第35話 トン、ヅラ

 熱海駅。みどりの窓口の直ぐ近く。

 はる・紀さんから切符を受け取る。分厚いのが気になるが、それより!

自分の予約切符も受け取る。どれだか分からないよう、ごちゃ混ぜにする。

あとは2人にそーっとサンライズツインの切符を渡して、トンヅラするのみ!


 なんだけど……。


「いやーっ、さすがは鉄矢P。ずっと見てましたが、段取りがいいですね」


 1番出てきてほしくない人が出てくる。


「どういうことかなー、こだま。僕の段取りがいいなんて!

 いつもはそんなに僕のこと褒めたりしないのにー。

 今に限って、お褒めいただけるなんてぇー」


 絶対に怪しい。こだまはいつも言動が不一致だから、怪しい。

会話をゆっくり進めながら、こだまが何を考えているのかを探る。


「そんなことございませんよ。私はいつも冷静に見てますから。

 その上で、はる・紀のお2人をくじ引きに引き込もうとするんですから。

 これはもう、鉄矢Pを褒めて遣わす以外に手がありませんから」


 よっ、余計なことを……。


「くじ引き?」

「引き込む?」


 どういうことかと、怪訝そうな表情ではる・紀が僕を見る。

可憐な乙女の純情がどうこうという、いつものノリとはちょっと違う。

テレビや雑誌で見かけるのと同じ、正統清純派な表情が、近ーいっ!

思わず、惚れてしまいそうだ。僕だって普通の高校生男子。

このまま2人に挟まれたいって、思ってしまうよ。


 だけど。色香に惑わされちゃいけない。

2人とは直ぐにでも行動を別にするべきだし、

こだまが仕掛け人だということを肝に銘じなくては。

はる・紀をくじ引きに引き込むこと。それこそがこだまの狙いだろう。


「そうだわ。いいことを思いついたわ!」


 と、今度はみずほ。したり顔で続けると、さくらも同調。


「お2人にはお好きな切符を受け取っていただきましょうよ!」

「赤坂もそれがいいと思うーっ!」


 2人とも、ナイス!

これであとははる・紀がサンライズツインを選んでくれれば、

そこから先は、別行動をするだけだ。トンヅラだ。


「うん、うん。みずほとさくらの言う通りだよ。

 僕もちょうど、そうしようと思っていたところなんだ。

 お2人にはきっと、サンライズツインがお似合いだって!」


 言いながら、ごちゃ混ぜにした切符の中からサンライズツインを探す。

早く渡してお引き取りいただきたいのに、こんなときに限って……。

なかなか見つからない。焦れば焦るほど、見つからない。


 その隙に、こだま。やや諦めの声色。


「それもそうですね。お2人はアイドルの先輩ですし。

 くじ引きには参加せずに、お好きなものをお選びいただくのが筋。

 残ったもので私たちがくじ引きすればいいんですよね!」


 その通り。人間、諦めが肝心なんだって。

こだま、よく分かってるじゃないか。さすがはメンバー随一の天才だ!

面白いことに目がなくて、ときどき僕を揶揄うのは玉に瑕だけど。


 はっ、揶揄う⁉︎ そうだった。忘れてた!


 これは、やばいよ、やばいよ、やばいよーっ!

こだまの狙いは、はる・紀をくじ引きに引き込むこと。

くじ引きなしでいいですよって言われたら、大抵の人はこうなる。


「ちょっと、君たち。アイドルに、先輩も後輩もないでしょ!」

「はるかの言う通り。くじ引きには、私たちも参加するわ!」


 ……やっぱりだ。

みずほやさくらの言動も計算のうちだったか。こだまの分析力は侮れない。

兎に角、はる・紀もくじ引きに参加することとなった。ばかりか……。


「実は、私たちには他にも連れがいるのよ」

「熱海で待ち合わせしてるんだ」


 合点がいく。

荷物は重いし、2人から受け取った切符の束は、思ったより分厚い。

何枚も重なっていたのは、みんなの分だから。


 今をときめく超絶人気アイドルの、はる・紀の連れって誰だろう?

はね系は恋愛にはオープンな気質のアイドルユニットだし、

カレシなんてことがあり得るのだろうか。だったら好都合。

2人だって、僕たちと同行したくはないだろうから。


 気になる僕に代わって、こだま。演技じみている。


「まぁ。お2人のお連れ様って、どんな方ですか?

 ひょっとして、カレシさんとかですか?」


 どうなんでしょう!


「まさかっ! 私、今、フリーだし」


 と、はるかさんは言いながら僕の右腕を取る。

グーッと身体、特に胸の辺りを押し付けてくる。

左腕には紀子さん。同じ様にやわらかーく接近。

つまり僕は今、はる・紀に挟まれている。

ちょっと大人な甘い香りに包まれている。


「鉄矢くんがなってくれればうれしいけど。カレシに!」


 なんてことを!


 冗談にしても悪質過ぎる。僕は普通の男子高校生。付け加えれば、童貞だ! 

そんな僕の心を弄んではいけません。いけませんよーっ! お2人とも。

さすがの僕も本気になってしまうじゃありませんか。


 はるかさんと神社でデート。神パワーをチャージして、ホテルで消費!

紀子さんとはトレンディーデート。海辺の夕陽パワーをその場で消費!


 ありだーっ! どっちと付き合う人生も、僕にはありよりの、ありだーっ!

赤の他人として振りまわされるのは御免だけど、カレシとしてなら大歓迎。

年上の女性と、ちょっとエッチな会話で盛り上がるの、憧れるぅーっ!

いやでも。どっちか選べって言われたら、僕に選べるだろうか。


 僕が悶々とするなか、熱海駅滞在はまだまだ続く。

___________________ここまでの経路 3月16日その35

        ====(熱海駅滞在中)====

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