第8話


 広くもない応接室の机の上には様々な道具が並べられていた。

 最低限の明かりの下で見ているのに、アシュタルテさまと応接室の落差が激しい。

 彼女がいるだけで、格が上がる気がする。さすが王家に太鼓判を押されるだけある。


(大したものは無いんだけどなぁ)


 アシュタルテさまはあたしが開発したものをひとつひとつ手にとっていた。全体を把握するように回しながら眺めている。

 自分が開発したものを見られていると、なぜかソワソワと落ち着かなかった。

 一通り見たあと、アシュタルテさまがこっちを見た。


「これもあなたが開発したの?」

「あたしのスキルなんです。設計っていうんですけど、改良はできても新しい発明はできません」


 端から並べてある順に、太さを均一にしやすい糸巻き。絡まらず、切れない糸を取れる手袋。切れ味の落ちないハサミ。

 あたしは一番端に置いてあったハサミを手に取り何度か刃を合わせる。新しいものは一つもない。


「十分凄いことよ……その割に、聞いたことがないスキルなのが驚きだけど」

「あまり役に立たないからです」


 あたしの言葉にアシュタルテさまは視線を鋭くした。

 赤い瞳が真っ直ぐに突き刺さる。まるで質量を持っているかのように、あたしは少し身体を引いた。

 頭をかいて誤魔化したら、呆れたようにため息を吐かれた。

 アシュタルテさまは顎の下に手を当てて、尋問するように圧を強める。


「他には何か開発したの?」


 開発、効率化はあたしの趣味みたいなものだ。

 屋敷に行けば、まだゴロゴロしているのだけれど。

 ちょうどよくアシュタルテさまに見られるものは、と考えて辺りを見回した。

 あれがあった。

 小さいけれど、女の人には受けが良かったものだ。


「そうですね……これは魔力がある人向けですが」


 あたしは段になっている棚に手を伸ばす。

 目線あたりの高さに置いてあって、ホコリを被った様子もない。近くに色とりどりの糸玉もおいてあったから、頻繁に使われているのかも知れない。

 置いてある道具を取り出した。

 作りは単純。上に魔石があり、そこに糸を結ぶ。その下に糸を分けるための板がついている。

 交互に糸を移動させることで布をが簡単に編めるものだ。


「これは編み機かしら?」


 アシュタルテさまも興味があるようで、少しだけ前かがみになっている。

 机の上に置き、実際に糸を通すために糸玉を手に取って、手を止めた。

 簡単に編める。問題は色だ。どうしようかと考えて、アシュタルテさまを見つめる。もう一度手元にある糸玉を確認して頷いた。


(うん、足りてる)


 赤、群青、銀、琥珀。

 珍しいものもあるのに、運が良い。


「好きな加護を付けられる編み機です」

「好きな加護を?」


 信じられないというようにアシュタルテさまが編み機とあたしを交互に見る。

 今日だけで何度見たか分からない表情。あたしは苦笑するしかできない。


(魔除けの加護だし、丁度いいかな)


 魔石まで交換すると少し面倒だ。そのまま使ってしまおう。

 石の下にさっき選んだ4種類の糸を結び、交差させていく。

 赤を群青の上に交差させる。それから銀の下を通して、もう一度琥珀の上へ。一番端まで赤の糸が行ったら、群青を同じように交互に通す。


「器用ね」

「手を動かすのは好きなんです」


 アシュタルテさまはちょっとずつ模様が浮かぶのが珍しいのか、目をそらさず見ていた。

 順番だけ間違えないように、注意して手を動かす。

 見るのは手元だけ。少しでもアシュタルテさまを見ると、綺麗な横顔に落ち着かなくなるから。


「どうやって、好きな加護をつけるの?」


 真剣に道具を見つめるアシュタルテさまは、あたしの内心に欠片も気づくことなく質問を重ねる。

 自分が開発したものに興味を持たれるのは嬉しい。

 あたしは手を動かしたまま、開発当時のことを思い出す。


「魔石の種類で加護を絞れるみたいで。材料の入手が大変でした」


 スキルを使えば、どの魔石でどの加護か知ることができた。

 だけど、魔石を入手することや、魔石を作るための材料が大変で。知っているだけでは作れないんだなと実感した道具でもある。

 地道な採集は少し楽しかった。


「そんなこと聞いたことがないわよ!」


 大きな声に肩が跳ねてしまう。

 アシュタルテさまは、椅子から立ち上がり身を乗り出している。

 あたしがびっくりした顔で見たからか、すぐに咳払いをすると綺麗な姿勢で座り直した。

 扇に隠された横顔に少し朱がさしている。


(普通に、見れたけどな)


