第36話 サイ、テー

 熱海駅。

デレてる僕の前で、こだまが膝を打つ。


「なるほど。さすがははる・紀のお2人。

 身体をあて、色香で包み込み、『カレシ』というワードで締めくくる。

 勘違いされても既のところで軽く躱せる自信に満ちた行動は、

 まさに童貞キラーと言わざるを得ませんね」


 童貞キラー、だと? どうしてこだまが僕の最高機密事項を知っている?

こだまの分析力が侮れないのは今にはじまることじゃない。それは、いい。


 けど、密着してる今は、現実じゃないのか? 

このやわらかさは、真実ではないのか?

この包み込む香りは、本物じゃないのか?


 既のところで躱わす、だと? そんなはずはない、そんなはずは!

はる・紀は2人揃って僕をカレシにしたがっているんだぞ。

それが分からないのか? 堕ちたな、こだま!


 あっ、あれれっ?


 当たっているやわらかボディーがスゥーッとひいていく。

包み込んでいた香りが、霧が晴れるように消えていく。

はる・紀の2人が離れていく。何でだ。どうしてだーっ!


「お遊びはこれまで。皆さんにはしっかり接待していただきます」

「私たちの連れ、お母さんを!」


 ちょっと待て!

あれは、お遊びだったのか? こだまの言う通りだったのか?

もう、はる・紀と一緒にいるのは懲り懲りだーっ。


 それより。


「はるか様の母親といえば演歌歌手の、しらさぎやくも」

「そして、紀子様の母親は女優の、こうのとり」


 そうだった。みずほとさくらの言う通り、2人ともとんでもない大物だ。

日本三大アラフォーと呼ばれる、お色気たっぷりの超絶美人じゃないか。

そんな2人がこの現場に来る、だと?


 危険だーっ。危険過ぎる。この状況、早く脱出しなくては。




 脱出を目論む僕を、2人は許さない。


「合流前に私たち、温泉に行くのよ」

「そうだわ。君たちも一緒に来ない?」


 再びまやかしのやわらかさを押し付けて、僕を挟む。

過激なまでに芳醇な香りが、再び僕を包み込む。

思わず顔がデレてしまうが、一時の快楽に身を任せてはダメ。


 絶対に遠慮したい。僕たちは僕たちで、温泉に行くのだから。

それに、一緒に温泉なんかに行ったら、そのあとも……。

サンライズ号の中でも何かと連む流れができてしまう。

ダメだ。絶対にダメ。僕は、早くトンヅラしたいんだ!

もう、懲り懲りなんから。


「遠慮しときますよ。家族水入らずを邪魔するわけにはいきま……」


 と、必死の僕の言葉は、みずほとさくらに遮られる。


「……奇遇ですね。私たちもこれから温泉なんですよ!」

「そこの旅館の日帰り貸切家族風呂。赤坂、美人になるのー!」


 奇遇はもう、懲り懲り。


「本当に奇遇ね。私たちの予約先も同じ旅館よ!」

「これはもう、運命としか言いようがないわね!」


 何が運命だ! この、童貞キラーめ!

こうなったのも、2人の予約ミスが原因じゃないか。

どうせミスするなら、温泉にしてくれればよかったのに。

そうすればこうして、同行することもなかっただろうに。


 けど、僕の言うことなんか、どうせ誰も聞いてくれない。

みずほとさくらは、はる・紀にご執心だし、結局は……。

一緒にくじ引きで寝台を決め、温泉に行き、洗濯して、

サンライズ号に同乗することになった。


 バイトを辞めて一人旅の予定が、5人連れになっただけでも大変なのに、

男女1対9で寝台特急に乗るって。僕は、何か悪いことでもしただろうか。

そんなはず、ないのに……。




 寝台を決めるくじ引きは、はる・紀の一言からはじまる。


「さすがに、くじ引きなんて言ったら……」

「……2人とも、間違いなく怒るでしょうねぇ」


 どうやら、やくもさんととりさんは仲が悪いらしい。


「2人とも、何でも張り合うから!」


同室なんてもってのほか、同格の寝台にしないと……。


「絶対に拗ねるわね、うちのお母さん!」

「うちのお母さんだって、同じよ!」


 胸を文字通りに弾ませながら、Vサインを出して言うことではない。

けど、貴重な情報だ。くじ引きに参加しない2人の寝台をどうするべきか。

どうすれば、僕にシングルデラックスが当たる確率が上がるか。

慎重に考えるべきだ。


「せめて、サンライズツインが2室あればよかったのに!」

「そうだね。母子水入らずで使ってもらえたわよ」


 そうか、その手があった!

やくもさんととりさんにはる・紀を押し付ける、

いやさ、お返しすればいいんじゃないか。

実は今、僕の手元にはサンライズツインの切符が3室分ある。

みんなにはまだ言ってなかったけど、今こそ言うときだ!


「あるよ、サンライズツイン。それも3室!」


 これで決まりだ!

みんな、目を丸くしている。


「えっ、そうなの?」

「2室あるのはシングルデラックスだったはず」

「ウチの記憶だと、当た……サンライズツインは1室です」


 鋭い。のぞみもひかりも鋭い。よく覚えていたと感心するが、事実は事実。

これも全て、僕の鉄オタとしてのスペックの高さゆえ。誇っていい事象だ!


「こだま号の中でゲットしたんだよ、暇だったから」


 ドヤ顔をする。珍しく褒めてもらっていいことだから!

7人に衝撃が走るのが分かる。完全に顔に出ているんだ。

撮影されてるようだし『スピルーカスNZ3ーω』がどう料理するか、見ものだ。


 そんななか、こだま。


「なるほど、なるほど。

 皆さん、ここは冷静に対処しましょう。

 童貞高校生男子の心理を分析するのです」


「コラ、童貞って、言うなーっ!」


 事実だけれど。逆ギレかもしれないけれど。


「あら。もう、ご経験がおありなの?」

「いやっ、ない……です……けど……」


 それが普通じゃん。恥ずかしいことじゃ、ないじゃん。

けど、まわりは急に静かになってしまう。


「逆ギレする童貞には黙っていてもらいましょう!

 それよりも鉄矢Pがサンライズツインの切符を複数持っていた件ですが。

 皆さんはどう思いますか」


 こだまには、おそらく結論がある。ゴールに向かって論を組み上げている。

自分ではなく、誰かに言わせようと、多少遠まわりしているだけ。

阻止しなくてはならないが、僕にはその術がない。

童貞発言に逆ギレしたことで、発言権がほとんどない。


「どうって言われても、隠し持っていたってことでしょう」

「なるほど。隠し部屋としてサンライズツインを使おうとしたってこと?」


 そんなつもりは全くありません!

言ったところで、誰も信じちゃくれないでしょうけど」


「はたして、みんなに隠れて何をするつもりだったんでしょう」

「そんなの、ナニをするつもりだったに、決まってるわよ」


 皆さん、どういう意味でしょうか? 僕にはよく分かりません。

切符が複数あるのは、こだま号の中でゲットしたからで、ウソはないんだ!


「それって私たちの誰かが、危うく卒業証書を授与することになったってこと?」


 いや、卒業とか、させてくれませんよね。

どうせみんな、既のところで躱わすんですよね……。


「サイテー!」「サイテー!」……「サイテー!」


 7色低音ユニゾンだ。

言われなき罪の罰として、僕の発言権が完全消滅するなか、

熱海駅滞在はまだまだまだ続く。


___________________ここまでの経路 3月16日その36

        ====(熱海駅滞在中)====

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