第21話 フラグ・回収

 僕は今、猛烈に震えている。武者震い? いや、違う。怖気付いたんだ。

とんでもない仕事を引き受けてしまったと、改めて認識したんだ。


 即興ライブが終わった直後。5人に握手を求める人の列ができた。

5人は笑顔で応じながらも、ちゃっかりとジャージ交通チャンネルを宣伝。


 その場にいたのは100人あまりだけど、SNSを通じて拡散してるのか、

即興ライブが終わって20分経つ今でも毎分1000人以上のペースで

チャンネル登録者数が伸び続けている。驚くほどのことではない。

5人のライブでの活躍からすれば、至極当たり前のことだ。


 社長は、誰がPをやっても成功するって言ってた。激しく同意する。

けど『愛されてるよ』は成功しただけでは評価されない。

5人ともポテンシャルが高い。大成功するべき逸材。


 ムリだーっ!


 やる気あるなしとか、そういうことじゃないんだって。

Pには経験とか勘とかコネクションが必要。でも、僕には何もない。

いくらゴリ推ししたって、誰も付いてこないだろう。

Pなんていう大仕事、僕にできるわけがない。


 僕がみんなを大成功させようなんて、ちゃんちゃらおかしい。

恩返しなんて、おこがましい。僕は、途方に暮れることしかできない。

才能溢れるアイドルと、なんの取り柄もないP。情けないけど、これが現実。




 にぎやかなのはいいことだけど、たまには放っておいてほしいこともある。

今の僕がそんな感じ。僕の気持ちを知ってか知らずか、みずほ。


「リフレーッシュメーンッ!」


 と、元気溌剌に雄叫ぶ。

僕はいつのまにか新幹線はくたか567号の車内にいた。

目の前にはリフレッシュメント。和食バージョンだ。


「あんっ。何、暗い顔してんのよ。折角、ライブが成功したっていうのに!」


 雄叫んだときとは打って変わって冷静に続ける。

そのライブが原因で僕が落ち込んでいるなんて、思ってもいないのだろう。


「元気、出しなさい。この、バカ鉄!」


 気付いてしまう。そっか僕、みずほに励まされているんだ。

感情表現は不器用なみずほだけど、僕の感情をしっかり感じ取ってくれている。


「客室内ではお静かにって言われちゃいますよ」

「そうですよ。本来、ご馳走は静かに食すべきなんです!」


 のぞみの優等生ぶりに癒される。レポートはしてほしいな、こだまには。

僕の気持ちが解決されないまま、はくたか号はどんどん進む。




 グランクラス乗車の目玉、リフレッシュメントは洋食と和食の2種類。

食レポは必須だが、1つの動画で両方を紹介することは滅多にない。

僕たちにならできる。これは、ヒットの予感だ!


 高1トリオが選んだのは洋食。

ガレット・リゾット・クネル・フィナンシェがきれいに並ぶ。


「素材のもつものの全てが五感を心地よく刺激してきます」

「まるで、最初から調和されてるものと思わせんばかり。

 技が冴えてます。冴え技です!」

「追加料金を払ってでもお代わりするのが当たり前?

 いいえ、食して失ったものは永遠の思い出となります。初恋のように。

 涙を呑んで、今回はお代わりしないことといたします」


 レポートの要領を飲み込んだ3人には簡単な仕事だ。


 お次は和食のレポート。

みずほが恋焦がれているリフレッシュメントを前に、おかしなことを言う。

気を遣ってくれてるのがありありと伝わる。


「ねぇ、鉄矢Pだったら、どんな風に食レポするの?」

「あー、それ、赤坂も気になるー!」


 いつまでも塞ぎ込んでいたってしょうがない。

それに、僕だってユーチューバーのはしくれ。

Pとしては無能でも、食レポって言われたら!


「よしっ。一丁、やったるか!」


 と、悪ノリしてしまう。




 腕が鳴る。


「季節毎に用意されている和食のリフレッシュメントですが、

 監修は南麻布にこの人ありといわれる料理人さんです。

 僕なんかじゃ行っても門前払いになる、一見さんお断りの名店の味も、

 グランクラスに乗れば、誰でもいただけるんですから、幸せですよね」


 こうやって、旅情を駆り立てる。視聴者に行ってみたいと思わせる。

そのあとは、言った気分になってもらうだけ。


「今回のメニューは春バージョンの『萌ゆる旅』とのことです。

 左からタルト、蒸し物と煮物、焼き物、豆腐といんげん。

 食べる前から見てるだけで美味しい品々です。

 実際、味はとても上品」


 ドヤッ! みんなの反応をみる。


「なんだか、読んでるだけって感じ。何の捻りもない。つまらないわ」

「いーけないんだ。鉄矢P、手抜きだよー。赤坂、おこだから」


 会心の出来だったと思うけど、2人の評価は今一つ。

高1トリオの反応は?


「みずほもさくらも言い過ぎ。鉄矢Pには実績があるんだから!」

「そうですよ。視聴者数を時短でどれだけ稼いでいるか」

「私たちは学ばないといけないのですよ! 効率よく視聴者を稼ぐ術を」


 案外、高評価だ。ありがたい。


「ふんっ、なによ。簡単じゃないの、ただ読むだけなんだからーっ」

「赤坂にだって簡単にできちゃうに決まってる」


 と、いうことで、フラグを立てた2人のお手並み拝見。


「わわ、和食のリフレッシュメント。かか、監修は……

 あぁーっ、もう、難しい言葉が多くって読み辛いわ」


「だらしないなー、みずほったら。赤坂のをよく聞いてなさい!


 はーい。和食のリフレッシュメントです。

 美味しそうです! きれいです!

 食べます。うん、美味しいです!


 どう?」


 どうって……。


「みずほ噛み過ぎ。もっと落ち着いてはっきりしゃべらないと」

「さくらは顔がいいのに甘え過ぎです。言葉を尽くさないと」

「情報伝達は冷静・丁寧・正確・迅速であるべきですよ」


 最後は僕がまとめる。


「視聴者に少しでも旅の気分を味わってもらうことを考えて、

 みんなも僕も、日々、精進しようね!」


 なんか、元気出た!


 この旅で2度目のグランクラスは、

フラグを回収したあとも次の駅へと向かっている。


___________________ここまでの経路 3月16日その21

高崎  1513===(はくたか567号)===

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