第24話 絶景、争奪

 姨捨駅。長野県内で乗降客数1位の長野駅と2位の松本駅の中間駅の1つ。

標高551mの山の中腹に位置する、1日50人足らずしか利用者のいない駅。

松本駅からだと桑ノ原信号場を過ぎて4キロほど行った先にある、

全国でも珍しいスイッチバック方式の残る駅。


 しなの20号は引き込み線に入ることなく姨捨駅を通過する。

スイッチバックの細かな方式の紹介は、本企画にはそぐわない。

だけど、車窓は一瞬で終わるけど、とてもバエるので有名。


 視聴者に見てもらいたい。みんなに、見てもらいたい。

どんな顔をするのか、兎に角、楽しみでしかたない。




「ねぇ、みんな。右手を見ててごらん。一瞬だけど。

 昼も夜も風光明媚で知られる景勝地を通過するから」


 善光寺平を見下ろしてほしい。

まださくらは咲いてないし、稲穂はおろか田植えさえもまだ。

それでも僕は、みんなに見てもらいたいんだ。


「あんっ。いやよ」

「今更、右手を見てなんて」

「ウチ、後面展望で充分」

「全くですよ。茶菓子の1つもないんですから」

「こーめん、てんぼー。こーめん、てんぼー!」


 みんな、後面展望を相当気に入ってるみたい。

このままじゃ、絶景を見逃してしまう。何とかしなきゃ!


「姨捨駅は、日本三大車窓の1つに数えられるほどの絶景スポットなんだ」


 日本三大車窓のうち1つは廃線、1つは豪雨の影響で休止中。

だから姨捨駅は、現在、日本唯一の日本三大車窓駅といえる。

とてもレアな場所だ。


「姨捨駅? 日本三大車窓?」

「私、知ってる。トランスイート四季島号が立ち寄る駅でしょう」

「トランスイート四季島? ウチ、初耳だよ」

「私は聞いたことあります。食堂車の付いた、高級寝台特急ですよね」

「しきしまーっ、しょくどーしゃー! 何だか、すごそー!」


 いいぞ。のぞみ、こだま。結果、ひかりとさくらも釣れた。


「あぁ、そうさ。四季島号が立ち寄るほどの絶景ってことだから」

「何だかわからないけど、見たくなっ……あーっ!」


 みずほの叫びにも似た声のあと、しばらくは誰も物音ひとつたてなかった。

木と木の間を抜けるほんの一瞬っていうけど、

みんなは日本三大車窓を目にすることができたに違いない。

僕はすっかり見逃したけど……代わりに最高のものが見えたんだ。

みんなの驚く顔だ。


「何、この景色」

「これが絶景!」

「善光寺平を一望!」

「正直、なめてました」

「でも……一瞬だったね」


 たしかに一瞬。1秒にも満たないほどっていうし。

みんなの視線の先に、夕陽に照らされた善光寺平のあったことは間違いない。

その表情は、驚きに満ちていたんだ。間違いなく、感動してくれたんだ。

僕が見せたかった景色に、みんなが魅せられたんだ。

そして僕は僕が見たかったみんなの最高の笑顔を見ることができたんだ。




 今しかない、と思った。


「あのね、みんなに報告と相談があるんだ」

「あんっ。じゃあ、先に報告してちょうだい」


 みずほが言うのに合わせて、みんなが首を縦に振る。

僕は恐る恐る、テオファニーがボツになったことを報告する。

あんなに一生懸命に記録したみんなの心音なのに、生かせなかった。

僕はとても悔しいし、きっとみんなも同じだろう。


「と、いうわけだから。本当にごめんなさい。僕の力不足だよ」

「あんっ。なめんじゃないわよ!」


 金髪ツインテールはギザギザしている。みずほは相当ご立腹のようだ。

他のみんなも、首を縦に振るばかり。顔はむくれている。

まさか、みんながこんなに怒るなんて、予想以上だ!


 せめてデビュー曲については、僕が責任をもって用意する。

僕は誠心誠意、みんなに説明しようと思った。

その矢先に、みずほが続ける。


「それのどこが報告なのよ。相談の間違いでしょう!」


 他のみんなも、首を縦に振る。えっ? どういうこと?


「デビュー曲のことはとても重大なことですよね」

「ウチ、みんなで決めないでどうするのって思うなぁ」

「テオファニーがボツなら、他の曲を用意すればいいだけでしょう」

「わーい。作曲、作詞! 振付もたのしみーっ!」


 みんな、全くへこたれていない。予想外だ。


「と、いうことだから、これは相談。

 私たちのことは、私たち6人全員で決めるのよ。

 ひとりで背負い込むなんて、鉄矢Pでも許さないんだから」


 6人、全員。僕も含めてってこと。僕も仲間のひとりってこと!


「みんなぁ。うん、そうだね。これは相談だね!」


 こうして、みんなが僕を仲間と認めてくれたし、

デビュー曲はみんなで力を合わせて作ることにもなった。




 幸いにも、車内はガラガラ。グリーン車にいるのは僕たちだけ。

多少はざわついても、誰の迷惑にもならない。


「じゃあ、早速。曲を作るわよ!」

「おーっ!」……「おーっ!」


 みずほがみんなを引っ張る。


「と、言いたいけど!」

「その前にもう1つ!」

「鉄矢Pから、相談!」

「あるんですよねっ!」

「相談、相談。そーだーんっ!」


 そうだった。サンライズ号の寝台を決めるんだった。

僕が手に入れたサンライズ号の切符について説明する。


「と、いうことで、誰がどの寝台にするか、相談なんだ」


 のぞみが、スマホを取り出す。真剣に画面を見つめる。


「シングルデラックス、いい。とっても広い!」


 当たり前だ。10時打ちをしてようやく手に入れたんだ。

本当なら、僕がひとりで行くはずだった旅……って、今はそれはいい。


 ひかり、こだま、さくらが続く。


「シングルツインって1人用なの? 2人用なの?」

「どっちにもなるみたいです。今回は1人用として利用するようですね」

「赤坂、鉄矢Pと一緒にサンライズツインがいいー!」


 さくら、そんなこと言うもんじゃないって。

君はまだ中学生なんだし、アイドルなんだし。

男と、しかも運営と一緒に寝るなんて、絶対にダメ。


「こっ、こっ、この、エロ鉄がーっ!

 しかもバカ鉄ね。また間違ってるわ」


 まだエロいこと、してないって。何でも僕のせいにするんだから。


「みずほ、落ち着いて。まだ、何の間違いも起こしていないって」


 さくらが勝手に言ってるだけ。僕がOKなんか、するはずがない。


「間違いだらけよ、どこが相談なの?

 こんなの、シングルデラックス争奪戦になるに決まってるでしょう!」


 誰もがほしいシングルデラックス。相談でまとまるはずがない。


 みずほがシングルデラックス争奪戦のはじまりを高らかに宣言するなか、

しなの20号は篠ノ井線内を爆走する。

___________________ここまでの経路 3月16日その24

        ====(しなの20号)====


【お知らせ】昨日は、投稿が間に合わず、申し訳ございません。

第25話は、予定通り明日、1月17日(水)に投稿いたします。

よろしくお願いいたします。

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