第18話 フィンガー、ダンス

 荷物を抱えて、客室に戻る。

みずほも、こだまも、ひかりも、さくらも、のぞみもご機嫌だ。

思いっきり歌ったあとってのもあるけど、差し入れが奏効したようだ。

事情を説明して、5人で乾杯の動画を撮影。


「ぷっはーっ。喉が潤ったら、今度は踊りたくなっちゃったわーっ!」

「ほんと、それですよ。私たち、アイドルですものねぇ」

「でもウチたち、デビュー前だから曲も衣装もないけどねっ」

「赤坂はー、『テオファニー』が歌いたーい」

「あれはインストだから詞はないんだって」


 そんなはなしからはじまり、いつのまにか作詞することになってしまう。


「じゃあ、誰か作詞してよ!」

「あのー、実は私、もう勝手に作詞してあるんですよ」

「ウッソ! こだま、段取りよすぎじゃないの!」

「聴きたーい。赤坂、こだまの詞、聴きたーい!」

「うん。私も聴きたいです」


 こうして、こだまが詞を発表。これがまたいい。

だけど、ところどころに節のおかしいところがある。

それをみんなで少しずつ手直ししていく。全員で作る。

気が付いたときには、奇跡的にノリノリの詞になっていた。


「いいわね、こだまの詞、最高じゃない!」

「私ひとりではこんな詞は書けませんでした。みなさんのおかげです」

「のぞみの原曲もこだまの原詞もいいからだよ!」

「うんうん。赤坂、ますます踊りたくなっちゃったーっ!」

「さすがにそれはダメでしょう。新幹線の中なんだから」


 のぞみの言う通り。



 奇跡はここまでか。さすがに振付はできない。


「ダメよね……」

「ダメですね……」

「さすがに、ね……」


 かと思ったら、さくら。諦めが悪い。


「できるもーん! 座ってても踊れるもーん!」


 と、言いながらステップを踏んだり、フィンガーダンスをしたり。

躍動感のある動きを披露。本当に踊っているようだ。座っているけど。


「なるほどーっ。こういうダンスなら、たしかにできそうですね」

「さくら、よく考えたわ。ありよりのありよっ!」

「そうですね。学校とかでも流行りそうですし」

「ウチ、なんだか楽しくなってきた!」

「わーい。ステップにフィンガーダンス。たのしーっ!」


 こうして、みんなの力で振付が完成し、新幹線は高崎駅に到着した。




 E7系を降りた僕たちは、普通電車で新前橋駅に向かう予定。

みずほは、おかんむりだ。ロングシートだってことが、もうバレた?


「あんっ、どうして前橋じゃなくて新前橋なのよ」


 あっ、そっち? 正論だ。


「新横浜・新大阪に新青森など。新◯◯駅は代表駅として認めることにしたんだ」

「何よ、それ。ゆるいルールね!」


 正論だ。


「ゆるいってことはないと思うけど……」

「そんなこと言ったら、西◯◯とか◯◯◯中央はどうだっていうのよ」


 正論だ。けど、僕だって節操がないわけじゃない。

感覚的なものだから説明が難しいだけ。


「それは認めない。◯◯港もダメ。あくまで新◯◯だけが選択肢」


 苦しいなか、助け舟を出してくれるこだま、僕が乗る。


「つまりは、選んだ以上は責任を取るルールってことですよね」

「そうそうそう。

 新大阪を利用したら大阪は利用できない。通過するのもダメ。

 厳しいルールだと思わないか?」


 相変わらず苦しい。


「そういうことなら、理解できるわ。責任を取るってことは、大切なことよ」


 なぜかみずほの理解が得られる。よかった、よかった。

束の間にさくら。僕の腕に抱きついてくる。


「そうそう。そーゆうことだよ。鉄矢Pは新の方を選んだの! うれしーっ!」


 選んだというよりは、成り行きというか、利便性に過ぎない。

このルールで前橋駅を選ぶ人はいないだろう。


「なっ、何よ。このエロ鉄ーっ!」


 なぜかみずほに怒られたが、兎に角、目指すは新前橋駅だ!




 乗り込んだのは吾妻線直通、万座・鹿沢口行き普通電車。

瞬間、211系よりも速く悪寒が走る。僕はそーっとみずほから距離を取る。

だって、ロングシートなんだもの!


 ところが、みずほはご機嫌なばかりか、みんなに積極的に声をかけている。

一体、何故?


「ここよ、ここ。こここそが『テオファニー』初披露の最高のステージよ!」


 なるほど。そういう手があったか!

幸いにも他にお客さんはいないし、ここなら横1列に並んで披露できる。

交通系アイドルのデビューとしては申し分ないステージじゃないか。


「みんなと1つの画面に映れるなんて、最高ですね」


 と、のぞみ。続くひかりがみんなに贈り物。


「ウチ、みんなにコレを着けてほしい!」


 手にしているのはリストバンド。メンバーカラーに各々の似顔絵刺繍付き。


「実は昨日、夜なべして作ったんだーっ!」

「いいじゃない。みんなで着けましょう!」

「さんせーっ! 本格的にレッツ ステップ アンド フィンガーダンス!」


 こうして……

のぞみの曲をちょっと変えた『テオファニー』に、

こだまが中心になってみんなで作詞した歌をのせて、

さくらの発案から出来上がった座って踊れる振付で、

ひかり考案の似顔絵刺繍付きリストバンドを着けて、

みずほが提案してくれたステージで歌い踊るみんなを、

僕はカメラで撮影しながら一部始終を目撃したんだ。




 いつまでも、何度でも観ていたい、みんなのデビューをのせて、

上越線吾妻線直通普通列車が、高崎駅を出発する。


___________________ここまでの経緯 3月16日その18

        ==(新幹線とき320号)===1340高崎

高崎  1355==(吾妻線直通211系)===

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