第37話 モノ、扱い

 僕はまだ熱海駅にいる。

ふとした疑問が湧く。切符は全部で何枚あるんだろう。

はる・紀から預かったものを含めて数えてみる。

1枚・2枚・3枚……10枚。9人で10枚だ。

1枚多いだけに見えるが、実際には8人分多い。

切符1枚で2人が使えるサンライズツインやシングルツインがあるからだ。


 まずいだろ、これ!


「シングルデラックスの2室は変わりないわね。あと、ノビノビ座席1枚も」

「サンライズツインが3室に増えているわ」

「シングルツインなんか、4室分もある」


 驚きだ。


「わーいっ! あと1室分でシングルがサンライズになるーっ!」

「あんっ。さくら、それ銀なら5枚的な考え? そんなこと、ないわよ」


 驚きだ。みずほがツッコんでくれたのはありがたい。

ツッコまれたさくらより、はる・紀の様子がおかしいのも。


「そそそ、そうよ、そうよ、そうよねーっ」

「シングル5枚集めたって、サンライズにはならないわよねーっ」


 驚きだ。

はる・紀の勘違いにこだまだって気付いただろうに、華麗にスルーしている。


「それではまず、お2人のお母さんの寝台をどうするか、ですね」

「あんっ。そんなの、シングルデラックスで決まりでしょう」

「触らぬ神に祟りなしって言いますものね」


 僕が発言権を取り戻す前に、決まってしまう。

僕がシングルデラックスになる可能性は完全に潰えた。

あとはせめて、平穏に寝泊まりできる部屋をゲットしたい。


「では、隠し部屋については、どうしましょうか」

「あんっ。そんなの、くじ引きでいいじゃない!」

「困ったときの神頼みって言いますものね」


 のぞみ、うまいこと言う! 神を被せている。


「それでは、せっせと隠し部屋の切符を複数入手した、

 どこかの童貞クソ高校生男子が、浮かばれませんよ」


 おい、こだま。クソって付けるな! 人が何も言えないのをいいことに!


「あんっ。いいじゃない。クソ鉄に人権なんかないのよ」


 ひどーい。辛辣過ぎるだろっ! みずほにまで言われた。


「じゃあ、みずほは鉄矢Pをモノ扱いするのですね!」


 語気を強めるこだま。仲違い? いいや、違う。

そんな簡単に、あのこだまが他人とモメるはずがない。

何かは分からないけど、きっとウラがあるに違いない。

警戒を強めなくちゃいけないが、僕には発言権がない。


「あんっ? そう言うつもりは……」

「……なるほど。2人用個室を、女と男が使うわけにはいきませんよね」


 こだまが、みずほの代弁をするという形で、どんどんはなしを進める。

おそらく、みずほの考えは完全に無視されている。


「あんっ? そんなつもりは……」

「……なるほど、なるほど。女とモノなら、ありということですね」


 みずほにとりつく島を与えないこだま。


「あんっ? そんなこと……」

「……はい、はい。今は人権があって選ぶ側でも、

 サンライズ号に乗ったら最後、人権剥奪。モノとして扱うのですね!

 面白そうじゃないですか!」


 冗談。反論したいが、僕には発言権がない。

強行したところで、かえって反発されるのがオチ。

黙っているよりしかたない。

 

「あんっ! ちょっとこだま、どういうつも……」

「……つまり、みずほはこうして、こうして、こうしろってことですね!」


 こだまは言いながら、ノビノビ座席の切符を僕に渡す。

残った席用の7枚の切符を束ね、ババ抜きするように扇型に拡げる。

みずほの前に取れとばかりに差し出す。


 みずほはしばらく考えたあと、言いながら1枚引こうとするが、

こだまはスーッと躱わす。


「あんっ! バカ鉄はモノ鉄だけど……って!

 自分から差し出しといて、引かせてくれないの?」

「くじ引きは、私の方が先ですから!」


 ここでドヤ顔をするこだま。全ての段取りを終えた証拠だろう。

一部始終を黙って見聞きしていたはる・紀が口を出す。


「つまり、こだまちゃんは、7室を7人で分けようというのね!」

「そしてモノはあとでテキトーにシェアするってことよね、こだまちゃん!」


 前のめりだ。

僕をみる目が、新しいおもちゃをもらった子供のよう。

一体、どんなモノをシェアするんだろう……。


「私ではありませんよ。みずほがそう主張しているのです!

 モノはモノです。置いとくだけなら人畜無害というのです」

「それじゃあ、隠し部屋をせっせと集めた鉄矢Pがかわいそうだよ」


 さくら、優しい。いつでも僕を考えてくれるのは、さくらだけ!


「逆ですよ、さくら。鉄矢Pはモノですから、誰が持ち込んでもよいのですよ」


 誰に持ち込まれても、待っているのは地獄。

そんなイヤな予感しかしないなか、こだまが続ける。


「つまり、どの部屋にも自由に出入りできるのです。

 どこを隠し部屋としても構わないのです。

 もちろん、さくらの部屋でもね!」


 さくらが狼狽する。


「あっ、赤坂の部屋が、鉄矢Pの隠し部屋……」

「そうです。考えようによっては、鉄矢Pの隠し部屋に、さくらがいるのです。

 これって、幸せなことじゃないですか?」


 こだまの問いかけに、さくらの瞳にハートが宿る。

完全に、やりくるめられた瞬間だ。


「赤坂、鉄矢Pの隠し部屋で寝泊まりする! 幸せーっ!」

「そうですか。では、他の皆さんはいかがでしょう。

 みずほの言うように、鉄矢Pをモノ扱いするってことに、異議は?」


 こだまの言う皆さんには、僕が含まれない。


「異議、なーしっ!」「異議、なーしっ!」……「異議、なーしっ!」


 こうして、全てこだまの思惑通りに、ことが進む。

僕には、どうしたって平穏に寝泊まりできる部屋がないことが確定するなか、

ようやく熱海駅を離れる。


___________________ここまでの経路 3月16日その37

        ====(熱海駅滞在中)====2127熱海駅

熱海駅 2127=====(熱海駅周辺)====

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