第11話 上野、つばさ

 E657系のグリーン車内はフリーWiーFi。

僕はこれまでに撮影した動画をチェック。思った以上の撮れ高だ。

ひかりのイラストやさくらたちの水戸黄門はクオリティー高いし、

いつの間に撮影したのかみずほの洗面台紹介と歯磨きシーンも面白い。


 撮影は順調。ひたち4号は途中の土浦駅を定刻に出発。

遅延もないし、言うことなし!


 ゆったりと座席に腰掛ける。ひとり、ご機嫌に鼻を鳴らしてみる。

これが新人アイドルユニット『愛されてるよ』のデビュー企画で、

僕がPを押し付けられたことを、一瞬でも忘れさせてくれる。


 大きく伸びをして、座席のリクライニングを倒し、旅を謳歌する僕の、

目の前に現れたのはみずほとさくら。背後に高1トリオを引き連れている。

一気に現実へと戻される。


「どうしたの? みんな揃って」


 学校でするのと同じように作り笑いをする僕にはお構いなしに、みずほ。


「ちょっと、バカ鉄! なに、独りで悦に浸ってるのよ!」


 それくらい、許してほしいものだ。


「移動ばかりで、ちっとも観光していないの、赤坂、つまんない」


 観光中に観光したいと言われるとは、思ってもいなかった。寝耳に水だ。

僕にとっては移動も観光のうち。こうして座り心地を確かめるだけで楽しい。

だけど鉄道が好きでもなんでもないみんなにとっては、

この時間も単なる移動に過ぎないのか……。


「まぁまぁ、2人ともそんなに興奮しないでください」

「そうですよ。最速移動の企画なんだし、ウチたちもガマンしないと」


 のぞみとひかりの発言からは理性を感じる。

絶景を眺めたり、美術館を見物したりという、自然や文化に触れるような

一般的な観光がしたくても、企画の制約でできないことを理解している。

2人とも、本能のまま突き進むみずほやさくらとは対極にいる。


 で、残ったこだまはというと……1番背後にいるんだけど……。


「まったく。みずほとさくらは後先考えずに行動し過ぎ。

 のぞみとひかりはいい子ちゃん過ぎ。どっちもつまらないわ……」


 大半は僕の感想そのままだけど、最後が気になる。

こだまは水戸黄門に駅弁完食と立て続けに企画を当てている。

上手くすれば、いい仕掛け人になれるのかもしれない。

面白ければそれでいいという行動パターンは見習うべきなのか?


「今だって、立派な旅行中じゃないか。ひたち号のグリーン車、快適だろう」


 全席にコンセントがあるのに加えてWiーFi完備。

動画の視聴も編集作業もサクサクだ。


「あんっ、快適? そんなの家にいたって快適でしょう!」


 おっしゃる通り。


「赤坂は、鉄矢Pといろいろな思い出を共有したい」

「そう言われると、私もいろいろな体験がしたいわ」

「たしかに。折角の旅。ウチも電車に乗るだけじゃつまらない」


 朱に交わって、暇を持て余すアイドルたち。


 そんなことを言われても、どうすることもできない。

このあとは東京駅に行って、ビューゴールドラウンジで寛ぎ、

上越新幹線のとき315号に乗る予定。

最大90分滞在できるラウンジにだって、

20分で抜ける強行スケジュールなんだから!


「なんとかしてよ、鉄えもーん!」と、わざとらしいのはこだま。

言うなり、パンダがササを食べるようなポーズをする。


 こだまのポーズは様になってるけど、時間がないのに変わりはない。

僕は、鉄えもんじゃないんだから。


 パンダといえば上野。時間があれば、僕だって寄りたい。

僕だってパンダに会いたい。けど、時間がないんだ……。


 瞬間、僕はあることを思いつく。スマホを開く。接続時間を確認する。

東京駅なら37分しかないけど、上野駅なら48分。


 いける。これならいけるけど、僕ひとりでは荷が重い。

誰かに助けてもらいたい。だから僕は、ある人に連絡をした。


「なるほど。そういうことなら任せておいて! 待ち合わせは……

 そうね、私の前ってことで。鉄矢くんなら分かるでしょう!」


 謎解きだけど、分かってしまう自分がいる。


「はい。よろしくお願いします」


 快諾を得た僕は、みんなに言う。


「それじゃあ、次の駅で、みんなをジャージ交通流の観光にご招待するよ!」

「やったーっ!」……「やったーっ!」


 みんな大よろこびだ。


 それぞれの席に戻って、それぞれにリクライニングする。

ようやくみんなも、座席の価値を分かってくれたみたいだ。




 ひたち4号を次の駅で下車。降りエスカレーターに乗ったところでみずほ。


「どうして上野? 東京で乗り換えるんじゃなかったの?」


 手強いみずほだけど、みんなが説明を手伝ってくれる。


「上野といえば、動物園。パンダもいますよ」

「公園にはソメイヨシノやカンザクラなどの多種の樹木があります」

「博物館や美術館、音楽堂などの公共施設も充実しています」

「極め付けはー、西郷どんでごんすー」


 何でもあるのが上野駅。みずほも舌を巻く。


「納得だけど盛りだくさん過ぎて、本当に40分でまわれるか心配だわ」


 その通り。けど、そこがジャージ交通流! 助っ人もいる。無敵だ!


「安心して。パンダも樹木も美術館も西郷隆盛像も網羅しているから」


 しかも、実は全て無料というのは内緒。




 もう1度エスカレーターを降りる。

中央改札口を潜る。待ち合わせ場所に行く。


「待ってたよーっ。鉄矢くーん!」


 両手を高く大きく広げて僕たちを待っていたのは『翼の像』ではなく、

デイージのエース、上野つばささんだった。


 こうして上野駅に着いた僕たちの、

『ジャージ交通流の上野観光withつばさ』が、はじまろうとしている。


___________________ここまでの経緯 3月16日その11

        ====(ひたち4号)=====0933上野

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