第23話 ガマン、説教

 スマホが鳴る。社長からだ。

さっき『テオファニー』の動画を再編集して送ったばかり。

もう返事? に、しては早過ぎる。社長は暇なんだろうか。

そんなことを考えながらデッキに行き、応じる。


「遅いぞ! オレは暇人じゃないんだぞ!」


 ですよねーっ。


「移動中なもので、すみません。

 早速ですが、再編集したテオファニー……」


「……0点だ! 作り直せ」


 どうしてそうなる?


「納得いきません!」


 ちょっとムキになる。新生テオファニーは会心の出来。

みんなの心音をベースにしたまさに魂のこもった作品だ。


「簡単なはなしだ。デビュー曲としては0点というだけ。

 ま、チャンネルのテーマソングといったところだろう。

 それだったら120点をあげてもいい。元はオレの曲だしな」


「なるほど、チャンネルテーマソングですか……」


 たしかに、テーマソングがあれば動画がバエる。

他の有名交通系ユーチューバーはみんな持ってる。


「……いいですね!」


 僕もそこまで来たって思えば、ちょっとうれしい。


「そこでだ。

 曲調を色々と変えてみた。局面に応じて使い分けろ。データは送ってある」


「ありがとうございます」


 言いながらデータを確認。1・2・3……。全部で6つのファイルがある。

交響楽版・ポップス版・吹奏楽版・バラード版と並んでいる。

ジャズ版に至ってはピアノメインとサックスメインの2バージョン。

短期間にここまで作り込んだの? 今日の社長はスーパー社長!


 でも、デビューを心待ちにしているみんなにはなんて伝えればいい。


「デビュー曲については……って、切れてるし」


 いつもの社長だ。


 社長はいつも、要求だけ突きつけてくる。

実現するのにどうすればいいかは教えてくれない。

1年半前にバイトをはじめてから今日までずっとだ。


 僕は、どうすればいいんだ。結局はひとりで考えるしかない。




 15キロに及ぶ五里ヶ峯トンネルを抜ける。

広大な善光寺平の車窓を目に、みずほがころころと笑う。

それを見てる僕の心も洗われる。ほんの一瞬、デビュー曲のことを忘れられる。


 降りる支度をする。長野駅での接続は4分しかない。急がないといけない。

僕ひとりの旅なら、ゆっくりと各駅停車で巡るのもありだけど、

みんなのことを考えて、特急しなの号に乗るのが1番いい。


 デビュー曲のことの伝え方を考える暇はもちろん、買い出しする暇もない。

おかげでこだまはおかんむり。


「何ということ! 買い出しせずにしなの号に乗るなんて、自殺行為です」


 大袈裟な、と思うが、こだまの言うことも一理ある。

しなの号には車内販売がない。買い出ししてから乗り込むのが普通。

それでも、しなの号には間に合わないといけない。


「しかたがないんだ。乗車時間は50分くらいだからガマンして」

「ガマンですって! アイドルが絶対にしてはいけないことですよねぇ!」


 言われて山手プロのアイドル訓の一節を思い出す。

たしか『アイドルたるもの努力はしても、ガマンすべからず』だ。

ガマンだなんて、僕の失言だった。


「あんっ、バカ鉄! 何言ってるの」

「それって死ねと言ってるようなものですよね」

「ウチ、鉄矢Pがそんなこと言う人とは思いませんでした」

「いーけないんだー。鉄矢Pったら、いーけないんだー!」


 こういうときのみんなの団結力には脱帽だ。


「訂正するよ。ガマンしてほしいんじゃなくって、はなしたいことがあるんだ」


 デビュー曲のこと。サンライズ号の席のこと。


「あんっ、ミーティングってこと?」

「今更、何をはなすんですか?」

「ウチ、おしゃべりは好きですけど」

「お茶菓子の1つもないのに?」


「わーい。赤坂、楽しみーっ!」


 歩きながらは言い難い。


「席についてからゆっくりはなそうよ」


「あんっ、しかたないわね」

「乗り遅れたら元も子もないですし」

「その代わり、覚悟してくださいね」

「まずはお説教からはじめますよ」


「わーい。おせっきょー!」


 前途は多難だ。




 乗り込んだのは、しなの20号。

383系、6両編成の最後方の1号車、グリーン車だ。

2+2の4列ながら、普通車よりもシート幅は広い。

シートピッチも広くて快適なんだけど、大きな弱点がある。

特急のグリーン車なのに、コンセントがない。

交通系ユーチューバーにとっては致命的だ。


 だけど、383系には弱点を補ってあまりあるストロングポイントがある。


「後・面・展・望!」

「これは圧巻ですね!」

「移動中に景色を観れるのは、やっぱり素晴らしいわ」

「赤坂、また見たーい。富士山が見たーい!」

「それはムリ! でも、長野特有の盆地の景観が楽しめるわ」


 みんなご機嫌だ。

僕はカメラをセット。右と後面に1つずつ。左には2台を内と外に向けて置く。

小柄なひかりとさくらが1つの座席をシェア、残り3席に3人。

座席を回転させて最後列に陣取る。後面展望一択のフォーメーションだ。

僕はひとり、ちょこんと左の2列目に腰掛け、そのときを待つ。


 そして、しばらく景色を楽しむ間に、

しなの20号が桑ノ原信号場を直進する。

 

___________________ここまでの経路 3月16日その23

        ===(はくたか567号)===1556長野

長野  1600====(しなの20号)====

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る