第5話 さざ、あや

 僕は運がいい。船橋から乗り込んだ東武アーバンパークラインが、

ロングシートだという理由でみずほに罵られることはなかった。

トップアイドル万世84のラッピングカーだったから。

新曲リリースのPR広告の、センターはさざなみあやめことさざあや。


 色鮮やかでありながら統一感のある中吊り広告をじっと見るみずほ。

その横にさくらが立つ。


「万世84のさざあやといえば、日本を代表するアイドル」

「いつも『万世橋から49分、鎌ヶ谷市から来ましたーっ!』って言ってる人」


 万世84は秋葉原の万世橋付近にある劇場を本拠地に活動している。

テレビや雑誌で彼女たちの姿を見ない日はない。


 万世84もさざあやさん個人も、喧嘩を売ってはダメな相手。

睨まれたら、共演NGなんていうのはかわいいほうで、

執拗な嫌がらせで解散に追い込まれた弱小事務所は多数と聞く。


「私たちもいつか、ラッピングされるわよっ!」

「そのためにもファーストシングルを売って売って、売りまくるぞーっ!」


 2人が夢を語り、具体的な目標を掲げる。

ユニットのリーダーとエースがやる気満々なのはいいことだ。

売るのがシングルなら、なんの問題もない。

最強アイドル相手に、喧嘩を売りさえしなければ。


「うん、うんっ。万世84を蹴落とすぞーっ!」

「さざあやをやっつけるぞーっ!」


 売ってる。思いっきり喧嘩を売ってるみずほとさくら。

アイドルとしての才能を社長が認める2人が引っ張ればユニットは安泰。

なんだけど……万世84関係者の誰かに聞かれたらまずい。

こういうの、敏腕Pだったら、しっかり統制するんだろうけど、

僕には2人を止められそうにない。


「打倒、まんせー!」

「打倒、さざあや!」


 零細な山手プロの駆け出しアイドル『愛されてるよ』のメンバーが、

大手の看板『万世84』のセンターに立ち向かっても勝ち目がないのに。

表立って相手にされはしないだろうが、裏側で一瞬にして捻りつぶされる。

芸能界はそういうところだ。無駄に声の大きい2人を早く黙らせないと……。


 どうやって2人の口を塞ぐか考えていると、横から声。


「おーっ! 打倒、まんせー。打倒、さざあや!」


 声の主は『愛されてるよ』の3人目のメンバー、ではない。謎の少女だ。

深々と帽子を被り、サングラスをかけ、マスクをしている。

華奢な体型ながら、みずほやさくらに負けない声量。肩が少し張っている。

素顔は全く見せないけど、なぜか美少女であることを予感させる。


 一体、誰?

