第38話 温泉、宿

 熱海駅周辺。

僕が7枚の切符を扇型にひろげる。もちろん、こだまの指示だ。

くじ引きは、年長者のはる・紀が先に引いたあとは、

こだま・みずほ・のぞみ・さくら・ひかり。ゲームで決めた順番だ。


 はる・紀は、動画への出演をOKしてくれた。

売れっ子の経験値で大いに盛り上げてくれる。


「さぁ、はるかさん。早く引いてください」

「はるかでいいよ。この現場、みんな呼び捨てみたいだし」


 そうやってまた、身体を寄せて揶揄うんだから。

折角、カメラまわってるのに、投稿し難いって!


「じゃあ、はるか。引いてください!」

「私、運だけはいいのよ。親ガチャ以外ね!」


 どんなもんだろう。親ガチャだって悪くないだろうし。

母親からしっかり美貌と美声を受け継いでいるんだから。


 はるかがくじを引く。その実力を遺憾なく発揮する。


「さっ、最初からサンライズツイン!」

「さすがですよ、はるか様! じゃない、はるか」

「まーねー。運も実力のうちって言うしね!」


 信者の目をしたみずほの声援に、笑顔で応えるはるか。

Vサインをするときはいつでも揺れるんだろうか。

ちょっと前まで僕の腕に密着していたものが。


 続く紀子も見事にサンライズツインを当て、揺らす。


「素晴らしいです! 赤坂、感動しましたーっ!」

「この程度でよろこんでたらダメだよ、さくら」


 勝者の余裕というやつだ。


 さて、お次はこだま。

もし、こだまが当たりを引いたら、動画的盛り上がりはそこで終了。

3枚目のサンライズツインが出て、当たりがなくなるんだから。

それは、困る。


「勝敗は、戦う前に決まっているものです……」


 こだまらしい口上が続く。


「……私は負けてもなお得があるように振る舞ってまいりました。

 今更、サンライズツインを引かずとも、勝負に勝っているのです!」


 言いながら1枚引く。


「勝負に勝って、いるの、です……」


 どうやら、シングルツインだったようだ。

さすがに3連続サンライズツインとはならなかった。


 続くみずほとのぞみは、シングルツインをゲット。

サンライズツインは簡単に手に入る代物ではないらしい。

けど、これで確率は2分の1。出るか、出ないか、だ。


 お次はさくら。深く呼吸して息を整える。僕にも緊張が伝わる。


「決めた! 赤坂はこっち。こっちにするーっ!」


 定めたのは右の1枚。手にすると同時に、ひかりを誘う。


「何? 同時に引こうっていうの? 面白そう!」


 動画的に盛り上がる場面だ。


「ひかり、勝負だよ。鉄矢Pをモノにするのは、赤坂だよっ!」

「ウチだって、絶対に負けないから。モノにするからっ!」


 動画的に使えないセリフだ。


「ちょっと待って! 『いっせいのーせっ』でオープンだよ」


 上手い!

さすがは経験値の高い売れっ子アイドルのはるか。

盛り上げ方をよく知っている。編集次第で、面白くなりそうだ。


「分かったーっ! 赤坂、思いっきり叫ぶーっ!」

「でも、ウチたちだけじゃなくって、みんなで声を揃えようよ!」


 ひかりの提案もバッチグーだ。紀子さんも上手く絡んでくれる。


「さくら、今の心境は?」

「赤坂、絶対に負けないよ!」


「ひかりはどうなの?」

「ウチだって、絶対に勝ーつっ!」


 大盛り上がりだ!


「じゃあ、みんな。声を揃えて!」

「行くよっ!」


 はる・紀の仕切りに、みんなの気持ちが1つになる。

みずほとのぞみが、左右でカメラを構える手にも力が入っているのが分かる。


「いっせいのー……」「いっせいのー……」……「いっせいのー……」

「せーっ!」「せーっ!」……「せーっ!」


 2人が切符を引く。すぐさま確認。サンライズツインを当てたのは……。


「やったーっ! 赤坂、当たったーっ!」


 飛んで跳ねて、身体でよろこびを表現するさくら。

地に崩れ落ちるひかり。1枚の切符を巡る闘いが、幕を閉じる。


 さくらと目が合う。そのまま僕に突進してくる。

まずい! このままでは動画的に使えなくなる。僕が映り込んでしまう。

もっとたっぷりと、時間を使いたいのに。


 そこへ……直ぐに反応したのがはる・紀の2人。

僕とさくらの間に立ち塞がり、さくらを受け止める。


「おめでとうーっ! 素晴らしいわ」

「さくら、おみごとよーっ!」


 3人で円陣を組み、3人で時計回りにまわる。2周したところで逆回転。

どっちのサイドのカメラにも、いい顔を見せる!

巧みに僕の映り込みを避けている。


 さすがは経験値の高い売れっ子アイドルだ!

2人の機転で、何とかいい素材に仕上がるなか、

僕たちの熱海駅周辺滞在は続く。


___________________ここまでの経路 3月16日その38

        =====(熱海駅周辺)====




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る