第22話 勝利の、美……
Pとしては無能でも、ユーチューバー・現場ディレクターとしては、
みんなを支えることができるはずだ。みんなの力になれるはずだ。
そのためにも、今、僕にはしなければいけないことがある。
僕は今、グランクラスの座席にもたれかかり、ある画面に釘付け。
それが、今の僕にできる精一杯の努力なんだ。
「あるとは聞いてたけど、本当に!」
興奮が抑えられない。僕はついに手に入れたんだ!
「サンライズ号の切符!」
サンライズ号というのは、鉄道マニアに大人気の夜行寝台特急。
出雲市行きの出雲号と、高松・琴平行きの瀬戸号がある。
1ヶ月前の午前10時に予約が開始されるんだけど、
数分で売り切れてしまうこともあるレア切符だ。
僕は10時打ちをしてシングルデラックスという、激レア切符を持ってた。
Pになって5人を引率することとなり、急遽6人分が必要になった。
それでずっと画面とにらめっこして、キャンセル待ちをしていたんだ。
そして遂に、僕は手に入れた。しかも最大10人分。
サンライズツイン・シングルツイン・シングル・ソロ上下・ノビノビ座席。
「まさかのシングルデラックス2枚目まで!」
サイトを見続けてよかった。多い分は辞退するけど、どれを残すべきか。
「あー、悩んじゃうよーっ!」
言いつつ、顔の筋肉が弛んでいるのが分かる。
誰かにはなしかけられ、ナチュラルに答えてしまう。
「問答無用で、シングル・ソロ上下・ノビノビ落としでしょう」
「たしかに。特にノビノビは格下。
だからこそ、あえて残すという手もあるんだよなぁ」
ギャップを伝えるのも、交通系動画の要素だ。
「楽しい旅をより楽しくするには、結局は豪華さですよ」
「おっしゃる通り。
飛行機ならファーストクラスの動画視聴回数が1番多いっていうし」
みんなが望んでいるのは、結局は豪華さだっていうのもうなずける。
「豪華さを追求するなら、シングルツインの1人利用もありですね」
「なるほど。その場合はシングルとソロ上下を手放すことになるかな」
豪華さもあるし、ギャップも大きくなる。これで決まり!
と、思ったときに気付いた。
僕は今、誰とはなしているんだろうって。嫌な予感しかしない。
「それにしても、よく粘り強くチャレンジしましたね。
そんな貴方に、勝利の美酒ならぬ、勝利の美ハーブティーを」
嫌な予感のまま、そっと、はなしかけてきた人の顔を見る。
「ゆっ、裕子さん……」
「いいえ。通りすがりのアテンダントです」
いやっ、裕子さんですよね。
僕はずっと山手物産社長の裕子さんとはなしていたようだ。
「とき320号にもいましたよね」
「たしかにとき320号にも乗車していましたが、
あくまで通りすがりのアテンダントですから。お間違いのないように!」
でも、おかしい。
とき320号は14時28分東京駅着。
今、僕たちが乗っているはくたか567号は14時27分東京発。
「乗り継げるはずがないのに、どうして?」
「簡単なことでございますよ、勝利の美ハーブティーをご注文のお客様。
上野駅で乗り換えればいいんですから。それより……」
一体、何だっていうんだ? 注文を既成事実化している。
「……貴方の分は5つの夫用タンブラーに注ぎ分けますよ」
「いやっ、まだ買うとは言ってませんよ。
他にもスパークリングウォーターとか黒烏龍茶とかもありますよね」
飲み物ぐらい、選ばせてほしい。
「あら、いいんですか? 喉が痛みますけど」
喉が、痛む、だと……。
ユーチューバーもアイドルも、声が商品。喉を痛めるわけにはいかない。
「分かりました。ハーブ……」
「……勝利の美ハーブティーです! 未成年ですから美酒はいけませんね。
楽しい旅のいい思い出になること、間違いありませんよ!」
笑顔だがはっきりと、通りすがりのアテンダントさんに遮られ、言い直す。
「分かりました。勝利の美ハーブティーを6人前、お願いします」
「はい。ありがとうございます。合計で7万2000円となります」
1人前1万2000円って……ぼったくられた。
勝利の美ハーブティーが配られる。各々に乾杯動画を撮影してもらう。
みずほもさくらも高1トリオもノリノリだ。
撮影のあとは一転、文句の嵐。
「あーっ、もう。何でハーブティーなのよ」
「飲み物くらい、好きなものを選ばせてほしいものです」
「全くだよ。ウチ、コーラがよかった!」
「サイアクです。自由のない職場なんて、サイアクです!」
「赤坂はー、鉄矢Pとお揃いのコップで飲めて、うれしかったよーっ!」
さくら、それはコップじゃなくってタンブラーだって。
文句ばかりで、1人前が1万円以上もする高価なものとは言えない。
ぼったくられたと言ってバカにされるオチが目に浮かぶ。
「あんっ。でもこれ、1万2000円でしょう!」
バレてるーっ!
「そんなに高価なんですか?」
「Pって、人を散々こき使っておいて、経費で贅沢するっていうけど……」
「……見損ないましたよ。鉄矢Pだけは、そんなことしないって思ってました」
「サイテー。鉄矢P、いーけないんだー!」
僕の株価が大暴落している。
「しかたないんだ。喉を痛めないためだから」
言い訳がましいが、キッパリと言う。効果は絶大だった。
「あんっ。私たちの喉の心配までしてくれたっていうの!」
「さすがは敏腕の鉄矢Pです。素晴らしいわ!」
「ウチ、何も考えずにコーラにするところだった」
「これからは、口にするものを吟味しないといけませんね」
「赤坂はー、最初っからうれしかったよーっ!」
こうして、通りすがりのアテンダントさんのおかげで、
僕はPとしての体面と法外な額の領収書を手にすることができた。
そんなほろ苦い思い出を乗せて、
はくたか567号は碓氷峠トンネルを通過する。
___________________ここまでの経路 3月16日その22
===(はくたか567号)===
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