第25話 青春の、香

 争奪戦といっても、ルール無用なわけじゃない。エンタメだ。

まずはルールをしっかり作りたい。手を挙げたのはこだま。


「お腹も空いてきたことですし『大食い選手権』というのはどうでしょう」

「却下」……「却下」


 みんな、こだまの大食いはよく知っている。みすみす負ける戦いはしない。

それだけ、みんな真剣にシングルデラックスを狙っている。


「はぁーい。赤坂は、『隙を見せた君のせいゲーム』の続きがいいと思う」


 『隙を見せた……』は、つばささん発案の上野観光で行ったゲーム。

正直、あれは身体に悪い。みんなが僕を狙って抱きついてくるんだから。


「あんっ。却下に決まってるでしょう!」


 と、上野観光でのゲームウィナー、みずほが叫ぶ。

チャンスタイムを有効に活用した結果、1回の抱きつきで15点を獲得。

ただ、ルール如何ではさくらが有利なのが『隙を見せた……』だ。

誰も賛成しないと思いきや、何故か高1トリオは乗り気。


「どうして? ゲームなら公平でいいと思うわ」

「そうですよ。ウチだって次は勝てると思うんですよ」

「ま、私の場合は勝てなくても利があると思っての賛成ですが」


 いつになく積極的なのぞみとひかりに、僕は困り顔。

こだまは言動不一致なことがあるから油断できない。

今だって直ぐにでも抱きついてきそうな構えをしている。


 このタイミングでこだまに抱きつかれるのは最悪。

なしくずし的に『隙を見せた……』に決まってしまう。あとは地獄。

みんなに抱きつかれるのは恥ずかしいし、気持ちいいし、身体に悪い。


 こだまから距離をとる。反対にさくらに近付いてしまったのは迂闊だった。


「赤坂、今度はみずほにも負けないもーん」


 さっ、さくら! 言いながら右に抱き付くんじゃない。

今のはノーカンだぞ。身体が火照ってしかたないじゃないか。


「却下、却下、却下ーっ! さくらも、みんなも、よく考えなさい。

 エロ鉄も鼻の下を伸ばしてるんじゃないわよ」


 伸ばしてなんかないし。悪いのは、さくらだし。エロ鉄じゃないし。

でも、みずほの頑なさが、流れを作り出す。


「そうですね。アイドルがPに抱きつくシーンは映し難いですね」

「たしかに。寝台決めは、視聴者にも分かり易くしないと!」


 のぞみとひかりは、もの分かりがよくって助かる。

こだまがひとり、最後まで抗う。


「みずほ、まさか勝ち逃げですか? 

 1度の勝利で正妻の座におさまったつもりですか?」


 正妻って、何?


「あんっ。そんなの、いつでも相手になるわよ。でも、みんな忘れてない?

 これは、エンタメなのよ。サンライズ号には鉄矢Pも乗るんだし」


 みずほは王者の風格。いつのまに?

でも、みずほが動画のことまで考えてくれてるのが分かる。


「わーい。せーさいせんそー、シングルデラックス争奪せーん!」


 いやっ、だから。さくら、落ち着いてくれ。

まだ『隙を見せた……』ははじまってない。今のもノーカンだって。

さくら自身は正妻戦争の意味分かってないだろうし。


「なるほど。では、みずほには代案があるのですね。

 みんなが納得するような代案が、あるのですね?」


 こだま。言いながら僕の左に抱きつく。たしかに空いていたけど。

左右同時ってのは、さすがに身体に悪い。身体が熱い!


「そんなの簡単。シンプルにくじ引き。それでいいでしょ、エロ鉄!」


 はなしが落ち着いても、僕の身体は落ち着かないままだった。




 くじ引きの細かなルールを決めるとき、こだまの発言が物議を醸す。


「鉄矢Pにはシングルデラックスを諦めていただきます!」

「冗談! どうしてだよ」


 10時打ちをしてまで手に入れたんだ。簡単には諦められない。


「動画のことを考えれば、メンバーの誰かが使うべきです!」

「ぐぐぐ……」


 正論だ。折角だから、みんなに多彩な部屋を紹介してほしい。

ギャップが大きければ大きいほど見応えが生じる。

シングルデラックスはみんなに譲るべきだ。


 しかーし、それは数分前までのこと!

今や、僕たちの手にはシングルデラックスが2枚あるんだ。


「……冗談。僕は絶対に譲らないよ! 2枚あるんだから」

「冗談はそっち! シングルデラックスを映像化しないなんて、あり得ない」


 平行線。割って入ってきたのはみずほ。


「あんっ、なにもめてんのよ。2人とも説明しなさい」


 問答無用で黙らされる。


「鉄矢Pがいけないんです。シングルデラックスがいいなんていうから」


 なっ、そんなこと言った覚えはない。

僕はただ、くじ引きに参加するって言っただけ。


「あんっ、そうなの? このガメ鉄!」


 ニューバージョンだ。ガメつい鉄矢ってこと。

どうして僕がシングルデラックスを求めることが、ガメついに繋がるんだ。

みずほの、分からずやーっ! こうなったら、徹底抗戦だ!


「そうじゃないって。僕は……」

「……あんっ!」


 こわっ!


「いや、何でもありません……ごめんなさい」


 秒で負けた。


「分かればいいのよ。いい、くじ引きは全員で同じ条件で行うのよ!」


 あれっ? それならむしろ、願ったり叶ったりだ。

何の問題もない。こだまの主張が全面否定されただけ。

そんなこだまの顔を見る。ニヤリと笑っている。あれっ?


「全員同じ条件とは、さすがは我等のリーダー、みずほ様!

 たとえ、この私と鉄矢Pがサンライズツインになっても

 誰も文句は言わないということですね!」


 嘆いているのか? よろこんでいるのか? よく分からない。

シングルデラックスなしっていうのも、ブラフだったとさえ思える。

こだまは言動不一致で、何を考えてるかさっぱり分からない。


「てっ、鉄矢Pと2人で?」

「サンライズツインで枕を並べて1夜を過ごす?」

「わーい! 赤坂にも、鉄矢Pとサンライズツインのチャーンス!」


 のぞみとひかりとさくらの瞳が輝く!


「いやっ、それはあり得な……」

「……おやおやーっ。我等がリーダー、みずほ様が前言撤回ですか?

 まさか、そんなみっともない真似……」


 やっぱり。これはこだまが仕掛けた巧妙な罠。


「……すっ、するわけないでしょう!」


 こうなる。

このあとは、くじを引く順番の決め方を決めたんだけど、

おそらくは全て、こだまの思惑通りに進んでいる。


 怪しげな青春の香りと共に、しなの20号が松本駅に到着する。


___________________ここまでの経路 3月16日その25

        ====(しなの20号)====1653松本

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る