第6話 DS、通過

 『愛されてるよ』のメンバーは全部で5人。

リーダーのみずほとエースのさくらの他3人は、のぞみ、ひかり、こだま。

高1トリオで、芸能界未経験の新人で、僕が敏腕Pだと信じて疑わない。


 3人だって、アイドルとしての資質に恵まれている。

まともにプロデュースされれば、きっと大輪の花を咲かせる。

僕が素人Pだって知ったら、3人はどう思うだろうか。

きっと僕を恨むだろうなと考えると、気が重い。




 柏駅で水戸行き常磐線乗り換え。グリーン車だ!

ロングシートの各駅停車とは違いガラガラなのに、僕の心は落ち着かない。

乗り鉄、音鉄にとって最大級のイベントが待ち構えている。

取手・藤代間の『デッドセクション(DS)の通過』だ。


 DSとは、架線に給電されず、電源が失われる区間のこと。

常磐線の場合、直流・交流の異なる電気方式の境目にDSがある。

交直双方で走行するには専用の制御・駆動系を備えた電車でなければならない。

僕たちが乗っているE531系は、そうした希少な設備の整った電車だ。




 みんなを引き連れ、グリーン車をあとに、3号車に移動する。


「鉄矢P、ここには一体、何があるっていうの?」

「赤坂、モーターの音がうるさくって、気が狂いそうだよ」

「だからいいんじゃないか! みんなにはDSの通過をレポートしてほしい」


「DS? サンテンドーのゲーム機?」

「こんなところに工場でもあるのかしら?」


 全く通じなかったので、DSについて丁寧に説明する。


「つまり、このうるさいモーター音に耳を澄ませろってこと? イヤよ!」

「みずほの言う通り。赤坂、その前に耳がおかしくなっちゃうかもしれないよ」


 2人が尻込みするなか、高1トリオの1人が一歩前に出た。


「鉄矢P。私、耳には自信があります。やらせてください!」


 のぞみだ。ひかりとこだまは不安げに見つめる。


「大丈夫なの、のぞみ。無理しなくっていいのに」

「レポートなんて難しいですよ、きっと」


 2人の言う通り。DS通過はほんの数秒の出来事で、1発勝負。

リハーサルなしでは誰がやっても難しい。

音だけ録って、あとでナレーションをつける手もあるし、

字幕で伝える方法だってある。やはり、無理強いはよくないのか。


 僕は、音だけ録っておくことを提案しようとしたが、

それより一瞬早く、のぞみが言う。


「大丈夫かどうかは、やってみないと分からないわ。

 私だって、勇気を出していろいろなことに挑戦したいんです」


 なんて前向きなんだ。のぞみからは強い決意を感じる。


「うんっ、気に入ったわ。のぞみ、やってみなさい!」

「みずほの言う通り。赤坂、耳を塞いで応援するよ」


 僕より先に同意する2人。これでは僕の立場がないが、それはどうでもいい。

のぞみがやってみると言うなら、応援してあげたい。


「よしっ、のぞみ。やってみよう」

「はいっ。いきなり下手な動画を見せてくる人がいるように、

 私だって下手かもしれないけど、誰かに見てもらいたいです!」


 だっ、誰のことでしょう……。

兎に角、のぞみの挑戦がはじまろうとしている。




 僕とのぞみが出会ったのは、1年半前。互いにアイドルとは無縁だったころ。

僕が『東京近郊大まわり乗車のグルメ旅』の最初の目的地である、

東神奈川駅上りホームにある『日栄軒』にいたときだった。


 開店前に到着した僕は、3人目に並んでいた。

その背後に並んできたのがのぞみ。当時はまだ中学3年生。

列を進みながら1000円札を取り出した僕に、のぞみが言った。


「あのぉ、お兄さん。穴子天そばをお求めですか?」


 振り返った僕はそのときはじめてのぞみを見た。胸がドキドキした。

こんなにかわいい子、本当にいるんだ!


 僕は、しどろもどろに答えるのが精一杯。


「はっ、はい。美味しいってうわさなので、はじめて来ました」

「やっぱり、そうだったんですね。

 だったらこれで、2杯買ってください……」


 のぞみは言いながら僕に100円玉6枚を渡し、続けた。


「……ICカードが使えない店では、釣り銭補充も重労働なんですよ」


 僕は直ぐにその意味を理解した。

穴子天そばは600円。1000円札で買えば100円玉4枚のお釣りが出る。

それを繰り返せば、釣り銭は直ぐに底を尽きるだろう。


 客でありながら店を気遣う心意気。のぞみは気持ちのいい子だ!


「分かりました。今度からは小銭を用意します」

「ご協力、ありがとうございます!」


 そのあと、のぞみとゆっくりはなす時間はなかなか訪れなかった。

のぞみはサラリーマン風の男性から部活通いの中高生まで、

幅広い男性に人気で、店内ではしょっちゅうはなしかけられていたんだ。

まるで、日栄軒のお母さんのようだった。怒られるだろうけど。


 そのまま店を出ようとした僕に、のぞみがまたはなしかけてくれた。


「日栄軒の穴子天そばは、いかがでしたか?」


 味のことなんか覚えていなかった。ずっとのぞみを目で追っていたから。

だけど僕は「とても美味しかったです」と言ったあと、思い切って続けた。


「ありがとうございます。おかげでいい旅になりそうです。

 もしよかったら、記念に僕の動画に出演してくれませんか」


「動画、出演ですか」


 聞き直すのぞみに、僕は当時の代表作を見せた。

視聴回数が100にも満たない動画で、内5回は僕自身だったりする。

駄作中の駄作なのに、のぞみは2つ返事に動画への出演を了承してくれた。


「はい。でも、顔はダメ。バックショットだけならいいですよ」


 こうして、目玉の出来た僕の動画は、公開初日に40万回視聴を記録した。

僕にとってののぞみは、勝利の女神なんだ!




 そんなのぞみのDS通過レポートがはじまる。

のぞみは聴診器みたいな形のマイクを取り出す。

そんなもの、よく持ってたなって思うが、結果的には大成功の要因となる。

いい音が録れた。ついでにいい画も撮れたし、いい説明ができていたんだ。


 こうして、耳のいいのぞみの特徴が活かせた瞬間に立会う僕たちを乗せた

E531系は、次の駅に向けてどんどん加速する。

___________________ここまでの経路 3月16日その06

柏   0632====(常磐快速線)=====

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