第14話 身近な、視聴者

 大宮駅で下車するつばさんを見送った直後。


「グランクラスに乗りたい!」


 それが、みずほの求める副賞だった。僕は直ちに切符を手配した。

現在乗車中のとき315号の切符を買い替えることはできない。

そこで、新潟から折り返し乗車予定のとき320号と、

高崎ー長野間で乗車予定のはくたか576号の切符を確保する。

 

「新潟に到着するまではガマンしてよ」

「しかたないわね。エロ鉄がそう言うなら、それでいいわ」


 エロ鉄は兎に角、金髪ツインテールはご機嫌だ。

ここまでの旅がみんなにとって有意義かどうかは分からないけど。




 1年半、ずっと疑問に思っていることがある。

僕の動画の視聴者は、どんな表情をして見ているんだろうか。

楽しい表情をしてるだろうか? よろこんでくれてるだろうか?

数字の伸びとは関係なしに、疑問は疑問のまま放置されている。


 指定席は7号車の2人がけ3列、7から9のDとE。みんな、不満のようだ。

みずほに、こだまとひかりが間違った知識を植え付ける。


「あんっ、どうして3人がけ2列にしないのよ。

 その方が旅感があっていいじゃないの」


「それはきっと、3人がけが回転しないからでしょう」

「たしかに。対面で座れなければ、3人がけの意味がないですからね」


 かなりの時代錯誤だ。


「そうだっけ? 300系以来、シートピッチを広げたことで

 3人がけも回転させることができるようになったんじゃなかった」


「さすが、のぞみ!」「さすが、のぞみ!」


 実際、今の新幹線の3人がけは、回転させることができるのだが、

心の中『ひかりよ、2階建100系を思い出せ』と言ってみる。




 はなしが戻る。


「じゃあ、どうしてバカ鉄は2人がけを3列にしたわけ?」

「そうですよ。できるんなら、するべきです」

「6人での旅を楽しみたいのに」

「絶対、3人がけ2列にすべきでしたね」

「赤坂も、鉄矢Pと向かい合わせがいいです」


 不満、たらたらだ。

しかたがない。理由を説明しようじゃないか。


「2人がけにしたかったっていうのはちょっと違うんだ」

「どういうことですか?」


 と、のぞみ。


「正確には、新潟に向かって左側にしたかったんだ」

「どうしてでしょう?」


 今度はひかり。


「みんなに、見せたいものがあるから」

「見せたいもの、ですか?」


 こだまも疑問形。


「車窓だよ」

「しゃそー?」


 さくらは多分、漢字が分かってない。


「左側からは浅間山や八ヶ岳、妙義山が見えるんだ」

「あんっ、みょーぎ?」


 みずほも同じ。


「見せたいんだ、たくさんの山々を。富士山も見えるから」

「富士山!」……「富士山!」


 そう、富士山。本当は川口付近でも見えたであろう富士山だ。

そのときは抱きつかれないよう警戒するあまり、見逃してしまった。


 みんなは富士山と言ったきり、しばらく息を呑む。

静寂を破るのぞみに、ひかりとこだまが続く。


「でも、富士山っていえば、東海道新幹線じゃないですか」

「そうだよ。静岡県から見るものですよね」

「新富士駅通過直前におとずれる、奇跡の5秒が有名ですよ」


 間違いじゃない。


「だから、価値があるんだよ。上越新幹線から見る富士山に!」


 5人が目を輝かせる。富士山はいつでも僕たちの心の中にある。


「富士山。日本一の富士山!」

「見たい。ウチ、絶対に見たいです」

「まぁ、百聞は一見にしかず、ですよね」

「わーい、ふじさーん!」

「さぁ、直ぐに席に行くわよっ!」


 こうして、6人で指定席に向かおうとしたとき。

「ストーップ!」と、待ったをかけたのはこだま。


 一体、何?


「私たちが富士山を見る瞬間を動画に残せないものでしょうか」


 そんなの、簡単。カメラをまわせばいいだけ。

あっ、でも。そのカメラは誰がまわすんだ。


「さんせーっ!」

「ウチも、ウチも。いい動画になりそうですよーっ!」

「ということで、私たちは3分後に移動します」

「その前にバカ鉄、カメラのセッティング、よろしく!」


 みんなに押し付けられる。




 僕は今まで、人を撮影したことなんか、ほとんどない。

嫌がる人もいるから、映らないように細心の注意を払ってきたまである。

僕がみんなを撮影なんて、できるだろうか。ただ撮影しただけでは意味がない。

目の肥えたアイドルファンが満足する、秀逸なアングルでなければいけない。


 あー、もう。どうしたらいいんだ。


 悩んでいてもしかたない。こうなったら『検索』だ。『嬉しい顔』と入力。

出力は……半分がアニメの一場面。残りのうちの半分が犬、だ。

少ない参考データに基づいて最適解を探すが、よく分からない。


 結局は物量に頼る以外に方法がない。あちこちにカメラをセット。

1つ当たりを引いてくれれば、あとは編集でなんとかすると、覚悟を決める。

指定席付近にカメラをセットしていると、自動ドアが開く音が聞こえる。

はっ、早い! もう3分経ったの。作業が終わっていないのに、みんなが来る。


 この状況でのサイアクを考える。

折角、みんなのいい顔が撮れたのに、僕が映り込んでいること!


 ダメだ! それだけは絶対にダメ。


 僕はなんとか設置が間に合ったカメラの死角に身を潜める。息を呑む。




 みんなの足音が近付いてきて、止まる。

富士山を見てるだろうか。いい表情をしてるだろうか。映ってるだろうか。

気になることはいっぱいある。


 カメラの死角に身を潜めている僕は、自分の手にもカメラがあるのに気付く。

セッティングが間に合わなかった1台だ。録画ボタンを押してみんなに向ける。


 僕がずっと見たかったものがそこにあった。

僕の動画を見てくれる人は、どんな表情をしているんだろうか。

僕の見せたいものを見て、よろこんでくれてるだろうか。感動はあるだろうか。

そんな長年の疑問に、5人が答えてくれたような気がした。


 両手をクロスして胸を押さえるさくら。口を大きく開けたままの高1トリオ。

金髪ツインテールは元気溌剌だ。5人とも感動しているのは間違いない。

それで僕は、報われた気持ちになったんだ。


 5人は僕の旅の最も身近な視聴者なんだ。

これからも、もっとみんなに感動してもらいたい!


 富士山を映した10の輝く瞳を載せて

上越新幹線とき315号は、新潟目指して加速する。

___________________ここまでの経緯 3月16日その14

        ==(新幹線とき315号)===

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