第9話 水戸、黄門

 素材動画品質向上委員会の口火を切ったのはさくら。

得意なものについて次々にアイデアを出してくれる。

ボケているのかマジなのか見分け辛いが、上手に御すのがのぞみだ。

のぞみは聡明で、『愛されてるよ』のお母さん的存在。


「はーい。赤坂、眠るの、得意ーっ!」

「いやっ、それじゃあ別の動画になっちゃう。『眠り姫の1日』とか?」


 のぞみの言う通りだ。


「歌も自信あるーっ!」

「そうだけど……ココ、電車の中よ。さすがに迷惑でしょう」


 のぞみの言う通りだ。


「ダン(ス)……」

「……歌以上に迷惑! しかも危ないわ!」


 のぞみの言う通りだ。

さくらの意見はことごとくのぞみに退けられる。




 こうなったら、やはり練習してもらうしかないのか。

もし、次の提案もボツなら、声をかけることにしよう。


「じゃあ、鉄矢Pへの愛。赤坂が1番だと思う!」


 と、言いながら僕に抱きつくさくら。反射的にデレてしまう。

さくらのやわらかさは、兎に角すごい。ここは、天国か?

けど、他のみんなの視線が厳しい。これは地獄!


 みずほが、明らかなイライラを僕にぶつける。


「この、エロ鉄!」


 ひぃーっ! また、叱られる。

思っていると間に入ってくれたのがのぞみお母さん。

ただし、 棒読みだ!


「まあまあ、みずほ。これも充電と思えばガマンできるでしょう、ガマン」


 のぞみのおかげで叱られることはなかったけれど、地獄なのに変わりはない。




 これ以上の会議は時間のムダ。やはり、ここは練習してもらうしかない!


「はじめは上手くいかなくてもいいから、兎に角、カメラをまわそうよ」


 あとは、編集でなんとかすると、覚悟を決めたんだ。その矢先。

5人目のメンバーこだまにこちょこちょとはなしかけられていたさくら。


「うっそ! すごーい。水戸といえば水戸黄門。北口に銅像があるらしいの。

 赤坂、行ってみたい。名付けて『こーもんさまーずミートガールズ』よ」


 なるほど! 今、どこにいるかを映像で伝えるのは1つの有効な手段。

黄門様の銅像の動画が撮れれば、ここが水戸だってことが伝わり易い。


 だが、問題がある。僕の代わりにひかりが指摘してくれる。

ひかりには、今日の旅程を説明してある。


「ウチは反対。水戸駅の滞在時間は10分。行って戻るのはギリギリですよ。

 段取りがしっかりしていないと失敗しますって」


 ひかりの言う通り。

ここでの乗り遅れは命取り。慎重に判断しないといけない。

思いつきの企画に賭ける余裕はないが、一応は調べようとスマホを取り出す。

折り返し乗車予定のひたち4号の次の電車を確認。ときわ60号だ。

上野でとき315号にのりかえて、新潟へ行くことができる。


「さくらのアイデア、面白そうだけど、やっぱり難しいのかなぁ……」


 と、さくらに釘を刺すと、みずほに一喝される。


「なに、後ろ向きなこと言ってんのよ、バカ鉄。アンタ、それでもPなの?」


 はいっ! ピンッと背筋を伸ばす。


「10分で戻ればいいんでしょう! 私、さくらと一緒に行く!

 のぞみもついてきなさい。バカ鉄は撮影と荷物持ち!」


 こうして、強引なみずほに率いられて、

さくらの企画『こーもんさまーずミートガールズ』を実現すべく、

選抜チーム3人と僕が北口へ出向くことになった。

そのときには僕は、直前にこだまとさくらがはなしていたのを

すっかり忘れていたんだ。


 なんで僕が? 独り旅ならこんなことにはならないのに……

ったく、みずほは相変わらず強引なんだから。

と、集団を率いることの煩わしさを実感する程度だった。




 常磐快速線の電車が水戸駅5番線に滑り込む。ドアが開く。

ホームを歩き、エスカレーターをやや駆足で登る。

走るのは禁止! 一般のお客さんもいるから。


「いい? 改札を出たら右よ!」

「っと、右ってどっちだっけ?」


 さくらが手をグーパーしている。本気で迷っていそうだ。


「大丈夫。みずほについていけばいいから」


 のぞみがいてくれて正解。上手にさくらを御している。


「打ち合わせ通りのポーズをすること!」

「私が助さん、みずほが格さんですよね」

「赤坂は真ん中。覚えやすーい」


 改札を潜る。北口に向かい、右に曲がる。

建物を出て直ぐの広場で、待っている3人が見える。


 黄門様御一行だ!


「いたーっ! あそこよ。あそこでポーズを決めるわよ!」

「はいっ、私が左、私が左……」

「赤坂はー、真ん中ーっ!」


 黄門様の前でのぞみ、さくら、みずほの並ぶビデオを撮影する。

さくらが杖代わりに持ってるのが自撮り棒っていうのがどうかと思うが、

ポーズはそれぞれ様になっていて、いいと思う。

何より、ここが水戸駅だってことが一目で分かる。


「これより、諸国漫遊の旅に出るでおじゃーる!

 助よ、格よ、よろしゅうおじゃーる!」

「は、はーっ!」「は、はーっ!」


 『おじゃーる!』って、誰だよ。助さんと格さんがひれ伏しちゃダメじゃん!

印籠もないし、ツッコミどころが満載で、大成功とはいえない。

けど、オープニングでもエンディングでも使えそうな、

いい動画が撮れたのは確かだと思う。


「鉄矢P、ありがとう! みずほも。あとー、こだまにも感謝かな」


 そうだった。そういえばこの企画、あの、こだまが関わっているんだった。


 なんだか分からないイヤな予感とともに、

僕たちの乗り込んだひたち4号は、水戸駅を出発する。


___________________ここまでの経緯 3月16日その09

        =====(常磐線)======0800水戸

水戸  0810====(ひたち4号)=====

47都道府県庁所在地駅完全制覇まで、あと45

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