気になるけど、コミュ障な僕は、盛り上がっている3人に割って入れない。


「あなた、いいこと言うじゃない!」

「ほんとーだよ。赤坂、気に入った!」

「いやいや。2人ならきっと夢を叶えるよ!」


 意気投合している! さくらったら、謎の少女の背中をバシバシ叩いている。

好きにさせてくれる謎の少女は悪い人ではなさそう。


「打倒、まんせー!」

「打倒、さざあや!」

「夢があって、エネルギッシュ。私、こういうの大好物!」


 調子に乗るみずほとさくら。謎の少女も共感している。

見ていて思わず目を細めてしまう。なぜかうれしい。ほっこりする。

旅先で出会った人と自然に交流できるのは、とてもいいこと。

出会いは旅の醍醐味でもあるから。


 とはいえ、2人を止めなければならない。しかたなくはなしに割って入る。


「どうも、はじめまして……」


 自分の語彙力のなさを痛感しながら、ベタな入りをする。


「はじめまして。どなたですか?」

「ふふんっ。聞いて驚きなさい。私たちの敏腕Pの鉄矢Pなんだから」

「赤坂たち、実は来月デビューするアイドルなんだーっ!」


 ちょっとテレる。


「ふぅーん。敏腕……なんですか……」


 完全に疑われてる。変な人だと思われている。けど、謎の少女は優しい。

新メンバーに加入してとか、ファンになってとは言わないけれど、

僕たちと年齢も近そうだし、末永くお付き合いできればうれしい。


 みずほとさくらも自己紹介。そのあと直ぐのこと。


「あんた、私たちと一緒に来なさい!」

「赤坂たちは、47都道府県庁所在地を巡る旅の途中なんだよ」


 誘ってる! みずほとさくらがざっくばらんに謎の少女を誘ってる。

まるで、お昼休みに学食にでも誘うようだ。僕は、誘われたことないけど。


 謎の少女の反応は鈍い。


「面白そうね! だけど直ぐにはムリ、かな。

 ママが『うん』って言わないと思うから」


 ですよねぇ。

かわいい子ほど旅に出ない理由は、実は母親の反対がほとんど。

謎の少女の素顔は見えないけれど、相当な美少女であることは間違いない。


 それでも怯まない、みずほとさくら。


「だったらあんた、うちの事務所に来なさい!」

「うんうん。新橋の山手プロだよ」


 誘ってる! みずほとさくらが単刀直入に謎の少女を誘ってる。

まるで、部活にでも誘うようだ。僕は、誘われたことないけど。


 謎の少女の反応はあっさり。


「4月まではムリ。絶対、ムリ。

 パパが『うん』って言うはずないから」


 よくあるはなしだ。

かわいい子ほどアイドルにならない理由は、実は父親の反対がほとんど。

親御さんもきっと大切に育てているんだろう。


 納得のいかないみずほとさくら。


「あんっ、折角の大チャンスを不意にするの?」

「赤坂たちが売れちゃったら、人気になって入り辛くなっちゃうよーっ!」


 強気! なんて強気なんだ、みずほとさくらは。

山手プロが零細芸能事務所だってことを忘れてしまう。

今は希望者がいれば、即、採用といううわさもちらほらあるのに。


「そうなったら、そうなったで、こじ開けるよ!」


 言葉に合わせて、東武アーバンパークラインのドアが開く。

偶然とは恐ろしい。完璧なタイミング。神技だ!

途中駅の新鎌ヶ谷に停車しただけなんだけど。


 すごい自信! 謎の少女の返答も怖いもの知らず。聞いてて恥ずかしくなる。

教室の片隅で繰り広げられる女子の会話なら、聞き耳を立てる価値もない。

けど、この3人の絡みを目の当たりにすると、芸能界が小さく感じる。

この3人なら、やれるんじゃないかって思えてしまう。


 謎の少女はこちらを向いたまま、左手を腰にあてて右手を振りながら下車。


「よく言ったわ。あんた、見込みがあるわよ!」

「今日は残念だけど、最後に名乗らせてあげる」


 相変わらず上からのみずほとさくら。右手を振りかえす。

謎の少女が左手も振りはじめ、別れを惜しむように言うと、

みずほもさくらも両手振りになる。


「私の名前はさざなみあやめ。この近くに住んでるのよ」


「いい名前ね!」

「覚えておこう!」


 ドアが締まる。電車が新鎌ヶ谷駅を出発する。

彼女とは、またいつか、どこかで会える気がする。

そんな思いに至ったのは、僕だけではないようだ。

みずほやさくらのハミングが物語っている。

次の出会いを思い、清々しい気持ちになる。


「……さざなみ」

「あやめ……」

「……さざ……あや……」


 この業界にいて、その名を知らぬものはいない。


「さっ、さざあやーっ!」「さっ、さざあやーっ!」「さっ、さざあやーっ!」


 と、誰からと言わずに叫び出す。

みずほたちがはなしていた相手は、絶対に敵にしてはいけない人だった。


「ばっ、バカ鉄。なんで私たちを止めなかったのよーっ!」


 おっしゃる通り。なんで僕は止めに入らなかったんだろう。

やっぱり僕なんかにPが勤まるはずがない。




 変な汗をかく僕たちを乗せた東武アーバンパークラインが、

次の駅に到着する。

___________________ここまでの経路 3月16日その05

        =(東武アーバンパークライン)=0629柏

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