第7話 この、浮気者
ここから先は、ちゃんと仕事しなくては。
僕は、本格的な撮影開始の号令を出す。
「くつろいでる場合じゃないんだ。しっかり撮ろうね、みんな。
今、やるべきことは3つ。ここまでの経路のおさらい、
この車両や常磐線の紹介、水戸駅の紹介。どれも重要」
これが交通系プチインフルエンサーの基本業務。僕の唯一の得意分野だ。
高1トリオの残り2人。ひかりとこだま。
「急にやれって言われても、ウチ、困ります。コツとかないんですか?」
「いきなり『しっかり』って言われると、プレッシャーなだけですよ。
もっと楽しみながら撮影したいですね」
ひかりとこだまは当然の反応というべきか。まだプロ意識が希薄?
こだまの言う楽しみながらの撮影も大事。アイドルの十八番ともいえる。
けど、『楽しんでいただくこと』が最優先。エンターテインメントの基本!
バイトや動画投稿を通じて僕なりに学んだことだ。
2人に直ぐに理解してと言っても、ムリに決まってる。
後ろ向きのみんなを僕なんかに上手く動かせるはずがないもの。
僕はなんでPなんていう大役を引き受けちゃったんだろう……。
僕が頭をかかえていると、元気な声。
「2人とも、だらしないわね! ここはこの私がやるわっ!」
名乗り出たのはみずほ。金髪ツインテールがゆれている。
さすがはリーダー。期待大! 僕は、全6台のカメラをみずほに集める。
「よしっ、頼むよみずほ。みんなの手本になって!」
「もちのろん。まっかせなさい! 経路の説明なんてちょろいんだから」
こうして、みずほの経路説明がはじまったのだが……。
「えっ、えーっと……私が今乗ってるのが……ジョウバンセン?
ここまでは、千葉に寄って……折り返して……」
全くダメだった……。
汗だくのみずほが歯を磨きに行く。入れ替わるように、のんびりとした声。
「みずほの分は、赤坂がなんとかするーっ」
さくらだ。メンバー中最大の胸がゆれている。
さすがはエース。期待大! 心なしカメラもよろこんでいるように見える。
「頼むぞさくら。らしくやってくれ!」
「もちのろん。任せてください! 経路はバッチリ覚えてますからっ!」
みずほの分までしくよろだよ! っと言いたいが……。
「はーい。赤坂さくらでーす。ここまでは、ゴトゴト来て、
ビュンって戻って、ガタンゴトンゆられてやってきましたーっ!」
全然、伝わらない……。
さくらも歯を磨きに行く。入れ替わりにやってきたのはのぞみ。
「しかたありませんね。ここは、この私が引き受けます」
のぞみの笑顔、最高だ。
さすがはお母さん。期待大! 強い決意を感じる。
「のぞみ、君に決めた!」
「もちのろん。お任せあれ! 下手な動画にはしないですよ」
それは言わないでーっ! 2つの意味でダメなやつだから。
1つは僕のトラウマを刺激するし、もう1つはそれ、フラグだから!
「この電車には柏駅から乗りました。
スタートしたのは秋葉原で、船橋まで千葉から戻りました!」
しっかりフラグ回収できました。
のぞみも歯を磨きにいく。
Pである僕に的確な指示ができれば、こうはならなかっただろうに。
ユニットのリーダーにエースにお母さんが揃って自滅してしまう。
そこにひかり。高1トリオで1番の情熱派。芸術家肌でもある。
「要するに、これまでの経路を時系列で説明すればいいんですよね」
ひかりが荷物から取り出したのはメモ帳? いや、スケッチブックだ!
「まずは伝えるべきことの整理からですね」
言いながら色鉛筆を取り出すと、何やら描きはじめる。
「地図! ひかり、めっちゃ上手いわ。どんどん画面に載せていきなさい」
みずほの言葉に、僕は膝を打つ!
「うん。みずほの言う通りだよ。どんどん載せていこう!」
最初は戸惑っていたひかりも、徐々にその気になる。
「頭の中を整理しようと思っただけなんですけど。
そのまま使うなんて思って描いてませんでした。
けど、みずほと鉄矢Pが言ってくれるなら、ウチ、やってみます!」
こうして、ひかりのチャレンジがはじまった。
ひかりの手描き地図とイラストは、みんなの意見を取り入れて、
見せる用にどんどん進化していく。
まずはみずほ。
「出発したときは、お空はまだ暗かったでしょう」
「ふむふむ。ここに夜空と星を描いてーっと」
「うん、いい。ここには千葉駅っぽいものを描いたらどうかしら」
「駅名標とかがシンプルでいいかな。攻略対象なわけだし」
企画を理解しているのが分かる。
次はさくら。
「電車の絵は? アーバーン何とか。いいでしょう、ひかり!」
「東武アーバンパークラインね。電車はあんまり描いたことないな……」
「ビデオがあるよー。鉄矢Pが撮影してたもん」
「だったら、挑戦してみようかしら」
という具合。
僕は企画のもう1つの主役である乗物のビデオを、せっせと撮影している。
だって『愛されてるよ』は『愛されかわいいさわやか観光系アイドル』だから。
みんなの役に立てるときが来たようだ。いっぱい褒めてほしい!
「ふふんっ」っと鼻を鳴らす僕に、みずほ。
「あんっ。バカ鉄、それ本当なの?」
「まぁ、これ、観光企画だからねっ!」
なにも悪いことはしていません。
「私たちだけを撮りなさい。この、浮気者!」
「浮気者って……」
みんなのために頑張っている僕が、なぜか叱られるなか、
常磐線は、次の駅に近付いている。
___________________ここまでの経緯 3月16日その07
=====(常磐線)======
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