。

 ダンジョンの階級は5つに分けられる。

 もっとも危険性が高いのは第一級。何が起こってもおかしくないとされ、冒険者のランクが高いものしか入れない。

 五級に近くなるほど優しくなるとされ、三級はちょうど真ん中。初心者向けというわけではなく、ベテランだけが来るわけでもない。

 だが、ノートルのような田舎には荷が重い階級だ。ある程度の設備がないとケアが難しくなる。

 ディルムは訝しむような視線を向けてきた。


「だが、第一騎士団にモンスターの報告の出現は来ていない」


 あたしは呆れを隠すことができなかった。

 第一騎士団が普通にしていて、モンスターを見つけるわけがない。

 彼らに振り分けられているのはノートルの屋敷の周りや、貴人たちを守る仕事だ。

ほとんど危険を伴わない日常的なもので、真の脅威に直面する機会はほとんどなかった。

 第一騎士団のメンバーたちは、見目の良い鎧を着て、重要人物をエスコートするばかりだ。


「第三騎士団が森でモンスターを発見しました。ドゥベロスです」

「ドゥベロス?! 危険ではないか、すぐに出動を」


 モンスターの名前を聞いて、ディルムが椅子から立ち上がる。

 あたしは、手だけでその動きを制する。


「町民へは森へ行かないよう通達してあります」


 ビアンカとアシュタルテさまがダンジョンを見つけ、すでに方針は決まっていた。

 こういう時、仲の良い婚約者や夫婦だったら相談できるのだろうかとすこし頭を掠めた。

 あたしはディルムに今までの流れを簡潔に説明する。


「森で見かけたダンジョンモンスターは第三騎士団で討伐。発見されたダンジョンの入り口は第二騎士団が警備しています」

「なぜ、第一騎士団に知らせてくれなかった」


 不当を訴えるようなディルムの口調に、あたしは苛立ちを胸の奥に隠した。

 第一騎士団がノートルの屋敷。

 第二騎士団がノートルの街の警備。

 第三騎士団がライラの私用。

 その区切りは知っているだろうに。わざとディルムを不思議そうに見つめる。


「この仕事をしないと言ったのはディルムですよ?」

「そんなこと」


 ディルムが何かを言い返そうと口を開くので、あたしは目を細めた。

 部屋には静寂が満ち、雪の落ちる音さえ聞こえそうな静けさだった。椅子がわずかにきしむ。

 ディルムは、あたしの視線を受けて、わずかに身を引いた。

 彼にとって不都合な真実かもしれないが、きちんと事実と向き合ってもらいたかった。


「アシュタルテさまがおつかいついでに、見つけたものだったので」

「なんだと……!」


 アシュタルテさまの名前にディルムはさらに怒り心頭の様子だった。

 握りしめられた拳が机へ押し付けられている。


「ついでに第三騎士団が薪も集めてくれたので、第一騎士団は通常業務のみで大丈夫です」

「ぐぅ」


 第三騎士団は一番人が少ない。装備だって第一騎士団と比べれば手薄だ。

 ほぼあたしが開発したものだけで回しているとも言える。

 だが、彼らは身軽で町の人のためならと薪も集めてくれた。


(ほんっとに、助かった)


