第10話 我孫子、弥生軒

 トンボ返りにひたち4号に乗車した僕たちを待っていたのは……。

「いっ、印籠……」とハモったきり、のぞみとさくらが絶句。


「……さすがに、目には入らなそうですね、これ」


 のぞみの言う通り。だって、かなりデカいんだ。他にもいっぱいある。


「いやぁ、その。止めたんですよ……ウチは止めたんだけど……」


 ひかりは反省しているのか、諦めているのか、

おかしいのは自分ではないと主張し、ほほを軽くひっかいている。

全部、こだまが悪いってことは明白だ。


「どうするんですか。こんな大量の駅弁……」


 のぞみの素朴な疑問に、こだまが素直に答える。


「印籠弁当、水戸黄門弁当、偕楽園弁当、牛べん、豚べん、しゃもべん……

 みんなで食べ尽くしましょう!」


 こうなったら、列車が前へと進むように後戻りはできない。

 

「……7・8・9って、絶対に食べ切れないよ。

 かと言って捨てたりしたら、問題よ」


「赤坂、おにぎり1個で充分お腹いっぱいだよ!」


 のぞみとさくらの言う通りだと思うが、

「しかたないわね。みんなで頑張って食べるわよ!」と、みずほが仁王立ち。


 みずほはリーダーとして、他のメンバーに気を遣い、まとめようとしている。

そんな集団の論理なんかお構いなしに、こだま。


「問題ありません。これくらい、朝飯前です!」


 そうなんだ。こだまは、出会ったときから大食いだったんだ。




 僕とこだまの出会いは我孫子駅の弥生軒。

かつて山下清画伯が働いていたとされる駅そば屋だった。


 僕が店先で食券売機のボタンをポチッとした瞬間、

中から大歓声が巻き起こるのが聞こえてきた。


「いいぞ、これで3杯目。食べ切れば、中学生タイ記録」

「いやっ、4杯完食しての新記録も夢じゃないぞ」

「こだまのお嬢ちゃん、がんばれ」


 何事かと思い、慌てて店内に入った。そこにいたのがこだま。

こだまがちょうど鳥揚(4ヶ)そばを受け取ったときだった。

うずたかく積まれた鳥揚。1個が化け物級に大きいのに、それが4個。

とてもじゃないけど1杯でも食べ切れない量だ。


 こだまはモンスターフードを目の前にしても、全く怯んだ様子がなかった。

ばかりか、胸に空気を思いっきり吸い込み、フーッと力強く吹いた。

かなりの肺活量だ。蕎麦を冷ます行為だと分かった。


「一体、何が起こってるんですか?」


 3杯目とか、中学生タイ記録とか。どういうこと?

誰にともなく聞くと、誰からともなく返事があった。


「おう、兄ちゃん。見ない顔だが、運がいいぜ」

「そうさ。『鳥揚のこだま』がまさに中学生新記録を樹立しようとしてんだ」

「前回は3杯を平らげたところでタイムアップだったんだ」


 鳥揚のこだま? 中学生新記録? フードファイトだろうか。


「だが今回は、そのときより2分以上はやいラップを刻んでやがる!」

「いける、いけるぞ、これ! 4杯完食も夢じゃない!」

「さすが『鳥揚のこだま』だ。ここら辺じゃ無敗のフードファイター!」


 やっぱりそうだった。駅蕎麦屋でフードファイトなんて珍しい。

盛り上がっているお客さん、まだ余裕のある店員さんとこだま。

勝負の行方は誰にも分からない。


 僕がこの店にいられる時間は10分弱。結果を見届けるには充分。

だけど、大して興味のなかった僕は、食器返却口の横に置かれた

水色のウォーターサーバーに水を汲みに行った。

その間にほとんどの席は、たくさんのギャラリーに占領されてしまった。

空いているのは、こだまの直ぐ右横の席しかなかった。


 僕はしかたなく、その席に着いた。

そのときになってはじめて気付いた。こだまは、細身だった。

それでいて、あるところにはしっかりあった。。鶏肉成分の悪戯だろうか。


「お代わり!」


 こだまの声が狭い店内に鳴り響いた瞬間、こだまの勝勢がはっきりした。

苦虫を噛み潰したような顔の店員に、相変わらず余裕のこだま。

決着は時間の問題だ。ギャラリーが最高に盛り上がった。


 ところが。こだまの差し出す千円札を取りに来た店員の表情が変わった。

僕の食券を見たからだった。


「生憎ですが、こだまのお嬢ちゃん。今日は引き分けですよ」


 なぜ? 店内の誰もが思った。店員が直ぐに答えてくれた。


「鳥揚(4ヶ)そばはたった今、売り切れましたもので!」

と、僕の食券を天にかざした。


 僕が注文した鳥揚(1ヶ)そばによって、残鳥揚が3個になったようだ。

ギャラリーのきつい視線が、一斉に僕を睨んだ。居た堪れなかった。


「いいですよ。僕、かけ蕎麦でもいいですよ。貧乏だし……」


 精一杯に言うと、こだまが颯爽と言った。


「その必要はございません。今回は引き分けでいいですよ。

 私が、一般のお客さんから鳥揚を取り上げるわけにはいきませんから。

 どうぞ、お食べ下さい!」


 格好いい。若干の駄洒落だけど、格好いい。

「上手いこと言うなぁ」と言うギャラリーにも、こだまはきっちり返した。


「本当に美味いのは、弥生軒の『鳥揚(4ヶ)そば』ですよ!」


 店内は拍手・喝采に沸いた。


 完食のあと、こだまはギャラリーと記念撮影に応じていた。

僕は便乗して動画への出演をオファーした。


「いいですよ。ただし、うしろ姿だけですからね!

 私は、先へ先へと進むのですから!」


 こだまの向かう先がどこなのか、それは僕には分からない。

けど、こだまならきっと、到達するのだろうと思った。

確信したとかいう強い思いではなく、なんとなくではあるけれど。


 これが、僕とこだまの出会い。

その半年後、風のうわさでこだまが弥生軒で新記録を樹立し、

フードファイターを引退したことを知った。

さらに1年後の昨日、こだまは僕の前に姿を現した。

山手プロの新人研究生アイドルとして!




 そんなこだまが自ら仕掛けた『駅弁、食べ尽くしのコーナー』の成功に、

僕が疑問を挟む余地はなかった。


 僕の予想を裏切ることなく、こだまが9人前を1人で完食するなか、

ひたち4号は、時速130kmで次の駅へと激走している。

___________________ここまでの経緯 3月16日その10

        ====(ひたち4号)=====

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