 止まっていた手を動かし始める。記憶を呼び起こしても、魔石と加護の関係は普通に載っていた。

 心のなかで「分析」と唱え、スキルを発動させる。

 使っている道具の名前、設計、必要なものが浮かび上がる。

 加護の魔石と書かれた下に、ベール石、魔除けハーブなどの文字が並んでいた。それ以外にも排出するモンスターの名前も書いてある。


「やっぱり、スキルで普通に表示されてますけど」


 アシュタルテさまは一瞬動きを止めた。

 その間に黙々と手を動かし、編んでいく。これは話している間にできる手軽さが良い。

 しばらくフリーズしていたアシュタルテさまは、あたしの様子に呆れたように息を吐く。


「っ……王都の学園でもそんなこと教えないわよ」

「学園には行ってないもので」


 王立学園は魔法のスキルがあるものの大多数が通う場所だ。

 あたしのスキルは設計。明らかに魔法関係ではなかったので、行っていない。

 アシュタルテさまは頬に手を当て指をとんとんと一定の速度で動かす。

 行儀が良い格好ではないが、まるで物語のワンシーンのようだった。


「この場所だから騒がれなかったのかしら」

「陛下はご存知ですよ」


 スキルの報告は義務付けられているし、領主代行の挨拶のときの様子を見れば多分知られている。

 あたしの言葉にアシュタルテさまは、顎に手を当てて考え込む。

 沈黙は嫌いじゃない。好きなことに没頭できるからだ。


「できました」


 糸を束ねて解けないように、キツく結ぶ。

 サイズとしては短めだが、アシュタルテさまの細い手足なら余りそうな長さだ。

 規則的な糸の繰り返しが模様のようになっている、簡易的な加護付きブレスレット。

 糸の処理を終え、あたしはブレスレットをアシュタルテさまに差し出す。


「え?」


 きょとんと、その人は冷血なんて単語とは正反対の顔をした。

 呆気にとられた顔のまま、あたしとブレスレットの間でアシュタルテさまの視線が忙しなく動く。

 あたしはブレスレットを手に取ると、彼女の手のひらの上に優しく置いた。


「ノートルに来た記念に」


 数秒、もしかしたら、もう少し。

 アシュタルテさまの口元に力が入る。

 もごもごと動く様子は言葉を探しているようにも、感情を隠しているようにも見えた。

 だけど、やっとーー彼女の唇が綻んだ。


「くれるの? 嬉しいわ」

「アシュタルテさまの色にしてみました」


 ふわりとした笑顔が嬉しくて。あの日の王都で見た笑顔のように染み込んでいく。

 アシュタルテさまの色。赤、群青、銀、琥珀の四色が彼女の手の中で踊っていた。


「髪が群青で、瞳が赤ね……銀と琥珀色は?」


 不思議そうに尋ねてくるから、あたしはふいと突かれたような気分になる。

 まさか、国王陛下から完璧と言われたアシュタルテさまが知らないわけがない。


「え、女神アシュタルテさまの色ですよ」


 アシュタルテ・ベッラ・フォン・スタージア。

 その名前は、名前だけで華々しい響きを人に与える。

 その中でもあたしが一番気に入っていたのは、彼女の名前の部分ーーアシュタルテ。

 豊穣の女神をあたしはこっそり信仰していた。


「アシュタルテさまの名前って、女神様由来かと思ったんですけど……違いましたか?」


 そうだとしたら、かなり気まずい。

 不安に思いながら、アシュタルテさまの様子を伺う。

 びっくりした顔で目を見開く女神様がいた。


「いえ、合っているわ。物知りね」


 それも一瞬ですぐにもとの冷静な顔に戻ってしまう。

 アシュタルテさまは何度かあたしとブレスレットを見た。それから、ブレスレットをぎゅっと握ると胸の前に抱きかかえる。


「ありがとう。その……アシュタルテの話を、知っている人なんて、今までいなかったから」


 訥々と、途切れ途切れに、アシュタルテさまは呟き、表情を緩める。

 ああ、これは、マズイことをしたかもしれない。

 国王陛下を前にしたときより、ディルムに冷静に対応していたときより、このアシュタルテさまはマズイ。


「初めて、お祝いされた気分よ」


 誰だ、この人を冷血令嬢だの完璧令嬢だの言ったのは。

 完璧なのかもしれないが、あたしの前で笑うアシュタルテさまは、16歳の女の子だった。

 すとんと胸の中に彼女が落ちてくる。

 預かるだけだったはずなのに、これはマズイ。


「アンナです。魔力布、持ってきました」

「今、開けるね!」


 言葉を返さないといけないのに、あたしは何も言えずにいた。

 アシュタルテさまは嬉しそうにブレスレットを眺めているから、気づかれることはない。

 だから、アンナが来てくれて、本当に助かったのはここだけの話だ。

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