 それに比べて第一騎士団の職務怠慢ぶりはどうだ。嫌味の一つでも言いたくなるだろう。

 ディルムは赤い顔でどういえばいいのか言葉を探した後、唇を噛みしめながら言った。


「今度からダンジョンの調査は、一番装備が充実している第一騎士団が請け負おう」

「そうですか、その時は頼みます」


 あたしは了承した旨だけを伝えて、身をひるがえす。ディルムから引き留められる言葉がかかることはない。

 無骨な扉を出れば、すぐ隣にアシュタルテさまが立っていた。隣にはオレットも控えていて、軽やかな笑みを向けてくれる。

 目が合うと、組んでいた腕を離してわずかに唇を釣り上げた。


「わかりやすい男ね」

「ディルムさまですから」


 アシュタルテさまの言葉はまだしも、オレットの軽口にあたしは苦笑した。

 三人で第一騎士団を離れるため足を進める。

 ついに雪が降り始めたノートル領では、灰色と白いを混ぜたような空がずっと広がっていた。

 アシュタルテさまは雪だからと訓練をしていない訓練場をつまらなそうに見る。


「ダンジョン調査は騎士団の花形ですものね」

「やりたいことだけをやろうとしても、困ってしまいます」


 あたしはわずかに首を傾け、眉を下げた。

 好きな仕事だけをできるわけがない。騎士団の業務は多岐にわたるのだ。

 元々は二つの騎士団で、ごちゃ混ぜに業務を分担していたのだ。それをディルムは町の警護をしたがらず、今の形式になった。

 アシュタルテさまはすぐにディルムのことなど忘れたように、ダンジョンについて楽しそうに口に出す。


「第三級のダンジョンだったら1000万は確実ね」

「どうにか首をが繋がった、かな」


 扱いには困るが、金額はありがたい。

 あたしはアシュタルテさまの言葉に何度か頷いた。

 突如として風が強まり、白い雪が舞い込んできた。雪片が舞い上がり、まるで小さな白い蝶が空を舞っているかのようだ。

 アシュタルテさまは首をわずかに竦め、冷たく舞う雪を静かに見つめていた。


「王都から調査員が来るでしょうけれど、基本的には申請したまま通るはずよ」

「良かった」


 申請書類を作るにも骨を折った。

 申請書の様式は残っていたが、初めて作る書類。

 アシュタルテさまが様式を覚えていてくれて助かった。

 アシュタルテさまは「ふふ」と小さく胸を張ると、楽しそうな笑みをこぼす。


「あとは、開発とダンジョンからなるべく資源を集めちゃいましょ」


 発見されたばかりのダンジョンは危険も高いが、資源の量も一番多い。

 少しでも設備投資の足しになれば嬉しいが。

 あたしは苦笑してアシュタルテさまへ顔を向ける。


「ずるくない?」

「あら、どこの領もダンジョンが見つかったらしてることよ。調査の一環だもの」

「了解」


 アシュタルテさまの言葉に、やはりこの人には敵いそうにないなと思った。



 その足で、第三騎士団とアシュタルテさまは意気揚々とダンジョンに向かった。

 あたしは執務室で新しいものの開発を進めている。

 アシュタルテさまが来てから、必要なものが明確化し、作らなければならないものがどんどん増える。

 休憩にオレットが出してくれた薬草茶に口をつけた。


「へぇ、じゃあ、アシュタルテさまはダンジョンに行かれてるのですね?」


 ティーカップを片手に、あたしは窓越しに遠くダンジョンがある方向をじっと眺める。熱い蒸気が頬を撫で、窓を白く染めた。


「そうなんだよね。怪我しないといいんだけど」

「お嬢様特製の装備を使ってるから大丈夫でしょう」


 オレットがそう言うので、あたしは「どうだろう」と声を小さくする。

 アシュタルテさまを止められないと分かった時点で、彼女用の装備を作った。

 重くない鎧。疲れにくい靴。防寒と防御力を上げた外套。

 あとは武器の調整なのだが、アシュタルテさまは魔法を中心としており、媒介も使わない。

 装備を作るうえで、骨が折れる部分が少なくて助かったのが正直なところだ。


「ダンジョンは何があるかわからないから」

「心配性ですね」


 オレット呆れたようにため息を吐く。

 あたしは気分を切り替えるように、机の上に広がる書類に目を落とす。

 走り書きの発明品がいくつか並んでいた。

 長く燃える薪も、その中には入っている。


「でも、こうやって開発できるようになって良かったよ」


 窓の外ではぽつぽつと人々が家路につく様子が見えた。

 アシュタルテさまもそろそろ帰ってくるはずだ。

 オレットがウインクを投げかけてきた。その軽妙な仕草に、あたしは力が抜ける。


「新しい機織り機もばんばん働いてますよ」


 アシュタルテさまの提案した量産型の魔法布について思いを巡らせてる。

 その新しい商品は、市場で予想以上の需要を呼んでいた。

 しかし、その成功は同時に、発注が追い付かないという新たな問題をもたらした。

 売り上げは右肩上がりに伸び、これからのビジネスの拡大に向けた期待とこれからの課題に向けた緊張感が両立していた。


「ライラ! 大変だよ」


 静寂が続いていた部屋に、ほとんど音を立てずに扉がノックされる。

 すぐにビアンカの柔らかく、それでいてはっきりとした声が部屋に響いた。

 あたしは驚きに小さく肩を上げ、首を軽く傾げながら応答した。

 扉の向こうにいるビアンカの姿を想像しながら、嫌な予感が胸に広がる。


「どうしたの、ビアンカ?」


 オレットがゆっくりと扉を開けた。

 ビアンカが、眉間に深い皺を寄せたまま、大股で部屋に入ってくる。

 その姿は急用だと感じさせるには充分で、あたしはダンジョンでアシュタルテさまに何かあったのかと胸元に手を当てた。


「アルフォンス殿下たちが調査員として来るそうだ」

「え?」

「第二王子と聖女がダンジョン調査員として来るとのことだよ」


 理解できないでいたら、ビアンカがもう一度繰り返す。

 その内容にあたしの頭は真っ白になった。

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