第12話 上野、観光

 僕からみんなに、つばささんを呼び出した経緯を説明する。


「つばさ先輩! よろしくお願いします」

「1つしか違わないんだし、みずほっちもデビュー決まったんでしょう。

 先輩はないよ。さん付けがいいかな。みんなも、しくよろだよ」


 つばささんが『翼の像』のポーズを真似ているのには誰もツッコまない。

みんな、ちょっと固い。緊張してるんだろうか。つばささんも気付いている。


「なんですか、そのローテンション。

 私をここ、上野駅に召喚しておきながら!


 銅像みたいに固くなってちゃダメだよ。周りをよく見上げてごらん。

 ジャージ交通流の上野観光withつばさはもう、はじまってるんだから」


 つばささんの先輩圧に気圧されたのか、みんなが一斉に顔を上げる。

券売機の頭上には平山郁夫作の『ふるさと日本の華』が輝いている。

改札正面に向き直れば、こんどは猪熊弦一郎の『自由』の存在に気付く。


「なるほど! ステンドグラスに壁画」

「とても素晴らしいアートですねーっ!」


 突然のアートの出現に驚きながらも、

固くなっていたみんなの表情がやわらいでいく。

さすがは芸歴4年のベテランアイドル。場慣れしている。

つばささんにお願いして良かったと、僕もホッとする。


 と、そのとき。「隙ありっ!」というつばささんの声。

同時に僕はやわらかいものに包まれる。つばささんが抱きついてきたんだ。

背中には左右に2つ並んでくっきりと圧の違う部分がある。


「なっ、何ですか、つばささん。いきなり!」

「これでいいのだよ、鉄矢くん。みんなも、いいかい。

 観光中、鉄矢くんが隙をみせたら、こうして抱きつくんだ」


 どういう理屈だ。僕は理解に苦しむ。


「名付けて『隙をみせた君のせいゲーム』だよ」


 どういうゲームだ。

背中や腕に抱きつくと1ポイント、正面からだと3ポイントらしい。


「隙をつくんですか⁉︎」

「私は得意ですよ、そういうの」

「なんか、おっもしっろそーっ!」

「ウチ、頑張る!」


 みんなが盛り上がる。僕は自分の身が保つか心配過ぎる。


「なによ、このエロ鉄!」


 みずほだけがプイとそっぽを向く。




 つばささんがみんなを引っ張る。


「まずは、広小路口を出て直ぐのポレイア広場に行ってみよう」

「ポレイアって、どういう意味ですか?」


 さくらの疑問に、スマホを片手にのぞみとひかり、最後はこだま。


「どうやら、旅という意味のようです。希望の木というのがあるみたい」

「きれいな赤いハート型の葉が1枚だけあるようですよ」

「旅を通してアイドルとしての希望を見出す。この企画に打ってつけですね」


「その通り。さぁ、きみたちの旅の無事を祈念しよう!」


 そんな場所じゃないと思うけど……。




 ポレイア広場に到着。赤いハート型の葉を発見したみずほとさくらが、

2人の手で作ったハートで縁取りして遊んでいる。


「いいねぇ、みずほとさくら。それはいいまじないだよ!」


 つばささんは適当に言ってるのを、みんながまにうける。

他のメンバーも次々に真似をしていき、はては僕まで巻き込まれる。


「ちょっと恥ずかしいよ……」

「いいじゃないですか。こういうのが思い出になるんですよ」


 のぞみがいつになく強引だ。




 広小路口を出て直ぐ、昭和の名曲『あゝ上野駅』の歌碑がある。

横を抜けてガード下を潜ると、お馴染みの交差点が見えてくる。

京成上野駅横から上野公園に入り、西郷隆盛像にご対面。


「西郷どん!」


 さくらが大よろこび。


 彰義隊の墓所、月の松、時忘れじの搭、摺鉢山を駆け足で見学。

大通りを噴水前まで真っ直ぐに進む。早咲きの寒桜

野口英世像を見て小径を抜けると、迎えてくれたのはD51。


「これはホンモノよ! 主連棒に繋がっている動輪が4つあるわ!」

「みずほ、主連棒って、何?」

「ウチも知らない。知りたいですよ」

「みずほはSLに詳しいんですね」

「教えて、教えてーっ! みずほ先生!」


 おだてられたみずほ。


「しかたないわね。とっておきの説明を披露するわ!」


 両肘を直角に曲げて主連棒の動きをする。そっ、それは僕の持ちネタ……。




 美術館でロダンやブールデルの作品群、文化会館で安井誠一郎像などを見物。

上野の山を後にしてパンダ橋を渡る。入谷改札前にみずほのお目当てを発見。


「これがパンダね。思った通り、ジャイアントだーっ!」


 みずほが大よろこび。金髪ツインテールはやっぱり元気溌剌なのが1番いい。




 遠くに東京スカイツリーを見ながら、ペデストリアンデッキを渡る。

途中には数々の美術作品がある。なかでも目につくのが『月・日』という作品。

JR上野駅外周を巡り駅舎を見たあと、エレベーターに乗る。

地上を通り越して地下に潜る途中。


「上野駅って、見どころが本当に多いんですね」

「まともにまわったら、1日あっても足りないかもしれません」

「今日は、たったの30分ですけどね」


 高1トリオがまとめようとするが、ジャージ交通流の上野観光はまだ続く。

もう1つの上野駅、東京メトロ銀座線・日比谷線の上野駅にも美術品がある。

9番出口の直ぐ近くにあるステンドグラス『上野今昔物語』だ。


「パンダ!」

「西郷どん!」


 みずほもさくらも大よろこび! わざわざ地下にまわってよかった。


 アトレ上野に入り、エレベーターで2階に行く。常設ギャラリーを見物。

直ぐにエスカレーターで降って1階に着き、右に曲がれば中央改札がある。


「もう戻ってきちゃったのね」

「ウチ、配管が剥き出しのところは、入ってはいけないところかと思った」

「古い建物そのものも、上野駅の魅力の1つといえるでしょう!」


 高1トリオも大よろこび。




 中央改札の手前でさくらが「隙ありーっ」と言って僕に抱きついてくる。

そうだった。今は『隙をみせた君のせいゲーム』の最中でもあるのだ。


「さくら、1ポイント! これで合計12点」


 つばささんが無責任に言うなか、ジャージ交通流の上野観光はまだまだ続く。

___________________ここまでの経緯 3月16日その12

        =(ジャージ交通流の上野観光)=

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